十八話 子供じゃないけど子供な魔女
それはまだ年端も行かない少女のような声だった。けれど見回してみてもそれらしき子供の影はない…………切歌のように身を隠せる力でも使っているのだろうかと僕は結を見る。
「視線をもう少し低くして見るのよ」
「視線を?」
予想とは違うアドバイスだったけど、僕は言われるままに視線をもっと低くして周囲を見回す…………そこに誰かいるとしたらその足元しか見えない低さだ。
「あ」
すると目が合った…………ぽつんと不自然に床に立っていた人形と、だけど。幼児向けの着せ替え人形か何かだろうか。少女の姿をディフォルメしつつも微妙にリアルさを残しているせいでどこか僕には不気味に感じてしまう…………その口が開いた。
「初めまして、おにーさん」
「っ!?」
人形からは距離があるにも拘らず、思わず僕は飛びのいてしまった。喋るはずもないものが喋れば誰だって驚く…………そしてそれが人を模したものであるとその驚きも大きくなる。その姿が人に近いからこそそこに意思が宿って欲しくはないと人は思うものなのだろう。
「あはは、すっごくびっくりしてる!」
楽しげな声と共に人形がおかしそうな仕草を取る。その動作は自然でまるでその人形が生きているかのようだった…………もしかして、本当に生きているのだろうか。
「つまらない悪戯は止めてさっさと名乗るの…………出来るのならその人形じゃなくてお前自身が姿を現して自己紹介するのよ」
僕がそんな疑問を抱いてしまうのを余所に、結はそれを操る人間がいるものと確信して人形にそう告げる…………まあ、普通に考えれば人形が生きているよりそれを操る人間がいる考えた方が妥当だ。
多分に、そう思ってしまうくらい僕はあの人形が不気味に思えてしまったのだろう。
「あはは、嫌だよ。姿を見せたらお姉さんたち舞を虐めるでしょ?」
そしてそれを肯定する答えを人形は返す。けれど当然ならが姿を見せろという要求に対しては拒否して見せた。
「虐めないの…………別の魔女がやってきたら話し合うとわたくしたちはそこの彼に約束しているの」
答えながら結が僕に視線を送る。争いごとにしたくないのならうまく肯定して見せろという事だろう。
「それは本当だよ。二人はちゃんと僕にそう約束してくれてる…………それを破ったりはしないと僕は信じてる
「そうなんだ!」
はしゃぐような声。
「でも嫌!」
それと同じ調子で人形は否定を口にする。
「…………なんで」
「だって舞はおにーさんを独り占めしたいんだもの!」
それはわかりやすいくらいに他人を考慮しない子供の理屈だった。
「だから邪魔な人にはいなくなってもらうつもりよ?」
どこまでも無邪気に、人形は告げる。
「まあ、わかっていたの」
愕然とする僕を余所に結は冷静だった。
「最初からそのつもりじゃなければこちらが殺しに来るなんて発想は出て来ないの」
自分がそのつもりなのだから相手も同じことをして来るだろう。それは単純にして真理でもあるが、互いの価値基準が同一であることが前提の判断だ…………今回の場合こちらは話し合いを望んでいたからすでにすれ違っている。
だが、そんなことは人形の向こうの少女には関係ないのだろう。
相手の反応がどうだろうが自分のやりたいことをやり通す、理屈など関係ない…………子供とはそういうものだ。
「残念なの、とても残念なの」
さほど残念でもなさそうに、淡々と結が告げる。
「陽、交渉は決裂なの」
「結!」
「話し合いに応じないなら排除する、それで同意したはずなのよ」
「それは…………」
確かに僕はその条件に同意した。見えざる魔女が超人である以上は取り押さえて心変わりを促すのにも相当な危険が伴う。更生の見込みがあるかもわからない相手の為に二人に危険が及ぶのは看過できないからこそそれに同意したのだけど…………相手が小さない子供のような声と雰囲気のせいかそれに抵抗を感じてしまう。
「そ、そいつは……子供じゃ、ない、よ」
「その通りなの」
そんな僕の戸惑いを切歌が見抜き結が同意する。
「少なくともあれはあなたの何倍も年上なのよ」
「それは、そうだけど…………」
結や切歌を含めた見えざる魔女は現時点で百年以上の時を生きている。人形を操る少女も同じ魔女であるなら結の言う通り僕よりも遥か年上だ…………けれど人形の声は明らかに幼く感じられる。例え見た目は変わらずとも、百年も経過すればその精神は成熟するものではないだろうか?
「わたくしたちを油断させるための演技かただの幼児退行か…………いずれにせよ関係ないの」
「…………関係ないことはないと思うけど」
確かに見えざる魔女としての長い孤独の中で精神を病んだという可能性は十分にある。結は振り切った方向に病んでいたが、考えてみれば切歌はその真逆だ。同じように負の方向性に病んで幼児退行を起こしたという可能性はあるだろう。
そしてもしも本当に幼児退行を起こしているならそれは実年齢に関わらず子供と同じだ。それであれば説得の方法はあるように思える。
「わかってないの、ほとんどの場合で純粋な子供の方が残酷なのよ?」
そんな僕の表情を見て結は言う。
「特に、周囲より突出した力を持った子供ほど厄介なの」
それはつまり見えざる魔女の力を持った子供の事だと結は言いたいらしい。
「ねー、そろそろ始めていい?」
そしてそれを肯定するように無邪気な声を人形が発する。
「いつでも始めるといいの。こちらはいつでもやってやるつもりなの」
挑発するように結は返す。実際に彼女を押し留めていたのは、単に自分から仕掛けると僕への印象が悪いという事くらいなのだろう。
「それじゃあおにーさん以外は、いなくなってもらうね?」
「やれるものならやってみろ、なの」
無邪気に告げられる残酷な宣言に結は啖呵を切って返す。切歌の時もそうだったが他の魔女に対して結は好戦的に見える。
「あ、でもその前に一つ聞いていい?」
しかし人形遣いの少女の方はあくまで無邪気に、殺し合いの直前でありながらふと思いついた疑問を当然のように尋ねて来る。
「…………なんなの?」
気概を削がれたように不機嫌な表情で結が聞き返す。
「おねーさん、どうして裸なの?」
「…………趣味なの」
「そーなんだ、変なの」
「子供にはわからない事なの」
相手にしてられないというように結は息を吐き。
「ぶっ殺すの」
大人げなく宣言した。
◇
「ネーサマ、ネーサマ、どうやら先を越されてしまっているみたいです」
「あらあら、そうみたいね」
「どうします? 今から乱入しますか?」
「だめ、乱入だなんてはしたないわよ」
「ご、ごめんなさいネーサマ」
「いいのよ、そういう元気なところがあなたのいいところだから」
「はい!」
「でもそうね、何もしないまま見ているのもきっと印象悪いわよね」
「…………ネーサマはあの男にいいところを見せたいのですか?」
「んふふ、それはそうよ。久しぶりにお話しできる男の子ですもの」
「そう、ですか」
「だから、そうね。私達の存在をアピールできる…………ちょうどいいタイミングで割りこみましょう」
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