十七話 ストーカーになる前の魔女の話
「葉山は今回の実験はあくまで第一弾で、今後も適性者に行っていくし適性のないものにも認識が可能になるよう研究は行っていくと皆に説明していたの」
いきなりこの場にいる人間以外から認識されなくなると言われれば不安は大きい。しかし少し我慢すれば同じ仲間ももっと増えるし、普通の人達からも認識されるようになる。
そういう未来を提示されれば確かに不安も和らぐだろう…………問題は、未来というものは望んだとおりに必ずしも訪れてはくれない事だ。
「でもその葉山は真っ先にくたばったの。責任放棄のクソ野郎なの」
「口だけの、やつ、だったね」
結は以前もそうだったが切歌もやはりその科学者に対して口が悪い。自分を孤独に追い込んだ直接的な原因とも言える人物なので仕方のないことなのだろうが、僕から見れば出来る限りの配慮はしていたようだし不憫なように思える…………もっとも二人だってそんなことはわかっているだろう。
それでもなお恨みを口にしてしまうくらい、これまでが辛かったということなのだ。言っては悪いがどうせその科学者は故人だし、それで二人の気が少しでも収まるのなら僕が何か言えることはない。
「まあ、あいつのことはこれ以上話すこともないの…………それでその後は割り振られたシェルターへ分かれて向かったのよ。どうせ他にすることもなかったの」
見えざる魔女となり、暴走した他の魔女たちを排除して…………けれど彼女たちにはその先に残るものは何もない。将来の救済を約束した人間がいなくなっても他にどうにかしてくれる人がいると信じて、とりあえずは与えられた役割をこなすしかなかったのだ。
「後はまあ、そのままこの都市で過ごしてあなたに出会ったのよ」
少しばつが悪そうな表情で締めたのは一度この都市を見捨てていたからだろう。けれどそれを責める権利が僕たちには無い。もちろん僕にだって思う所はあるが、それは表に出さずに死蔵させてしまうべきものだろう。
「次は切歌なの」
「えっ!?」
向けられた結の視線に切歌は驚いたように慌てふためく。
「わ、私は話すこと……なんて、ない、よ!」
「何を今さらなの、さっきはノリノリだったの」
「ス、スリーサイズ…………とか、なら、いくらでも」
「そんなもの今わざわざ明かす必要などないの。口で教えずとも後で直接確認して貰えばいいことなのよ」
「ちょ、直接!? ふ、ふひひ」
それも悪くないというように切歌が表情を蕩けさせる。
「その為にも今はとっとと話すのよ。わたくしのように生まれから実験に至るまでをちゃちゃっと話すだけなの…………陽だってそんなに詳しくは求めていないの」
「それはまあ、うん」
この場で人生を詳しく語って貰ったらどれだけ時間が掛かるかわからない。今日はとりあえず概要を聞かせて貰って今後気になった時に部分部分を詳しく聞けばいいだけだ。
「は、話すこと…………少ない、人生、だったの」
「少ないなら話すのが短くて済むの」
その通りかもしれないが結の物言いは容赦がない。
「というか研究所で聞いてもないのに聞かされたから、わたくしが話してもいいくらいなの」
「あ、あの時は…………寂しく、て、何か話さないとって」
あたふたと手を振る切歌の姿に、僕はその時の光景が容易に想像できた。
「どうせ陽に話すのは恥ずかしいと思ってるだけなの」
「うぅ」
「言っておくけれど、これまで自分が守って来た住人をストーカーして来たことを知られている時点で、それ以上に恥ずべきことなどないのよ?」
「それはその通りだけど切歌も結には言われたくないんじゃないかな…………」
現在進行形でほぼ全裸の人間の言えることではない。
「わたくしはもはや恥ずかしいとかそういう領域は超えているの。ウェルカムなの。その視線もとても興奮するの。感情の籠った視線はそれが何であろうと最高なのよ」
それが虚勢でも冗談でもないことはその上気した表情からわかる。羞恥を興奮に変える彼女の性癖はそれを認識できる僕の存在を得て無敵のものとなったらしい。
「ええと、別に無理にとは言わないからね」
僕は見なかったことにして切歌に視線を向ける。相変わらず積まれたダンボールの木陰からこちらを覗く彼女はとても申し訳なさそうな顔をしていた。確かに僕は二人の事を知りたいと口にはしたが、それで心の傷を抉りたいわけではないのだ。
「こういうことは後に引っ張る方が余計に言い出しにくくなるのよ?」
しかし結の方はそんな気遣いをするつもりはないらしく…………いや、気を遣っているからこそあえて逃がさないようにしているのだろうか。確かにこういう話は一度引っ込めてしまうと次に切り出すタイミングが難しく、それでいて喉に刺さった小骨のように気になってしまうものだ。
「ひ…………の」
するとそれに押されたように、か細い声ではあるが切歌の声が聞こえた。
「えっと」
「もっとはっきり言わなくては聞こえないの」
穏便に促そうと僕が考える横で結は言葉でその背をひっ叩く。
「ひ、引き籠もりだったの!」
それに触発されてか自棄になってか、切歌がそう叫んだ。
「そ、そうだったんだ…………」
僕としては他に言いようもない。対人関係に難がある雰囲気は感じていたが、それは魔女になってからのものではなく元からだったということらしい。考えてみれば普通の人から認識されない見えざる魔女でありながら隠れてストーカーをしていたというのもおかしな話なのだ…………正面から堂々と相対できない理由を抱えていたから隠れていたのだろう。
「だ、だから当時の事とか……よく、わからない、の」
引き籠って世間から隠れて世情なんかもカットしていたらしい。
「ええとでも、その状態で良く…………」
助かったねと口にしそうになって僕はそれが無神経な発言だと気づく。状況が状況だけに話しにくいことも当然あるだろうし、何よりもその後の事を思えば助かったという言葉を不快に感じる可能性だってある。
「べ、別に気にしなくて…………いい、よ。わ、わたしは…………おとう、さんとお母さんに、助けてもらった、だけだから」
その申し訳なさそうな表情は両親に対してのものだろう。それがいつであったかはわからないが、確実なのは今のこの時間に彼女の両親は生きていないという事だ。
「そ、その後は、お、大人の人に言われるまま、に、してたら…………結ちゃんに、会ったの」
「そうなんだ」
「結ちゃん、優しかった、んだよ、えへへ」
その時のことを思い出したのか、辛い記憶の中で少しだけ切歌の表情がほころぶ。
「別に優しくなんかないの、暇潰しだったの」
照れているのだろうか、先ほどまでとは違う雰囲気で顔を赤くして結が顔を逸らす。
「結はなんだかんだで他人をほっとけないタイプなんだね」
「ち、違うの! そういう羞恥は求めていないのよ!」
珍しくわたわたと結が手を振る。さっきは恥ずかしさも興奮に変えるから問題ないと彼女は口にしていたが、流石にこういう気恥ずかしさは無理らしい。
「だ、大体わたくしはこの都市を一度は見捨てているの…………優しくはないのよ」
「…………それに関しては僕らの責任が大きいから」
優しさが根にある人間をそこまで追い詰めたという事実の方が問題だろう。何度も自戒する話だけれど、人類の生存の為に少女達を孤独に追い込んでおいて放置し続けた立場からすれば責められるような話じゃない。
「まあ、とりあえず話はここまでにしてそろそろご飯にしない?」
これ以上踏み込んでも誰も得もしないので、僕はさっさと打ち切ることにした。今日は朝から集まっていたけれど話している内にもう昼のいい時間だ。ここらで一旦休憩を挟んで気持ちをリセットするのは悪い選択肢ではない。
「特に反対はしないの」
「わ、私も賛成、だよ」
「うん、じゃあそうしようか」
二人とも反対する理由は無いようで賛同が得られる。見えざる魔女に食事は必要ないが食べられないわけではない。結は僕の食事にいつも付き合ってくれているし、切歌だって食事を完全に断っていたりはしないのだろう。
「あ、そうだ」
ふと僕は思いつく。
「せっかくだからお昼は僕が作ろうか?」
切歌がやって来た日に僕は結に手作りの弁当を作ろうかと考えていたのだ。それは切歌との遭遇によって頓挫して忘れていたけれど、ちょうど今そのことを思い出した。
結は気にしていないようだけど切歌には明らかに話し難いことを話させてしまったし、そのお詫びも兼ねて手料理を振る舞うというのは悪くない選択肢に思える。
「お、王子様の手料理、ふひひ」
「それはいいの、素敵なの。誰かの手料理とか本当に久しぶりなの」
「そんなに期待はしないで欲しいけどね」
喰いつく二人に僕は苦笑する。料理は嫌いじゃないし僕の数少ない趣味のような物ではあるけど、見栄えや調理法に凝ったりしているわけでもないから味も見た目も平凡だ。人に振る舞うことを躊躇したりはしないけど自慢できるようなものでもない。
「ええっと、好き嫌いとかはある?」
「なんでも食べるの。苦手な物でもあなたが振舞うならそれはそれでご褒美なの」
「…………ちゃんと申告して欲しいんだけど」
まあ、奇抜なものを使ったりしなければ大丈夫だろうか。
「切歌は?」
「に、人参が…………苦、手」
視線を向けると物陰からおずおずと口にする。その返答と仕草が少し恥ずかしそうで僕は思わずほっこりしてしまう。
「うん、それじゃあ人参は使わないでおくよ」
僕には嫌いなものをあえて食べさせようというサドっ気はない…………そもそも食事が必要無いくらいなのだから栄養バランスも関係ないだろう。
「むう、少し切歌に甘いの」
そんな僕らを拗ねたように結が見る。ここでそんなことはないよとごまかすのは簡単だけどそれで小さな不満が溜まるようなことになっても困る…………支倉司令は僕にハーレムを維持する力が必要だと言った。その力を得るためには恐らくこういう小さな不満こそ無視してはいけないのだろう。
「ちゃんと結にも甘くするつもりだよ」
「それならいいの」
満足げに結が首肯する。
「えっとそれじゃあ食糧庫の方に…………」
行ってくるよ、そう僕が二人に告げようとしたその瞬間に
「ねえねえ、舞にも甘くしてくれる?」
そんな声が倉庫に響いた。
どうやら運命は、そう簡単に僕に手料理の機会を与えてくれないらしい。
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