十八話 張子の虎を支えるものは
「あの五人ならわたくし一人でぶちのめせるの…………生かして、は難しいかもなのだけど」
これにはわたくしの多少の自負が含まれているけれど、概ね事実であると言えるの。誰かが否定するなら徹底的に反論してやれるのよ。
「それは彼女たちの力が結よりも弱いってこと?」
「陽、前にも言ったと思うけどわたくし達の使える力の大きさそのものはどの魔女でも変わらないのよ」
見えざる魔女の力そのものは多様性に富んでいるが、その力で影響を与えられる範囲というか一度に出力できる規模は大体横並びなの。仮に全く同じ性質を持つ魔女二人がその力を単純にぶつけ合ったとしたらそれは全くの互角となって決着はつかないはずなのよ。
おそらくその理由にはあの実験によってわたくし達全員が同時に見えざる魔女になったことが関係していると思うの。そこまで葉山が狙っていたかは定かではないけど…………だからこそエリカの力がわたくし達とは次元が違うという話が信じられないのよ。
「えっと、それじゃあ…………」
「経験と戦いに対する心構えの差なの」
当然浮かぶ陽の疑問にわたくしはそう返答したの。他の皆もその意見には反対は無いようで特に反論はしなかったの…………まあ、するようならこんなこともわからないのかと盛大に馬鹿にしてやるところだったけど頼もしい味方でよかったのよ。
「わたくしにとって見えざる獣は大した敵ではなかったけど、戦えるのはわたくし一人だったから油断はできなかったし戦い方を考える必要があったの」
なにせ見えざる魔女となる前のわたくしはただ未知の恐怖から逃げ惑うだけのか弱い少女だったの。魔女となった直後に暴走した魔女たちとの死闘を繰り広げたとはいえあんなものは無我夢中で生き延びただけ…………むしろトラウマもので思い出すだけで戦いの恐怖が蘇るような経験だったのよ。
だから守るべき都市へと晴香のせいで放り出されたわたくしは、その恐怖を堪えながら戦い続けるハメになったの。いくら勝てる力があるとわかっていても怖いものは怖いのよ。だからその恐怖を薄れさせるためには真剣に戦いへと目を向けて研鑽し、自分の力に自信をつけるしかなかったの。
その努力と露出によるストレス解消のおかげで今のわたくしがあるのよ。
「それに比べたらあいつらはぬるま湯に浸かってふやけてやがるの。雑に力を使っても他の人間がフォローするから問題ないと考えてやがるのよ」
「連携、と呼ぶのも、おこがましい、ふひひ」
「その通りなの、足し算ではなく掛け算くらいの効果がでなければ連携する意味なんてないのよ」
切歌の皮肉にわたくしは頷く。あそこで行われたのは連携というより五人で迎撃に出たのだから全員の力をとりあえず使わなければという無駄な行動なの。五人で負担を軽減するというお題目にしても二人くらいで楽々排除できたはずなので、実際は残り三人分の力を余計に消費したともいえるはずなのよ。
「環奈、この国の魔女の大半はあんなのと考えていいの?」
「…………半々といったところですわ。女神の国の建国から所属していた者たちと違って後から加入した魔女はそれなりの研鑽を積んでいますから」
「それでもこの環境なら鈍るの。それにそういう魔女なら忠誠心も揺らぎやすいはずなの」
「否定はしませんわ」
環奈が肩を竦める。最初からいた魔女はぬるま湯でふやけていて、後から来た魔女もそれに浸かって鈍った状態で勧誘の経緯を考えれば忠誠心も固くはないの。都市の住民が操作されているという大きな嘘もあることを考えると、最初に思っていた以上にこの女神の国はとても脆いものに見えてくるのよ。
「むう、いい意味で予想外なの」
わたくしのイメージでは女神の国は狂信者の集団で固められていてどいつもこいつもエリカの為であれば命の危険も顧みないはずだったの…………最初に環奈を見たときはそれで間違いないと思っていたのだけど、実際はずいぶんと違うの。
「いい意味にしちゃあ表情が浮かばねえじゃなええか」
「お前だってそうなのよ」
皮肉を飛ばしながらも晴香の顔は笑っていない。いつもなら人を小ばかにしたような嫌らしい笑みを浮かべていやがるのに嫌な想像を押し殺しているように見えるの。
「結ちゃん、晴香ちゃん。どういうことかお姉さんにもわかるように教えてほしいなあ」
そこに美優が割り込んで尋ねてくる。前々から思っていたけどこいつ本当にわかっていないの? 本当はわかってるのにどこか抜けたお姉さんを演じているような気が最近しているのよ…………だとしたらあざとくてイラっとするの。
「おい、ネーサマが聞いてるだろ。早く答えろ」
そして夏妃はぶれないの。もちろんそれはそれでムカつくの。
「ええと、僕も知りたいかな」
そこに少し困ったような笑みを浮かべて陽が続く…………明らかに夏妃の態度をフォローするようで余計に夏妃にイラっとするのよ。あんな馬鹿ほっときゃいいの。
「極端な言い方をすればこの国が無事であることがおかしいの」
そう、この国が何事もなかったように存続しているのがおかしいの。
「陽、わたくし達の予想が確かならこの国には敵対する魔女の集団がいるはずなの」
「それは、うん」
「しかしわたくしが今しがた説明した通りこの国の戦力はざるなの」
在野の魔女。それも女神の国の脅迫を蹴って反抗するような連中ならそれなりの実力を持っているはずなの…………それであれば今しがたの五人組の魔女共であれば相手にならないと考えて間違いないのよ。
「それなのにこの国には何の被害も出てないし平常運転に見えるの」
「それは確かに…………おかしいかも」
陽が理解した表情を浮かべる。
「問題はその理由が何か、だ」
そこに晴香が横槍を入れる…………この女、肝心の部分を得意げに自分が言いやがるつもりなのよ。させるわけがないの。
「それは…………」
「考えられる可能性は二つあるの」
遮って話すわたくしを晴香が睨みつけるが無視するの。
「一つは在野の魔女が女神の国から尻尾を巻いて逃げている可能性なの」
単純に在野の魔女からの襲撃がなければ何事もないようでもおかしくはないの。女神の国従わなかった魔女たちも、だからと言って団結できるというわけでもないはずなのよ。
魔女なんて基本的にどいつもこいつも精神破綻しかけた連中で、都市を奪われた恨みに燃えるやつもいればむしろ身軽になったと開き直るやつだっているはずなの…………それをまとめ上げるカリスマでもいない限りは集団としてまとまるはずもないのよ。
「もう一つは環奈の妄言が正しいという可能性なの」
あまり認めたくない可能性ではあるのだけど、その可能性が確かにあることをわたくしも晴香も認めざるを得ないから表情が芳しくないの。もしも本当にエリカが環奈の言う通りの実力だとしたら在野の魔女から国を守るのも簡単だろうし、その実力差に尻尾を巻いて逃げた可能性だってやはりあるはずなのよ。
「妄言ではないと最初から言ってますわ」
「信じられないの」
まだ信じないのかと環奈は眉を顰めるけれど、やっぱり信じられないものは信じられないのよ。もちろん信じたくないという気持ちがあるのも否定しないけれど、事実としてはあまりにも突拍子がなさすぎるの。
「やっぱりその確認が必要だってことだよね」
言い合いにならないようにと陽がすぐさま意見を挟む…………確かにそれが手っ取り早くはあるの。確証高い情報を得ない限りわたくし達には信じられない事実なのだから。
「で、でも、直接は、危険、だと思う、よ」
少し慌てたように切歌が意見を口にする。それは確かに切歌が気弱だからの提案ではなくその通りで、真実だった場合にわたくし達が全滅する可能性もあるの…………だからこそここまで環奈の妄言と断じながらも完全に否定することだけは保留にしていたのよ。
「気づかれないように何人か攫って確認するか?」
情報の精度を高めるのなら数を集めるのは基本なの。情報元が環奈一人だから信用できないのなら数を集めればいいという晴香の意見はもっともではあるの…………ただ。
「信者は教祖を誇張して捉えるものなのよ」
「まあ、そうだな」
むしろ誇張されるためにパフォーマンスを行うことだってあるのよ。環奈が見るからに不機嫌そうにまた顔をしかめるけど知ったこっちゃないの。
「なら、話を聞くのは冷静な奴だな」
「…………そうなるの」
そしてこの国でその対象はそれほど多くないはずなのよ。
お読み頂きありがとうございます。
励みになりますのでご評価、ブックマーク、感想等を頂けるとありがたいです。




