十七話 女神の国の聖女たち
見えざる魔女を認識できるようになったことで僕は東都を襲う見えざる獣の群れも見ることができるようになった。その後も防衛そのものは危険だからと結が一手に引き受けて僕に参加させてはくれなかったが、見学することまでは彼女も止めなかった。
だから僕は東都が奪われるまで何度も見えざる獣による襲撃を見ている…………そんな僕の目から見ても女神の国へと襲来している見えざる獣の群れは異常だった。それはもはや群れというか軍団だ。
「多い…………」
東都を襲っていた獣の群れの数倍…………いや、十倍以上だ。数が多すぎて地平線の果てから侵攻してくるその全貌が僕の目には見えてこない。僕らがいるのは都市のドーム部分の上で結構な高さがあるのに後列が確認できないのだ。
「まあ、獣共の習性を考えれば当然の話なの」
しかし僕の動揺を他所に結は予想通りという態度だった。
「発掘するエネルギーがたくさんあるからそこにたくさん集まるの。光に群がる虫の集団みたいなものなのよ」
「あ、そうか」
見えざる獣はこの世界のあらゆるものを採掘してエネルギーの結晶へと変換する。つまりその対象は人間にとどまらずこの世界のあらゆる物質であり、極端な話ではあるが地表を採掘して星のコアまで掘り進んでもおかしくはない。それなのに彼らが都市を優先して狙うのはエネルギー効率のいいものから採掘していくという習性があるからなのだという。
つまり都市を集合して作られたこの女神の国は獣共にとって格好の獲物なのだ。だからこそその希望に応じた軍団で襲撃を仕掛けに来たということなのだろう。
「きひひ、こうして集まってもらった方がゴミ掃除はしやすそうだな。最初からこういう環境にできてたら人類の状況ももう少しマシだったかもな」
皮肉気に晴香が呟くが、確かにその通りだと僕も思う。数は確かに脅威ではあるが見えざる魔女という殲滅手段があるなら話は別だ。晴香の言う通りまとめて対応できるという点で都合はいいし、見えざる魔女が集まっているということは一人で防衛し続けるよりは孤独も多少は和らぐだろうからその精神的破綻も遠くなる。
そして都市が集まっているということはそれだけ人的資源も豊富ということになり、様々な分野にリソースを割く余裕ができる。見えざる魔女や獣の研究だって進んでいた可能性もあるだろう。
「そんなものは絵に描いた餅なのよ。当時の人類に実現する余裕なんてなかったし、仮にあったと証明できても過ぎ去った時は戻らないの」
もしもああだったらという淡い空想を結はつまらなさそうに打ち砕く。僕は当時の状況を聞きかじりでしか知らないが、客観的な視点から見れば可能ではあっても実現は不可能という状況だったように思う。
なぜなら見えざる獣は今のように人の多いところに数多く現れる。獣の存在すら認識できない人々では被害の大きさで状況を判断するしかなく、集まれば集まるほど被害は大きいからと残る資源と人員を分散して生き残る選択をすることになったのだろう。
もちろん実際は獣がいくら集まっても見えざる魔女なら一蹴できる。ただ魔女の実験を知る人たちにしてもそれは不確定な存在でしかなかったのだから、そんな相手に全てを賭ける博打などできなかったのだ。
「出て来ましたわよ。隠蔽は完璧なのですわよね?」
どうやら他の都市から獣の迎撃のために魔女たちが出てきたらしい。
「問題ない、はず、だよ」
「そこははっきりと自信を持って言い切って欲しいところですわ」
「…………」
その返答に苦言を弄する環奈に少しむっとした表情を切歌が浮かべる。確かにそこは自信を持ってほしいところではあると僕も思うけど、切歌の人となりも多少なりとも知れてる頃だろうから環奈も慮って欲しいところではある…………けれどそれを口にすると付き合いの長さの違いによる贔屓になっちゃいそうな気もする。
結が露骨に環奈へと舌打ちしてるし僕は何も言わないでおこう。
「ニーサマ、全部で五人です」
そんなことを考えている間に出てきた魔女を数えて夏妃が伝えてくれる。視線を向ければいつの間にやら獣の軍団がやって来ている方向の荒野に人が五人集まって立っている。最初に会った時の環奈のようにその全員が修道服を着ていて、その後ろ姿からでは背丈の違いくらいしか判別はできそうにない。
「あの数に五人か…………」
「多すぎるくらいなのよ。わたくしなら一人だって十分なの」
自負というよりは単純な事実を結は述べているようだった。実際に東都に攻めてきた見えざる獣の群れを彼女は容易く葬っている。あの手管を思い出せばその何十倍攻めてきているとしても結ならその言葉通りに一人で対処できるだろう。
「ですが五人なら負担は五分の一ですわ」
それに対する環奈の言い分は単純明快で、それはその通りなので否定できない。いくら結があの数を一人で対処できるといっても流石に一瞬で終わりとはいかないはずだ。時間が掛かればそれは負担が大きいとも考えられる。その負担が五分の一になれば楽になるのは考えなくてもわかることだろう。
「ふん、聖女とやらはずいぶんと甘やかされてる様子なの」
「…………否定はしませんわ」
結の皮肉を環奈は渋い顔を浮かべながらも甘んじて受け入れる。エリカの目的は全ての見えざる魔女の救済と言っていたし、実際に過保護に扱っているのかもしれない。
「始まるわよ」
夏妃の指摘に結も環奈へそれ以上の皮肉を述べることもなく戦場へと視線を向ける。流石にその戦力を確認できる貴重な機会を無駄にするほど彼女は愚かじゃない。
まだ女神の国の魔女…………聖女と名乗る彼女らと獣共の軍団には距離がある。しかし魔女の力はその知覚範囲であれば影響させられるらしいから、あの獣の拠点のような特殊な環境でなければその射程はとてつもなく広い。
「行動阻害系が一人いるな」
まず最初の変化は停止だった。これまで規則的に行進を続けていた見えざる獣たちの大半が一斉にその行進をピタリと止める…………もちろんそれは自発的なものではないだろう。それを証拠に獣はどれも立ち止まったのではなく歩みの途中で足を浮かせたまま停まっている。
ただ流石に全てを対象にはできなかったのか停止したのは前半分だけのようで、後続の獣はそのまま前進を続けて仲間にぶつかってしまったようだった。
その次の変化はその停止した獣たちが浮き上がったことだ。そしてそれ自体が砲弾であるといわんばかりの勢いで後続の獣たちへと降り注ぎ始めた。停止しても硬く固定されているわけではないようで、砲弾にされた獣とそれにぶちあった獣は互いに潰れてひしゃげてその破片を周囲へとまき散らした。
「解説役、きちんと仕事するの」
「あれは止まれと飛べ、ですわね」
求められる答えを速やかに環奈が口にする。どうやら今見た力の持ち主は彼女の知っている相手だったらしい。
「止まれの方は使い勝手が良さそうで厄介だな」
止まれという言葉の使い勝手は確かにいい。魔女の力はその言葉を無理な形で使うほど効果が落ちるらしいからどんな想念を世界に刻み込んだかで応用性が大きく変わる。
と、そんなことを考えている間にまた状況に変化が起きる。今度は獣たちではなくその彼らが立っている地面に変化が生じて二つに裂け始めた。突如にして引き起ったその地割れは次々に獣を大地の下へと飲み込んでいく。
「あれは?」
「知らないですわ」
「割れる、とか、かも」
「ありえそうなの。とはいえ断定もできないのよ」
どうやら環奈の知らない相手の力だったらしく、その力の詳細は想像できても断定はできない。単純に考えれば切歌の口にした「割れる」になるだろうけれど、同じ現象を他で引き起こすことも不可能ではないのだから。
「ん、これはさっきの飛ばすのとは別の動き方なの」
そうこうしている間に次の変化。地割れそのものは残った獣全てを飲み込むほど開きはしなかったものの、まるでそこに吸引力があるように範囲外にいたはずの獣たちが地割れの中へと滑るように落ちていく…………まんま滑る力だったりするのだろうか。
「で、閉じて終わりと」
次の変化を見取って晴香が口にした通り地割れが閉じていく。仮に地割れが「割れる」によるものだとしたら閉じることはできないのでそれもまた別の誰かの力になる。
そうなるとこれであそこにいる五人の聖女の力は全て使われたことになるだろう。
「なんというか、実に無駄な光景だったの」
そしてそれを見て、結はつまらないものを見たというようにそう述べた。
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