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第9話


 アノーマリー127:マジック・ガールについての補記②

 127は地球人類とほぼ同様の精神性と生理機能を有する。

 127は自身に損害が生じうる状況においては、アノーマリー能力を使用してこれを排除する。

 127は食物―特に糖分が多量に含まれるもの―を好む。

 

 調査員は、以上の特性を充分に理解した上で127との接触任務にあたることとする。 


 またもや魔法少女に命令されて、部屋を掃除することになった。

 昨晩と同じように、ゴミを拾ってはビニール袋に詰め込むわけだ。それで、いっぱいになったら口を縛り、新しい袋を引っ掴む、と繰り返していく。

 今回は狭い部屋だし、なにより新太と2人なもんだから、まだ気が楽だった。しかしその新太ときたら、杏樹がまとめておいた袋をわざわざもう一度開いて中身を確認し、分別なんぞを始めたのだ。

 メンドクサイやつ。これだから陰キャってのは。


「あんた、ナニやってんのよ」


 手は休めずに小声で話しかける。すると新太はバツが悪そうに、しかしきっぱりと言った。


「汚れたプラスチックは燃やすゴミでいいけど、缶は資源ゴミだ。一緒くたにできない。それくらい分かるだろう」

「んな手間のかかることすんなって言ってんのよ! いーからとっとと片すの! ほら!」

「駄目だよ。きちんと分別しないと、業者さんに持って行ってもらえなくなる」

「どーでもいいわよそんなこと。とにかく詰め込んで、それで捨てるの!」

「アンジーは大雑把すぎだ。下手すると条例違反になって、懲役や罰金刑が……」


 などとヒソヒソ言い合っていると、やにわに部屋がぐらりと揺れた。いや、部屋の中の一切が、ほんのわずかに“ふわり”と浮かび上がって……!?


「えっ!?」

「うわっ」


 杏樹と新太は短く悲鳴を上げ、身を固くした。地震か? と思ったが、しかし揺れたのは一瞬だけで、すぐにおさまってしまう。

 何だったのだ今のは。2人が顔を見合わせていると。


「うるさい」


 するどい一声。誰のものかなど考えるまでもなかった。

 部屋の真ん中。気絶した江田島先輩の横に座り込んで、じっと目をつぶっている魔法少女。彼女以外であるものか。


「アンジー。とにかく、僕らは掃除に集中しよう」

「う、うん。分かった……」

 

 尋常ならざる気配に怯えつつ、掃除に戻る2人。あのコが何かをしたのは自明なことだった。

 そう言えば、昨晩もそうだったっけ。

 谷崎先輩の嘘を暴いたり。

 身体の自由を奪ったり。

 あと、スマホを盗み取ったり。

 あれらも彼女の仕業だったに違いない。魔法屋さんなんだから、やっぱり魔法を使ったのだろうか。

 そうして杏樹たちはしばらくの間、黙々と清掃業務にいそしんだ。すると今度はどこからか、「くぅぅ~~っ」という小さな音が鳴る。そのなんとも可愛らしい音は、やはり部屋の真ん中あたりから響いてきたような?

 そぅっとそちらを見てみると……魔法少女が、天井を仰いでいた。


「お腹、空いた」


 まるで寄る辺のない家出娘のように、ぼつりと一言。

 そりゃぁそうでしょうね、と杏樹は心中でこっそりと独りごちた。

 この部屋のヒドイ有様を見るに、魔法少女がまともな生活をしていないのは分かり切った話だった。ご両親と同居しているかどうかすら怪しい。やっぱり家出かな?

 それに徹夜でゲームをしていたらしいし。昨夜に杏樹が買ってきた―正確には、買いに行かされた―コンビニのお菓子の他には、何も口にしていなかったのだろう。

 そんなふうに推理していると、新太が掃除の手を止めて勢いよく立ち上がった。


「僕、何か買ってきます」


 そして杏樹が止めるよりも早く、店を跳び出して行ってしまう。

 なんという見事なパシリっぷり。ひょっとして普段からそういうことをしているのか? というかあいつ、私1人に掃除を押し付けて行きやがったな。戻ってきたら覚えてろ!

 新太がいなくなってしまうと、部屋の中はすっかり静かになった。意識のない先輩は当然のことながら、魔法少女は一言もしゃべろうとしない。ただ先輩のおでこをペタペタ触っては、ときおり「ふむ……」なんて呟いている。

 部屋の中なのにとんがり帽子をかぶって。いったいナニをしてんだろ? つか、空気が重くてヤだなぁ。


「あの」


 沈黙に耐えきれず、杏樹は魔法少女に話しかけた。無論、また怒られることのないよう手を動かしながら、だったが。


「一体、どうなっているんです?」

「どうって? 何について聞いてんのよ」


 無駄口を叩くな! とか怒られるかと思ったが、意外にも魔法少女はすんなり応じてくれた。彼女の方も手を止めず、杏樹の方を見ようともしなかったが。


「全部ですよ、全部! まずは、そう……その江田島先輩。手から炎なんて出したんですよ。私、危うく燃やされるとこでした。それに、なんで学校の屋上とこのお店がつながってるんです? あとさっきから魔法屋さん、一体ナニを? それからそれから……」


 訳の分からないまま状況に流され続けていたため、杏樹の精神はすでに限界を迎えていた。深く考えるまでもなく、疑問がどんどんあふれ出ていく。

 新太とはどういった関係なのか。

 魔法屋さんとは何者なのか。

 そもそも、なんで自分が巻き込まれているのか。

 しかし間もなく舌打ちと、それと低い唸り声が聞こえてきたもんだから、慌てて口を両手でおさえることになってしまった。


「す、すみません」

「アタシねぇ。今、かなり神経使う作業してんのよ。邪魔しないでくれる?」


 魔法少女が今度は肩越しに杏樹を睨みつけてきた。やはりその目には、あの金色の輝きが。


「ほ、本当に申し訳ありませんでした! 清掃業務に戻らせていただきます!」


 杏樹にもそろそろ理解できてきた。この魔法少女の目が光ると、何かろくでもないことが起こるらしい。昨晩の谷崎のような目にあうのはごめんだ。

 杏樹は追及を断念すると、口をつぐんだ。そして手だけを動かす。ったくもう。2日つづけて最悪な日だなんて!

 イライラしながらゴミを引っ掴む。と、そこで杏樹は奇妙なものを見つけた。このくしゃくしゃになった紙箱。表記がなんだかおかしくないか? 日本語が、まったく印字されていないではないか。

 不思議に思って箱をひっくり返してみる。成分表示らしき欄には、やはり見慣れた文字はない。これは……ロシア語だろうか?

 もしかして他にも? と思って探してみると、あるわあるわ。

 英語はすぐに分かったが、漢字だけのこれは中国語だろうか。蛇が何匹も踊ってるようなのもあれば、子どもの落書きみたいのまである。昨晩は暗い中で掃除をしたので気づかなかったが、なんだか世界中のゴミが集まってきたかのようだ。


「あの……」


 と口にしかけ、杏樹は思い直した。ナニをバカなことを。また怒鳴られるに決まっているのに。

 冷や汗をかきつつ掃除に戻る。しかし、ややあってから魔法少女が大きなため息をついた。


「あーもう。何よ、聞きたいことって」

「いや、その……」

「いーわよ、少しくらいなら答えたげる。ただし、1つずつにしてよね」

「それじゃぁ……」


 お許しをいただいたので、杏樹は思い切ってたずねてみることにした。また機嫌を損ねないよう、慎重に言葉を選びながら。


「えぇと。先輩は、大丈夫なんですかね」

「そりゃぁ大丈夫よ。気絶してるけど、死んじゃぁいないわ」

「そうじゃなくて! ありえないことしたんですよ!? 炎を……」

「ああ、そっちね」


 魔法少女は唸った。今度は軽く、小首をかしげながらだった。どう言えば杏樹が理解できるかを思案してくれているようだ。

 さっきまでの異様な威圧感のようなものが消えて、なんとも年相応で可愛らしく見えてくる。


「そうねぇ。このコは“歪められた”のよ」

「歪められた?」

「……アンタ、“大災厄”については知ってる?」

「そりゃぁモチロン知ってますけど。学校でも習いますからね」


 帝都大災厄。

 まだ杏樹が生まれる前の……20年以上昔のことだ。ある日、帝都に無数の恐ろしい化け物が襲来した。そいつらは街を破壊し、大勢の人々を虐殺し、帝都を蹂躙した。

 荒唐無稽で、映画や漫画みたいなフィクションであるはずの出来事。しかしそれは、れっきとした事実として記録されている。

 教科書にだって載っている。たまにテレビや動画配信サイトで、特集を見ることもある。

 当時まだ学生だったという両親は、その際の情景を今でも鮮明に思い出すそうだ。

 『あの日、帝都は燃えていた』と。


「あのとき飛来した化け物。連中はその“ほとんど”が滅ぼされた。でも散り際に、毒を残したのよ」

「毒?」

「ええ。原理を歪める恐ろしい猛毒。そのせいでこのコは、この世に存在しえない力に目覚めてしまった」

「この世に存在しえない力……。新太も、そんなこと言ってたっけ」

「ま、大事になる前に処理できて良かったわ。どうやら制御方法を理解せずに力を乱用したみたいね。消耗が酷いわ」


 言いながら魔法少女が、先輩のおでこに素早く指を走らせた。なんだか文字か何かを書いているようだ。実際には、それらしいものは見えなかったが。

 それにしても、と杏樹は思った。

 さっきの言葉。『この世』というのはつまり、杏樹たちの生きるこの地球のことだ。すなわち、江田島先輩が起こした異常な現象は、この地球上ではありえないそれということになる。当たり前のことだ。

 ならば。

 ならば、この世の外においてはどうなのだろうか。

 例えば、そう。

 “異界”においては?


「あの、ひょっとして……」

「今度はなぁに?」


 魔法少女が面倒くさそうに返事をする。だがやはり、その声音には最初のとき程の怒りは感じない。

 杏樹はもう遠慮せずに、質問を続けることにした。


「先輩が使ったのって、“魔法”だったんですか?」

「へぇ……」


 魔法少女が、また杏樹の方を見た。もう両目は光っていなかった。ついでに言えば、杏樹に向けられた視線には、何か興味の色が見て取れた。

  

「なかなか、勘がいいじゃない」

「え、じゃぁやっぱり」

「ええ、その通り。この子はその毒のせいで、魔法的な力に目覚めてしまった。きちんとした修練も研究も経ていない、出鱈目なそれだけどね」

「……先輩、元に戻るんですかね?」

「そのための儀式を今、アタシがやってんのよ。問題なく日常生活が送れるようにね」


 そう言って魔法少女が軽く微笑んだので、杏樹は胸をなでおろした。

 ギシキというのは分からないが、とにかく先輩が無事ならそれでいい。仕方なかったとはいえ、杏樹が乱暴な手段で気絶させてしまったから、心配していたのだ。

 だが、そうなると、だ。


「じゃあ魔法屋さんって、異界の……シティの人?」

「どうしてそう思うの?」

「だってほら。魔法を」


 魔法少女は少し考えるそぶりをすると、杏樹から目をそらして言った。


「……想像に任せるわ」


 その返答は、肯定しているのと同義であった。

 帝都と長年にわたり交流を続けてきた異界のシティであるが、民間人の出入りは―杏樹の知る限り―厳しい制限が敷かれている。具体的には、杏樹の通う第一中の生徒が代表団として、ほんの数時間ほど向こうの観光地を巡るという慣習がせいぜいだ。あとはもっぱらエライ人たちが行ったり来たりするばかり。

 ならば、この魔法少女はどうなのだろうか?

 明らかに政治家さんには見えない。まだ子どもだし。ならば密入国者ということになる。

 なんのために? どんな目的があって、地球の、この帝都で、魔法屋さんなんてやっているのだ?


「あの」

「……そろそろ質問も終わりにして欲しいんだけど」

「いえ、その。ひょっとして魔法屋さんって……この世界を守ってくれているんですか?」

「はぁ!?」


 素っ頓狂な声を上げ、魔法少女は目を丸くした。

 うわ。この顔。

 すっごくカワイイなぁ。

 

「冗談! この世界のことなんざ、アタシにとっちゃどーでもいーわ」

「はぁ。でも、それじゃぁなんで」

「アタシのためよ」


 魔法少女が杖を手に立ち上がった。どうやらギシキとやらは終わったらしい。


「アタシ自身のために。アタシはこの世界に撒き散らされた歪みを滅ぼすの。それが、アタシがここにいる理由」


 そう宣言し、魔法少女がふんぞり返った。はたから見れば、子どもがアニメかなんかのキャラクターにでもなりきっているようなカンジだ。だが、これはそういうのとは全然違うな、と杏樹は確信した。

 この魔法少女の、決意と自信に満ち満ちた目。

 彼女は本当に。

 そのためにこそ、この世界にいるのだ。


「買ってきました!」


 出入口の方から新太の声が響いてきたのは、ちょうどそのときだった。

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