第20話
アノーマリー102:ポルターガイスト
種別:白
アノーマリー102(以下、102)は幻聴および物理現象である。102は建造物や土地などの空間に立ち入った人間に対して発生する(人間以外の生物が影響を受けるかは不明。実験中)。102の影響範囲は最大で30メートルである。102を発見次第、機関はこれを一般社会から隔離する。
影響範囲内に立ち入ると、何者かが語りかけてくる声を知覚する。それに対して返答をした場合、声はさらに語りかけを継続する。この声との最長“対話”記録は、6時間におよぶ。
102内に人間が進入した場合、周辺の軽質量物体が宙に浮かび上がり、人間に対して接触する事例が報告されている。調査員は、充分な防護手段を用意したうえで102内へ立ち入ることとする。
特例:102において人間(あるいはそれに類する生物)の虚像が視認可能となった場合、当該102は直ちにアノーマリー531と再認定される。
『変わんねーもんだなー。昔も今も』
窓際に背中からもたれかかり、ユースケがそうぼやいた。
昼休みの音楽室。火事騒ぎがあったから、今は立ち入り禁止になっている。1人でいるにはもってこいの場所だった。正確には余計なのがくっついてきているが。
すぐそばで胡坐をかいていたユリは、お弁当のミートボールを飲み下しつつたずねた。
「変わんないって? 何が?」
『イジメだよ、イジメ。男も女も。しょーもねーよなー』
ユースケは物憂げだった。
彼はいわゆる幽霊であり、ずっとユリに憑りついている。いつもはすごく快活で、しかも何処にいてもまったく目立たないような外見であるから、とてもそうは思えないのだが。
今は少しだけ、それっぽかった。
「やっぱ、ユースケの時代でもそうだったんだ」
『おう。殴る、蹴る、プロレス技かける。持ち物盗んで捨てる。あと“シカト”もな』
「“しかと”、ってなに?」
『無視だよ。集団で無視してくんの』
「へぇー。今でもあるわ、シカト」
『あ! でも“エスエヌエス”だっけ? そういうのはなかったな。俺の頃は』
「あぁ、ネット自体が珍しかったんだっけ」
『まぁ結局は、陰口と大して変わんねーけどな。陰湿だよなー、マジで』
確かにおおよそユリの理解するイジメと合致する内容だった。人間の心理というか行動っていうのは、世代を経ても根本的な部分ではそうそう変化しないのだろう。
“弱い立場の人間を踏みつけることで、気持ちよくなりたい。”
きっとユースケが生きていたときより昔の人たちも、胸の内にそんなほの暗い欲望を抱いていたに違いない。
『ところでさ、ちょっといいか』
ユースケがユリの隣にどっかと腰を下ろした。
「なんだよ。これ、私んだよ。やんねーよ」
さっと自分の弁当を隠そうとすると、ユースケは呆れた顔をした。
『俺、ユーレイだぜ? 食いたくても食えねーよ』
「あ、そっか」
『それよりさぁ、何なんだよさっきの』
「そんなの見てたら分かったろ。しょーもなくって、陰湿な、ただのイジメだよ」
そしてその対象はユリだ。ユースケと出会うよりも前から続いている。
相手はケイコってやつ。それと取り巻き2人。少数なのだがやり口が巧妙だ。
すれ違いざまに後ろから蹴りつけてきたり、わざと聞こえるように酷いことを言ったり。
さっきみたいに、姿が見えないところから水をかけてきたり汚物を投げつけてきたり。
直接的に暴力を振るう際にはユリが1人になる状況を作り、さらには傷や痣が残らないように力加減をしたり。
とにかく証拠をこちらに与えないよう注意を払った上で、あれやこれやと攻撃をしかけてくるのだ。おかげで教師にも訴えても効果がない。まったく小賢しいやつらだ。
おまけにそいつらの親が議員だったり会社の社長だったりするのも厄介だった。そこそこ育ちのいいお坊ちゃんやお嬢様が集うこの第一中において、トップクラスの家柄だ。
それゆえに、今まで友人として付き合っていたクラスメイトたちが、このいじめが始まると同時に一斉にユリを腫物のように扱いだした。
彼らはユリがイジメ被害に遭っているのに気づいているだろうに、まったく助けてくれない。相談に乗ってくれるどころか、必要最低限の挨拶くらいしかしてくれない。
下手なことして、自分がターゲットにされるのが怖いのだ。
『そうじゃなくてさ、あいつらだよ。あの女子3人組』
ユースケが前のめりに詰め寄ってきた。
『あれ2年生だったじゃん。お前、下級生からイジメられてんのかよ』
「うっせぇな。いろいろあんだよ」
『いろいろってなんだよ』
「聞くなよ。入り組んでて複雑なんだよ」
実際、いろいろと複雑なのだ。ユリと、あのケイコは、単にいじめの被害者と加害者という関係性にはおさまらない。ただでさえ親に心配をかけたくないのに、心底面倒だ。
「とにかく、話す気はねーから」
『なんだよ。助けてやったのに』
「そりゃ……感謝してるけどさ」
それきり沈黙が場を支配する。
ユリは作業のように弁当の中身を片づけていき、ユースケは気が抜けたようにぼんやり虚空を見つめるだけ。
まるでお通夜だ。いじめが始まってしばらくの頃、ユースケと出会うまではこんな空気だった。ここ半年はいつも、賑やかしが好き勝手ベラベラしゃべるのをBGM代わりにしていたので、かえって調子が崩れてしまう。
「ねー、ユースケ」
『おー? なんだよ』
いたたまれなくなって声をかけると、ユースケはすんなり応じてくれた。これ幸いとばかりに、他愛のない会話の再開を図る。だが話のネタを即座には思いつかず、なんとなく勢いで口を開く。
「死ぬってさ、どんな感じなの?」
言ってしまってから、自分の無神経さに気づいて全身に怖気が走った。
何考えてんだ私は。ユースケだって私と同じで。いや、ひょっとするとそれ以上の苦痛を味わってきたかも知れないというのに。
『うーん』
内心で冷や汗をかくユリであったが、当のユースケは軽い調子で首をひねった。
『どうだったかなぁ。あんま覚えてねぇや』
「……なにそれ。だって死んだんだよ? 一生に一度の経験じゃん」
『あ~。屋上から飛び降りたのは間違いないんだよ。でも打ち所が悪くって……いや、この場合は良かったのかな? とにかく、一瞬でぽっくり死んじまったからさ』
「それ以来、ユーレイやってるわけ?」
『ああ。気づいたら、ずーっと学校の中をふらふらしてた。50年も』
「……そっか」
ユリがうめくと、突然ユースケが語気を強めた。
『おい。まさかお前、自殺しようってんじゃぁないだろうな。それだけはやめろよ、絶対』
まるで、というか実際にそうなのだろう。ユリを案じているかのように見つめてくる。その奇妙に熱っぽい態度にこそばゆい感覚を覚え、ユリは慌てて目をそらした。
「んなわけねーだろ。見とけよな、私はお前みてーに泣き寝入りなんてしねーから」
表情がゆるみそうになるのを誤魔化すため、あえてぶっきらぼうに言い放ってから弁当の残りをかきこむ。するとユースケは心外とばかりに口を尖らせた。
『……俺だって別に、ただで死んだわけじゃぁねーし……』
「なんだよ? 今みたいに憑りついて、相手を呪い殺したの?」
『そんな器用なことできねーよ、バカ』
「じゃぁなんだってんだよ、バカ」
煮え切らない様子の幽霊に罵声を返す。
ユースケは一体何を恥じているのか、赤面しながら答えた。
『遺書、用意しといたんだ。処分されたり隠蔽されたりしないように、その。新聞社とかテレビ局とかに送りつけてさ。何通も』
「へえぇっ。結構やるじゃん」
そう。ユースケもまた、イジメの被害者だった。
やはりユリと同じくたった1人だけターゲットにされ、孤立し、誰からも助けてもらえなかったらしい。
ユースケが自殺したのは、今から50年近く前だ。その頃はまだネットが普及し始めたばかりなので、情報を拡散しようと思ったらマスメディアを頼るしかなかったのだろう。
帝國最高学府の附属校たる第一中学校での不祥事なのだ。どこもよだれをたらして跳び付いてきたに違いない。
「それでそれで? どうなった?」
空っぽになった弁当箱を放り出し、今度はユリの方が前のめりになって続きを急かす。だがキラキラとした視線を受け止めるユースケは、逆にうつむき加減でためらいがちに答えた。
『何も、変わらなかった』
「はー? なんで? どーして? きちんと遺書に相手のこと書かなかったの?」
『いいや、書いたよ。イジメの加害者の名前、全員分。あと、そいつらにされたことも全部全部ぶちまけてやった』
「じゃぁ……」
と、そこで2人は硬直した。開け放ったままの出入口の向こうから、かすかに足音と話し声が聞こえてきたのだ。
誰か来る。たぶん複数。“占い屋”の客かも知れない。あいつはもう“処理”されてしまったが、その事実を知っているのはごく少数だ。そうでもなければ、この時間に特別棟に来るやつはいないだろう。
『河岸かえる?』
「ああ。静かにしてろよ」
『分かってるよ』
ユースケは幽霊なので、他の人間には見えない。つまりこうして会話しているところを見られでもしたら、ユリが大声で独り言を話しながら弁当を突いているようにしか思われないわけだ。
すでにいじめられていて友達もいないが、そのうえ異常者扱いまでされてはたまらない。とっとと弁当箱を片付け立ち去ろうとする。
しかし遅かった。教室の外へ出ようとしたところで、なんとその何者かが入ってきたのだ。
2人組みだ。女子と男子が1人ずつ。片方は見知った顔だった。
「ここって、江田島先輩のときの……本当にここなの?」
女子の方が言う。真っ黒に日焼けした、ショートカットのよく似合う女の子だ。きっと何かスポーツをやっている。
「ここだよアンジー、間違いない。さっきから反応がある」
男子の方が答えた。手にスマホを持って、画面越しに教室の中を見回している。……何しに来やがったんだこいつ。まさか……
「ん?」
2人もすぐにユリの存在に気づいた。男子生徒の方が声をかけてくる。
「東雲先輩。ここで何を?」
「見りゃ分かるだろ。昼飯だよ」
疑わし気な視線を躱すようにそっぽを向く。
中林新太。いつもボサボサの頭をしただらしない男だ。とある“バイト”で顔見知りになったのだが、かなり癖が強いので苦手なやつだった。ユースケが『知り合いか?』と聞きたそうに視線を投げかけてくるが、当然無視する。
「お前こそなんだよ。デートか?」
茶化してやると、女子の方が顔を赤くして「違いますよっ!」と叫んだ。名札を見ると、天原杏樹とある。新太と同じ2年生のようだ。
新太と一緒にいるってことは、ひょっとして新しいバイト仲間か……?
「僕らは、先輩の代わりに仕事をしに来たんです」
と、こちらはまるで頓着している様子もなく新太が言う。
やっぱりだ。いけない。このままだと、ユースケが。
「そりゃご苦労様。私はもう行くから」
早々に会話を切り上げて、出口へ向かう。ユースケも後ろからこそこそとついてきた。
その際、新太を押しのける形になったが、そこで彼の両目がぎらりと光った。
スマホの画面から目を放してこちらを見て、それから再びスマホをこちらに向けて画面を覗き込む。
そして一言。
「見つけた。幽霊だ」
はっきりと、ユースケの方を指さして言い放つ新太。
まずい、と思ったがもう遅い。ユースケが驚き声を上げた。
『え? まさか俺のこと見えてる? 声、聞こえる?』
「ええ。はっきり見えますし、声も聞こえます」
新太が律儀に返答する。
それを聞いたユースケは『ウルトラスゲーじゃん!』と興奮したが、逆にユリは深いため息をついた。




