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第13話


 アノーマリーについて補記

 アノーマリーは、既存の科学によらない現象の総称である。すなわちアノーマリー現象は、我々地球人類種が有する浅はかな常識では到底すべてを理解しきれるものではない。

 新たに発見されたアノーマリーが、既存のいずれかと類似した特性を有していたとしても、安易に同種としてカテゴライズするべきではない。

 機関の全職員は今一度、『どのような事態も起こりうる』という可能性を念頭に置いた上でアノーマリー調査活動にあたることとする。



 杏樹は混乱していた。現在の状況が飲み込めていなかったのだ。

 私、どうして図工室に来たんだっけ? 新太はまだしも、なんで浮気男の谷崎なんかと一緒に? そもそも今って昼休憩だっけ? お弁当まだ食べてないからお腹減ったなぁ……

 なんだか頭の中がドロドロに溶けたアイスみたいだった。ぼんやりと眺めるその視線の先では、新太と……もう1人はたしか……和谷かずたにだっけ? が、何かを言い合っている。


「なんだよ、お前。ジャマすんなよ」

「そっちこそやめろ! これ以上、“力”を使うな!」


 新太が今にも噛みつかんばかりの勢いで叫ぶ。和谷が顔をゆがめた。


「どうなってんだ……? おい、今すぐ出て行け! 今すぐにだ!」

「お断りだ!」

「くっ! 俺の言うことを聞けっ!」

「いいや、僕の指示に従ってもらう。その“力”は危険だ。今すぐに使用を停止しろ!」


 またもやアラーム音が鳴った。新太のスマホだ。さっきから2人が何を言っているのかはまったく分からなかったが、なぜだかこれだけはすんなりと耳に入ってくる。ヒドく勘に障るのに、聞いていると何かを思い出しそうになって……


「えぇい、こんなことは一度もなかったってのに。……おい、お前らっ」


 突然、和谷がこちらに視線を向けた。そして新太の方を指さして言い放つ。


「そいつをとめろ!」


 瞬間、身体が動き出した。杏樹だけではない、谷崎もだ。

 理由なんて考えるまでもなかった。“命じられた”から、だからそうするべきなのだ。

 

「アンジー? よせっ」


 有無を言わさずに両手で右腕をつかまえる。谷崎は左腕だ。そこに廊下で待っていた江田島先輩まで飛び込んできた。ちょっと驚いた様子の和谷だったが、彼女が新太の両足にしがみついたのを確認すると、「そのまま足止めしとけっ」と言い捨てて出て行ってしまう。

  ……はて、足止めというのは、いったいいつまでしていればいいのだろうか?


「まずい! アンジー放せっ! 逃げられる!」


 わめきながら新太がジタバタと暴れる。

 こちらは3人がかり。それにそもそも新太は、小学校の頃から常に体育の評価が最低ランクだった男だ。抵抗は無意味。ここはその事実をはっきりと教えてやらねばならない。

 右手だけを放して、大きく振り上げる。

 そうだ。この陰キャに対しては、いつだってこの手が一番だったではないか。


「とりゃっ!」


 暴れる新太の、その無防備な後頭部をばしりとひっぱたく。確かな手ごたえとともに、絶叫が室内にこだました。

 

「痛い!! よせよ、アンジー!!」


 その瞬間、耳障りなアラーム音がひときわ大きくなった。同時に重たかった頭の回転が滑らかになり、思考が一気にクリアになる。

 そうだ。確か私は新太に頼まれて、占い屋さんとやらを探しに……


「え? あれ? わたし、ナニして?」

「やっと気が付いたか。早く放してくれ」

「あ、ゴメン」


 涙目で睨みつけられ、慌てて新太から離れる。谷崎たちも正気に戻ったようで、妙な顔をしながらそれに続いた。

 そのおり、亜子先輩が慌てた様子で、しかしのたのたと入ってくる。


「いったいどうしちゃったの? 急にタエちゃんが飛び込んでっちゃって。それに和谷君はどこかに行っちゃったし。みんなしてどうしたの?」

「いや、それが」

「わたしたちにもさっぱりで」


 谷崎と江田島先輩がそろって首をかしげる。それを見た亜子先輩まで、つられて同じポーズをとった。くそう。やっぱりカワイイな、この人。……ではなくて!


「新太!」

「分かってる。……亜子先輩、彼はどっちへ?」

「え? 階段の方みたいだったけど」


 亜子先輩が、首を反対側へ傾げて言う。うむ、カワイイ。


「ちょっと、どうする気なの」

「僕らで追いかけます。先輩は2人を連れて戻ってください」

「報告は後でしまーす!」


 そのまま返事も聞かず、杏樹と新太は図工室を跳び出した。

 

「ねぇ新太! さっきのってまさか」


 廊下を走りながら問いただすと、新太は即座に肯定した。


「ああ。間違いなく、“力”による攻撃だ」

「やっぱり……」


 他の3人は状況がつかめていないようだったが、杏樹はすぐにピンときた。恐らくは、魔法屋さんが杏樹にかけた怪しげな魔法と同じ。


「彼が使っていたのは、意思とは無関係に人を操る“力”だ。かなり危険だよ」

「でもヘンじゃない? 占い屋って言うからには、てっきりそーいうもんかと思ってたけど」

「上手いこと人に命令を聞かせて、それらしく演出してたんだろ」

「……それ、私たちだけでなんとかできるの? やっぱり谷崎先輩とか連れてきて」

「そ……れは、駄目、だ」


 このへんで明らかに新太の走るペースが落ちてきたので、仕方なく合わせてやる。新太が息も絶え絶えに続けて言った。


「先輩たちがいると、かえって面倒なことに、なりそうだし」

「あーそうかも」


 あの和谷が使う“力”の前では、多勢はかえってあだになる。さっきみたいに操られておしまいだ。さりとて2人でどうにかなるのか?


「見ていた感じだと、彼はかなり“力”を使っていた。きっと今はかなり消耗している」

「こないだの江田島先輩みたいに?」

「うん。だからこのチャンスを逃す手はない」

「でもどうすんのよ。あんたは平気みたいだったけどさ、きっと私、また操られちゃうわよ」


 なんで新太が操られなかったのかは分からないが、杏樹はそうはいかない。このままでは、捕まえようとして近づいただけでアウトだ。


「いや、そうでもない」


 とうとう新太が足を止めた。そして膝に手をついて肩で息をし始める。まだ50メートルも走っていないというのに。なんつー虚弱体質だ、この陰キャは!

 腕を組んでイライラしながら待っていると、30秒くらい経ってからようやく新太が顔を上げて言った。


「アンジー、音楽を聞くのは好きだろ?」

「へ?」





 和谷がこの得体のしれない“力”の存在に気づいたのは、おおよそ半年くらい前だっただろうか。欲しいゲームソフトがあったので、ダメもとで両親に「小遣いをくれ」とねだったときだ。

 和谷の両親は厳格であり、塾や参考者の類には喜んで金を出してくれても、和谷の下らない趣味について許容してくれる人間ではなかった。

 だがそのときは、実にあっさりと万札を下さった。 

 で、驚きつつも冗談交じりに「これじゃぁ足りない」と言ったら、もう3枚ほど下さった。

 それ以上は怖くなって―なにより両親に申し訳なくて―やめたのだが。なんだか気になったので後日、今度は学校で友人らに「金を貸してくれ」と頼んでまわってみた。

 断る者は1人としておらず、たちまちのうちに和谷の財布ははちきれんばかりに膨らんだ。

 さすがにこれは何かある、ということでいろいろと実験を始めた。

 そして、結果はすぐに得られた。

 要するに、和谷が叶えて欲しいという意志をもって願えば―あるいは命ずれば、それを聞いた者は直ちに実行してくれるということだ。

 この“力”を上手く使えば、最高の人生を歩むことができる。金なんて好きなだけ手に入るし、女だって……!

 中学2年生という年齢も手伝ってか、なかなか痛々しい野望を抱いた和谷は、即座に行動を始めた。

 ただ、サブカルチャー好きが高じていらない知恵をつけていた和谷は、“力”をひけらかすことの危険性についても考えた。

 能ある鷹は爪を隠す、というワケではないが、こんなヤバい“力”をもっていることがバレたら最悪、隣接する帝大医学部で解剖されかねない。

 そこで占い屋だ。

 胡散臭くもそこそこに人を引き付ける魅力的な名称。実際に占うワケではないが、“力”を使って確実に他人を命令通りに動かせるので、おおよそ客からの注文に近似した結果が得られる。

 教師にお願いすればテスト範囲の情報が手に入るし、恋愛だったら客がアプローチしやすい状況になるようお膳立てしてやればいい。客本人の背中も押す形で命じてやれば、それなりに上手くいく。

 そうやって商売をするなかでカワイイ女子を見つけたら、今度は和谷がツバをつける……と、こんな調子でやってきたのだが……


「“力”を使いすぎましたね」


 背後からかかるその声に、和谷は階段を下る足を止めた。

 図工室から力の限り走ってきたが、距離的にはそれほど離れていない。消耗していたから、追いつかれることは承知の上だ。

 振り返ると、階段の上に立つ男子生徒と目が合う。さっきの1年生だ。和谷の言葉に一切従おうとしなかったヤツ。コイツ、いったい何者だ? 何が狙いなんだ?

 

「あきらめてください。抵抗は無意味だ」


 黙っていると、その1年生が言った。


「その“力”は危険だ。これ以上、使うべきじゃぁない」

「……イヤだっつったらどうする気だ?」


 後じさりながら問うと、1年生は同じだけ距離を詰めるように階段を1つ下りた。


「残念ですが、拘束させてもらいます。その後、しかるべき処置を受けてもらいます」

「絶対にイヤだね」


 言い返しながら、1年生の背後へそっと視線を動かす。そこに身を隠すようにしてこちらを覗き込んでいるのは、件の杏樹ちゃんだ。右手には箒。武器のつもりらしい。

 ……よし、まだ行ける。この状況さえ乗り越えられれば、どうにかなる!

 和谷が不敵に笑うと、1年生はかぶりを振った。


「無意味だと言ったでしょう。かなり疲労しているはずだ。いまのあなたなら、僕でも捕らえられる」


 事実だった。いま和谷の全身はひどい疲労感と倦怠感に支配されている。

 この“力”はまったく素晴らしい。和谷の望むものが何でも手に入る。しかしまったく制約がないワケではなく、使えば使うほどに体力を消費するのだ。

 現に先ほど、慌てて広範囲に“力”を発動したものだから、もう走ることすらできない状態に陥っている。

 ……どうやらコイツ、この“力”について何か知っているらしいな?

 ならば、なおさら捕まるワケにはいかない。逆にこっちが捕らえてイロイロと聞き出すべきだ。なぜかコイツには“力”が通用しないようだが、マヌケなことに杏樹ちゃんを連れてきている。

 あと1度。1人くらいなら操れるだろう。

 和谷は即座に決断した。


「そいつを捕まえろ!」


 杏樹ちゃんを指さし、先ほどのように声に“力”を乗せて命ずる。すると彼女は、ゆっくりと動き出した。……が、1年生の脇を素通りして、なんとこちらに歩み寄ってくるではないか。


「なっ? おい、そいつを捕まえろ! 捕まえろったら!」


 なけなしの“力”をふり絞り、再度大声で命ずる。だが結果は同じだった。杏樹はまるで命令が聞こえていないかのように、無言のままに詰め寄ってきた。そして両手に握り締めた箒を大きく振り上げ上段に構える。

 と、その拍子に彼女の髪が一瞬ふわりと浮き上がり、耳のあたりが露わになった。


「あ……イヤホン……?」


 漏れ聞こえてくるのは、人気のJpopの楽曲。ここまではっきり聞こえるということは、よほど大音量で流しているのだろう。

 納得するのと同時に、和谷の脳天めがけて箒が振り降ろされた。


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