98 回避
今日は事前にエルトナを呼んでいた。
アッサル国で小競り合いのような動きが出ているとは報告を受けていたが、大きく動きがあったため、現時点での詳細報告があるからだ。
カシスは優秀だし、帝国の報告も細かい。それにサジルやアシュスナからの報告もある。それで理解しなければならないのはわかっているが、僕は素人だ。あくまでも一年の間にルールー統治区の制裁範囲を決定し、新しい当代を作ることが役目でしかない。そんな役目を押し付けられたからと言って、偉い訳でもない。
書類の形式や報告の裏まで全てわかるわけではないし、カシスもその手が本職ではない。今回の世話役であるサジルはアシュスナに貸し出してしまった。
そうなると、ついエルトナを頼ってしまう。帝国軍から機密保持の契約を交わしてくれているので、相談しやすいし、何よりも、役に立つ。
「では、報告を」
三階の応接室にはエルトナと帝国軍から派遣された人が既に待機していた。席に着くと慣れた調子で報告がはじまった。
それ以前の報告は、ジェーム帝国近隣にアッサル国の軍が集まり出した事。規模からして数日の戦闘では済まない事と、陣形によっては一部の帝国市民に被害が出る可能性の話があった。
国境付近の村人の避難など、色々と難しい話も聞いた。女子供は近くの大きな町や親戚のいる別の村へ向かわせ、男たちは帝国軍の指示に従い防衛線を作る。
カシスは帝国軍と既に話をつけているらしく、戦争が発生した場合、僕を連れて即時ジェゼロへ帰還する。アッサル相手に負けると思っているわけではない。カシスは安全を守ることが仕事、万が一に大規模な戦となれば、帝国軍の警備は僕ではなくそちらに向かうし、向かうべきだ。だから、帰国させるということだ。
できれば残りたいが、従うしかないだろう。そう思っていたが、今回の報告で事態が急変していた。
「現在、アッサル国の兵の大半は首都へ帰還命令が出て帰還をはじめました」
停戦か何かが上手くいったのだろうか。
「現在、首都は暴動を起こした国民に占拠され、国王は既に捕えられたとの事です」
「……暴動」
浮かんだのはコーネリアお気に入りの革命話だ。男装女子は置いておいて、贅沢をした貴族や王が数の暴力で敗退する。
ジェゼロでも一度似たことはあった。王が実施捕らえられるような形になり、王を蔑ろにしたと神が怒り、政治は議会院が頑張る形で落ち着いたので王族は殺されたりはしていない。そもそもちゃんと政治をしなかった王なので、捕えたものも致し方なくであり、それらで処刑までされたものはいない。
王である以前に神子であるジェゼロ王と違って、他国は神の許しも関係ないので、敗北すれば命も危ういだろう。
「当初、首都に残っていた軍や治安組織が制圧しようとしていましたが、将軍が寝返り、国王側と対立した結果、いまは落ち着いた状況になりつつあります。戦争にと集められていた兵も、街道の封鎖で到着が遅れました。国王に忠義を持っていた兵も少なく、軍を離脱か将軍の許に着いたため、内戦も小競り合い程度です」
「その将軍が黒幕ですか?」
政権略奪や王制の陥落は簡単ではない。そもそも、玉座に座るものはそこから追い落とされないように細心の注意を払う。それこそ、国民の生活よりもだ。王の頭が足りなければその周りに賢いものが座り、上手く蜜を奪っていく。謀反の片鱗でも見せればすぐに潰されてしまうものだ。
奇しくも、ジェゼロではなく旧人類の歴史で学んだ。
ジェゼロ王である母は、あまり国王であることに執着がない。政治の失敗は基本議会院の責任で、王様が神子としての務めを果たすから平和だという認識を持っている。むしろ、お願いだから国王でいてくださいと言った雰囲気すらある。母に関しては昔に色々あって、他の王よりも腫物のように扱われている節がある。
国王を挿げ替える、追い落とせる国と言うのが不思議ですらあったが、この方が普通なのだろう。
将軍がどんな人物かわからないが、ハザキ外務統括が裏切るようなものだろうか。
「黒幕は……わかりかねます。現在帝国側へ戦争回避の申し出が届いているため、しばらくは戦争に発展することはなくなったかと」
ひとまず、ジェゼロへ強制帰還はなくなった。もっとも、もう少しで前期が終わるので、もう少ししたらジェゼロにはどちらにせよ帰る。
ふと横を見ると、エルトナが少し呆れた顔をしていた。呆れているというか、苦笑いだ。
「エルトナは、どう思いますか?」
最初は、帝国側の報告の人はエルトナを見て微妙な顔をしていたが、最近はどこか緊張した顔をするようになっていた。
「まあ、あちらはしばらく放って置いていいと思います。ルールー統治区へ飛び火することはないでしょう」
「理由を伺っても?」
結論だけを教えられてしまったので、解き方を聞いた。
いつもは直ぐに教えてくれるか考えさせるための質問返しがあるが、今日は報告に来ていた帝国の人へ視線を向けていた。中年の帝国の軍人は少し顔を強張らせている。
「……これは帝国軍が穏便に済ませるのによく使う手口です。国家としての機能を解体し、新しい政権は帝国の息がかかっていて、争う事で自国を滅びに導くのか、それとも人間らしく対話し、共存するように話をもっていくのかと。大抵は後者です。たまに誇りが高すぎて前者を選ぶ国家もありますが、帝国にはそうそう勝てません。まあ、革命成功後調子に乗って制御が上手くいかない、国民感情が激化し帝国の傘下に入れない場合もありますが……今回は七割がた上手くいくと思います。政治はある程度誘導できますが、群衆は時として以外な動きをしますから。今はこのまま状況の確認でしょう」
エルトナは色々なことに詳しいが、この事にもよく知っているようだ。
「ルールー統治区とも多少は関係あるので、移民や亡命を含めた対応の強化と、万に一つに備えた防衛線の強化は帝国軍とルールー統治区で話し合い実施する必要はあります。それ以外のアッサル国への対応は基本帝国主動で任せましょう」
「こちらとしても、ユマ様には他国との諍いにまで参加していただく必要はないと伺っております」
エルトナの意見を帝国軍も推している。カシスも頷いている。
僕としてもわざわざ藪をつつき倒す趣味はないし、既に一線を超えている気もするが、これ以上の事は避けたい。
「わかりました。後学のために、アッサル国の体制の変化や民衆の生活の変化などは教えていただけるとありがたいです」
「了解しました」
少なくとも、アッサルと言う国で一つの大きな変化が起きている。そこに住んでいるわけではないので、僕自身が何か大きな影響がでる訳ではないが知っておくことは大事だろう。
いや、一人大き目の影響があるか。今日の警護はカシスとリリーだ。トーヤを連れてくることも最近は増えていたが、アッサル国についての報告では事前に内容確認をしているカシスが連れてくるか決めている。
トーヤ自身は顔には出さないが、もし逆の立場で、ジェゼロが大変な状況だとなれば僕は国に帰りたいと考えるだろう。まあ、国民と王族では立場が違い過ぎるが、心配しない方が無理というものだ。
危険だが、一度帰りたいというならば帰郷の許可を出してもいい。ただ、簡単に故郷の家族の許へ帰っていいよと言ってしまうと、反発されるだろうか。トーヤはニコルやアリエッタのように僕が喜ぶと嬉しいとか役に立ちたいというほっこりするような心持で働いていない。下心のないベンジャミン先生のような感じだろう。いや、先生の方が母への忠誠心は格段に上だが。
トーヤへの対応は部屋に戻ってからか。
他にもいくつか確認をして、エルトナに補足をしてもらった。
最後に僕の帰郷の確認をしておく。試験はもうすぐだ。前期が終わったら、また帝国の警護が決めた日程でジェゼロへ戻ることになる。
「エルトナも私と同じ列車で国へお連れすることで問題はないですか?」
移動時の警護体制は帝国へ丸投げだ。列車を使うので運行調整も必要だし、人員もいる。ついでとは言えお友達枠で連れて行くとなれば確認は必要だろう。
帝国軍の人はちらりとエルトナを見た。
「……確認ですが、ヒスラへ戻る際は別に準備させていただいたほうがよろしいですか?」
夏の島休暇もある。エルトナは何か目的があるようだが、僕と同じ日程期間いるとなれば研究所が立ち行かなくなるかもしれない。
「ああ、安心してください。ジェゼロへは亡命目的ではありません。まだ予定は確定できませんが、ユマさんより先に帰る場合、一人か二人、警護をお願いしたいですが、定期便で運んでいただければ」
「そうですか。わかりました。そのように手配しておきます」
一人二人ではなく、もう少しちゃんと数をつけて送ってもらうように後で頼んで置こう。
ユマ様とカシス隊長から、故郷へ戻ることを許可できると申し出があった。
ユマ様にジェゼロへ向かってからでは、アッサル国へ向かうことは難しくなること。故郷にいる家族や親類、友人が心配であれば、ユマ様がジェゼロへ行く間に帰郷してはどうかと。
カシス隊長からは、行くのであればついでに情報収集を頼むことになると言われた。
正直、苦い物があった。情報収集役として命じられたのであればアッサルへ向かうことは吝かではない。だが、カシス隊長ですらそれはついでの扱いだった。むしろ、帰郷の言い訳を作ってくれているようだった。
自分は押しかけ警護のようなものだ。助けていただいた恩を返したいととどまっている姿はニコルが飼っている犬のように思われているのかもしれない。
ユマ様の許で働くことで、寝食には困らない。待遇は時間契約者の中でも最下層のような契約書面だった自分にはあまりにも似つかわしくないものだ。最近は認められてきたと思っていたが、ユマ様にとってはたまたま見つけた野良犬程度の存在で、どこかへ行くならそれでもいい扱いなのだ。
「トーヤ!」
定期訓練を終えて軽く汗を流して風呂場を出ると、アリエッタが仁王立ちをしていた。いつもの姿を知っている自分からすれば、子犬が虚勢を張っているように見える。
「どうした?」
「お話があります」
つい先日、ミトーが大事な会議だと言い、ナゲルの部屋に連れていかれた。ジェゼロ神国へ向かう前の心得を伝えたかったようだが、正直、真摯に対応していれば問題ないようだということしかわからなかった。途中、ユマ様が参加され、誰を重視しているかわかったことはよかったと思っている。
ミトーは優秀な諜報員だが、少しずれている。そう思いながら、アリエッタの後ろをついて屋上庭園へ入った。
アリエッタが基本的に世話をしていて、定期的に庭師も入っている。庭師が着た時は誰かしら警護が監視に入っていた。万が一を考えることは常に必要だ。相手を信用するのと、職務を放棄するのは別だ。
夏の初めだけに、青々とした植物と花々が並ぶ。ユマ様は植物もお好きらしく、時間があるとここで絵を描いている。今は研究校に行かれているので他に人はいない。
「何か相談か?」
アリエッタは俺よりも余程苦労した人生を送っている。偉そうにユマ様に病んだ姿を見せるな成長している姿を見せろと言ったが、そんな必要はなかったのだろう。尊敬するほどに強い。
それでもまだ十五にもならない子供だ。同じ境遇で買われたココアもいなくなり、ニコルはあまり相談役に向かない。兄の事もある。大人に何か相談くらいはあるだろう。ジェゼロ出立の準備も始まっている。受け入れられるかの不安もあるだろう。
「トーヤはアッサル国には行ってはダメです」
見上げる明るい茶色の瞳が、じっと見上げてくる。
「なぜそう思う?」
ユマ様からの命令でなければ向かうつもりはないが、誰かから何か吹き込まれたのかと問い返す。
「だって、トーヤはユマ様とユマ様の故郷に行きたいんでしょう。ユマ様は優しい方だから、家族や友達のためだって言えば、お仕事をお休みにしてくれると思います。でも、トーヤは全部捨てて、自分で時間契約者になったのでしょ。なら、それを選ぶトーヤを止めなかった人じゃなく、ユマ様を選ぶべきです!」
もしアリエッタでなくミトーがこんなことを言い出したら、あまりいい気はしなかっただろう。自分の人生を売ってでも金を用意した時の気持ちを。それを裏切られた絶望を。お前に理解できるわけがないと。
「……」
無論、言えば止めた者はいただろう。誰にも相談せずに契約を交わしたのだ。
主君を守れなかった自分を罰したかっただけなのか知れない。その心の隙が口車に乗らせたのだ。
ユマ様は何の覚悟もなく、ただ可哀そうだからと俺たちを買った。それでも、俺はいつの間にかユマ様に仕えたいと思い、努力していた。
ニコルのように、咄嗟の判断で川の濁流へ飛び込むこともできない。捜索隊からすら外された。ユマ様から、不要だと思われても仕方がない。
「俺は、国よりも、親兄弟よりも、ユマ様をお守りしたい。騎士として認められたい」
子供のような承認欲求が、口から洩れる。アリエッタやニコルよりも余程自分勝手な願望だ。俺は、ユマ様のためではなく、自分の誇りのためにユマ様へ仕えたいのだ。
そんな幼稚な言葉に、アリエッタが満足そうに笑い頷いた。
「頑張りましょう! 成長して、ちゃんと役立つところをお見せして、ユマ様に買ったことを後悔させないようにしましょう。私、トーヤやニコルにも負けません。だから、一緒にユマ様のご家族に認めてもらいましょうっ」
いつの間にこんなにはっきりとものを言えるようになったのか。いつの間にか、自分はアリエッタに追い抜かされていた。
「ああ」
頷きながら、本妻は無理でも、アリエッタならばユマ様の愛人や妾には成れるだろうと頭に過ぎった。侍女であっても、ユマ様ならば相応の待遇を用意してくれるだろう。
そう思い、少し胸がざわついた。
後に続く布石がありつつ、ややこしくて何書いてたか自分でも忘れるので。
この回は思い出すようにも大事です。私的に




