96 ルーラとユマ
今日は珍しく、ルーラがお茶を淹れてくれていた。
エルトナの方を見ると、肩を竦められた。
「今日は、ユマさんとお話しをしようと思います」
「すみません、私は仕事を手伝いにきているので」
普段にはエルトナに色々と意見を聞いているのは棚に上げて置く。
「………あなた。私の事、嫌いですわよね」
じとっとした目で見られる。こういう目で見られるのは珍しい。こちらにきてから嫉妬か羨望が多かった。何となく、遊んでくれないと駄々を捏ねるソラを思い出した。
「正直に言っても?」
今日はサセルサもいる。機嫌を損ねても上手く宥めてくれるだろう。別に嫌いではないですよ。と誤魔化してもいいが、世の中にははっきり伝えた方がいい事もある。
「嫌いと言うよりも、苦手です」
「なぜですかっ」
なぜと問われて少し考える。
別に僕を男と見て好意を寄せているわけではない。アンネやコーネリアも最初は少し苦手だったが、最近はそうでもない。リリアナとあまり接点が多くなかったので、今日は少し身構えていた気がするが、彼女の絵は繊細でそれでいて迷いがない。作品を知っている所為か、嫌いではないし尊敬している。
ルーラは色付きの鉛筆で絵を描くことが多い。線を幾重にも重ねて作品を作る。作品と本人があまり合致しないが、珍しい画風で綺麗だとはもう。作品としてはよいと思うのに、やはり本人は苦手だ。
人間は経験上、初対面で相手の雰囲気から得手不得手を感じ取るものだ。危機管理といってもいいのかもしれない。自分の中で、ルーラは危険だと感じ取って警戒しているのだろう。
「でも、ルーラさんも、私の事あまりお好きではないでしょう?」
問いに問いで返して言葉を濁した。
「ええ、好きではないです」
はっきりと言い切ると、僕と違って理由を述べ始めた。
「同じ学科の皆さんはユマさんを特別扱いしていますし、他の科の生徒だってどこかのお姫様みたいに扱っているじゃないですか。それに、ナゲルは常にあなたを優先しています。別にあなたが誰かから特別扱いをされても悔しくありませんが、ナゲルの好意を当たり前のことのような態度で対応したりするのが癪に障ります。それにっ、親衛隊の方たちに声の一つもかけたことがないと言うではないですか。正直、上に立つ者、敬われるものとしての態度として如何なものかと思ってしまうのです」
「…………?」
首を傾げてしまう。
入学時から、旧人類美術科の人はとても気を使ってくれている。それを自覚していないわけではない。
ナゲルは友人でもあるが、身辺警護と言う意味でナゲルは近くにいるのでかなり気を使ってくれている自覚もある。今回の留学へのナゲルの同行は学内の状況を確認する目的もあった。留学費用だけでなく手当もある。それに友達として色々助けてくれたり話をできるのはとても感謝している。まあ、そこら辺は見方によって不誠実に見えるかもしれない。ただ、最後の方に不思議なのがあった。
「親衛隊?」
そういえば、二年目からは特に嫌がらせがなくなった。それと同時に物を贈られることもなくなった。時折数人の男たちとたまに女性も混じってこちらを見てくることがあった。
僕自身は立場上、ジェゼロでいじめられることはなかったが、学校でそういうものが全くなかったわけではない。暴力や度の過ぎたものはなかったが、僕に話しかけたという理由で女の子が他の女子から無視されていたことがある。ナゲルがそう言うことしてると、孤立した女子をユマが気にかけるぞと忠告してそういう悪習はなくなった。こちらでも身分が高そうであるとは知られているが、正式にジェゼロ王の子とはしていないので、直接的な攻撃ではなく、間接的な無視をしたりの嫌がらせだろうと流していた。
ただ、嫌悪や嘲笑を感じなかったので、誰か権力者の子供の指示かと思っていたのだ。
「去年度の最後には非公式ですがそういう団体ができています」
淡々と教えてくれたのはエルトナだった。
「冬の間、居残り組や研究員が会則などを作っていました。面白いので放っていましたが、抜け駆け禁止、話しかけられない限りは話しかけない、進路妨害をしない、害なす不届き者は会員間で周知。後は、ユマに会の存在を知られないように配慮することと、ユマの友人たちに会則を強要しないなどもあるようです」
「………そんなのができてたんですか……」
「本当に気づいてないとは思いませんでした」
エルトナに少し呆れられている。
通りで去年のような面倒ごとがなかったわけだ。
「つまり、ルーラさんもご自身の親衛隊を作って欲しいと」
僕と並ぶ美少女なら来年くらいにはできているんじゃないだろうか。そして勢力が二分して戦争が起き、勝利したいと。
「有象無象はどうでもいいのです。それよりもナゲルです」
さっきはそれらに対しての態度もなっていないと言っていたが、結局は男の話らしい。
ナゲルはいつもこんな面倒な対応をしてくれていたのだろう。
「……ですから、ナゲルは友人で恋人にはなりませんよ」
男と知られていたジェゼロ国内ですら、ナゲルは僕に近づくなと女の子達から言われていたことがある。女と思われている今だともっとひどいかも知れない。本当に苦労をかける。
「違います。その……」
もじもじとしながら、お茶の入ったカップを僕の仕事机に置いた。
「ナゲルは抜きで、その、女の子の友達が欲しいのです」
絶対に嘘だ。ナゲルの友人でなければ僕には興味がないだろう。
「女友達ですか………でも嫌いな相手と友達にはなれないのでは?」
僕は女装なだけで女の子ではないことは黙って置く。事実を知っているエルトナは全く表情を変えていなかった。
「わたくしは、ナゲルが好きです。ユマさんは恋愛でなくても友達としてはお好きなのでしょう? 同じものが好きならば、友達になれると思います」
ソラが言っていた言葉を思い出した。ベンジャミン先生は同担拒否だとかなんとか……ソラはたまに不思議な造語を作るが、何故か浮かんでしまった。もっとも僕はナゲルに恋人ができることは否定していない。むしろ一生僕の世話ではかわいそうだ。ルーラは見た目だけならば、羨まれる外見をしてる。
「はぁ……わかりました。でも、私にとって友達と言うものはかなり重要な存在です。隠し事や黙っていることがあっても許しますか、悪意を持って騙したり、利益を取るためだけに利用する相手は友達とは言いません。もしそういう人だと判断したら、私は友人であるナゲルにそんな相手は絶対にやめて置けと助言します。それでも私と友達になりたいですか?」
ナゲルは親衛隊とやらを知っていた可能性は高いが、危険がないならと特に言ってこなかった。カシスには報告していたかもしれない。全て詳らかにする必要はないが、騙して人気のないところへ連れて行き、自分の利益を得ようとする相手は少なくとも友達とは言えない。
昔は義務教育で通っていた学校の生徒の大半が友達だと思っていた。王様の子供であるのだからみんなが優しかった。だが、実際は知り合いであって友達ではなかった。
「ナゲルの友達を困らせるなんてありえないでしょう。私は、そんな卑怯ものにはなりたくありません」
きっぱりと言い切られた。
「ただ、ちょっと嫉妬するのは大目に見てください」
生まれとか、立場関係なく、恋する女の子を見て困ってしまう。苦手だが、根が悪い子ではないのだろう。
「ナゲルに物を贈ったり、無理やり隣に座ったりしているようですけど、それはあんまりよくないですよ」
応援まではしなくても、助言くらいはと思えてしまう。




