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女装王子の留学記 ~美少年過ぎて女性恐怖症になったけど、女装していれば普通に生活できます~  作者: 笹色 ゑ
二年生前期

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95 リリアナ・リアー


 学科に入ると、話に出ていたルーラがいた。そういえば昨日は学校にも来ていなかった。ナゲルにきっぱりと言われて落ち込んでしまったのだろうか。

 僕としては、正直に言ってナゲルの彼女にルーラは相応しくないと思ってしまう意地の悪い部分がある。

 ただ、ナゲルに対して好意を持ったルーラの目は中々いいと評価しよう。


「ユマ……さん。なんかルーラが元気ないんですけど、知ってます?」

 話しかけてきたのはルーラと同じく今年から学友になったハンセット・アドラーだ。彼には何度か彫刻画の仕上げについて相談していたので少しは顔なじみだ。

 流石に、ナゲルに正面から振られたとは言えない。


「いえ……ハンセットさんはルーラさんと仲がよろしかったですね」

 二人は一年次分の補講が組まれていたため時折一緒にいたのを見ている。


「仲はまあ……そこそこだけど。お前たちの方が、こっちで仕事の手伝いもしてるから仲いいだろ」

「……まあまあですね」

 話はするが、特に仲がいい訳ではないか。女性は基本苦手だが、ルーラの自分が中心といった雰囲気が苦手だ。最初の時よりも随分苦手意識がマシになったが、そもそも女の子は苦手なのだ。


「あまり気になさることはありませんわ」

 こちらに声をかけてきたのはリリアナ・リアー夫人だ。五十代の物静かな同級生で、授業は半分ほどしか参加していない。夫人の見た目に見合ったとても繊細な水彩画を得意としている。


「恋煩いでしょうから、つける薬もございません」

 ふふと若さをうらやむように微笑んだ。

「……ああ。ならいいんです」

 ハンセットが納得したように席に戻っていった。


「ユマさん」

 リリアナ夫人とは正直あまり話したことがない。そもそも人と話していることが少ない人だ。ただルーラとは比較的よく話していた気がする。


「本日の昼食はわたくしと取ってくださいますか?」

 もうすぐ授業が始まる。長話はできないからだろう、珍しい申し出に頷いた。



 旧人類美術科は五名の女性がいる。この場合僕を女性と換算して、ルーラも含めた数だ。


 アンネ・マリルゴは帝国銀行に関係が深いらしく、午後の授業は大半が欠席だ。オゼリア辺境伯が管理していた時から屋敷に部屋を借りていたことからも古くからの知り合いしい。基本は気のいい姉御のような人だ。


 同じく屋敷に部屋を借りていたコーネリア・ライラックは男装の麗人で、本来の仕事はライラック統治区の宰相のような立場にあるらしい。ルールー統治区と違い大きく豊かな土地だ。


 どこに住んでいるのかは知らないが、もう一人、リリアナ・リアー。僕以外の美術科の生徒は彼女とは知り合いのようだった。誰かと親しくすることはなく、俯瞰的な立場に立っていたように思う。基本的に午後の実技も参加していて、課題にも取り組んでいるが得意とするのは水彩画だ。女性らしい柔らかな線と色合いを出せる。この学科は本職の画家は半数もいない。趣味で絵を描いている大物や商売として美術を扱うものはいるが、彼女は本物の女流画家だ。


 因みに僕とルーラ以外に十代はいない。


「ユマさんの絵は、いつも興味深く拝見しています」

 静かな口調に品のある物腰が庭園の東屋で絵になっていた。


 食堂に行くのかと思ったが、こちらで食事をとのことだ。食事自体は食堂から提供されたサンドイッチだが、場所が違うだけで高尚な料理に見える。


「全てを捨てれば、芸術ごとだけでも生活はできるでしょうから、残念に思っております」

 本職の画家はサムーテと彼女だけだ。副職としては他にもいるが、ある意味で僕とは覚悟が違うのは確かだ。


「私の絵は、私と同じくまだまだ未熟です。重ねていく油絵も好きなのですが、リリアナさんには是非とも水墨画について伺いたいと思っておりました」

 昼食を食べながら、水彩画のコツと流派や今売れている作家など話を聞く。特に墨を溶いて描かれる白黒の絵は、色がないのに色を感じる素晴らしさがある。あれは僕では表現できない。


 サムーテほどではないが、無口な女性だと思っていたが、思いのほか饒舌に語ってくれた。


 アンネとコーネリアは実業家のような立ち位置でもあるが、リリアナは個人経営者に近い。作品に行き詰っていたので息抜きがてらに入学したらしい。一定の客はついているが、もっと新しい作風に挑戦したかったという。今も定期的に作品は売りに出しているが、以前よりは数は減らしているそうだ。芸術家と言うのも中々世知辛いらしい。


 リリアナは一人で仕上げるので気ままだが、工房を構えているともっと複雑で大変なのだそうだ。そう考えると、やはり画家として生きるのは厳しいだろう。


 そういえば、競売にも水墨画があった。もしかしたら、あの場にはリリアナもいたのだろうか。

 そんなことを考えていると、こほんとリリアナが話を変えた。


「その、今日お誘いしたのは、ルーラさんの事です」

 もう少しで昼の休憩時間が気づいたと気づいたらしく、リリアナが本題に入った。

 そういえば、どうして呼ばれたのかと思ったが、談義が楽しくて忘れていた。


「ルーラさんですか」

「ええ、できれば、ナゲルさんとは成就しないで欲しいのです」

「このままだと何もしなくても無理だと思いますが?」


 ルーラがナゲルに好意を抱いているのはわかるが、全て裏目に出ている。

 貢ぐのは悪手だし、権力を笠に着る相手は好きじゃない。権力に立ち向かい波風は立てないが、かなり鬱陶しく思っているようだ。


 ナゲルはジェゼロでも好意を寄せられることがあっても、僕への足掛かりだろうと考える悪癖がある。僕の所為だが、あいつは自己肯定感が変なとこで低い。


「あれほどの美少女……いえ、ユマさんを隣にしても特に気にすることがないことを考えれば、見た目で懸想するような方ではないのでしょう」

 ほぅとため息をつかれてしまう。


 別にくっつけようとは思わないが、率先して邪魔をする気はない。

「さて、そろそろ授業ですよ」



 

「な・に・が……」

 ナゲルに言われたのだ。

「お前から見たら貧乏人で目障りかもとれないけど、学科が違うんだから一々視界に入れなきゃいいだろっよ!」


 おまけに流石に鬱陶しいから嫌がらせは止めてくれとまで言われた。あんまりにも悔しくてそこまで口にはできない。


「あらあら、鈍感さんなのね」

 サセルサが慰めてくれる。


 サセルサがあんなクズに落ちた理由をちゃんと聞いたのだ。

 毎日のように花を贈ってくれたとか、暇を見つけては話しかけて楽しませてくれたとか。色々と褒めてくれたと。

 ナゲルは花なんて欲しくないだろうから、何か足りないものとか欲しそうなものを考えて、ここでの賃金で買って贈ったのに、いっつもいらないって……きっと趣味じゃなかったから次こそは受け取ってもらおうと思っていたのに……。


 じわりと涙が浮かんで慌てて拭う。今日は午後の授業は受けずにここに来た。午後は自由参加だからサセルサにどうしても聞いて欲しかったのだ。


「………なんですかっ」

 こちらを見ているエルトナに強い語気で言ってしまう。ここは仕事場所だからこんなところで話している私が悪いことくらいわかっている。

 それでも、憐れんだような目で見られて腹が立つ。


「全然、好意が伝わっていませんよ」

 態度悪く接しても、変わらず淡々と返された。

「そんなはずありません。私は息をしているだけで殿方を魅了できると母が言っていました」


 今まで、色々な殿方から好意を寄せられてきた。そのどれも当たり前で、特に嬉しいとも感じていなかった。だがそれが武器になるならばと、近くに座って話しかけたりしたのだ。わざわざ、私から。


「そうですか……」

 憐憫の目で見た後、書類に視線を落としてしまう。


 そもそも、このエルトナと言う子供が好きではない。

 サセルサから一目置かれていて、聞けばナゲルのいる屋敷に部屋を借りているという。ちらっと私もそちらに部屋を借りられるかしらとナゲルに聞いたら、絶対無理だと言われたのに。


「もしかして……あなたもナゲルを好きなんですか?」

 はっとして、問いかける。顔を上げたエルトナは少し驚いた顔をしていた。やっぱりそういう事か。

「好きになってしまうのもわかります。ですが、譲るつもりはありません。正々堂々と……」

「いえ、ルーラさんは私を女と判断したのかと」

「? 女の方……でしょう?」


 確かに胸もないし背も低くて子供だが、普通に女の子だ。男に間違われたことでもあるのだろうかと首を傾げると、エルトナも首を傾げた。


「あまり、女性らしい恰好も言動もしていないので」

「そうですわね。こちらに来てから、女性らしい恰好でなくても素敵な恰好があることは理解しましたが、あなたの恰好は貧民のようで如何なものかと思いますわ」

 美術科には一目で男装とわかる夫人がいるが、とても綺麗な人だ。あれはあれで、素敵だ。


「そんなことより、どうなんですか」

「どう?」

「ナゲルが好きなんですか」

 ユマはナゲルとはそういう関係ではないと言い切っていたが、ユマ本人でなくとも誰かを手伝えば話は別だ。エルトナはユマと仲がいい。


「……人物としては、良い方ですけど、特にイロコイはないですよ。そもそも、ルーラさんなら見た目で騙せる殿方も多いでしょう。別にナゲルに固執しなくても」

「誰でもいい訳ではありません。それに……」

 この留学か終わったら、父親を教えてもらうだけでなく、もうひとつ決まっていることがある。来年には婚約者の選定が始まるのだ。それまでに、自分で相手を見つけられれば、話は変わってくる。


 母は父を誰かは秘密にしているが、好いた相手との子供だと常々話してくれていた。だから、好きでもない相手とは結婚したくないと夢を見ていた。けれど、こちらで恋愛話を聞いたら、大抵は見合いでの結婚だった。特に階級が高い者は、当主の命に従い婚姻を結ぶのは義務だと言っていたくらいだ。

 確かにそうなのかもしれない。けれど、嫌なものは嫌だ。


「それに……ナゲルはカッコいいじゃありませんか」

 これでも美術科だ。顔だけならばナゲルがよく一緒にいる元イーリス家の方が一般向けするのはわかっている。だけど、ナゲルは筋肉が完璧なのだ。全体を見れば、あれだけの逸材はいない。


「エルトナ、何か助言はありませんか?」

 サセルサがエルトナに問いかけた。こんな子供に聞いて何になるというのか。

「……あるにはありますが、タダではお教えできませんね」

「ユマさんにはいつも助言してるじゃありませんか」

「ユマには助けてもらってますから」

「私だって、仕事は手伝ってます!」


 むっとして睨むと、駄々っ子でも見るようにエルトナがため息をついた。

「仕方ないですね。……将を射るためにまず馬を、です。在り来たりですが」

「馬?」

「兵法の基本ですよ」




何とか読み返していると、以前もおんなじこと書いた気がしてしまう。

消した部分とかで被ったのかわからないこともある。


とりあえず、ルーラは筋肉フェチです。

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