94 鈍感
アシュスナの許に報告が届いた。帝王陛下からの命がこちらにも転送された後、こちらに駐屯する帝国軍からも同様の報告が来た。
「アッサル国との交渉は帝国軍が行うそうです。我々は余計な事をするな、とのことですね」
ミトーが帝国軍から託された情報とアシュスナの報告は同じだ。
引き続き報告をお願いしておく。何かあった時、最悪逃げないといけない。僕に何かあれば国を巻き込んでしまう可能性がある。
そんな話をしてまたしばらくが経った。
経過としては兵が国境付近に集められている事。食料の関係を考えると、近く戦争が開始される可能性があると報告があった。
多くの兵も食事を取らなければならない。それらを移送したり、近くの村か提供させたりするにしても、数が多くなれば長期戦は難しい。旧人類の終末期はオーパーツを主流に戦争を行っていたため物資の輸送や攻撃が異なるが、今も昔も軍を動かすのには金がかかる。
帝国はオーパーツが発展しているので、武器を使えば一瞬で片が付くだろうが、今のところオーパーツの使用は最低限に留められている。これらは三国同盟でオーパーツの戦争使用規約があるからだ。なので、戦争は数がものをいう。人口も領土も桁違いの帝国が強いのはオーパーツの有無にかかわらず圧倒的だ。
ミトーの情報では、街でもアッサルがついに自暴自棄になったという話が出ていた。特に避難や恐怖はないらしい。どちらかと言えば、商人が戦後処理でどう儲けるかと言う話が多いらしい。
戦争は金が動くし人の命も左右される。できれば人死にがなければと思ってしまうが、それは難しいだろう。人は賢く見せたところで動物だ。縄張りを守らなければ最終的に食料が取れずに死ぬし、敵を退けなければ家族が殺される。種を守るために行う行動は原始的だ。
カシスは最悪の事態を想定して脱出経路の確認、場合によっては列車ではなく馬車や車での移動も考慮している。僕もそれらについては何度か説明を受けた。何か有事があれば、僕一人で国へ帰ることになる可能性も考慮して、街道なども教えられた。
帝国からの警護とは信頼関係を築いていたがそれはあくまで帝王命があるからだ。それが覆された場合、僕らは大変危険な立場になる。
今日は珍しくナゲルも一緒に登校らしく、ユマと一緒に降りてきていた。距離は短いのだが、基本的には研究所まで一緒に移動をさせてもらっている。私はユマの餌になるという認識が持たれているため、帝国も警護を惜しまないが、あまり仕事を増やすのも悪い。
いつものように裏口にはニコルと言う少年とその犬がお見送りに立っていた。朝の散歩と訓練をしているらしい。中型と大型の間くらいの犬は繋がれずとも背筋を伸ばして少年の横に座っている。警察犬のようにしっかりと躾けられていた。ただ、ユマをみると横の飼い主と同じく尻尾を振り出すのが可愛らしい。
「いってらっしゃいませ」
「いってきます」
ニコルが笑顔で言うと、ユマが優しく微笑み返す。いつもの光景だが、それだけでニコルはとても幸せそうな顔をしている。本当に、ユマは買ってしまった奴隷たちから好かれている。
優しいだけでは利用されるだけだが、追従させる魅力があるのだろう。それらは血筋だけでは得られないものだ。
「そう言えば、最近ナゲルとルーラさんとは如何ですか」
ルーラの宣言からまだひと月は経っていないか。ナゲルは医学科が忙しいらしく、先に出ていることが多かったため聞く機会がなかった。単なる興味で聞いたが、ナゲルが珍しく表情を曇らせている。
「どうって言われてもなー」
「ああ、実はナゲルは男色で」
ユマが冗談交じりに言うと背中を容赦なく殴られていた。帯同していた帝国の警護が一瞬ぎょっとした顔をしていたが、斜め後ろについていたユマの警護のカシスとやらは眉一つ動かしていない。
「もう、冗談でしょう」
気安い雰囲気で口を尖らせて背中をさするユマを無視してナゲルがため息をついた。
「なんか、ちょいちょい嫌がらせしに来る感じ。なんなんだろうな」
「嫌がらせですか?」
あの感じからしてモーションをかけに行くのかと思ったが違うのか。それとも好意を理解されていないのか。
「なんか、昼めし食ってるときは大抵横に座ろうとしてくる。最初は他のやつを押しのけてたから注意したら、次は金を払って席を変わらせようとしたり……最近は周りが気を使って俺の隣の席はあいつように空きになってる」
尊重されて当たり前な生活をしていたのだろう。なんというか、一緒にいたいだけなのだろうが、邪険にされている気がする。
「それに、なんか色々物を贈ってくるけど、俺そんなにみすぼらしい恰好か?」
聞けば、服やら装飾品やらを渡してくるそうだ。毎回断るらしいが、一流品をなぜ断るのかと毎回問われるらしい。本人が気に入らないだけだと新たに物を準備して堂々巡りをしているそうだ。
ルーラは貢ぎたい体質なのだろう。
「そろそろ流石に鬱陶しいな。シュレットもアルトイールも、今回は助けようとすらしないんだぞ? 酷いだろ」
「それは、馬に蹴られたくないでしょうから」
シュレットは実質地位を失った。以前の彼と同程度かそれ以上の扱いの相手を敵には回したくないだろ。それが痴話喧嘩のようなものならば尚更だ。
「嫌なら、はっきりと伝えた方がいいんじゃないかな?」
ユマがいつもの調子で言う。何だかんだで友達に彼女ができるのは避けたいのだろうか。苦手だと言っていたから、余計にか。
「あー。一昨日に迷惑だってはっきり言ったら、泣かれた。本当に何なんだろうなあれ」
げんなりとナゲルが言う。
「そう言えば、昨日も一昨日も仕事に来てなかったですね」
ユマのように毎日のように来てくれていたわけではない。あれで頼まれた仕事はきっちりこなせる。それに企画して動こうという主体性もある。生徒や部下としては中々優秀だ。
「ナゲルはこちらで嫁を探したりはしないんですか? こちらに来ているのはどちらかと言うと跡取りよりも次男以降が多いので、自分で結婚相手を探すものも多いらしいですが」
良家の跡取りは縁談で結婚相手が決まることも少なくない。それ以外も政略結婚の駒になることがあるが、ここに入れるのは頭が必要だ。それに変わり者も多いので親に決められた相手よりも自分と同レベルや似た趣味で結婚する者も少なくない。卒業生は帝国の機関に就職しやすいので家から結婚の許可が出なくて家を追い出されても、あまり生活に困らない。まあ要職に着ける子供ならば縁を切らずにいることが多いが。
「………? 唐突に話題が変わったな」
「?」
別に話題を変えたつもりはない。
「ルーラはナゲルと結婚したいそうでしたよ」
「?」
お互いに首を傾げている。
それを見て、ユマが苦笑いを漏らした。
「ナゲル、鈍感すぎるよ」
「は? あいつが? 俺を?」
余程驚いたのか大きな声にちょっとびくっとした。
「庶民のわりにとか言われるし、卒業後引き取り手がないなら仕事を見繕って差し上げますからそちらで働きなさいとか超絶上から言うのにか?」
その意見を聞いて、草葉の陰くらいからちょっと見て見たかったと思ってしまった。きっと面白い事になっていただろう。周りの生徒も、遠巻きに娯楽として見ていたのかもしれない。
「まあ……好意を寄せている不器用な女性として観察してみたら、面白いかもしれませんよ」
「なんか、エルトナに言われると釈然としないな」
「まあ、今の私はモテませんが………もてる男の苦労は知っています」
ユマに旧人類を生きていた者の記録を話したときナゲルも同席していた。薬を託された医師としてだ。それに、ユマが信頼する相手として信用してのことだった。
今の私はちんちくりんだが、その記録の男性は、それはもう大層な美青年だったのだ。
「まあ、そうじゃないけど。それでいいか」
納得できないようにナゲルが言う。まあ、ジェゼロに行くための戯言と思われているのかもしれない。
「どっちにしろ、こっちで嫁を探すつもりはないからな。それに、婿には出られないだろうからな」
「一応跡取り息子だもんね」
「……どっちの跡かわかんねーけどな」
男色にぎょっとしたのか、ユマを殴ったのにぎょっとしたのか……
閑話みたいなのを載せるから、全然進まない。




