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女装王子の留学記 ~美少年過ぎて女性恐怖症になったけど、女装していれば普通に生活できます~  作者: 笹色 ゑ
二年生前期

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91 ヒスラの街散策


 ナゲルの一日は忙しい。


 朝は二日に一度は稽古に駆り出される。カシスとうちの爺の方針で、最悪肉の壁くらいにはなれということだ。


 その後は飯を喰ってユマと登校。研究校ではユマと分かれて、座学や実技、その後新学期に取り決められた順番で各教室に拉致される。オーパーツ大でも似たような感じだった。


 夜半になる前には絶対に帰るようにしている。屋敷が近くなったので、一年の時のように帰りもユマと一緒にいないときが多い。代わりにユマはエルトナと帰ることがあるらしい。


 小さいころから王の子を弟妹見たいに扱うことが許されてきた。ある意味俺は特別だ。権利には義務が伴うと理解したのはユマを助けたころからだろう。正しくは、助けたとは言えないが、少なくとも最悪まではいかなかった。

 あの頃から、ユマやソラ、それにララのためならば人を殺す覚悟を持ったし、自分が死んだとしても助けなければならないと思っている。


「あ、あら、ナゲルじゃありませんか」

 わざとらしく声をかけてきたのはユマの新しい学友兼同僚だ。

 不思議なほど、ルーラと名乗る女と遭遇する。ここまでくると偶然ではないだろう。


「ああ、ルーラ。もう教師の署名は得られたんだろ?」

 最初話しかけられた時は、敬語で話していたが、年下だし、後輩だからとユマに対するような話し方を所望された。因みに他の男子生徒が同じように話しかけたら侮蔑の目で睨みつけていたのを知っている。


「ええ! ナゲルの助言のお陰です」

 どことなく女装しているユマに似ているので、かなり美人だと思う。いかんせん美人耐性を変なのでつけられているので別嬪だなとしか思えない自分がなんか悲しい。


「その、お礼に何か……そう、街で食事でもおごられてください。聞くとナゲルはあんまり街に出ていないのでしょう? 折角留学に来ているんですから、違う地方の文化を知るのも大事ですわ」

 言われて、確かに、一回ユマと脱走して街を徘徊したのと、競売で抜け出した時の二回しか街に出歩いていない。二回目はほぼ建物の中だったので、一年以上いるのに一回だけか。


 時間契約者を買って迷惑をかけていた自覚があるのでユマは無理に脱走していなかったが興味はあるだろう。

 異国の街を知るのは確かに一つの経験としては必要だ。館を得て、帝国の警護も慣れてきた。今なら、事前に申告して案内を頼めば色々と知れるだろう。


「確かにそうだな。今度ユマと一緒に街の見学でも頼んでみようと思うから、ルーラも一緒にいくか?」

 ルーラはオーパーツを使い機密を扱うエルトナの手伝いを許可された。つまりは帝国の上の方が許している相手だ。ならば危険性は低い。


「……馬鹿っ」

 罵ると踵を返してどこかへ行ってしまう。

「ナゲル」

 近くにいたアルトイールがぽんと肩に手を置いた。

「あれは、ないよ」

「だよな」

 馬鹿と言って返事もなく立ち去るとは。そう思ったが、アルトイールはゆっくりと首を横に振った。

「逢引きの誘いを、他の女性と一緒にとか」

「逢引き?」

 首を傾げる。女子に誘われて一人でほいほいと付いていったら、お前ユマ様と近いんだよと凄まれ、唾を吐きかけるような暴言を言われるのではないだろうか。


 いや、ここではユマは女としてふるまっている。男からユマと近いと罵られることはあるが、女子からは特になかった。


「………ナゲルって、もしかして今までのも素で断ってきてたの?」

 呆れか同情か、なんとも言えない顔だ。


「えっと、ユマさんが好きなんじゃないんだよね……」

「弟妹みたいな意味では好きだけどな」

「なんだか、ナゲルの将来が心配になってきた」

 俺の心配より、自分たちの方が大変だろうに。いいやつだ。




 第一報の後、アシュスナ達がアッサル国と保証の申し立てと抗議を行った旨が届いた。


 隣国との揉め事はとても小さい事から大事に至ることもある。国庫にもある程度はそういう金が準備されているものだ。国民は税金を納めている。未払いの場合は最悪国外に追放されたり強制徴収もある。代わりに、国は国民を守る義務が生じるのだ。他国との問題は隣接する村同士の話し合いで済むこともあるが、人死にが出ているとなれば禍根を残す。国同士で手打ちにし、それ以上の問題を起こす場合は各国が決めた方法で決着をつける。

 一応警戒はしているが、今のところ国境付近は問題ないとの事だ。こちらは屋敷の警護をしている帝国の人から国境の帝国軍の情報が流れてくる。


 経過報告待ちの間、ナゲル発案の街歩きが決まった。

 カシスは許可しないかと思ったが、事前に行く場所が決められている状態であればと許可してくれた。警護対象に無断で脱走されては力を発揮できないが、普通の警護で守れないならば警護の落ち度らしい。


 いや、本当に色々と申し訳ない。とは思っている。


「ほ、本当に私も参加していいんですか?」

 出発前に、アリエッタが不安そうにもう一度問う。外に出ることが心配なのだろうかと思ったが、怯えよりも期待しているようなのでダメと言われることを怖がっているのだろうと判断した。


「カシスも許可してくれているから大丈夫だよ」

「はい」


 準備を終えて、正面玄関から用意された馬車に乗る。今日は正式な警備はもちろん街中にも私服警備が多数配置されている。僕にとっては街の見学と妹達への土産探しだが、彼らにとっては訓練の一環でもある。いや、実際の警護なので訓練というのも違うのだろう。


 東門から入り、大通りの近くで停車した。以前の散策では赤茶の三角屋根には雪が少し残っていたが今は青い空が広がっている。あまり暑い日は長袖に首を隠す格好をしている僕としては辛いが、程よく涼しさもある日だった。


 似たような建物が相変わらず並んでいるが、何の店を構えているのかは突き出し甲板がドアの近くに掲げられていてわかりやすい。

 ふらりと入るのではなく事前に要望を出したお店に案内される形だ。行き当たりばったりで興味のある店には入れない。


 今日は最近忙しいナゲルも含め、みんな一緒だ。ミトーとニコルは隠密で実際には一緒に歩いていない。

 画具の店や服店はもちろんだが、ララが好きそうな楽譜や楽器、母が好きそうなオーパーツ、ベンジャミン先生にはこちらの書物。こういう時ソラのお土産が何気に難しい。何を上げても喜ぶが、本心から喜ぶことは稀だ。ふと、エルトナがジェゼロに来訪したら一番喜ぶのはソラかなと思った。オーパーツに傾倒しているソラは話し相手を常に欲している。


 冬に帰れなかったので、一年は経っていないもののかなりの期間家族と会っていない。手紙やオーパーツでやり取りはしているから元気なのは知っている。ふと、会いたいなと思ってしまった。


「音楽もお好きなんですか?」

 楽器店に入った時に、アリエッタから聞かれた。楽器を弾く姿は見せたことがない。というか、我が家はみんな歌はうまいが音楽の類はそれほどでもないのだ。


「私がというよりも、兄弟に音楽に傾倒しそうな子がいるんです」

 私室とは違い、きっちり女として対応する。アリエッタが、僕が選んだ横笛をじっと見ていた。


「……ユマ様。お給料で、おんなじ笛を買ったら、失礼でしょうか」

 元時間契約者の三人には、一応給金を出している。それほど高くないのは給料から競りのお金を月々差し引いているからだ。正式雇用の時に、別に返さなくていいと言ったが、三人ともちゃんと払いたいと言ったので無理のない範囲で引いている。僕の許から去って本当の意味の自由を勝ち取りたいからではなく、居残るためだとわかるので無碍にもできない。


 その給料も使う場所があまりないので貯まる一方で、僕が買ってあげなくても自分で買えるのは知っている。ただ、買ってあげようかと言ってしまいそうになる。


「構いませんよ。自分で働いたお金で買うものですから、あまり無理はしないように」

「アリエッタ。同じものではなく、少し格を落としたものにするといい」

 トーヤがそっと助言する。アリエッタは素直に従って、少し安いものと初心者用の楽譜を購入した。とても満足そうにしている。


「トーヤも何かあれば気にせず買い物をしていいですよ」

「いえ、今は仕事中です。お気になさらず」

 トーヤはアリエッタやニコルとは違い、最初から職業意識が高かった。二人は僕に気に入られたい、褒められたいという子供がもつ欲と生存本能だろうが、トーヤは完璧に仕事をこなしたいようだ。


 趣味の買い物だけでなく、街の特産を扱う店や僕と好を結びたい商家へも案内された。

 旧人類美術科の面々は色々と店を巡っているので、おすすめを教えてもらったりもしていた。


 途中かわいい喫茶店に入った。お昼を取るためだ。事前に店は予約されていて、席も準備されている。エルトナが贔屓にしていた茶屋はかなりぶっきらぼうな雰囲気だったが、こちらはレースのテーブルクロスがあったり、繊細なガラス細工のカップなどが飾られている。


 店に入ると、一人の少女が驚いたように立ち上がった。

「あ、あら、ユマさんそれにナゲルも、奇遇ですわね」

 演技にしてはかなりへたくそだが、ルーラが声をかけてくる。そういえばナゲルがルーラから街歩きを提案されて今回のお出かけが決まったのを思い出す。


 予定調和かと思ったが、カシスが一瞬警戒した。それに対して帝国の警護は緊張したようなこわばりが見えた。


「ああ、凄い偶然だな。って、ここはルーラに聞いてたから行き付けに邪魔した感じか」

 ナゲルが僕に対するのと変わらない口調で答える。更に帝国の警護に緊張が走った気がする。


「ええ、可愛らしいお店ですから。それに、少しばかり出資もしているのですよ」

 ジェゼロではあまりないが、有望な店や資金繰りに苦しんでいるが可能性のある店へ出資することは珍しくないらしい。来店時に待遇が優遇されたり、経営に口を出して利益を得たりもできるそうだ。色々な種類があるが、優遇目的だろうか。


「へー、趣味がいいな」

「成果会のために、視察したのが切っ掛けですの」

 ナゲルと親し気に話しながら、ちらりとこちらを見てくる。これは相席させろという意味だろうか、ナゲルをこっちの席に寄こせという意味だろうか。


「……折角ですから、一緒の席に着きますか?」

「そうね。何かのご縁ですから、ご一緒させていただこうかしら」

 まだ注文していなかったのか、ルーラがこちらの準備していた席へとやってきた。


「こちらはお肉かお魚の定食しかありませんけど、品数が少ない分、とても手が込んでいますのよ」

 店によっては何でもあるしなければ新たに作ってくれる店もある。そういう店は飲み屋のような格が高くない店だが、逆に格の高すぎる店になると客に合わせて料理を出すのである意味で品数は多い。ある程度の高級やこだわりの店はあえて品数を絞ることが多かった。


「そちらは?」

 ルーラが同じ席に着くアリエッタを見て首を傾げる。

「アリエッタです。訳あってわたしの侍女見習いをしています。ずっとお仕事で休日がなかったので、今日は一緒にお買い物にきたんですよ。休日なので同席させていますが、よろしいですか?」


 侍女や警護と一緒に食事をとるのは一般的ではない。ベンジャミン先生も滅多に一緒に食事をしない。僕の私室では一緒にご飯を取ることが多いが世間一般ではその方が稀だ。今日は、カシス達警護は昼は簡易の物を交代で取ることになっている。


 お嬢様らしいルーラは嫌がるだろうかと思ったが特に気にしなかった。

「そうなのですか。小さいのに大変ですね。席にお邪魔させていただく身ですから、そちらの道理に従います」

 ちらりとナゲルを見たので、柔軟さを見せたかったのかもしれない。


 アリエッタは緊張したように顔を強張らせたが、エルトナから礼儀作法も頑張った成果が出ていると聞いている。僕の方が礼儀作法には疎いかもしれない。

 注文を済ませて待つ間、サセルサについての話になった。


「やはり姉のような存在だったんですね」

 と相槌を打てば嬉しそうに頷いた。

「サセルサはとても優秀で、わたくしもたくさんの事を教えていただきました。なのに……なぜ、あのような」

「女性ばっかりのところで生活してたんなら、男への耐性がなかったんだろ。それに、仕事よりも嫁をとる旦那は貴重だぞ」

 負の感情に染まるルーラをさっとナゲルが掃除した。


「そうですわね。最悪、シン……実家があるなら、あの男は捨て置いて帰ることもできますものね」

「そうそう」

 相変わらず適当な相槌だ。


 出てきた料理はヒスラの街にしてはあっさりとした料理だった。魚を選んだが小麦粉を薄くつけた焼き魚に近いもので、柑橘のソース。それに蒸し野菜が付け合わせにあった。ナゲルは肉だったが、数種類の肉を串焼きにしていくつかのソースで食べる趣向だ。露店に近いが露店に比べてかなりおしゃれだ。

 育ちがいいのだろう、ナゲルと同じく肉を選んだルーラの食べ方はかなりお上品だ。ナゲルも作法は祖父から叩き込まれているが、どうにも男臭い食い方だ。それをルーラがちらちらと見ているが特に不快そうではない。物珍しいのだろう。


「旨かったな」

「そうですね。こちらの地方の料理とは少し違いますが、あっさりしていてよかったです」

 ついメシマズと呼ばれるジェゼロ飯を求めてしまうが舌が貧しい訳ではない。こちらの油とバターが多い料理が苦手なだけだ。


「東の国の郷土料理です。こちらより暑い地方ですから酸味と唐辛子を使った辛味が特徴的なんです」

「ここに出資ってことは、故郷がそっちなのか?」

「母がそちらの出身らしいので。実際に行ったことはありません」

「へー」


 適当な相槌を打ちながら色々と聞き出していくのを横目で見て置く。ミトーも諜報として噂話を聞いてくるのは得意だが、ナゲルも懐にするりと入って色々と聞いていくのがうまい。自分の事を話さず、相手を喋らせて気持ちよくさせるのだ。それも話していると自覚させず。


 ルーラは母子家庭で女ばかりの共同生活をしていた事や、父親がいなかったことが判明した。今回の留学が終わったら誰か知れるらしい。まるでうちのようだと思った。まあ、僕の父親は成人より前に知らせてもらったというか、明らかだったのだが。


「本当でしたら、父がいると言われている国へ向かいたいところですが……流石にか………異国に一人では向かえませんから」

「まー、女の一人旅は危険だからな。異国ってことはナサナとか別の小国か?」

 自分の出身は言わずにしれっと問いかける。

「………すみません。少し話過ぎてしまったようです」

 ふいっと視線を逸らせて、話を終わらせた。


 この調理法は有だなと思いつつ、屋敷の料理長に相談してもらおう。アリエッタやリリーが食事を作ることも多いが、料理長が作ってくれることもある。あのジェゼロ飯に負けているとなると、自尊心が傷つくだろう。


 一緒に街歩きをしたさそうに見られたが、ルーラの付き人がそっと止めてくれた。

 一通り買い物を終えて、街の中も見学して夕方になる前には屋敷へ戻った。いつまた街に出れるかわからないので、一通りお土産も買い揃えて置いた。


「はぁー。たまにはよかったね」

 帰りの馬車で満足していたがアリエッタは少し疲れている。普段室内生活だからだろう。ナゲルも色々と買ったようだ。他の面々は僕と違って街には行けるので、今日は基本買い物をしていない。


 屋敷に戻ると、玄関前に人がいた。横にはシューマー執事も立っていた。

「ユマ様、火急の知らせが先ほど届きました」




ルーラって、どうなんだろう。

読者に嫌われるか、好かれるか……。


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