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女装王子の留学記 ~美少年過ぎて女性恐怖症になったけど、女装していれば普通に生活できます~  作者: 笹色 ゑ
二年生前期

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88 ルーラの発案


 サセルサは、仕事はできるが男を見る眼は残念なのかもしれない。


 夏にエルトナが忙殺されていたのは、所長代理が産休で仕事に来なかったのも要因らしい。まあ、部下や仕事よりも家庭を取ると言う点では、夫としてはいいのかもしれない。


「おう、今日はともかく、明日からは先に別に帰った方がよさそうだ。俺も残りが多くなりそうだからな」

 迎えに来たナゲルが初日から疲れた顔をしている。


「医学科の三年が仮眠室を勝手に作るくらいの状況ですからね。ナゲルは一部の教員から目を付けられているので、先日も所属をめぐってひと悶着ありました。本人の意志を尊重することで収まりましたけど、どちらに?」

 エルトナの言葉でナゲルがげんなりする。

「はは……もてるのって、きっついんだな」

 どうやら一つの所属では済まなかったらしい。まあ、学べるときにがっつり学べばいい。


「医学科……?」

 サセルサと降りてきていたルーラがピクリと反応する。ナゲルから指文字で誰だと問われる。

「ああ、彼女はルーラさん。旧人類美術科に編入の形で入られた生徒さんで、私と同じくお仕事の手伝いをされます。こっちはナゲル。私の友人で一緒に留学しています。医学科の三年です」

 エルトナの仕事を手伝うならば迎えのナゲルと会う機会もできるだろうと声をかける。


「そう、医学科ですか。余程優秀なのでしょうね」

「ナゲルは、学科はともかく実技は抜きんでていますよ」

 なんとなく言い方が癪に障って言い返してしまう。褒めたのに手刀が落ちた。


「学科も平均以上あるんだよ。暗記お化けが」

「いたい」

 相変わらず扱いが酷い。


「まあ、よろしく頼むな」

「……」

 じっとナゲルを値踏みするように見た後、作り笑いでルーラがよろしくねがいしますと返した。


「帰るか」

「うん。では、また。エルトナ、行きましょうか」

 二人と別れて東門から帰路につく。


 ナゲルが結局三つ掛け持ちになっているとか、新しくもう一人美術科に入ったとか、エルトナの仕事の話をしながら下校だ。あまり普通の学生をしていなかったが、少し、普通の生徒みたいだ。


「ああ、そういえば……誘拐される前に、暇だったのでアリエッタさんをお茶に誘ったことがあました。ユマの許可がでればという話があるのですけど」

「アリエッタですか?」

「たまたま、廊下で会った時に少し話をする機会があったんです。つい、可愛い女の子だったので、誘ってしまいました。屋敷の侍女には大変警戒されてしまいましたが」


 僕の内情を探るならば、アリエッタから手を付けるのは定石に見えるかもしれない。エルトナは既に身元も性別もばれてしまったので、今更警戒する必要もない。それに、アリエッタを傷つけるような性質でもないだろう。


「二人が良ければ構いませんよ。アリエッタの教育の一環にさせてもらうので、準備はこちらでしてもいいですか? 多少の失敗は目を瞑っていただけるとありがたいですが」

「声をかけたまま、立て込んだので。許可が出るならばまた日程を決めましょうとお伝えください」

 おもてなしの練習相手にもなるし、エルトナの休憩にもなるので丁度いいだろう。


 女の子が楽しくお茶会をするのは、想像しただけでも微笑ましいものがある。

 部屋に戻ってからアリエッタにもその旨を伝え、エルトナに予定を確認して準備をしてみるように言う。執事にも声をかけたのでいいようにしてくれるだろう。



 新年度が始まってからは座学、実技、エルトナの手伝い、エルトナに手伝ってもらっての統治区管理の確認と比較的忙しく過ごすようになった。

 統治区は事件の結果多くの危険分子を捕えられ、安定しているらしく、案外と順調に進んではいる。


 新しく手伝いに入ったルーラとは仲良くしているわけではないが、特段仲が悪い訳でもない。

 もう一人の新入生のハンセットには彫刻画の仕上げについて相談した結果、案外簡単に仲良くなれた。


 ルーラに関しては、歳の近い若い少女という時点で警戒してしまう。相手からも妙に対抗心を持たれているのであまり距離が近くならない。ナゲル曰く、好き嫌い激しいし、実は結構人見知りするよなお前、とのことだ。最初から大丈夫な人もいるが結構少数だ。


「本日は、待望の日ですな」

 昼食後、オゼリア辺境伯たちが嬉々として準備を始めている。最近は実技の最初に順番で主題役をして、素描練習の時間がある。今日は僕とルーラの番だ。人数がそれほど多い学科ではないので、結構すぐに回ってくる。


「美少女と美少女の組み合わせというのも、また夢がありますわね」

 ほうっと宝石店にでも入ったような顔で見られる。

 一瞬ルーラが嫌そうにこちらを見たが、大人しく席に着いた。


 描き手の定位置が決まると、最初に顔の向きに姿勢を教授が指定する。事前に要望を聞いて決めているらしい。そうしないとかなり険悪になる。


 去年で慣れているのでじっとしていると、ルーラはまじまじと見られることに少しもじもじし出す。

「疲れてきたら休憩できますからね」

「だっ、大丈夫です。心配には及びませんっ」

 ほんの少し顔を背けられてしまった。


 まあ、顔は整っているから、どちらかと言えば僕も描く側に回りたかった。そういえば、エルトナを描いた絵が完成していないし、他にも描きかけが結構ある。最後の仕上げはつい後回しにしてしまう癖があると最近実感している。


 筆は早い方で、量産型気質ではあるが、ものによっては年単位でちまちまと描いていた。何だかんだで人物画を描くことが好きだが、描く相手を選ぶので職業画家にはつくづく向いていないとも思っている。


 僕の場合は、趣味を仕事にもできるだろうが、ある意味で、趣味は趣味のままというのも贅沢だ。誰かの顔色ではなく自分の心に正直に筆を取れるのだ。買いたいひとがいれば売ればいい。


「では、本日の素描はここまで。主題役、ご苦労」

 ちゃっかりと自分も筆をとっていたヴェヘスト教授が声をかける。本格的に描かれる場合は数日かけて休憩をとりつつ静止していなければならないらしい。それを思うとかなり短い役目だ。


 妹のソラからもらったケータイの機能で写真が簡単に撮れるので、あれで一度撮って置けばそんなに拘束しなくても描けるが、あれば実物をそのまま保存できても、目に見たままではないので本職には物足りないかもしれない。そんなことを考えて、固まった体を伸ばしていると、ルーラが横で震えている。


「? 大丈夫ですか」

「ひゃうっ」

 気の抜けた悲鳴が上がる。


「………ああ、痺れたんですね。そういう時は、一度声をかけて姿勢を変えてもいいんですよ?」

「そんなの知らなっ……っっ」


 つい、悪戯心で屈んでスカートから出ている足首をつつくと、ぷるぷると震えている。

「いっ、意地が悪いです」

「ルーラさんは、思っていたよりもおちゃめさんなんですね。ふふ」

「ユマさんは、やっぱり性格が悪いですっ」


 怒った顔はちょっと末子のララに似ている。ソラに構われ過ぎて怒っている時の顔だ。

「ああ、凄いですね、あんまり性格が悪いのはばれていないのですよ」

 からかっていると、僕がソラとララのじゃれ合いを見るような目で同級生という名の年長者に微笑ましく見られていた。




 新学期が始まって、ひと月ほどが経った。

 いつものようにエルトナの仕事を手伝っていると、ルーラが妙なことを言い出した。


「なぜ、こちらには学園祭がないのですか?」

「……」


 そっとユマの方を見る。私がナゲルだったら、いつもの手話のような動きで秘密の会話でもしそうな顔で見返された後、小さくため息をついた。


「旧人類の漫画の影響でしょう。学校制度や教育水準の違いの授業があったのですが、旧人類は基本的に運動と恋愛しかしていないようです。その一環で、文化祭と運動会がありました」

 ユマの説明に頭が痛い。


「ユマ、あれは娯楽ですから、実際には受験という戦争や学歴差別などもあります。現在は肉体労働のほうが頭脳労働より多いですが、頭脳労働も多く、オーパーツの扱いができて当たり前でした。学力も、昔の方が随分高いのですよ。あれは、あくまでも娯楽です」


「事実かはいいんです。私だって、あんな自由恋愛がまかり通るとは思っていません」

 ルーラは最初こそとげっぽかったが、少しずつ慣れてきた。塩対応という意味ではナゲルの母に近い感じだ。


「その様なことをしている暇はないでしょう!」

 否定してきたのは別室から出てきた所長代理だ。

「は? あなたには聞いていません」

 ルーラは大好きなサセルサを孕ませた相手である所長代理とは予想通りに仲が悪い。


「なぜ反対なんですか?」

 こういう人の仕事を勝手に増やすのは好きそうなのに。

「普通に考えて、学問場で遊びは不要でしょう。私の帰宅時間が遅くなりますし」

 早く帰りたいということか。


 ユマが少し考えた後提案を出した。

「学園祭……というか、旧人類美術科ですし、制作した作品のお披露目会はあってもいいのかもしれませんね。内輪でしてもいいのですけど。他の学科も、研究成果などを紹介する機会はあってもいいのかもしれません。職員にとっては研究所とつくだけに研究発表は日常かも知れませんが、学生も折角ですから何か発表の場があるのはいい事かと思いますよ」

「……職員会で一度提案はしてみましょう」

 実際の仕事が増えるのは自分だけではないので名言を避けて置く。


「エルトナ、そうやって学生を甘やかすのは如何なものかと」

「一番甘やかされている所長代理は黙っていてください」

「私はこれでも上司ですよ」

 仁王立ちの役立たずを殴りたい。


「では、上司用の仕事をまとめていますので、適当に署名だけしてください」

 殴るよりも、とっとと仕事を済ましてもらう方が建設的かついい嫌がらせになる。



所長代理は一目惚れです。

サセルサは、男性慣れしていない純正培養育ちなので、優しくて仕事よりも優先して、褒めまくってくれる所長代理にあっさり落ちました。

所長代理は釣った魚は養殖して、更に完璧なコンディションに整え、歳をとるというのすらアンティーク的な付加価値と考えています。なので、サセルサは幸せです。

しわ寄せはエルトナが伸ばしました。

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