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女装王子の留学記 ~美少年過ぎて女性恐怖症になったけど、女装していれば普通に生活できます~  作者: 笹色 ゑ
帝都へ

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86 ヒスラの街に戻る

   八十六



 都地区での僕の役割を終えて帰路に就いた。


 まあ、言って僕がしたことと言えば、周囲の肝を冷やさせたくらいな気がする。僕というよりも、帝王からの大義名分の後ろ盾役といったところだ。それでも、帝王から監督許可を受けている者として、アシュスナ・ルールーを新当主にすると宣言することに意味がある……らしい。


 屋敷へ向かう足はメリバル邸が車を出してくれた。そのうち僕専用の自動車が帝王から贈られるのではないかと想像してすこしばかりぞっとした。


「本当に、ヒスラの教会に戻られるのですか?」

 車の準備を待っている間、エルトナの保護者でもあるネイルとハリサも出発の準備をしていた。二人はこのまま乗り合い馬車で教会に戻るらしい。


「いくつか情報が必要ですので。今回は口添えいただき、処罰はなしとしていただきありがとうございました。その上、申し訳ありませんが、エルトナをお願いします」

 強面のネイルが丁寧に言う。横のハリサは無表情だ。


「わかりました。お二人がエルトナに会うために屋敷へ入館することは許可しますが、その際には帝国の警護が同行することとなりますので、それはご了承ください」

「過分な配慮感謝します」


 僕を唆して連れ出したというのは事実なので、本来は許可できないが、ヒスラの教会の内部情報は得たいので、そちらを融通してもらうことで許可が出せた。


「エルトナ、次私の許可なくどこかに行ったら、あんたが危ない目に遭う前に、縛り付けてツール様へ直送するから」


 ハリサがエルトナの両頬をがっしりと抑えて、間近で目を見て脅している。エルトナはすいっと視線を逸らしている。多分、カシスに叱られている僕ははた目から見てあんな感じなんだろう。


「返事は?」

「あれは、養父からの手紙が……」

「返事は?」

「……はい」

 鼻を摘ままれ、ぎゅっと目を瞑ってエルトナが返していた。


 やはり、ちょっといつもと違う。それでも、こちらの方が年相応とも言えた。


「ユマ様」

 声をかけられ、車への移動準備ができたようなので乗り換える。


 ジェゼロが家だが、ヒスラは別荘のように感じ出している自分がいる。ただ、ヒスラの街は一度しか散策したことがないが……。


 屋敷に着くと、そうそうにエルトナは研究所へ向かい、帝国の警護が帯同した。それを見送りつつ、屋敷に入る。


「お帰りなさいませ、ユマ様」

 シューマー執事が出迎えに立っていた。荷物を運ぶ間はとりあえず三階の応接室で待機らしくそちらへ案内される。

 後ろにはミトーとトーヤがついて、ナゲルと共に席につく。他は荷物の管理と室内の確認に向かっている。


「あちらへ向かわれている間に、ご学友の方々が屋敷に戻られております。ユマ様より御許可頂いておりましたのでお部屋を使っていただいております」

「ああ、旧人類美術科の方々ですね。構いません。滞在費などの管理は引き続きお願いしても?」

「かしこまりました」


 了承してもらったが、どこまで僕の領分にしていいのか悩む。ベンジャミン先生ならば最低でも確認だけはしているだろう。どれだけ誠実な人でも、つい魔がさすことはある。それを未然に防ぐのも責任だ。

「帝王陛下の所有と認識はしていますが……こちらでは客人よりも家主扱いのようですから、帳簿は確認しておいてもよろしいですか」


 嫌がるだろうかと思ったが、目を細め、微笑んで頷かれた。

「かしこまりました。準備ができ次第まとめでお渡しいたします」

 この執事さんも、正直謎が多い。かなり優秀なのは確かだろう。


「そーいやお前んとこは新年度までの課題とかってなかったのか?」

 話が終わると、ナゲルがそんなことを聞いてくる。


「……あー、課題で作品提出が出てた気が」

 描き貯めている作品はあるから、それを仕上げ切ればいいか……。すっかり忘れていた。因みに絵を描かない学生は、新たに買い付けた作品を持参することになっている。


「医学科は?」

「まー、色々と。一応帝都で済ませてきたからな。かなり……有意義だった」

 有意義と言いながらナゲルがうんざり顔だ。とてもいい経験をしたのだろう。ナゲルが祖父にしごかれた後も大体こんな感じだ。


「はぁ……こういう会話をしていると、なんだが学生っぽくていいね。何しに留学しに来てたか忘れるところだったよ」

 シューマー執事は退席した後なので、つい素で話してしまう。


 一応旧人類美術科へ学びに来たはずなのに、どうしてこうなったと今更ながらに首を傾げる。


「知らん間にこんな屋敷まで贈られてるしな」

「……贈られたわけじゃないよ。今だけ貸し与えられてるって思ってる」

 言い訳をしてみるが、本気かと眉を上げて無言で問われる。


「だって、ここにずっと住むわけにはいかないし」

「それはそうだろうけど、貢がせるには高額過ぎるだろ」

「……ナゲル。僕が一度でも留学先には僕専用のお屋敷が欲しい、なんて言った? 新しい顔料や絵画ならいざ知らず、頼んでもいないものを押し付けられて、その責任まで取るようには教育されていない」

「人に金を貸す時は?」

「あげるつもりで……」

 ナゲルからの言葉に答えると、ナゲルがうんうんと頷く。


「きっと、向こうも屋敷をあげるつもりで貸したんじゃないか?」

 そんな買い食いのお金じゃあるまいしと言いたいが、相手は帝王だ。オーパーツ大学の建設費用を母が希望したからという理由でぽいと出す人だ。あちらに比べれば安いくらいに考えているかもしれない。


「今ちょっとぞっとした」

「今更じゃね」

 確かに……。


「ユマ様、お部屋が整いました」

 リリーが知らせてくれてそのまま自室へ向かう。


 二重扉を入ると、アリエッタが嬉しそうに顔を綻ばせた。

「おかえりなさいませ、ユマ様」

「ただいま」

「お、お疲れでしょうから、お部屋に向かわれますか? それとも、お茶を用意いたしましょうか?」

 まだ少したどたどしいが、できるだけ丁寧に問われる。


「そうですね……課題の確認もしておきたいので、部屋に向かいます。私がいない間もとても綺麗にしてくれていたみたいですね。ありがとう」

 この部屋の掃除は機密もあって僕らがいない間はアリエッタ一人で行っていたはずだ。見た限り、とても綺麗に整えてくれている。そこからもアリエッタがどれだけ本気かも伺える。




 もうすぐ新学期が始まる訳だが、オオガミが帰国することになった。


「折角、優秀な方でしたのに……こちらに定住していただければよかったのですが」

 今日はサセルサの代わりに所長代理が出勤している。どちらかが仕事をしにくるスタイルだが、サセルサが出勤してくれた方が仕事は捗るのだが、所長代理の署名が必要な書類もあるので全く仕事に来ないとそれはそれで困るから面倒だ。


「はは……勘弁」

 オオガミが乾いた笑いを返している。大物にすらこう対応とさせるのは、所長代理に慄くところだ。どうして所長はこれを代理に命じて、あの優秀なサセルサは子を成すまで関係になったのか、なぞだ。


「所長代理はともかく……オオガミさんにはとても分かりやすく仕事をまとめてくださいました。きっとオーパーツ大学はこちらと違って効率化された素晴らしいところなのでしょうね」

 想像しただけでうっとりしてしまう。


 一つ目の記録では、かなり効率化された業務だった。それを思うと、今回の改革でもまだまだだ。


「……ああ、また機会があればオーパーツ大の話もしてやろう」

 明日には出立予定なので、時折見せる髭面ではなく今日はまともな恰好だ。意味深に笑む姿で結構な人数の女性研究員を虜にしていた。あまり身なりに頓着がないようにも見えるが、実際にはユマ並みに自分の見せ方を知っている人だと思う。所謂ギャップ萌えを上手く使ってくる。


「二年度は旧人類美術科に新しい講師が入るらしいな」

 何のことはないような世間話としてオオガミが問う。


「二年では美術色よりも、旧人類についての学習が増えますから。それにヴェヘスト教授は御高齢です。最近は興奮しすぎていつ死んでも不思議がないので。助手のアドレも、漫画中毒で、日によっては廃人ですし」


 旧人類の娯楽は、阿片やマリファナに並ぶ危険性がある。旧人類のように、娯楽漬けでそもそもバグっている生活が当たり前ならばまだしも、純朴な今の人間では少々刺激が強すぎる。正直、旧人類の漫画だけで国家予算が稼げるだろう。


「所長代理はともかく、ほどほどに働けよ」

「大丈夫です。今は別件の労働を所長から命じられていますから、そちらは労働環境を重視してくださるので」


「それは困ります。仕事が溜まってしまいます」


 所長代理の言葉は相変わらずいらっとする。いつか殴ろう。




 オオガミは僕が戻った二日後には出立した。僕の無事の確認するためだろう。


 ベンジャミンから俺がキレられるから、大人しくと言われた。

 ベンジャミン先生に怒られるのは困るので、大人しくしようと思う。ただ、平穏に過ごそうとしているはずなのに、可笑しい。





オオガミ、長らくジェゼロを開けていたので、向こうの仕事が大変なことになってます。

主にソラ関係で。

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