表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女装王子の留学記 ~美少年過ぎて女性恐怖症になったけど、女装していれば普通に生活できます~  作者: 笹色 ゑ
帝都へ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

86/165

85 会議


   八十五




 会議という名の独壇場にアシュスナは目を剥いた。


 エルトナと名乗った子供が同席した場で、その子供が主導権を握っている。


 それに関しては単に種が同じだけの妹のマルティナスも同じように目を丸くしている。


 ルピナス・ルールーが帝国への反逆罪で逮捕されたことは聞かされていたし、ユマが大怪我を負って昏睡状態だったとも報告は受けていた。ユマが万が一にも亡くなりでもしたら、よくて無職、普通に考えれば連座で死罪だ。


 自分の立場の儚さを再認識していたが、目覚めたユマからは変わらず当主として務めるように言い渡され、ルピナスの罪状は個人の物と明言して帝国からの処罰はないよう取り計らってくれるそうだ。だが、代わりに面倒事、もとい新しい事業を開始すると言われた。


「……ユマ、様……その、オーパーツ工場は本当にできるとお考えですか?」

 自分とマルティナス以外もいるので、丁寧に問いかける。エルトナと名乗った子供が説明した内容に、正直ついていけない。ただ、成功すれば、帝国の重要管理区に分類されて不思議がない。


「もちろん、当主であるアシュスナの意見を確認してからと。その後、帝国に打診して許可が出るかはまだわかりませんが、統治区の意見がまとまらなければ、外と話すこともできないでしょう?」

 ユマが綺麗な顔で微笑む。


 これは、かなりの好機だ。反乱分子を出した場所としては破格の扱いだ。ただし、失敗する可能性は少なくない。失敗すれば、その責任を負わせやすいと言う面で選ばれたと言った方がいいかもしれない。最悪失敗を前提とした見せしめになる可能性もある。

 だが、この機会を逃すならば、当主などにならず国境の警備小屋で大人しく過ごすべきだ。


「わかりました。建設は中央地区か南地区が適切でしょう。線路は都地区には通っていませんし、土地もそちらの方が融通が利きます」

 帝国が線路を通す時に都地区の近くを通すようにかなりごねたと聞いている。地形的に工事費が高くつくためその施工費をだすならばと譲歩があったが、無論出せるはずもなくそれは見送られた。代わりに一統治区一駅のところを、ヒスラの研究所建設のための駅とは別にもう一つ作らせることには成功した。ただ、南地区の南方なのでほぼ下の統治区のための駅のようなものだ。

 南地区と中央地区の間には大きな川があるのでその近くならば水源にも困らない。


「よろしいでしょうか」

 マルティナスが、軽く手を上げて発言の許可を待つ。ユマが頷いてからマルティナスが口を開く。


「中央地区は川の分かれ目にある土地ですので、数十年に一度は氾濫などで被害が多い土地です。代わりに土壌がよく、ルールー統治区の農耕地としては重要な立ち位置になります。ですので、工場などをつくるのであれば南地区の北部がよいのではないでしょうか。積雪もそれほど多くない地区です」

 ユマが来てからはトゲトゲとした印象があったが、今日のマルティナスは嫌に冷静だ。


「わかりました。いくつかの候補地を立てて、調査した後に決めましょう」

 ユマが頷いた後マルティナスをじっと見た。


「当初の予定通りに、南地区と中央地区の地区長に就任したいでしょうか?」

 以前、それらではなく監査になってはどうかと言い出したのを思い出す。


 自尊心の強い、苦手な種類の女であるマルティナスはすっと冷たく微笑んだ。

「南地区の地区長になれば、不正などを行った者たちを全員処刑もしくは解雇できるのですよね」

「……相応の罪があり、代わりがいるのであれば構いません」


 普通に考えれば、そちらを選ぶだろう。それに事業が実際に行われる地区の地区長となれば当主もないがしろにはできない地位だ。

 それならばと口にする前に、マルティナスがユマの隣に座っている子供に目を向けた。あまりにも凝視されているので気にかかるのは当たり前だろう。


「何か?」

 少し不快そうにマルティナスが問いかける。


「いえ、あの書類を作られた方ですから、余程の才女だと思っていたのですが。残念です」

 先ほどの話を聞けば、ただの子供ではないのはわかるが、十代も前半のような年端のいかない子供にそんなことを言われてマルティナスが眉根を寄せた。


「統治区の地区を二つも任されるのは名誉なことでしょう? 他者の不正を暴くことに比べれば」

「そうでしょうか……高が田舎の統治区の一部の土地を管理するだけの仕事ですよ」


 挑発するわけでもなく、不思議そうに続ける。

「リンドウ・イーリス様も若いころは不正の確認に各統治区などに派遣されていました。第二のリンドウ・イーリスを目指すことができそうだというのに、将来的にルールー統治区を乗っ取ることを目指すのでは、随分と志が低いなと」

 リンドウ・イーリスの名前が出て、マルティナスがぐっと息を詰まらせる。


 マルティナスの事はよく知らないが、女を不利だと思うものにとって、その名前は神に等しい。産みの親である高級娼婦の女ですら、その名前は知っていたし、ある種尊敬していた。


「……」

「一度仕事内容をじっくりと考えてみてはいかがですか? ユマはあなたの能力を見くびっているのではなく、むしろ正当に高く評価した結果の提案です。そこは間違わない方がいいですよ」


 そう言われて、マルティナスは大人しく引き下がった。本当にこの子供は何者だ。サジルも基本子供の発言に何も言わない。俺の発案には現実性がどうのと予算の見通しがとケチしかつけないと言うのに。


「では、アシュスナとサジル以外は退室を」

 その後、他の話も一通り終わると、ユマが指示する。古参どもも、素直に従って出ていく。マルティナスも一瞬躊躇ったが退席した。横には子供がそのままだ。


「僕が戻っても、こちらと連絡を取りやすいように電報所を早急に設置してもらう予定です」

「電報所……ですか」

 サジルが眉根を寄せた。


「線路を利用するのでヒスラから南地区か中央地区までは比較的簡単に連絡ができるようになると思います。それより先の都地区へとなると、電線を別途立てる必要があるので、少し手間ですが、将来性を考えるといい出資でしょう」

 そう言うと、ユマが簡単に電報の構造を説明してくれる。早馬や山岳地では旗信号も使われていた。それ以上に早くやり取りができる。


「あまり高度なオーパーツを利用すると、その管理にも人が必要になるので、規則的な信号文を解読するようにしたいと考えています」

「帝王陛下からの許可が必要でしょうから、早急に連絡を点けましょう。今回のユマ様の構想についても」


 頷くと、サジルがエルトナへ視線を向けた。


「ツール様の御子息とは伺っておりましたが……あの噂あながち嘘ではなかったようですね」

  どんな噂だと思うがサジルは続きを話さなかった。代わりにエルトナがにやっと笑う。


「サジル殿についても、御噂は耳にしたことがあります。ユマに付けられたこと、ご不満だったかもしれませんが、従来の老人たちではできなかった新しい手法、新しい事を始めましょう。あなたには帝国側とのやり取りで矢面に立っていただかなければなりません。手腕に期待しています」

 子供からそんな挑戦的な物言いをされたのに、サジルが唾を飲む音が聞こえる。

「わかりました」


「予算申請は時間がかかると思います。一先ず知人に出資を依頼しますので、帝国から申請許可が出るころには電報所の使用許可も下りているでしょう」

「……承知しました」

 答えを得ると、エルトナと名乗った子供はユマに一瞥をくれ、ユマが立ち上がるとそれに続いた。


「サジルさん、帝国との調整後、私はヒスラの屋敷へ戻ります。新学期が始まってしまいますから」

「適宜報告をいたします」

 頷くと、ユマ達が出て行って、サジルと二人だけだ。


「あの子供はナニモンだ。ユマは……ユマ様は、高位の娘か何かだろうけど、それを呼び捨てで許されてる上に……」

 まるで上官のような立ち居振る舞いだった。


 ぼやくと、息をついたように肩を落としたサジルが答えてくれた。


「ツール・ド・フリアルト様の養子だ。帝国軍や帝王直下の調査隊にも所属し、帝王の足と呼ばれていた程の方だ。左腕を失われてからは一線を離れ、帝都の女神教会で司教職に就かれている」

「じゃあ偉いのはツール様だろ?」


 最近はずっと偉そうな貴族のように話していたが、素を知っているサジルだけなので口調がつい砕ける。サジルも他人の目があるときはある程度敬った姿勢を見せるが、今は汚い者でも見るような目で見下してきていた。


「ツール様は軍を除隊した後、教会に入信されたが、帝国軍と教会に忖度はない。むしろ敵対していた時期で、かなり辺鄙な土地のおんぼろ教会に派遣された。そして、そこからまた伝説が始まった。ツール様が派遣された場所は、一年か二年で大きく発展し、教会への寄付も桁違いになった。いくつか派遣先が変わったが、常に成果を上げ、脅威に感じた教会の上層部が監視のために帝都の教会へ呼んだそうだ」


 子供への教育のような話し方から、少しずつ心酔した目に変わるのが気持ち悪い。


「帝都の教会では一番の下っ端だったが、商人がツール様へと寄付を始めた。司教や大司教への寄付は珍しくないが、一介の神父にはありえない額だ。教会と言えども慈善だけでは経営ができない。他の地方教会へ追いやってもそちらに寄付が行くのは目に見えてる状態で、やむなく司教の地位になられた」

 つまり、ユマに見初められた俺のような状況かと納得する。


「それとあのガキんちょに何の関係があるんだ」

「それ以前のツール様の意業も素晴らしいが、金銭によるものじゃない。多額の寄付がされるようになったのは、養子をしてからだと言われている。あの子供はツール様にとって金の卵か幸運のお守りだ」


 現実主義だと思っていたサジルからそんな言葉を聞いて笑ってしまうが、当のサジルは目がマジだ。


「我々は、ユマ様だけでなく、ツール様の養子までついているのだ、失敗すれば無能程度の誹りでは済まないぞ」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ