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女装王子の留学記 ~美少年過ぎて女性恐怖症になったけど、女装していれば普通に生活できます~  作者: 笹色 ゑ
帝都へ

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84 エルトナの秘密と統治区の将来


   八十四




 エルトナは本当に賢い。


 鼻歌交じりに書類に目を通すといくつかの指示を書き出していた。

 とても機嫌がいいらしい。


「この、マルティナスというのは、例の南地区の書類を作った方ですか?」

 着替えて戻ると、最初に問われる。


「はい……。最初は、アシュスナを当主にするのだから、南地区と中央地区あたりを任せられたらと考えていたんですが……本人が認めれば監査として動いてもらえればと」

 正直、役職だけだと左遷のようなものだ。


「面白いですね……。性格も細かくて、間違いを正さないといけない潔癖。人から嫌われることも今更」

 以前も思ったが不備の全くない書類だ。

「こういう監査や内部調査の人間は、温和に見える冷徹か、理論だった計画性の高い人物が適しています。予備調査に時間をかけ、監査前の計画、実施、その報告。必要であれば改善や懲罰の実施の有無も確認しなくてはなりません。基本的に不正がないかの確認なので、嫌われる仕事ですから手を抜いたり逆に不正を働く者もいます。彼女がユマの提案を渋るようなら、一度私もお会いしてみたいですね」

 エルトナが肯定した。マルティナスに対しては、普通は受け入れられないだろうと言う反応が普通だったので、賛同してくれるのは意外だ。


「アシュスナが当主に選ばれて、マルティナスは反感があるようでした」

「プライド……自尊心が高いんでしょう。それだけの知能があるとわかっている。そこをうまくすればいいだけです」

 悪い顔でエルトナが笑う。


「ご機嫌ですね……どうかしました?」

「……変ですか」

 笑顔を消して、エルトナが少し困惑した顔をした。

「……最初に会った時と少し近いかなと。やはり働きすぎだったんでしょう」

「そうかもしれません。さて、悪事を始めましょうか」

 書き出したメモ書きを片手に、エルトナがにやりと笑った。


「片手間程度でしか、手伝っていませんでしたが、ユマはこの地区をどうしたいですか? ……ああ、別に建前とか、お上品な回答でなくて構いません」

「……」


 多くの処刑をせずに、これまで虐げられていた人や、極度に貧しい生活を強いられることがないようにしてあげたい。それは、とても耳障りのいいものだ。だが、別に僕は慈善家でも人権活動家でもない。


「……綺麗な……絵に残したいような場所にしたいです」

 綺麗ごとも嘘ではない。ただ、何の責任もなく、行ってみたい街、暮らしてみたい街はもっと単純だ。


「例えば?」

「僕の故郷もそうですし、前に行った薬草園も美しかった。ヒスラや帝都の教会も」

 描いてみたい場所や描いて楽しい場所を考える。ふと、エルトナの絵もちゃんと描いてみたいなと頭によぎった。描きかけたまま仕上げていない。


「なるほど……逆に、絵に残そうと思わないのは?」

 そう問われて腕を組む。描きたいものは、欲求が湧くのでわかりやすい。逆に、食指が振れないものは、そもそも興味がわかないのでそれほど記憶に留まらない。


「………このお屋敷では、特に画架を立てたいとは思いません。議会の人も。なんでしょう……この屋敷も綺麗でない、訳じゃないんですけど。ただ、なんだか、暗い感じがする。暗いのがダメなんじゃなく、影の差し方がよくない」

 そんな曖昧な話を、エルトナが面白そうに聞いている。


 描きたいものは、実際ただ綺麗なものじゃない。なんだろうかと考えて、少し呆れてしまう。何だかんだで、僕は母親によく似ている。母のオーパーツ好きも、何故か聞いたらなんかワクワクするからと言っていた。


「多分……面白そうなものやわくわくするものが好きで、どう見えたかを残しているんでしょう」

 あの母は、変人に見えてある程度常識人だが、快楽主義なところがある。


「なるほど……」

 小さく頷くと、エルトナが少し考える。

「オーパーツもお好きですか?」

「便利だとは思うものの、慎重さは必要でしょう。反帝国派が存在するなら……こちらの武器はあちらの武器でもある。それに、普通に使えば無害でも、ハサミですら凶器になる」


 この十数年で解禁はされたが、少しずつだ。帝国が本気を出せば、旧人類の終末期とまではいかずとも、近い位置まで来ていても不思議がない。現に、ソラは一人でそこまで行ける。


「……オーパーツ、駄目ですか?」

 ソラか母みたいなしょんぼり顔をされた。


「エルトナは、仕事でオーパーツの扱いに慣れていますが、そんなにお好きでしたか?」

「便利でしょう? QOL……生活の質が上がりますし、時間短縮が絶大です」

 なんというか、効率重視のエルトナらしい答えだ。


「私的には、ワイズが買った塩田もあるのでそこを足掛かりにオーパーツ産業に本腰を入れて、一気にこの地区の価値を上げ、所得向上に繋げるのが手かと」

「エルトナ、今日は少しおかしいですよ?」

 以前、エルトナに相談した時は、こちらの希望を汲んだ案を出してくれた。だが、今はエルトナの願望のようだ。

 指摘すると、エルトナが驚いた顔をした後、自分の手を見た。


「………頭が、随分とすっきりしていて」

 呟くとこちらを見る。


「ユマの知っている私とは、違いますか……」

 迷子になった子供のような顔で問われる。いつもの淡々としたエルトナとは違う。

「………」

 すぐに答えを出せずに一度目を逸らした。


 僕は、ジェゼロでは女装していても男のユマ・ジェゼロだった。だけど、ヒスラでの女装の時は少し違う、女を演じていた。


 ベンジャミン先生も、僕と母では対応が違う。それに、それ以外の対応も。そう思うと、エルトナのこの変化は、僕との関係の変化だろうか。それとも、本人の問題だろうか。


「何かあったなら、教えてください。単なる想像や簡単な言葉で返すのはよくない気がするので」

 ただ、いつもと違って感情の動きが見えやすい。そのエルトナが不安そうな顔を見せているのに、安易に楽しそうでよかったとは言えない。


「………」

 エルトナが腕を組んで、頭を下げた。何かを悩んで、深く考えているようだ。しばらくしてから、こちらを見て口を開けた。


「……ユマと二人きりで話せるなら、かなりの機密ですから、それができないなら今はそっとしておいてください」

 斜め後ろのリリーへ目を向ける。緩く首を横に振られるが、笑顔で圧をかけた。


「この状況で僕に何かあれば、他にも類が及ぶことがわからないほどエルトナは馬鹿ではありません。すこしでいいので席を外してください」

「しかし」

「リリー」

 言い淀むのを見て、一押しをする。それでも頑なな姿勢は僕の日ごろの行動の結果だろう。


「エルトナ、俺はどうだ?」

 部屋の隅にいたナゲルが声をかけてくる。エルトナが男の姿で会ってみたいと要望を付けたので、いざという時のために待機してくれていたのだ。男とわかった相手がいる中で発作が起きないとも言えないから。


「……そうですね。医師として守秘義務を守るのであれば」

 エルトナが譲歩したのでリリーが一度ナゲルへ視線を向けた後、部屋を出る。トーヤは一瞬ためらったが従った。


 ドアが閉まったのを確認して、エルトナが落ち着くためなのかゆっくりと息をついた。

「………話す前に、次にジェゼロへ戻る際、私も同行する許可をお願いします。監視下でも構いません」

「? ジェゼロへ……ですか」

 唐突な申し出に首を傾げる。


「私の話は、ジェゼロにも関係があるはなしですから。国境で待機して、王からの許可を待つ形でも構いません」

「そうですね。入国許可は僕の一存では確約できませんが、母に話をすることは約束できます」


 国防から、僕個人の判断では決められない。それでもいいと頷いてから、エルトナがもう一度息をついた。


「今日の私が妙にハイなのは、ヘリオドール所長が処方してくれた薬の所為でしょう。少しテンションは高いですが、これが私の素に近いと思っていただいて構いません。薬の作用で、幼いころからあった一つ目の影響が薄れているのでしょう」

 ソラのような独特な単語を除いても、よくわからない。


「どういうことですか?」

「私がオーパーツの扱いに長けているのは旧人類が滅亡する前に生きていた男の記録があるからです。頭が可笑しいと思うかもしれませんが、そういう遺伝病のようなものです。そのおかげで多くの知識がありますが、彼はとても淡々とした性格でしたから、その影響で感情の抑制が起きていたのでしょう。環境で影響の波があるので、オーパーツを使う旧人類に近い生活環境にいたため、ジョセフコット研究所にいた私はより彼の影響を受けていたのだと思います」


 いつものエルトナのように、淡々とした口調で、淡々と話す内容は、美術科の助手であるアドレが愛好する漫画のように荒唐無稽だ。


「安心してください。信じてもらえるとは思っていません。逆の立場なら、精神科に見てもらうように提案します。ただ、私の知識の裏打ちは、基本は旧人類の英知です。そして、今日の私が、彼の影響が少ない、エルトナの本当の姿です」


 こういう時、一緒に話を聞く立場でナゲルが同席していたら何か言ってくれるだろうが、今はただの監視だ。だから弁えて黙っている。これは、あくまでも僕に打ち明けてくれた話なのだ。


「……確かに、僕もエルトナの言葉をすべて鵜呑みにはできません。そういう症例を耳にしたことがないからです。でも……エルトナは歳不相応に優秀ですから、もしそうなら納得できますね」

 言いながら、頭に過ぎったのは妹のソラだった。


 大病の後、しばらくして戻ってきた妹は妹だけどそれまでとは違っていた。もしかしたらソラもそうなのだろうか。薬があれば、ソラも昔の……本来のソラ・ジェゼロに戻るのだろうか。

 もしそうなら、母に教えなくてはならない。いや、その前にベンジャミン先生に相談しないと。あの時、母はとても苦しんでいた。糠喜びはさせられない。先生も母がまた悲しむのは見たくないはずだ。


「知識はそのままなんですか?」

「ええ、脳内ライブラリとして健在です。科学や医学、機械学はもちろん、経済学も。今の私の知識を使えば、金儲けはとても簡単です。行動さえすれば」


 そういえば、最初に列車で会った時も、もったいないと言っていた。僕は肥料として使えばいいのにという意味だったが、エルトナは金銭的な勿体ないだった。


「エルトナは、結構守銭奴ですよね?」

 冗談交じりに軽い調子で問うとにやっと笑った。

「今も昔も、お金の力は変わりません。他の武器と違って、使い方が多いのもいいところです」

「まあ……お金は大事ですね」


 お金に不自由をして暮らすことはないものの、予算外の小遣いはそれほどもらっていた訳ではない。必要なら稼いだこともある。


「しばらくは新しい統治者の地盤固めが重要ですが、事業を作るのも大事でしょう。帝国への矜持を示すため、また、統治区内にある最新施設のジョセフコット研究所との連携を強化するため、帝国の指揮下でオーパーツ工場を作るのがおすすめです。アシュスナはジョセフコット建設にも深くかかわっていますから、適当でしょう大層な文句をつければいいでしょう」


 どうやら素のエルトナもオーパーツ推しのようだ。確かにこの産業は、初期投資はかかるが、稼ぎもかなりの物になる。ただ、専門家が必要になる。それをジョセフコット研究所から派遣してもらうつもりらしい。


 帝国は独自に機密工場と研究施設を持っているだろう。それを大衆向けにするならば、大衆向けの工場も必要だ。名乗りを上げたい地域は多いはずだ。


「工場を作るならば……確かにここは悪くない土地でしょう。既に線路が引かれていますから、駅以外でも物資用の停車場は作ることが可能です。工場近くで荷の積み下ろしが可能でしょう。大きな川もあるので、産業には必要な水の確保も容易。人手は、考える必要はありますが、近年は人口が増加しているので対応は可能でしょう」

「ユマは賢いですね」

 子供でも褒めるような物言いをされてしまった。


「大抵、近代化には公害問題がつきものです。カドミウム中毒のような水質汚染に喘息を誘発する空気汚染。作物や放牧に適さない土地にしてしまう汚染も。正直、リスクも高く、統治区の区民が犠牲になる可能性や、下流や風下の地区との諍いの原因にもなりかねます。最初は帝国の厳密な管理と監督が入った方がこちらには都合がいいので、問題があっての区長交代の今なら、監視が入っても上層部が受け入れ拒否もできないでしょう」


 そういえば、ジェゼロのオーパーツ大学も、排水なんかはかなり厳密な管理がされている。


 母はオーパーツ推進派だが、冷静な面もある。オーパーツが広がれば、乳幼児死亡率が格段に下がるし、人口爆発の危険性がある。仕事が足りなければ非合法の仕事やそれに付随して裏社会が大きな力を持つことになる。だから、母ですら無理には推し進めていない。例えそれで赤子が助からなくても、それは自然の摂理でしかないのだ。


「……ユマは、オーパーツが広まるのは嫌ですか?」

 エルトナが窺うように上目遣いで問うてくる。いつもと違って、色々な表情を見せられて少し心臓に悪い。


「オーパーツの推進は法律整備も並行して行うべきでしょう。僕だけではとてもできません。知識がある人が、手伝ってくれるのならば別ですが」

「顧問料はいただきますが、見合った仕事はお約束します。ただ……帝国から専門家を連れてこられれば尚いいのですが」


 新しい体制での人員は選べたが、新しい事業はそもそもオーパーツの知識も不可欠だ。オーパーツは一部の知識階級だけしかまだ扱えない。

 アシュスナはジョセフコット研究所を妨害がある中立派に建設した手腕があるが、しばらくは統治で他には手が回らないだろう。


 二人で腕を組んで頭を傾げているとナゲルが呆れ交じりで口を出した。


「オーパーツ大に、そういうのが向いてる馬鹿がいるだろ? オオガミから出向させてもらうか、本人が希望すればこっちで雇えばいいんじゃないのか?」

「それはいい!」

 エルトナがぱっと顔を上げる。


 オーパーツ大学には一緒に通っていたが、正直に言ってナゲルの方が顔は広い。僕はソラの世話か引きこもりだったから。


「そんな都合のいい人材、いたかな?」

「最初こそ人がいなかったが、最近じゃ結構人が集まってるからな。オーパーツ関係だけならジェゼロは人材豊富になりつつあるぞ」

 ナゲルがそういうならそうだろう。予定ではオオガミはそろそろ帰国する。ついでに頼んでみよう。


 オオガミ本人は、今回の件には係われないと言っていたが、オーパーツ大学の学長としてならば可能だろう。


 僕はもう、引き返すのが困難な場所まで流されてしまっているのではないかと後ろを振り返りたい気持ちだ。何だかんだで、オオガミは賢い。変人で好き勝手生きているが、立ち入り禁止の危険地帯には決して入らないのだ。僕は、入った挙句落とし穴にぼとりと落ちたようだ。


「……帝国側との話し合いも必要にはなりますが、そちらの方針でいいと思います」

 落ちた穴から空を見上げる心地で言う。


「では、その方向で進めましょう。工場の建設やインフラの整備に時間もかかるでしょうが、そちらでの需要で多少は景気も良くなるはずです。統治の一助になるでしょうし、建築監督は新当主の得意分野ですからね。あ、ナゲル、警護の方を戻していただいて構いませんよ」

 エルトナが嬉しそうに言うが、ナゲルに手で制した。


「オーパーツの推進だけならば、エルトナの抱える病……を人を排してまで話す必要はなかったのではないですか?」

 旧人類の知識があると言わない方が、エルトナにとっては何かとよかったのではないだろうか。無論、僕には話してくれたということが嬉しくはあるが。


「……ジェゼロへ向かう切実さを知ってもらうためです。あの国は許可なく入国ができませんから。それに……ユマに助けてもらった上に、秘密を暴いてしまいました。私なりの誠意です」

 打ち明けた後も、話題を直ぐに逸らしてしまったし、あまり詳しく話したくはないのだろう。


 エルトナの手が伸びて、こちらの手の上に置かれた。

「……ジェゼロへ向かう件……前向きな検討をお願いします」

 まっすぐな目で念を押された。


 僕が男だと知っている女の子に手を触られたのに、驚いただけで恐怖はわかなかった。

 少しは女性恐怖症がマシになったのだろうか。




ファンタジーですが、あからさまな魔法は出ません。代わりに似非科学がひとシリーズに一つか二つ新たに出てきます。


異世界転生とか、ゲームの悪役令状なっちゃったとかがよくありますが、

記憶を持ったまま……でも元のキャラの人格あるくね? というのを考え、人格移植ものを考えた結果、エルトナの記録持ち「憶読み」ができました。

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