83 エルトナの注文
八十三
頭がとてもすっきりしている。
怪我の確認には普通の医師も来てくれたが、ユマが昏睡状態の間にナゲルが来て、薬をくれたのだ。
ナゲルはあの糞所長ヘリオドールの許で修行していたらしく、私専用の問診と点数に応じた薬を持ってきてくれていた。やはり、所長は私が思っているものなのだろう。
「あんた……ユマサマに糞見たいな注文付けたんですって」
ハリサが頭を抱えている。
ナゲルに直接伝えたが、どこかからか情報を取ってきたらしい。部屋からは出るなと言われ、外には監視までついているのに。
「どこで知ったんですか?」
「色々手があるのよ」
腐っても帝国の調査隊に小さいころから所属していたということか。
「糞みたいな注文とは何だ?」
ネイルが読んでいた本から視線だけこちらに向けた。やることがないので私が希望した本の差し入れを摘まみ食いされている。知らなかったが、彼はとても読書家らしい。
「そちらへ向かうので折角だから男の恰好で会ってみたいと」
混乱のさなか、ユマは死にかけていたし薄暗かったのでちゃんと見ていない。あれだけの美少女のすっぴん、もとい本当の姿がいかようかは見てみたいではないか。
一つ目の記録の持ち主は超絶のつく美人だった。ユマはそれに引けを取らない美少女だったが、かなり上手く化粧をしているようにも見えていたので素のご尊顔を見てみたかった。向こうの部屋へ出向けば可能だろう。
「お前……本当に大概な性格だな」
「今回は私一人で向かうので、不敬に問われても責任を取るのは私だけですから安心してください」
「どこに安心の要素があるのよ……」
ハリサの方が結構ダメな発言をしていたのではなかったろうか。
「そもそも、今回の主犯は私でしょ? あんたと引き換えにって話に縋って誘拐したも同然なんだから」
言ってからハリサが珍しく肩を落とした。
「あんたのバカみたいな予想が事実だとは流石に思わなかったから……」
そういえば、手術の見舞いに来たハリサに、ユマには手を出さないように忠告した。ジェゼロに関係しているかもしれないからと。あれがなければ、もっと手荒な手段に出ていた可能性が否定できない。単身忍び込んで連れ出したので御咎めなしともいくまい。
「まあ……のこのこついてこなければ誘拐できていたか微妙ですし、ハリサはユマに対してあまりいい印象がないようですから、置いていく方が無難でしょう」
「ならネイルは連れて行きなさいよ。女の子ひとりを男の部屋に行かせるわけには行かないでしょう」
朝食も食べ終えてしばらく経っているので、いつ迎えが来ても可笑しくない。今更そんなことを言われても困る。
ふと、朝食の時に情報を得たのだろうかと思うが、どうやったのかはさっぱりだ。
「いっそ誑し込んでもらった方がいいくらいだろう。普通ならもう死刑だぞ? ツール様にも迷惑が掛かっていても不思議がなかった」
「まあ、一肌脱ぐのは吝かではありません」
そう返せば、言い出したネイルまでが引いている。失礼な。
そんな話をしていたら、お迎えが来た。
「いい、粗相のないように」
「子の罪は親にも行く。俺たち以上にツール様へ連座の危険性が出るんだ。いいな」
二人して私の心配ではなく養父であるツール神父の心配か。いたって平常運転だ。
迎えはリリーと共に屋敷でちらちらと目にしていた若い男だ。薬草園に行くときとは見なかった。帰りは意識朦朧でいたかはわからない。
二階の部屋の前、どこに入るかは直ぐにわかった。帝国軍人が二人で扉を守っている。
中に入ると広めの応接室兼執務室のようになっている。所長代理室の倍ほどはあるか。それでも人口密度が高いのであまり広く感じない。
「ああ、ユマ呼んでくるから」
ナゲルが軽い調子で言う。別室に入ると直ぐにナゲルは戻ってきた。
「……エルトナ、ユマが本当に男の恰好で会うのかって」
往生際が悪いとナゲルが半笑いで問う。
「折角の機会ですし、もう女性ではないと知っていますから女装の必要はないでしょう」
答えると開いているドアへナゲルが手招きをする。
出てきたのはユマだが、よく観察しないと別人に見える。同一人物だとわかっているのでそう見えるが、知らなければユマの弟だと思ったろう。
顔立ちは少年から青年の間といった感じで、何もしなければ男性に見える顔だ。あの完璧な美少女は上手に整えられた結果らしい。それに喉仏も肩幅も普通にある。足の形がわかるズボンなどを穿いている姿を初めて見たが、普通に足が長い。スカートの切り替えで長く見せていた訳ではなかったのか。
感想としては、一つ目の記録の持ち主の方が、すっぴんでは美人度が高いと妙に勝ち誇った感想が浮かんだ。彼は女性と間違えられることへコンプレックスを持っていたが、ユマは選択的に女性と擬態していたのがよくわかるし、そうしていなければただの美少年だ。
「う……あまりじろじろと見ないでください。その、騙していたのは謝りますから」
ユマが少し目を逸らして恥じらう。これは自分の顔が整っているとわかっている顔だ。
「それに関しては最近まで私も騙していたようなものなのでお互い様です。それに、今回も助けていただいてありがとうございます。怪我の具合はどうですか? 会うのは病床かと思ってこちらへと考えていたのですが」
腹を貫通しただけでなく肺にも損傷があった。全ての矢を抜くことは、今思うと殺人に等しい行為だった。腹腔内出血を助長し、最悪大量出血で死ぬ。ナゲルが診察に来た時にそれについて意見したが、真面目な顔で、ユマ以外ならあんな無茶はしないし、混乱しての行動ではないと言われた。
二つ目の記録で、ジェゼロの神子の特異性は少しだが知っている。それを考えればやはりユマはユマ・ハウスではなくユマ・ジェゼロであるということだろう。本人も口にしていたし、その名前からしてまず間違いがないだろう。
「……立ち話をするのは心配ですから、座りませんか?」
客人だがあの怪我をした人を立たせておくのは怖い。
案内されユマの向かいに腰かけた。リリーがお茶を用意してくれる。
「最初に、ハリサとネイルの処遇を伺っても構いませんか?」
ユマがカシスの方へ視線を向けた。唯一年配の男性だ。
「ユマ様ご自身の意志での行動でしたので、今回は処罰を見送ります。ただし、次はユマ様の勝手な行動であろうと誘導した時点で帝国が処罰を行います。何事も先にこちらか帝国軍を通すようにお願いします」
「そのような寛大な処遇に感謝します。彼女たちは養父から私を守るように命じられていましたので、何をおいても私の安全をと考えた結果でした。後、私が人質だろうと死にかけていようと、今後は助けないようにしてください」
「人質になったり、死にかけないようにしてください」
いつものユマの微笑みで返された。女装していないので何とも言えない違和感がある。
「……女装していない時も、そんな感じですか? こう……変な感じが」
「う、エルトナの前ではいつも女装でしたから……その、この姿を見て、何とも思いませんか?」
普通、男だと思っていた相手が女装男子だと知ったら、普通はどういう反応をすべきだろうか。
どうしても、美少年を見ると一つ目の記録と被る。ある人物から女と思われることを嫌っているのに女装させられたりしていたこともある。物凄く自尊心が傷ついていたが、ユマは全く気にしていない。むしろ着飾るのを楽しんでいただろう。
「素直な感想を言っても不敬になりませんか?」
「ええ」
少し緊張した顔でユマが頷いた。
「男の娘かと思ったら、女子力が高い系男子かと……」
「おと? ん?」
予想外の言葉にユマが首を傾げた。
「性別を偽っていたことも、正直ジェゼロのお血筋であることを考えれば仕方がないことですし。むしろ、完璧に美少女を演じられていたことに感嘆します。研究校に戻るのであれば、同じように女装で過ごすのですよね?」
「この姿と、ユマ・ハウスとしての姿が一致するものはまずいないでしょうから、このまま女装で過ごす予定です」
「こちらの姿で登校されると研究所内が機能しなくなる可能性があるので、そうしていただけると助かります」
男たちが死屍累々になり、女子が色めき立つことが予想できる。それは、仕事面では地獄絵図だ。
「今回、私を救出する際に尽力してくださったことからも、私への処罰などではないのでしょう?」
「はい、エルトナも怪我をされていたと聞いていますし、その……誘拐され、殺されかけたのですから、被害者を処罰する必要はないでしょう」
そう言われて、特別怖かったと思っていない自分に気づく。無論、死にたくはないなと思ったし、ユマの怪我を見たときは血の気が引いた。ただ、今は頭がはっきりしていて、そういった感情に煩わされていない。
「……そうですね。稀有な経験をしました。二度も三度もこんな目に遭うのは勘弁ですが、中々に興味深い経験でしたね」
話のネタとしては面白いが、磔で火あぶりにされかけたら女装男子が矢から庇ってくれたというのはちょっと盛り過ぎで話としてはあまり向かない。情報量が多すぎる。
素直に答えると、ユマが苦笑いのような顔をしている。
「ユマがここにいる間は私もこちらに滞在しなくてはならないと伺っています」
話を変えるとユマが頷いた。
「また誘拐されても事ですし、申し訳ないですが、私と共にヒスラへ戻っていただきます」
それはまあ仕方ない。ジェゼロ王の子がいると言うことは噂に流れているだろう。イコールでユマだとはなっていなかったとしても、警護は減らすべきではないし、私がまた狙われないとは否定できない。そもそも私が狙われたのは養父の関係が濃厚だ。ヒスラの教会が制圧できないならば、私もこちらにいた方が安全だ。
ただ、その間にサセルサだけに仕事を任せるのは不安だ。彼女の能力を疑っているわけではないし、所長代理も彼女のためならば働くだろうが、一人では回せない量なのだ。
「ヘリオドール所長から、手紙を頂いています。ユマの手伝いをしてもいいと書かれていました。私が手を貸してこちらの収集が早くつくならば、助力することは吝かではありません」
持ってきていたのは、見せても大丈夫な手紙だ。そちらを差し出す。薬を判定するための手紙は置いてきた。
ユマの警護が受け取ってからユマに回る。一読してこちらに返してくれた。
「ご迷惑では?」
「養父の昔の仕事で似た事は手伝った経験があります。私は不要ですか?」
問いかけると、ユマが微笑みとも困り顔とも取れる顔をした。
「では、お願いします。私が読んだ書類があるので、こちらで見ていただいても? その間に、外に出てもいいように私も身なりを整えるので」
女装の過程は興味があったが、流石に見せてくれというのは飲み込んだ。
なんというか、薬を飲んだ作用か、よく寝たせいか、色々なことに興味が出ていた。
この作用含めて、所長には問いただしたい。
男の娘と女装男子の違いが判りません。




