82 帝国の警護兵たち
八十二
カシス隊長からユマ様が目を覚ましたと報告に来てくれた。
「……はぁああ……本当に、よかった」
ウィリアムは心の底から息をついた。
「危篤は脱したということで、間違いは? あの矢は致命傷でも不思議はありませんでしたが」
「今後無理をしなければ問題ないでしょう」
確認をして、首の皮が繋がった気分だ。
「私は、帝王陛下が準備した帝国側の警護とユマ様が極力接触しないようにしていました。ですが、以前のただの留学生というわけには行かないでしょう。ユマ様も今回の件で怪我をされた警護達の慰問にも向かいたいと話がありました」
「それは……」
思わず口籠った。
自分は帝国側の警護として隊を取り仕切っているが、警護対象であるユマ様とは軽く挨拶をした程度で直接の対応は行ってきていない。ユマ様の直接の警護は僅か三人、今はされに時間契約者として買った者たちがついていた。隊から一度不満が出た事があったが、誘拐事件の失態を考えれば信用されないのは仕方のない事だ。
寡黙カシスが、口籠ったことに僅かに眉を顰めた。
「今回、ユマ様が勝手な行動を行いましたが、やはり……あまり良い印象はないでしょう」
「いえ、もちろん警護対象としては最悪ではありますが、我々は誘拐事件で取り成していただいた身。不満はありません。……ただ……」
リンドウ様と帝王陛下からの命でお守りしていた方を、みすみす誘拐された時点で責任者である私はよくて左遷のはずだったが、他の部下含め、全員不問とされた。
他にも何度も肝が冷えたが、今の問題はそんなことではない。
「……ユマ様の気質は今更変わりません。もし、対処できないと考える部下がいれば、別の任務に付けることも考慮ください。できれば瑕疵が点くことのないように」
「カシス殿。勘違いをされている。……はぁ………その、忠誠や任務への疑いなどではないのです」
警護対象であるユマ様が重症を負い、意識不明の状況であったため、伝えていなかったことがある。ご無事であるとわかった今、そして直々に声をかけたいと仰るのであれば、先に話しておかなければならない。
「……ユマ様は、ジェゼロの王太子であることに間違いは?」
リンドウ様からも帝王様からも、直接は身元を明かされていない。ジェゼロへの列車の警護などを考えればジェゼロの王族関係か要人だとは考えていたが、まさか女神の息子、つまりはジェゼロ王のご令嬢……いや、ご子息であるとは流石に思わなかったのだ。
あまりにも警護が少なすぎるし、侍女も実際は警護要因だった。世話をするものを連れもせず国を出られる訳がない。要人の子供か、王族の傍系と考えていた。
だが、今一番問題なのは、ジェゼロの王族だということではない。
「……幸い、普段のお姿での発言ではありませんでしたから、内部でも他言無用でお願いしたい」
「………あれは、女装ということで間違いは?」
「ああ……帝国の警護はユマ様を前にしてもあまり表情を変えないので、職業意識が高いのだと思っておりましたが……感情を隠すことも仕事の内であったと言う事ですか」
納得したように、カシスが答えた。
「怪我をしたものは……ユマ様が男であることに動揺した結果、骨折などの怪我を負いました。普段であればしないような失態です。未だに、立ち直れていないものが少なからずいるのは事実です」
「ユマ様が女装と知っているのと、女性と思うのでは、こうも違うのですな」
どこか同情めいた言葉だが、男と知っていてもあれは惑わされても仕方がないほどの文句の言いようのない美少女だ。
私も妻がいなければ、正直危なかった。
「特に重症の内二人は、かなり衝撃を受けております。ユマ様と直接言葉を交わす機会に失礼をしでかさないとは、言い聞けません」
「重症の中ではタツロウ・ハザキは少し言動が軽い節があることは存じていますが、他の二名はとてもまじめな男でしたが……?」
内々の会話では、あれだけの美少女が警護対象だと華やいだ声を上げる者はいた。タツロウに関しては冗談で、物語のように禁断の恋が始まるかもしれないと言っていたことはあった。元々、場を和ませたり、冗談をいう事はあったが、仕事に対しては真摯で根は真面目だ。
「………そのタツロウが……数日食事も摂れない状態でした。それに、オースティにいたっては、一度取り乱して人前で泣くほどでした……頭に損傷を受けた可能性も考慮し、調べましたが、異常はないようです」
「オースティもか……」
オースティはカシスとの稽古でもお墨付きが得られる武闘派で、武人というにふさわしいような硬派な男だ。タツロウ達の軽い発言には、不敬だと真面目な顔で止めていた。だが、思い返せばオースティはそもそもそれを止めるような性格ではなかったのだ。そして拷問を受けようとも無表情を続けるような男だ。人前で泣くなど、あり得ない。
「無論、彼らも弁えております。何か手出しをすれば懲罰の対象ですが、密かに慕うことまでは、誰にも止めることはできませんので」
想いを抱いていた報われぬ恋の相手が、実は男だったと知った時、どう声をかければいいのかなど知らない。
「今後も、私室以外ではユマ様は女性として過ごしていただく予定です。それに、先日の少年はユマ様とは別人という事にしておきます。もし、それに対応できないものが出るのであれば、やはり人員の変更を。士気にかかわることでしょう」
さらりと言うが、被害の大きさを彼は理解していないのだろう。
「私の部隊内に置いて、ユマ様の本当の性別については共有意識を持たせております。些細な会話でも妙なずれが生じる危険性がありますので。無論、重要機密の扱いでの開示です。……その、中にいなかったものも、かなり動揺しているので、最悪、ひと部隊の変更も考慮しなくてはなりません」
これは指導不足を晒す行為だが、見栄で多くの部下の命を危険に晒すことはできない。
カシスがこちらの申し出に対して一考すると小さく頷いた。
「わかりました。先ほども言ったように、ユマ様は帝国側の警護とも正式に顔合わせをと考えております。怪我人が離脱ではなく復帰希望であれば、療養の前に会って置いたほうがいいでしょう」
「カシス殿……」
それは危険ではないかと言い淀むと、手を上げて制された。
「元々はユマ様が勝手をされた結果です。多少の不躾な態度は不問にすると確約は取っておきましょう。それに、もう一度ユマ様のお姿を見れば、諦めも付くでしょう」
そうは言うが、カシス隊長は彼らの悲壮な顔を見ていないから、そんな非道な提案ができるのだ。
次に目が覚めたのは朝だった。トーヤが昨日のニコルの同じ立ち位置に直立不動していてびくっとする。ニコルのように急に泣き出したりはしないが、こちらをじっと見ていた目が、安堵したように緩んだ。
「ナゲルを呼んでまいります」
続き部屋へのドアは開いたままで、そこから出ると少しして眠そうなナゲルが入ってくる。手に道具一式を持ったナゲルが入るとドアを閉めた。
「ほれ、アホ助、化粧道具。飯は今作ってもらってる」
「化粧道具はそのままこっちでよかったんじゃないの?」
「これがなきゃのこのこ歩けないから鍵代わりだ」
簡単に診察を受けて、風呂の許可を得てトイレと風呂を済ませた。寝ている間も体や髪を拭いたりはしてくれていたが、五日間も風呂に入っていなかったのだ、気持ち悪い。オオガミはそれくらい平気そうにしているのが信じられない。
身支度を整えて運ばれた軽い食事を取ると、一息ついた。お腹の違和感は結構楽になっている。
本当に、異常な体だ。エルトナは完治に数か月かかった。僕は今回の怪我で完治まで一週間くらいだろうか。
女装を完璧に整えて寝室を出る。最近ではもうこっちが完全に普段着になってしまった。
「お休みになられていた間の報告書です」
応接室のようになっている部屋の執務机に置かれた書類はまるで母の執務机だ。ナゲルからベッドから降りて言い許可が出たので、予定より早くベッド生活を免除されたが、この光景はちょっと嫌だ。
「はぁ……始めます」
脱走防止の監視役を除いて、集中できるように他の部屋へ行く。
僕が出向いた教会の集会は反帝国主義者も多く集まる決起集会だったようで、思った以上に多くの大物指名手配犯が捕まっていた。
フィノと名乗っている細目の男が僕を連れてこさせたのは独断だったらしい。あの場に集まっていた彼らにも想定外の事態だったようだ。良くも悪くもこの結果になった。フィノも帝国軍があれだけ早く動き、周辺を封鎖するとは思っていなかったのだろう。
僕の警護なんてものに任命されたせいで貧乏くじを引かされた帝国軍の人たちは、これで功績を得られたようだ。
統治区の街の兵も駆り出されて後処理をしたようで、結果的にアシュスナが当主に変わったこと、帝国の協力も得ていて、且つ、反帝国への厳しい姿勢を見せたことで少しはアシュスナの立場も確立したようだ。
他にも寝ている間に開かれた議会の議事録などにも目を通す。
確認が終わったころにカシスが入ってきた。ついでにいくつか確認をして状況把握は完了だ。
「慰問の件は話を通しております。数日の間にはヒスラに戻りたいと考えていますので、早い方がよいかと……午後であれば向かうことができますが?」
「わかりました。先方に迷惑がない形であればいつでも構いません」
大怪我をした者もいると聞いている。本来必要のない事で怪我をさせたのだ。それに、これまでのようにカシス経由だけでは指示が難しい事も出る。
「エルトナ達との面会は……」
見上げて控えめ問う。目が覚めたときは帰るまでにはと言われているが、明確にいつとは言われていない。
「こちらに来る前から、エルトナにはいくつか相談に乗ってもらっていたので、ここにいるなら少し手伝ってもらえるとありがたいですし」
慌ててそれらしいことを付け足した。
「はぁ……明日の午前……昼前に時間を取りましょう」
「ありがとうございます」
カシスが折れてくれたので甘えることにしておく。
「確認が終わられたのでしたら、昼食まで少しお休みください。まだ休憩が必要でしょう」
「レイナ、変じゃないか。失礼に当たらないか?」
これをタツロウが聞いてきていたら、そんなにげんなりはしない。硬派一直線、女に興味などない、女に現を抜かすとは軟弱なといったオースティからの発言で、ため息が出る。
「大丈夫です。制服ですから失礼にはなりません」
「そうか……」
安堵したように頷く。
こういう時にくだらない事をくっちゃべるタツロウは準備された席で背筋を伸ばし、口を結んで座っている。
オースティはあばらを四本。タツロウは腕を骨折した。他にも怪我をしたものと、私のような顔合わせを兼ねた帝国兵が数人呼ばれている。
幸い、こちらで死者は出ていない。オースティもタツロウも、実力は十分で、この程度の任務で怪我をしたと話しても信じないだろう。
怪我の理由は聞かなくてもわかる。教会内には私はいなかったが、教会へ向かうまでのユマ様は見た。いつもの可愛らしすぎて同じ女として妬ましく思う姿ではなく、簡単な男物の服を着た、男の体型をしたユマ様だった。それを教会内に潜入していた者も見て、動揺して混乱した教会の中で怪我をした。
タツロウはことあるごとにユマ様をかわいいとかきれいだとまさに女神様だと言っていたが、女好きで有名で、いつもの事だと流していたが、どうも本気になっていたらしい。そして、オースティも、かなりガチだ。
ユマ様が入られる前に、ウィリアム部隊長が入ってきてこちらを見回した。
「情報漏洩を避けるため、この場にいるものは厳選している」
ユマ様が女性ではなかったことは共有された。あまりにも衝撃を受けて精神的に疲弊する者が多くいたのには驚いてしまった。性別は共有されたが、ジェゼロ王の息子であることは部隊内でも共有はされていない。これはあまりにも大きい機密であるため、教会内でそれを知った者や、教会で拘束した者たちの聴取で情報を知った者にも箝口令が敷かれている。
「……くれぐれも、失礼のないように」
更にいくつかの注意をウィリアム部隊長が行った。普段は要人警護でこんな注意は受けない。ただ、浮足立ったこの雰囲気では言いたくもなるだろう。
ウィリアム部隊長が部屋を出て、少ししてユマ様が入ってくる。
予想はしていたが、いつもと変わらない女性にしか見えない姿だ。近くで見ていなければ、ユマ様が男だとは信じられなかったくらいだ。未だに直接目にしていないものは嘘だと思っている。
「改めて、お話しするのは初めてですね……。これまでも、色々とご迷惑をおかけしてきましたが、今回は怪我をされる方まで出てしまい……なんとお詫びしていいか」
彼女が彼であると理解してみると、妙に納得がいった。女性だけの歌劇を見たことがある。その時に男役をしていた役者ももちろん女性だが、正直に言って同僚たちの誰よりも、男らしくかっこよく見えたのだ。無論、芝居の中だ。それでも、女性が演じた男性は、女の私から見て理想的な人だった。ユマ様も男だからこそ、これほど男の同僚を惑わす女性を演じることができたのだろう。
綺麗で時に愛らしい、そして、予想外の行動で飽きさせない。いや、最後に関しては本当に自重して欲しいが……。なんにしても、ユマ様の女装は、非の打ち所のない理想的な現実的でない女性なのだ。
「我々は職務を果たしたまでです。結果的に帝国に仇名すものを捕えることもできました」
代表してウィリアム部隊長が答える。
歌劇では、女性主人公が涙を一つ零すと、瀕死の男性の怪我が回復した。世の中にそんな魔法がないのはわかっているが、ユマ様がわざわざ慰問に来たことで、男連中は怪我など微塵も感じさせないほど生気に満ちた顔をしていた。
「けれど……皆さんに不要な怪我を負わせてしまったのも事実です。本当に、申し訳ありませんでした」
皆男だとわかっているし、本人も知られていることは承知の上だろうが、女性の服を着て、化粧をしたユマ様がとても辛そうに声をかけるだけで、男どもはうっと悶えそうになっている。
ユマ様の後ろで控えているこちらとの連絡を担っていたカシス隊長が口を開く。
「当初は留学生という立場上、帝国の警護との接触は控えていただいていたが、このような状況になっている。今後は直接ユマ様と接する機会も出ることになるだろう。今後、ユマ様本人が強く希望しても、必要であれば縛り上げてでも危険からは遠ざけてもらって構わない」
老練といいたくなるような男は、真面目な顔で警護対象を前にして言う。言われたユマ様はちょっと困り顔でカシス隊長を見上げた。
「縛り上げる程度で止めることができればいいのですが……」
冗談なのか、本気なのか、そんな言葉を漏らされる。
「個人的に好き好んで危険に飛び込んでいるつもりはございませんが、必要であると判断した場合は同じことをしないとは言い切れませんので、適宜対処していただければ」
謝罪はしていたが、二度としないとは言わないところから見るに、こちらとしては胃が痛い。
ジェゼロ王は帝王陛下が最も尊重する人物でもある。そのご子息に何かあったら、警護に付いていた全員が、本当に首を飛ばされても不思議がない。
「一つ、質問をよろしいでしょうか」
オースティが強張った顔でウィリアム部隊長に発言の許可を求めた。ウィリアム部隊長がユマ様へ視線を向け、ユマ様が頷く。
「許可する」
「ありがとうございます」
頷き返して、オースティが一度ごくりと喉を鳴らしてから口を開いた。とても緊張しているのが見て取れる。
「ユマ様の、お怪我の加減は如何なのでしょうか……何日も意識がなかったと伺っておりました」
心底真面目に問いかけている。それには自分も興味がある。ユマ様は矢を受けたと耳にはしていたが、ここに入られてからの動きを見ると、怪我の様子はうかがえない。
「ご心配ありがとうございます。幸い急所は外れました。まだしばらく運動などは控えなくてはなりませんが、もうだいぶ良くなっています」
微笑んで返されても、教会内で怪我をするところを見た者は一様に懐疑的な目をしていた。
教会内にいた者にも箝口令が敷かれている。話せないことは多いだろうが、何があったのかは正直気にかかる。矢を受けたといっても、程度は幅広い。それこそ、掠り傷から死亡まであるが、少なくとも掠り傷程度の話ではないはずだ。
「今後は、素人ではなく玄人の警護を周辺に置いていただければと……機密故の離れた警護体制であったことは理解しておりますが、今後はその必要もないでしょう」
トーヤと呼ばれている時間契約者だった男がぴくりと一瞬だけ反応を見せたが、表情は変えていなかった。彼らの訓練は見たことがある。トーヤはどこかの軍人だったろう。見たことがないので帝国ではなく誰か個人か他国か、帝国でも下っ端か。そして今回ユマ様と上の階にいた子供は、確かに運動神経はいいが軍人や警護としての訓練はされていない。
オースティの苦言に、ユマ様は特に不快感を示すでも同意するでもなかった。
「ご心配頂いたようでありがとうございます。ただ、彼らは今後も私の許で働くこととなる者たちですから、少しずつでも育てていかなければなりません。私からも伺いたいのですが、皆様のお加減は如何ですか?」
話題を変えて、ユマ様が問う。あの子供も外すつもりはないらしい。少なくとも、我々よりも信頼はされている。
「幸い、内臓は痛めておりませんでしたので、いつでも任務に復帰できます」
化け物でもあるまいに、動けても本当の意味で仕事復帰はひと月以上はかかるはずだ。いい恰好をするために強がっているのか、気を遣わせない配慮かはわからないが、正しくない報告をするのは珍しい。誰彼構わず、正しい報告しかせずに嫌な顔をされる時もあるような人なのに。
「あ、自分は、しばらくは内勤です骨折していますので……ちょっとした休暇のようなものです」
タツロウがいつもと違って真面目な顔で答える。他も報告するが、過小な報告だ。これは確かに信用できないと言われても仕方ない。
男だとわかった上で鼻を伸ばしている男どもを見ながらひと段落ついたところでウィリアム部隊長へ私も質問があると挙手した。
「なんだレイナ」
「二つ、ユマ様にご確認をしたい点がございます。よろしいでしょうか?」
予定調和ではないが許可が出たので質問する。
「初めに、ユマ様は留学後は国に変えられるのですか? 帝国に残るのではなく…」
ウィリアム部隊長に睨まれるが、残るのであれば、時間契約者たちだけではなく、我々も彼の信頼を得なければならない。少なくとも仕事を任せられると思われなければ今後の待遇も変わってくる。出世ばかりという気はないが、ただの留学生の警護だと思っていたら、知らぬ間に左遷されてはたまったものではない。
「私個人としては、国に帰りたいと考えています」
困ったような歯切れの悪い答えだった。つまり、個人の希望以外でそうできない可能性もあると言う事か……。
「もう一つの質問ですが、ハリサとネイルの処罰は如何様になるのでしょうか。彼らは帝国軍に所属していた折の知り合いもいますので、彼らは二人の身を案じておりました」
帝国軍のそれも帝王直下の調査隊を抜けて女神教会に入ったツール神父を追って、隊を抜けた二人だ。ネイルという人は、本来ウィリアム部隊長と同格になっていても不思議がない人だったと聞いているが、今はヒスラの街の教会でしがない神父の一人にすぎない。
「私個人としては、罪に問うつもりはありません。こればかりは周りとの調整も必要でしょうが、お二人は、ご自身の任務を全うされただけですから」
少なくとも死罪にはならずに済みそうだと、周りが少し安堵したのが見えた。
ユマ様の誘拐犯となれば、以前と同じく死罪が妥当だ。
そうなったとして、表立って誰も文句は言わないだろうが、ツール司教を慕っている者は帝国軍の中に少なくない。その部下が処刑となればユマ様にいい感情を持たないものも出るだろう。
その後は予定調和で慰問が終わり、ユマ様が帰られて後、数人はため息をついていた。恋煩いのような雰囲気で。
「はぁ……皆さん、そちらの趣味があるんですか?」
呆れてつい言ってしまう。
「レイナ」
オースティがいつもの真面目な顔でこちらを見る。
「許より我々がどう思っていようとも成就することはない。その程度の分別はある」
「はぁー。普通に美人で目の保養過ぎる」
タツロウもため息をついていた。
この中で女はひとりだ。ユマ様の警護に参加したのは帝都からで、川で溺れ死ななかった事に驚嘆したが、楚々とした姿が少し癪に障るときがあった。可愛らしくて綺麗だと自覚している女性だと。まあ、男社会で生きているので、余計にそう感じたのかもしれない。今は男に負けている現状になんとも言えない思いだ。
帝王陛下が付けているユマの警護は実力忠誠心ともに優れているものばかりです。
最精鋭の身として、カシス達はまだしも、トーヤとニコルまでが加わっているのに後方支援という事で静かに不満を持っていました。多分。
カシスとウィリアムはその調整が地味に大変です。




