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女装王子の留学記 ~美少年過ぎて女性恐怖症になったけど、女装していれば普通に生活できます~  作者: 笹色 ゑ
帝都へ

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78 悪魔付きの言い分

   七十八



 エルトナはツール様にとっての特別な子供だ。あの子と知り合って、ツール様は本当の意味で女神教会の信徒となられた。


 彼の方が何を信仰しようと構わない。私たちがツール様を信仰するのは変わらない。


 そのツール様が大事だと言うのならば、命に代えてでも守るべきものだ。


 小高い丘には立派な教会が見えていた。あの近くのこの小屋と言う指定だったので女神教会へ行くとユマには伝えたが、本当に女神教会に向かうことになるらしい。


 最悪の事態として、エルトナを見つけられないうえにユマを攫われることだ。

 居場所が絶対という保証はなくとも、行かない選択肢はない。ユマの着替えを待たずに女神教会へ向かった。帳が下りて中から明かりが漏れている。


「どちらへ向かうのですか?」


 数名の男たちが教会へ向かうのが見える中、一人の男が後ろから声をかけてくる。見た事のある顔だ。ユマの警護の一人で、元時間契約者だ。


「エルトナがあちらに捕まっているそうです。ユマ・ハウスはまだあの小屋にいますよ」

 ユマの誘拐犯と言われても不思議がない立場だ。ここで捕まっては困ると早口で返し、そっと短剣を服の裾の中で持ち直す。


「……わかりました。自分はこちらに同行します。ユマ様の客人であるエルトナ様は保護対象です」

「ご主人様は放って置いていいの?」

「あちらには別の者が」


 背の高い傭兵上がりのような男が横に着いたことで怪しまれずに教会に入ることができた。この時間帯に女が一人で出歩いては目立つし、教会までの間に、この男が邪魔だからと暗殺することは困難だ。


 教会は薄暗く、人が入るごとに押し込められていく。女性はかなり少ない。エルトナの姿を探すがあのちっこいのをこの中から見つけるのは困難だ。それに捕まっているなら人込みではなく奥の部屋だろう。あの男は舞台にいると言っていた。ならば祭壇がある場所だ。


 人込みを掻き分けていると、教会の祭壇あたりが照らされた。


 そして人込みからでも見える位置、それこそ舞台でも組んでいるらしく高い位置に男が上がる。

 長く白い衣装を纏った老人だった。見間違えるはずもない。帝都の女神教会で事あるごとにツール様へ小言を漏らす色ボケ爺。大司教ブランカ。


 あまりの大物に唖然としていると、辺りは誰だと言う声が囁き合う。大司教を見た事のある信者など滅多にいないから当たり前だ。だが、囁きの中であれは大司教様だと言う声が混じり出す。サクラを仕込んでいるのだ。これは偶発的に集まったものばかりではない。人を集める時は正しく効果を発揮させるために、群衆内に先導役がいるのだ。


 わずかに手を挙げて騒めきを制すると、ブランカ大司教は口を開く。

 旧人類の教会を模しているので舞台を作った場所で声を出せばとてもよく響いた。


「信徒たちよ。今宵はよくぞ参った」

 声と共に波のように静かになっていく。


「私はブランカ。帝都の大司教である。私がここに来た理由はただ一つ、この地に女神の神託を得た者がいると耳にしたからだ」


 私は別に女神教会を本当に信仰はしていないが、ツール様の説法はうっとりと耳を傾けている。その程度の知識でも、ジェゼロの神子以外がジェゼロの神からの声を賜ることがない事は知っている。だからあれほど尊重されているのだ。それを大司教が知らないはずがない。


「私は疑った。だが、それは過ちだった」

 大司教が出たのとは別の扉が開き、女が出てくる。エルトナではない。


 若い女だ。薄い布で顔の輪郭をぼかしていた。

 大司教の手を借りて壇上へ上がると、胸の前で両手を握り、意を決したように俯いた顔を上げた。


「あ、ある夜。女神様がわたくしの枕元に現れました。ただの夢にしてはあまりにも美しく、私は彼女の言葉に従ったのです。そうしていなければ、わたくしは今頃、邪に落ちた帝王の手に囚われていたでしょう。女神様が私を助けてくださったのです」


 帝王を悪し様に言う女に息をのむ。帝国は女神教会の信仰を許しているが、ジェーム帝国にも神がいる。その神が神官様を通じて帝王陛下をお決めになる。帝王に逆らうことは、ジェームの神に逆らうことだ。そして、その神はジェゼロの神と兄弟神と言われている。つまりはジェゼロの神を疑う事でもある。


「女神様はわたくしに仰いました。次の帝王はルールー一族のアゴンタ・ルールーであると。帝王の座に固執した男がそれを阻止するために今回の粛清を計画したのだと。正しい帝王でなければこの地だけでなく帝国は神の怒りに触れ飢饉や厄災が降りかかるのです。どうか、どうか、皆さまのお力をお貸しください。あなたの妻や子供、そして母の為に」


 まるでジェームの神とジェゼロの神を混合するような物いいだ。それに対して誰も野次を飛ばさないことにいっそ驚く。


「女神教会はルピナス・ルールーを正式に支援する。我々が恐れるのは武器などではない。我々には信仰心がある」

 大司教がルピナスと呼んだ女の肩に手を置き、力強く宣言し続けた。


「だが……女神教会もまた、帝王の手によって腐敗を始めている……」

 大司教が民衆から顔を上げ、上を見る。つられて顔を上げると、中二階にエルトナがいた。木で組まれた磔台に縛られている。それに血の気が引いた。確かにあの場も舞台と言うに値した。だが、ここからでは助けに行けない。


「あの子供は女神教会の一人の司教によって悪魔の御霊を宿された。その司教は、帝王が司教職へと推した者だった。私はそれを阻止できなかった……」


 大司教がルピナスの肩に置いていた手を前へ向けエルトナを指さすと、エルトナが赤くなる。一瞬火を付けられたとぞっとしたが、下から赤い光源で照らされただけのようだった。だが、それだけで不気味な雰囲気を作るには十分だった。


「ああしていなければ、暴れて手を付けられないのです」


 特に口枷は嵌められていない。何とも冷静な顔で、辺りを見回している。大きな怪我もここから見る限りはなかった。怯えることも、叫ぶこともない姿が何ともエルトナらしくて力が抜けそうだ。


「女神様の加護を持つルピナスであれば、あの子供の邪なるものをも浄化できるでしょう」

「私は神託と共に力を与えられました。清めの炎です」


 言うと、ルピナスがブランカ大司教の肩に手を置いた。途端にブランカ大司教の衣を伝うように火が回り、そして直ぐに消えた。火が点いたと言うのに、何事もなかったように立つ姿にどよめきが起こる。


「悪魔に囚われていなければ炎は瞬時に消えます。ですが……」

 ルピナスも初めの緊張しきった面持ちから自信のある声に変っていた。大きな身振りでこちらへ手を振り下ろす。蝋明かりの中、エルトナがいる中二階にいた男に大きく火が点いた。大司教の時と違い、藻掻くような仕草をして後ろに倒れこむ。ざわめきが大きくなるころ、火に包まれたはずの男が立ち上がって大衆の前に立った。


「可哀そうに、悪魔に囁かれていたのですね。けれど、私の浄化の炎であなたの心の中に差し込まれた邪なるものは燃え尽きました」

「ありがとうございます。悪魔の声が止みました!」

 男が高揚したように大きな身振りと少し上ずった声で感謝の言葉を返した。


「悪魔の魂を持つものの近くにいるだけで危険なのです。あの者は悪魔の魂が宿った子供の監視をしていただけで惑わされてしまったのです」


 やはりエルトナを火刑にするつもりだ。エルトナの命は救えなかったとでもいい焼死させるのだと全身の毛が逆立つ。


「……一つ、伺いたい事がございます」

 こちらが呆然としている中、燃えた男を首を傾げて見ていたエルトナが声を上げた。怯えもなく、いつもと変わらぬ調子だった。


「女神様の加護があれば、悪魔が宿るという設定の私の言葉を聞いても大丈夫でしょうし、観衆に悪魔が囁いても直ぐに浄化できるのですから、少しくらいは私のお話を聞いていただけますか?」


 悪魔の言葉に耳を貸すなと言われる前に、エルトナがそれくらい平気なんですよねと説く。

 一瞬困惑した顔でルピナスがブランカ大司教を見る。先に口を出したのは大司教だった。ルピナスは台本外の事には弱いらしい。


「よろしい。あの男が下ろした悪魔がいかほどの事を言うのか、聞いてやろう」

「許可を頂きありがとうございます。初めに、私には産まれたときに授かった御霊がございます。もしも私がお力の炎で焦がされ死んだ場合、清めの力不足で私を助ける所か、ご自身の力を過信して一人の子供を殺してしまったのですよと、お伝えさてください。肉体が滅びれば悪魔ではない私の魂も天に召され戻ることはありません。それに、ここにおられる方々、誰かの親であり誰かの子であるあなた達です。そう、私を見ているあなたは私を見殺しにしたことになるのです」


 元々見た目が幼いので、あまりに淡々と説く姿は本当に悪魔でもついているように見えてしまう。


「悪魔の戯言だ!」

「耳を貸すな、呪われるぞ!」


 大衆の中から煽り役の声がした。それだけではなく、本当に死んだらどうなる? という心配の声も囁かれる。目の前で子供が死んで、悪魔以外の魂があると言っていたのだ。相当に堪える人間が出るだろう。相変わらず、エルトナは賢いのか変人なのかわからない。


「ブランカ大司教様に説法頂きたいのですが、女神教会、それにジェゼロの神と神子はどのような関係なのでしょう」


 とても基本的なことだ。信徒となるのに正式な入会手続きなどはないが、神父様に説法を頼めば最初に語られるような初歩的なことだ。私も昔、ツール様に話してもらった。あれはまだ、ツール様が調査隊として女神教会の神父と偽るために教会に入られたころだった。


「……神に世界の厄災から救っていただくよう、ジェゼロの神子様が懇願し、我らは旧人類と違い滅びることなく生かされたのだ。我々は女神様である神子様に見捨てられぬよう、恥じぬ生き方をせねばならない。厄災は常に我らのそばにあり、神は我らを守るに値するかを見ておられる。だが……帝王は今、人の理に反した行いをしておる。ジェゼロの神に報いるためにも、我々は立ち上がらねばならない」


 ブランカ大司教の説法し、最後だけ捻じ曲げたように着地した。それに対して男たちが歓声のような雄叫びを上げる。


「そうです。女神様である神子様はジェゼロの神の言葉をお聞きになります」

 声が落ち着いたのを見計らって、エルトナが少し声を大きく発した。


「神子様は、直接国民へ言葉を伝えます。なので、ルピナス・ルールーでなくともジェゼロ国民は皆、神の神託を耳にしているということです。ですが、ジェゼロの民は炎のお力を持っているなど聞いたことがございません。なので、この場で火刑にかけられた私が死ねば、お力が及ばなかったなどということではなく、炎で気管が焼け、呼吸困難を起こした結果、死んだと言うただの殺人です。炎は皆さんから見えない位置に控えているので、彼らが点けるのでしょう。そういう意味では、直接の殺人犯は大司教でもルピナスでもないですが、結果を知った上での放火の指示は女神教会の正しくあれという教え以前に下劣な犯罪ですね」


 饒舌さから言って、エルトナはかなり危険な状態だ。ここで暢気に聞いている場合ではない。冷静に見えるが、時間稼ぎに時間を費やしているのだ。

 中二階は正面の二重扉の間か外の扉から入ることができる。どこの教会の造りも似た物のはずだ。


 どういうことだと言うざわめきが広がり出す中では行きよりも通りにくくなって思うように出口に向かえない。


「いいえ、いいえ! 女神様は神と並ばれたのです。そのお力を正しい者に授けたのです!」


 ルピナスが叫ぶように言うと、ばっと手を振り上げた。

「悪魔よ去れ!」


 高いルピナスの声と共に手が振り下ろされ、明らかに何かの合図だ。




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