76 ニコルとアリエッタ見習い仕事中
七十六
ミトーから街とその周辺について報告を受ける。
「各組合から代表を出して、話し合いの場が設けられる事に戸惑っているようでした。これまで土地の権利をもって家を建てても当主様の気分次第で二束三文で取り上げられる事も当たり前だったようですから今回は何を奪われるのかと恐々としているようです」
「話し合いはジェゼロでは当たり前なんですけどね」
議会院では各組合からの申し出があったことも話し合う。ルールー統治区はかなり酷い政治状態と言える。既得権益が暴利を貪っていそうなのでそこが厄介だが、そこを何とかしなければ上手く回らない。
ミトーから他にも報告を受け、当主交代自体は街では受け入れが速そうだと安堵する。
ニコルが真面目な顔で一歩前に出る。
「街の外にある農村でルピナス・ルールーと思しき女がいました。女神教会です」
「半日で調べたんですか?」
「信憑性はまだ高くありません。これからもうしばらく潜ります」
真面目な顔で言う。あまりにも慣れている。
「ニコル……」
「はい」
名前を呼ぶと、嬉しそうに笑い返してくる。
「情報の成否や多さよりも大事なことがあります。僕のために無茶をしないように。ミトーの言う事をよく聞いて、ニコル自身の安全を第一に情報収集をするように」
注意すると、むず痒そうな破顔で頷いた。本当にわかっているのか心配だ。最初の時のような何をしでかすかわからない怖さはなくなったが、僕のためになら何でもしそうな怖さがある。
「ミトー、ニコルが無理をしないように注意してください」
「自分では入れないような場所にひょいひょいと入り込んで、何度か見失いました。首に鈴をつけても見失うと思います」
その表情から調査任務の間、苦労したミトーの姿が頭に浮かぶようだ。
「……ニコル。僕が怪我をしたらどう思う?」
「とても……とても怖いです」
質問に対して、ごくりと唾をのみ心持青ざめて返される。
「僕も、ニコルが怪我をしたり、危険な目にあったら同じように感じます。だから、決して無理はしないように」
言い含めると真面目に何度も頷き返してはくれる。
「こちらはどうでしたか? 無事に承認されましたか?」
ミトーの問いに曖昧に笑う。
「南と中央地区を任せようと考えていたマルティナス様に監査として働くように仰っておいでだ」
カシスが淡々と伝えるとミトーも曖昧な笑みを返してくる。
「それは、カシス隊長にトーヤの部下になれと言うようなものですが……」
「ううっ、彼女を見ていると、上に立つよりも重箱の隅をつつかせた方が向いていると思ってしまったんです。それについては後日謝罪を兼ねて別席を設けます」
冷静に考えれば、かなり酷い話だ。マルティナスは別に異を唱えたわけではなく、ただ僕をもの言いたげに見ていただけだ。アシュスナが当主に成ることへ疑問を呈しただけで責任者を外すと言うのはあまりにも横暴だと冷静になると思ってしまう。
ただ、彼女は当主よりも人の隠し事を暴く方が向いていると思えてしまうのだ。
ユマ様達が留守になって、私のお仕事はお部屋の掃除と温室の水やりと管理だ。
お屋敷の使用人さんとは接触を許されているので、この期間の間に色々と教えてもらっている。ユマ様のお部屋以外の大きな館の管理とか掃除とか季節の仕事も学んでいる。
私にできることは多くない。けれど、未来もできないと決まっていない。だから、できるようになりたい。今私はやる気に満ちている。
「こうやって拭けば、拭き跡が残らず綺麗に吹き上がるから。……アリエッタこちらへ」
廊下の掃除を教えてくれていた侍女が言葉を切ってそっと端による。住人が来たのだ。
赤毛の自分と同じ位の子供で、使用人ではなくここに住んでいる人だ。
「エルトナ……様?」
彼女は住人として扱われているユマ様の食客だ。リリーがユマ様が好意を持っていると教えてくれた人で初めて見たのでつい言葉が出た。
「……申し訳ありません。教育中で」
使用人は必要がない時に主人や客には話しかけてはいけない。立ち止まった彼女に慌てて侍女が謝罪する。それに対して相手は軽く手を挙げて謝罪を止めた。
「構いません。彼女は、ユマ……さんの侍女見習いですか?」
「あ、アリエッタと申します。すみません、急にお声掛けをしてしまって」
「いえ」
気を悪くした様子はなく、一度こちらを見た後侍女の方に目を向けた。
「許可が出るなら、彼女をお茶に招待してもいいでしょうか。最近はユマさんがいつも来てくれていたので、一人では少し味気ないので」
依頼に侍女が弱り切った顔をしている。
私はユマ様の部下とも庇護されているだけとも言える微妙な存在だ。私に何かあったら、このお屋敷の人は困るのだろう。
「……あっあの、私も、エルトナ様と、お話をしてみたいと思っていました」
「エルトナと呼んでください」
トーヤとはまた違ったあまり感情がわからない顔で返される。
「わたくしでは判断ができませんので、確認をさせていただきます」
「そうですね。ユマさんの許可が必要でしたらまた機会があればでかまいません。わざわざ連絡を入れてまでのことではないですから」
すぐに許可できないと言われて、無理を言わずにすっと引いた。同じくらいに見えるのに、とても落ち着いていて、凄いと思った。なんというか……かっこいい。
「エルトナ……さんのご迷惑でなければ、ユマ様が戻られた後にでもお誘いいただけますか?」
ユマ様がこの人を好意的に見ていると言うならば、全力でユマ様がどれだけ素晴らしい方かお話ししないといけない。
あの人のために頑張る自分を見ていると、昔の事を耐えられるのだ。それくらい多くの意味を私の人生に与えてくれた。
だから、ちょっとでも、ユマ様の役に立ちたい。ニコルのように褒められたいのもあるけれど、ユマ様のために頑張ることが今の生きる意味だから。
「そうですね。その時は美味しいおやつを作ってもらいましょう」
落ち着いた声で、優しく返してくれた時、お屋敷の執事さんがやってきた。
「エルトナ様、お手紙が届いております」
一通の手紙をもっていた。
村の子供からの情報では、周辺に声をかけて、女神教会の信徒を呼び集めているらしいとミトーはユマ様に報告する。ニコルが得た情報を二日ほどかけてさらに掘り下げて調べてきたのだ。
地味、平均、突出たところがないと言われて生きてきたが、それは才能ですねと褒めてくれるユマ様に唆されて、間者のような仕事をしているが、案外と向いている自覚はある。目敏いところを評価してユマ様の警護に選んだベンジャミン様にも感謝している。
「折角なんで、そちらに参加してこようと思います。女子供は恐らく参加しないので、ニコルは置いていきます」
夜分に集まるようなので、女子供がそんな時間には外出はしない。ニコルはまだ顔が幼いのでこういう場には目立つ。
「そうですね。あまり無理はしないように」
「帝国からもその情報は来ている。帝都で動きがあったと噂があったらしい。周辺には帝国軍も隠密警戒すると聞いているので十分に注意をするように」
それについては俺の情報にも入っていた。
帝国軍はいくつかの種類がある。ユマ様についている警護は帝国軍の中でも完璧な訓練された者たちだ。それだけを見ればとても優秀に感じるが、帝国軍人全員が完璧に統率を取れているわけではない。要所でない場に駐屯する軍人は比較的質が低いこともある。そんな中で、今回こちらとは別に動いている帝国軍がある。俺の顔を知らずに捕らえられる危険性もあるので注意が必要だ。
「こちらの方は順調ですか?」
こちらに来てからは日によっては夜も戻っていないので、報告の際にはこちらの確認も必須だ。それによって取ってくる情報も変わる。
「まあ……一応」
ユマ様が視線を逸らした。視線をカシス隊長に向けると、ため息が返される。
「以前も話したが、ユマ様はマルティナス・ルールーを南と中央地区ではなく監視役に変更するおつもりだ」
「まだ、希望を出しているだけですよ?」
ユマ様が訂正するが、帝王陛下から今回のルールー統治区の扱いは一任されている。そのユマ様が指示すればそれは決定ではないだろうか?
数日前の報告で、相変わらず考えが深いのか浅いのかわからないと呆れた覚えがある話だ。だからマルティナス・ルールーについても調べて置いた。
「……報告書にも書いているのですが」
先ほど提出したのでこれから読んでもらう報告書にちらりと視線を向けてから続ける。
「マルティナスや他の兄弟に対しては意見が分かれています。神託を言い出したルピナスを含め、前体制を支持する者からは裏切り者と扱われるでしょうし、ユマ様が新しく作る新体制支持派も前体制を引き継ぐつもりかと警戒しています。アシュスナに関しては、これまでの遇され方からそれほど反対はありませんが……」
アシュスナは時間契約者のほうがましかもしれないという扱いだったようで、今残っているのはそんなアシュスナを害しなかったものが多いと聞いている。弱い立場の者を助けることはできずとも、立場を利用して害するものは人間性が低い。最も、そんな相手でも有益で大きな罪がなければ割り切って残してはいるらしいが、アシュスナに頭は上がらないだろう。
「マルティナスがいた南地区は地区長がかなり好き勝手をしていたらしく、若く美しい女は隠すか北地区へ養女に出せと言われるほどの女好きで、地区長の屋敷に呼ばれ、戻ってこなかった女性は片手では足りないとこの都地区でも噂されています」
「マルティナスからの確固たる証拠が掴めていない事案にありましたね」
ユマ様が僅かに不快気に顔を顰めた。
「マルティナスの毒殺未遂も、そういった不満から南地区の何者かが地区長一家の暗殺を狙ったものと思われます。もちろん、南地区長が秘密の暴露を恐れた可能性もありますが」
南地区の毒殺事件はマルティナスだけが被害者ではないと報告が来ていた。同じ毒で彼の妻たちも死んでいたそうだ。
息子は揃って孤児の子供を狩って楽しむクズだったので、仕返しをしたい気持ちもわかる。
「そうですか……。やはり、国民感情を配慮しても、その一派と見られていたマルティナスが統治することは彼女自身の身の危険も考えなければならないでしょう。それでも地区長を望むのであれば、中央地区を中心に南地区も管理してもらっても構わないのですが……」
「帝国が決定したと言えば、収まりはつくと思いますが、心情ばかりは簡単には変えられませんから」
ユマ様は基本的に優しく、親元ですくすくとまっすぐに育たれた方なので、毒親や権力争いによるどろどろとした関係とも縁遠く、体感から理解はできないだろう。何よりもジェゼロ国民はジェゼロ王族を真に敬愛している。
ジェゼロでは議会員が変わることは珍しくないが、丸ごと全員入れ替えると言うことは神の意思でもない限りはあり得なかったのだ。帝国の幹部を家族ごと取り替えるというのは、かなりきついやり方で、ジェゼロ出身のミトー自身もユマ様と同じく受け入れられないが、最近は理解できる部分も多かった。
「つくづく、僕はこういう事に向いてないと実感します。今更ながら、母はあれで案外しっかりしているんだなとわかりました」
ユマ様が肩を落としてため息をつく。
「陛下は、時折前王陛下を凌駕するやらかしをしでかしますが、基本的には家族第一、国民第二の尊敬できる方です」
カシスが真面目な顔で言う。
「そこは国民第一でなくていいのですか?」
「そんなものは第一にする必要がございません。我が故郷では、の話ではありますが」
ジェゼロ国はジェゼロ王の神に愛された血があってこそ。ある意味で、ジェゼロ王にとって家族が一番であることは、とても大事なことだろう。
ただ、それが他国では通じない。
「マルティナス・ルールーをユマ様は高く評価しているようですが、本人には下げて見られていると勘違いされているかもしれません。一応、根回しもしてみますが、ユマ様が地区長よりも適しているとお考えでしたら、説得もしてみてください」
国に帰って城警護長を任せてもいいが、情報収集のために街警護として活動して欲しいと言われるようなものだ。出世欲はそれほどないが、俺でも肩書がついたら家族に自慢できるとか、結婚相手が見つかりやすそうだと嬉しい事がある。元から街警護と言われればがっかりしないが、一度にんじんをぶら下げられたら腹が立つだろう。
「そうですね。頑張ってみます」
ユマ様が困ったように笑う。
城警護長になっても俺なら上手く仕事ができずに不適格と罵られそうだ。それなら、給料の保証とか待遇を優遇して、いかに情報収集の腕や犯罪者を見つける能力の高さを信頼しているかと褒められた上で適材な仕事に付かせて欲しい。
アシュスナの時は対面して直ぐに当主にと決めたように見える。だがマルティナスを見て、地区長ではなく別の仕事が向いていると当初の予定を変えるというならば、何かユマ様の琴線に触れたのだろう。
元時間契約者の三人や帝国からの警護への仕事の振り方を見ていて、ユマ様は人の能力を上手く使うと感心していた。ただ可愛いだけではないのだ。
報告を済ませて、夜に備える。
俺はユマ様について知ったような気になっていた。ユマ様には常識が通じない事を理解しきれていなかったし、あのエラ様の息子であることを、今夜、痛感することになった。
ニコルはミトーと一緒に情報収集を教えられています。
忍者や猫のような潜入もできるので、ある意味とても優秀です。
アリエッタはメイド修行中です。まだまだ基礎を教えてもらっている所ですがやる気と目標が高いので、他のメイドから結構かわいがってもらってます。




