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女装王子の留学記 ~美少年過ぎて女性恐怖症になったけど、女装していれば普通に生活できます~  作者: 笹色 ゑ
帝都へ

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75 マルティナスへの提案

   七十五




 街の状態は思っていたよりもずっと落ち着いていた。統治区とは言え、帝国の一部で、帝国軍が来たからと言って略奪や戦争をしに来たわけではない。区長の屋敷に入っていったとして、自分たちの生活に関係がなければ知ったことではないらしい。


「立派なお屋敷ですね」

 石造りで灰色の少し陰気な雰囲気がある屋敷の案内を受けながら当たり障りなく言う。


「建設当初は要塞として使う事も想定していました。今ほど街も大きくはなく、いざとなれば町民を入れて匿う事も考えられていたのです」

 車いすに座る女性が静かに言う。


 マルティナス・ルールーはこの建物と似た陰鬱で鬱屈した雰囲気のある人だった。歳はまだ二十半ばだろうに、アシュスナよりも年老いて見える。南地区での捕縛劇で、地区長たちが逃走を図った際に焚かれた毒で生死を彷徨ったと聞いている。


「こちらが、ユマ様の部屋になります」

 通された部屋は、一目で上等とわかる部屋だ。


「客室を改装させました。本心を言えば、街の高級宿に滞在していただくべきところです。この屋敷は、女性に滞在いただくにはあまりにも相応しくありませんから」

「ご配慮感謝します。少し、お話をしませんか?」


 彼女の親兄弟を処罰する相手と仲良くしたくはないだろうが、人となりを知っておきたいと誘うが、緩く首を横に振られた。


「申し訳ありません。まだ長時間動くことができない身です。暇を頂くことをお許しください」

「……そうですか。無理を言ってしまいました」


 二階に案内してくれたが、車いすごと三人がかりで運び上げていたので、ほんの少しの案内のためだけにそこまでさせて申し訳なく思ってしまう。


 マルティナスと別れ、部屋へ入る。寒々しい部屋は先に暖炉に薪がくべられて暖められている。

 カシスとトーヤが室内を確認し、リリーは側についている。ミトーとニコルは別行動で街の確認に入っている。


「中々気難しそうな方でしたね」

 リリーがマルティナスの去った方に視線を向ける。


「そうですね。アシュスナといい彼女と言い、頭のいい兄妹がいながら次期当主だけが阿呆とは、なんとも残念な一家ですね」


 ララがジェゼロの跡取りと決まっているが、甘やかしすぎず、ちゃんと教育しなくてはと思ってしまう。まあ、ララはちゃんとしすぎているので実際それほど心配はいらないだろうが。


「ユマ様は妹君とは仲がよろしいですから分からないかも知れませんが、他人よりも血の繋がりがある方が、拗れることはよくあります。国では、それほど差別はないですが、結婚しない私に、父から家の恥だと言われたことがございます。弟にも長男である自分の方が偉いという態度を取られたことがあり、ぶん殴ってやったこともございます」

 リリーがにこりと笑って怖い事を言う。


「内心では、兄のアシュスナが当主に選ばれることをよく思っていないかも知れません。弟が選ばれても、兄が選ばれても、結局は男が偉いのかと、そう思うことは不思議ではありませんから」


 女性警護として地位を得ても、リリーは女だから登用されたと言われることがあると話していた。リリーは今回の僕の警護は女性の中で僕に惚れる心配がないからという理由で選ばれた。ある意味で女性だからではあるが、実力と人柄があったからこそだ。


 最初に侍女としてふるまう事も嫌がったのを思い出す。

 ジェゼロ王は女しかなれないし、長女のソラはその権利を放棄した。僕は妹に責務を押し付けるしかできないことを申し訳なく思っても、王に成りたいと思ったことはない。だから、マルティナスの立場になったとして、大変な仕事を押し付けられて可哀そうにとしか考えなかったろう。


「そうですね……本来であれば、平等に当主になる機会があるべきだったのでしょうね」

「私の見立てですので、世間話程度に聞いていただくだけで構いませんが、女という生き物は、例え平等であったとしても性別に責任転嫁をする時があるのです」


 リリーの意見に頷く。資料を見る限りはとても優秀だと思う。それにエルトナも書類に目を通して部下に欲しいと評していたくらいだ。実際に会った印象は上司にしたい種類ではなかった。


「もっとも、同じ女性でもユマ様のように美しければそれを妬むのです」

「……なんだか同性に思うところが多そうですね」

 リリーは性的に女性が好きらしいが、決して全ての女性が好きなわけではないらしい。


「ユマ様、部屋の確認が終わりました」

 カシスから許可が出て、席に着く。いくつか確認をしてくるとカシスが部屋を出る。廊下には帝国の警護が待機している。リリーは女性として偽る僕のそばにいるのは必須だ。トーヤも戦力内と数に入るようになったので、ミトーを外に出しやすくなった。

 それぞれの役割分担ができ始めている。


「話が聞こえていましたが、ユマ様がこの地を収めるとは考えられなかったのですか?」


 トーヤが声をいくらか潜めて問う。僕の出身と性別だけでなく、王位を継げない事も話している。次期国王と、それ以外では彼らの心持も変わるし期待をされても困るからだが、マルティナスに機会があるならば僕が当主でもよかったのではないかと考えたのだろう。


「ないですよ。だからこそ、アシュスナが必要でした」

 僕の故郷はジェゼロだ。王に成れずとも家族を助けることができることは大叔父のオオガミを見ればわかる。今回の留学も、こんな事態になるはずではなかった。


「……確かに、ユマ様には小さすぎますね」

 トーヤが頷くがあまりわかっていない気がする。彼は、傅く主が欲しいだけではないかと不安に思うことがある。


 旅装から着替え終え、数刻が経ったころ、アシュスナからの使いが来た。本人が部屋にやってくるのは流石によろしくないらしい。


 カシスが戻ってきてから、会議室へ向かう。さっきの話し合いはマルティナスとの顔合わせでもあった。南地区と中央地区を任せることができるかの確認を直接しておきたかったのだ。


「予想より、早く準備が整ったようです」

 カシスの言葉に頷く。


 アシュスナが先に都地区に入り、登用する者、切る者を決めていた。今回は今後の話し合いだ。


 木製の分厚い観音扉が開けられると、長机には二十人ほどの男たちが座っている。


 アシュスナとマルティナスが最年少で、女性に関してはマルティナスしかいない。

 視線を感じつつ、一番奥の短辺の席へ向かう。隣にはサジルが座り、斜め前にアシュスナとマルティナスが向かい合って座っている。


 サジルが立ち上がり、こちらを見て一度頷き口を開く。

「この場にいる者の大半が本来であれば死刑台へ向かわされていた」

 はっきりとした声でサジルが続ける。


「こちらのユマ様の慈悲により、一度限りの機会を与えていただくこととなった。帝王陛下を聖名の許、臣民のために尽くすように」


 帝都から来た白い姿の男と言う時点で、権威を持つことを示すことはたやすいそうだ。そして、権限を持つサジルが直々に僕の椅子を引き、やうやうしく座らせる。誰に対して頭を垂れるべきか知らしめさせるためだろう。


「今をもって、アシュスナ・ルールーが帝国の承認を得てルールー統治区区長となる。意義がある者は?」

 サジルと共に色々と動いて頑張ってきたことが自信になったのか、サジルに名を呼ばれたアシュスナは堂々とした顔で視線を巡らせた。


 先に根回しが終わっていたので、意見するものはいない。そう思っていたが、ひとりの老人が挙手をする。

「反対ではございませんが、一つ伺いたいのでございます。アシュスナ……様が当主となり、ユマ様は奥方になられるのでしょうか。それとも、アシュスナ様を愛妾とされるのでしょうか」

 不躾とも言える言葉に周りの者も驚きを隠せていない。


「それは、俺の出生に不満があると言う事か」

 低い声でアシュスナが問う。それに老人は首を傾げた。

「アシュスナ様のご母堂を蔑むつもりはございません。彼女は強く美しい方です。だからこそ、どうしてあなたが目に留まったのかを知る必要があるのです」

「……わたくしも、何故兄であるのかを伺っても? 我々のような汚れた血でなくともその座にふさわしい者はしるでしょう」

 マルティナスが他の誰でもなくこちらを見る。アシュスナは本当には怒っていなかったのか、息をつき僕の言葉を待った。


「申し訳ありませんが、アシュスナの事は殿方として好みではありませんから、見た目で選んだわけではありませんし、まして嫁ぐ予定はございません」

 にこりと微笑んで最初の誤りを正しておく。


「もし、我こそは統治区区長にふさわしいと言う方がいて、極力処罰を受けさせないように配慮して、帝国からの厳しい監視を受けながら上手く統治区を運営できる自信のある方がいるのでしたら、教えていただきたいのですが……」

 問いを投げかけた老人含め見回す。目を逸らすものが多い中、マルティナスの目だけが分厚い眼鏡越しにこちらを見ていた。


 リリーが女性の視点で忠告をしてくれたのを思い出す。


「マルティナスが、その立場を得たいと言うのでしたら、二つに分割しても構いませんよ?」

 言うと、驚きとも蔑みともとれる目でこちらを見た。


「一つの土地を任されるという立場に憧れるものは多いのかもしれませんが……マルティナスはどちらかというと、監査をする方が向いているのではないですか?」

 彼女について知っていることは、不正を暴く資料だけだ。とても緻密で、繊細だった。文句のつけようもなく、裁判で有罪になるように作られている。法律も学んでいるだろう。

「……新しいルールー統治区には不正を見過ごせない人が必要だとは思いませんか?」


 眼鏡の中の灰色の瞳がきつく睨み返してくる。


「ユマ様、当初の予定で進めてもよろしいですか?」

 サジルから目を眇められて問われる。


 今更統治区を二つにするのは現実的ではないのはわかっている。

「失礼しました。マルティナスとは改めて話の場を設けましょう。アシュスナ、続けていただいて結構ですよ」


 話の主導権をアシュスナへ譲る。

「異議は他にはないか? ユマ様が仰られた通り、厳しい監視下に置かれることとなる。以前のような行き過ぎた特権を期待することが既に罪だ。そのことを肝に銘じてほしい」

 改めて話を進める。


 いくつかの役職をアシュスナが指名していく。本来南と中央地区はマルティナスに任せると明言する予定だったが、僕の発言を受けてこの場では口にしなかった。北地区西地区が据え置きの地区長であることと他は交代する旨だけが伝えられた。


 終始マルティナスの視線が痛かったが、いくつか質問はあるものの否定的ではない的を射た質問だった。




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