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女装王子の留学記 ~美少年過ぎて女性恐怖症になったけど、女装していれば普通に生活できます~  作者: 笹色 ゑ
帝都へ

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74 都地区とマルティナス・ルールー


   七十四



 僕の浅い考え以上に、冬の間に色々とややこしくなっていた。


 帝国がまとめてすげ替えると方針を出したくなる理由も少しだがわかる。

 人間も結局は自然現象に似ている。ある程度の予測はできても完璧な予知も予報もできない。


 夜会に連れ立っていた妹のルピナス・ルールーが今は担ぎ上げられている。


 今の僕は危険のない場所で、淡々と情報を聞いて、次の手を承認する立場でしかない。出向くこともできず、物凄くイライラもやもやする。たまに母が現場に出向いて引っ掻き回して独断で解決してはベンジャミン先生とシューセイ・ハザキに心労を与える理由がわかる。


「ユマ様、くれぐれも勝手にうろうろはしないでください」

 列車の中で、今回四回目の釘を刺される。


「……カシス。子供じゃないんですから、一回言われればわかりますよ」

「子供の方がまだ信用できます」

 カシスに淡々と言われる。仕方ない。ナゲルがいればカシスに同感だと頷くところだろう。


「ユマ様っ」

 ニコルが声をかけてくる。今回都地区へはアリエッタ以外の全員で来ている。

「二度と川には落ちないでくださいっ」

 とても真剣な顔でニコルにお願いされる。笑顔と無以外の表情ができるようになってきたのはいい事だが、二度三度と川に落ちると思われていることは心外だ。


「大丈夫ですよ。私は泳ぎが得意ですから」

 そういうことではないとカシスに睨まれる。


 今回の遠征でカシスはかなり神経質になっている。他の警備も似たようなものだ。


 少ししてこちらの車両にサジルがやってくる。

 到着前にいくつかの確認がある。

 アシュスナは帝国軍と共に先に都地区へ入っている。とりあえず、当主が行ってきた不正の確認や圧制。当主の息子でありながら親を打ち取ってでも臣民を助けたいという美談を振りまいている。そして帝王が後ろ盾となっていると軍がついていることで示している。


 現地入りしてもそれほど危険がないと帝国軍から許可が出たため、ようやく都地区ほ向かっている。


「ある程度の危険は排除していますが、くれぐれお気を付けください。街中よりも周辺の村民の方が嘘の神託を信じている者が多いようです」


 エルトナにも教えてもらったが、神託を言い出した時点でルピナスは死罪が決まったようなものらしい。万に一つを考えて、調査はされるらしいが、結果が黒であれば罪は免れない。そして、彼女がジェゼロの血縁である可能性は限りなく低い。


 ジェゼロ王である母が、そんな神託聞いてないというだけでも嘘となる。そもそも、母ですら年に一度の儀式のときにしか神の許へ向かえないと言う設定なのだ。こんな場所で神託は受けられない。


「ルピナスやアゴンタ達の居場所は特定できているのですか?」

「いくつかに絞られています。捕えるための作戦が進行中です」

「そうですか……」

「可能な限り生け捕りにするように命じています」

 サジルの言葉に頷くが、あまり納得していないのがわかる。


「裁判で裁かれるべきです」

「どちらにせよ、死刑は免れないのに、ですか……。効率を重視することは、手を抜いているからではないんです。それがこちらとしては一番安全なのです」

「……裁判が公平だとは言いませんし、国や人、時代で刑罰も変わります。ルールー一族に恨みがある者が私刑をすること自体は、どうしようもありませんが、政府が安易に人を殺すのはよくありません」


 頭を掠めた光景に、視線を下げる。実際には見ていないからこそ、寒気がする。


「ユマ様の意向には従います」

 サジルができの悪い生徒でも見るように返した。




 アシュスナから、マルティナスは今回の話を聞いた。

 私が死にかけている時に、薄汚れた息子とすら認められていなかった長男が当主の席に座っていた。

「正直に言います」

 車いすから未だに立てない。毒の影響はまだ色濃く残っている。次第に薄れると帝国が呼んだ薬師に言われた。元々悪かった視力はさらに落ちた。


 目の前にいるのは、うらやましい程の美人だった。眼鏡越しに、目を細めて彼女を見る。


「私はいくつかの犯罪にも加担しています。しなければこれほどの情報を得られなかったからです。私の関与含め嘘偽りなく報告しています」


 小さいころからつけていた分厚い眼鏡越しに、歪んだ真実を見てきた。この二枚の硝子は、私の持つ唯一の盾でもある。


 母はこの南地区の地区長の異母妹だった。だが、有力者の子としては育てられていない。母方の祖母は使用人で、母も使用人として育てられたが、当主との顔つなぎのために愛人として贈られた。

 ある意味で、商売女を母に持つアシュスナよりも私の方が悲惨だ。家から追い出されることもなく、アゴンタが生まれてしばらくしてから南地区へ養女に出された。権力を確保するため、私を南地区の跡取りにするように御婆様が命じた。孫娘を思っての事ではない。従順な駒が欲しかったのだ。


 南地区長は女には務まらないからと、自分の息子と結婚させる手筈を組みだしていた。万が一に私が地区長になっても、息子が実権を握れるようにと計画していたのだ。


 あの、糞野郎と子供を作るくらいなら、相手の罪を暴露して帝国に保護され、家柄も何もないただの女になった方がいくらかましだと思っていた。その自暴自棄が、今回私を守る盾になった。皮肉なものだ。


「拝見しました。とてもよくできた資料でした」

 女にしては背が高く体格がいいが、その顔だけで黙らせる力がある。同じ席にはアシュスナも同席しているが、何故、私がそこにいてはいけないのだろうかと、全てを売り払う覚悟をしていたのに考えてしまう。


「私の処罰はどのようになるのでしょうか。何人かの使用人には危険を承知で協力をしてもらっています。彼らに報いることだけでも許していただければと言うのが、こちらの要望です」


 あんな男と息子たちだ、嫌う使用人も少なくはない。だが危険を顧みずとなれば相応の憎悪か利害関係が必要だった。少なくとも、ある程度の保証金と身の自由だけは私が勝ち取らなければならないことだ。私は、尽くした相手をゴミのように捨てたりしない。

 同じ穴の狢にだけはならない。


「……まず、体調が許すならばマルティナスには南地区と中央地区の管理を任せたいと考えています。とても正直な報告書でありながら、こちらの思考を誘導しようと言う算段からみるに、人の上に立つことだけでなく、アシュスナを当主として支える立場としても期待できると考えました」


 資料は隠さず、けれどこちらは大きな罪に問われず、養父たちは確実に処刑されるようにと細心の注意を払ってきた。それを汲み取ったのはこの女なのだろうか。それとも、それを後ろで誰かが操っているのだろうか。


「よろしいのですか? 私はルールー一族だった者です。兄であるアシュスナとは特に交流もなかったので兄弟の情もありませんので、肉親の情を期待されても困りますが」

「本来であれば、お二人とも処罰の対象に入ると伺っています。けれど、実際には大きな罪もない状況。死罪などは避けたいと考えております。もちろん、ルールー統治区を離れ、他の地で新しい人生を歩みたいというのであれば、新しい戸籍を準備することも可能です」


 親の罪を共に償う必要はないと、そんな優しい事を言う。なんともお優しい。


「ですが、お二人とも、とても優秀でいらっしゃる。帝王の名の許と言う権力を持てば、正しく統治区を栄えさせることも可能でしょう。負の遺産を背負った状態から始めることになりますが、いかがしますか?」

「……」


 ユマ・ハウスと名乗った女は、きっと愛されて育ったんだろう。顔も綺麗で優しくて、まっすぐに育って、とても残酷だ。平凡で捻くれて愛なく育った私には、存在だけで腹立たしさを抱えさせる。


 この人は、私ではなく、山の警戒小屋に押し込められていた男を担ぐことに決めた。自分は選ばれなかった。


「わかりました。反乱分子の処分には帝国の軍の力もお借りしたいのですがよろしいでしょうか?」

 それに頷いたのは白い男だった。

「わかりました。ひと部隊手配しましょう」

「ご配慮に感謝します」


 彼女は死人を少なく、みんなに優しい世界を望んでいるようだが、殺されても仕方ない者や、治世には邪魔なものという存在も多くいる。私はあの男たちのように、意味もなく人は殺さない。それに楽しみを覚えるほど動物的ではない。だが、必要なら、罪なき子供でも殺せる。


 母よりも、あの忌々しい祖母に似ているのだろう。


 今後の方針と話し合いは白い男が中心だった。

 今回のルールー一族の終わりの始まりになぜ彼女が関わっているのかと考える。


 きっと、ここは練習場なのだろうと結論づいた。


 必死にしがみ付く私と違い、彼女にとって、この土地も今回の当主の断罪も、ただの他人事だ。




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