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女装王子の留学記 ~美少年過ぎて女性恐怖症になったけど、女装していれば普通に生活できます~  作者: 笹色 ゑ
帝都へ

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73 神託ではない理由

   七十三



 ユマがソファで寝てしまっている。


 明日からしばらく都地区へ向かうことになるからと、今日は研究所の手伝いに来てくれていた。私としては、それよりも準備や警護体制の確認に時間を使った方がいいのではないかと思っていたが、一応与えられた義務もこなしているのだろう。それについでに相談もあるようだった。


 疲れているようだったので、今日は私がお茶を入れてあげていたのだが、その少しの間にこてりと眠ってしまっていた。


 横を向いて、すやすやと眠る姿は童話の中の姫のようである。

 私の記録の中の彼も、寝ているだけでこんな風に見られていたのだろう。


 一人目の記録は、旧人類が滅亡する前だ。


 私の推測でしかないが、これは霊的なものではなく遺伝したものだ。彼らの生涯の記録がないのだ。どちらも伴侶ができてからしばらくして記録が終わる。遺伝と考えれば、精子が作成されるまでの情報しかないのも頷ける。

 遺伝子は産まれたときから全て決まっているように思われているが、生活が影響する。子供へ受け継ぐものは変化していく。


 また死にかけたら第三第四の記録が頭に宿るのかはわからない。残る方の作用が途中からなくなっている可能性もある。


 ここの所長は私の事を、この特性を知っている気がした。彼に問いただして、事実を知りたいし、これ以上記録が頭に呼び出されない方法があるならば知りたい。


 ユマの寝顔を見ながら、胸を押さえる。

 二人目の記録が頭に入ってから、ジェゼロへ行かなければと言う焦りが浮かぶときがある。それは明らかに私の意志ではない。

 何よりも、当初からユマに対しては好意的だったが、必要以上に便宜を図ろうとする自分がいた。無論、ユマが私に対して好意的で、色々と世話を焼いてくれているから、その見返りとして手助けをしている理由もある。


 だが、それが記録の所為ではないかと胸がむかつくのだ。

 正直に言って恋愛にはあまり興味を持っていない。養父を慕ってはいるが、恋慕ではない。自分の中の記録が二つとも男だからだろうか、ユマを見ていると、放っておくのが心配になるのだ。


 性別は女だが、思考は元から女性らしくはなかったからあまり気にしてこなかったが、ユマの所為で、最近は妙だ。


「っ」

 びくっとユマが体を引きつらせ、目を開ける。

「階段を、踏み外しました」

 驚いているこちらを見て、そんなことを恥ずかしそうに言う。


「入眠時ミオクローヌスやジャーキングと呼ばれる現象です。不随意運動の一種で生理現象ですよ」


 ユマが体を起こして乱れた髪を整える。

 漆黒ではなく、光の加減で茶色がかってみえる長い髪だ。緑に青が混ざった瞳は深い海を思い出す。綺麗な目だ。いつもまっすぐな目、一人目の記録が好いた色の瞳だ。


「エルトナは物知りですね」

 まだ寝ぼけているので、ユマが腑抜けた顔で笑む。こういう雑学は良く残っているのに、この記憶がある理由が明確に思い出せていない。それが、もどかしい。


「……こんなところで転寝をして、何か問題でもありましたか?」

 少しぬるくなったお茶を置いて問う。室内は温められているが、まだ外には雪が残っている。丁度、ユマと初めて会った時期だ。


「旧ルールー一族とその支持派が少々……」

 お茶を飲み、ユマが肩を落とす。


「民衆が関わっているので?」

「その……女神教会がどうも先導しているようなのです」

「ああ」


 ルールー一族は、最近はかなり人気がない。初代の帝王から統治区を任された者はある程度支持もあったようだが、税金が重い割に市民への還元が悪く、当主たちが金を好き勝手使っていたのだ、人気もなくなるだろう。彼だけでは先導は難しい。


 旧人類の時代でも王だとか偉い人でも治世が荒れれば簡単に首を切られてきた。文字通り、昔の王様は首を切られて新しい王が国を建ててきた。終末期には実際に首を切るわけではなく責任を取って辞任するという形になったが、高度文明を強制的に失った人類は昔ながらの首切り文化に戻っている。


 命がかかっているのだから、彼らも必至だろう。そしてルールー一族と懇意だったこの地区の女神教会も芋づる式に不正を暴かれることを恐れている。実際、ネイルとハリサはこちらの教会の不正などを私の見守りついでに調べていた。


「女神からの神託をルピナス・ルールーが受けたと言っているそうです」

「ルピナス……こちらの生徒でしたか。確かに、アゴンタ・ルールーよりも女神教会には使いやすいでしょう。どのような神託ですか?」


 女神教会は男性よりも女性を神聖視している。実際の司教はほとんど男なのだが、白い姿の巫女は国民からもとても大事にされている。


「アシュスナ・ルールーは悪魔が遣わしたと。このまま都を渡せば百年草木が育たない土地として呪われるだろうと……」

「女神教会はジェゼロの神子によって滅亡を食い止めたとされています。実際、それに近い状況になっている汚染区を考えれば、不安を煽ることはできるでしょう」


 旧人類の滅亡は人災と天災のコンボだったのだろう。人災の中には核兵器も含まれる。実際には核で焦土と化し、放射能汚染を受けた土地でも生きられる植物や動物はいる。当分の間、人類は生存が不可能なだけだ。核兵器よりもその被害の中に原子炉があった場合はさらに長く影響が続く。まさに呪われた土地だ。


「一番手っ取り早く収めるのは帝都の女神教会に助力を乞う事ですが、彼らがその神託を本物と宣ったらジェゼロに助けを求めなければおさまりがつかなくなる可能性があります。普通に考えて、帝王が新たに任命した統治者を受け入れないならば、帝国軍によって市街戦で殲滅されても文句が言えません」


 帝国はあくまでも神官によって選ばれた帝王が収める国だ。広大過ぎて一部を任せているが独立は許されないし意に反すれば見せしめを受ける。最近はそこまで酷い自体が起きていなかったが、今回はルールー統治区で市民の犠牲が出るかもしれない。


「やはり……女神教会を動かすにはジェゼロ、ですか……」

 どうも思い悩んでいるようだ。

「嘘の神託が許されるならば、私がお告げを聞いたとでも言えば早いのかもしれませんが、それはあまりにも品がないですし」


 女神像と雰囲気が似ているユマが神のお告げでアシュスナにこの土地を守らせると言えば上手くすれば統治が楽になるかもしれない。だが、その結果ユマはずっと女神教会に縛られることになる。そして、禁忌を破ることになる。


「ユマは女神教会には極力係わるべきではないでしょう。それよりも当主やその母親、そして次期当主だったアゴンタの悪行を知らしめ、それを帝王が嘆き浄化すると全面に出した方がいいと思います」

 権力は帝王の方が明らかに大きいが、時に宗教は王よりも権力を持つ。注意は必要だ。


「………やはり、サジルの言うように、一族や中枢の者はまとめて処分するべきだったのでしょうか……」

 本来処刑されるはずのない平民がそうなる可能性が出たからだろう。とてもしょんぼりしている。


「女神教会の教えと言う書があります」

 伏し目がちなユマを見ていると、どうも胸がもやもやする。そして二つ目の記録を語ってしまう。


「女神教会を創り布教した際にまとめられたもので、原書は聖遺物扱いで今は帝王が管理しています。その写しが教典のような扱いを受けているので一般人では実物を見ることはかないませんが、その中に、ジェゼロの神子以外には神は語らないと言う教えがあります。それ以外が神の言葉を語ることは神への冒涜です。兄弟神と呼ばれる帝国の神とは神官のみが接触でき、その者が帝王を選んでいるのです。今回、ルピナスとその周りがしたことはこの事実に照らせば女神教会の教徒から私刑を受けても不思議がない状況です。それを周知させるべきでしょう」

 そうすれば勝手に教徒たちが始末するだろう。


「……一応、女神教会に関する書物を読んだのですが、確かに似た記載がありました。そのような重大な事を教徒や神父たちは知らないのですか?」

「派遣された神父たちが教えを説くことが多く、時として神託を捏造することもあるので、それについてはわざわざ教えない者が多いのでしょう。旧人類のように、教徒全員が教典を持つことは不可能ですから都合よく解釈していくことはよくあります」


 それこそ旧人類の終末期には、本の作成が安価で、布教のためにタダで押し付けるほど冊数があった。今の宗教で活版印刷した本をタダで配ることは難しい。金持ちは持っていることも多いが原書のままではなく改変されていたり簡略されていることも多い。説法を聞き学ぶのが常だが、こちらも語り手で変わるのが常だ。


「……もし、ルピナス・ルールーが神子であれば?」

 少しの沈黙の後、ユマが真面目な顔で問う。


「ジェゼロ王……神子は女系で、神子にならなかった場合も管理はされているでしょうし、何よりも、万が一に血筋が一緒でも、ジェゼロの神に認められなければ神子とは言いません。神と会い話せる者以外は巫女とは呼べない以上、彼女はただの人です。現ジェゼロ王の子か妹でない限りは」

「それならば、あり得ませんね」

 難しい顔でユマが返す。


「………女神教会は、ジェゼロの神子がいたから世界は滅びることを免れたと語り、世界の秩序を、信仰心を使って保たせてきました。偽りの神子を立てることは、許されません」


 二つ目の記録が語る。

 ジェゼロの彼女を墜とし入れ、穢す存在は許容できないと。


 一度きつく目を瞑る。

「………とにかく、女神教会を使って先導しているならば注意してください。そして、絶対に自分に神託が下りたなど語らないでください」


 さっきユマが嘆息して呟いた言葉に今更身震いする。気持ち悪い。これまで、記録はあくまでも記録だった。それに支配されることはなかった。


「もし、あなたが新しい教祖にでもなりたいと言うのでない限り、絶対に神の言葉を代弁しないでください」

 どこかで、ユマに対する疑問はある。二つ目の記録にとって大事な人が神子だった。自分に対してよくしてくれるユマをそれとダブらせてしまっているだけなのかもしれない。


「……わかりました。馬鹿な事を言いましたが、エルトナの忠告に従います。それに、他の神から神託があったとしても少なくとも女神教会が信じる神でないと言うならばやりようもあるでしょう」


 そういうと、ユマが気づかわし気にこちらを見た。

「大丈夫ですか? 顔色が悪いですけど」

「……」

 カップに視線を落とす。

「教徒ではありませんが、私は女神教会には……詳しいんです。だから、神託などと馬鹿なことを始めたルピナスの今後を考えると……」

「語ったのは彼女か彼女たちの責任です。エルトナが責任を感じる必要はありませんよ。むしろ、私の責任です」

 ため息をついてユマが項垂れる。


 法律を作った人は、果たして裁かれる者の末路に責任があるのだろうか。

 神の声を聞いたと言ったとして、それをどう判断するかは結局周りの責任だと言うのに。



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