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女装王子の留学記 ~美少年過ぎて女性恐怖症になったけど、女装していれば普通に生活できます~  作者: 笹色 ゑ
帝都へ

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71 アリエッタの素性と失敗


   七十一



「婆……グロリアーレ・ルールーは、もともとは第五夫人で、アリエッタは第一夫人の弟の子供だ。そいつも何人か妻がいたから、正式には妻じゃなく愛人だったのかもしれないが、優遇されていたから親族の集まりに連れてきてたことがある」

 着替えを済ませ、場を整えるとアシュスナが話してくれる。


 家系図に乗っていたアリエッタの名前は、やはり別人ではなかったようだ。


「もっとも、謀反を起こそうとして処刑されているから、その子供も含めてもちろん全員殺されてるはずだ。なんで生きてる? あいつには兄もいたと記憶してるが……」


 婆が生かしているはずがないと言う。何とも世知辛い世の中だ。兄の名前を聞けばゾディラットだと言う。ならば他人の空似ではないだろう。


「ゾディラットも生きています。二人とも、時間契約者として売られていたところを私が買い取り、解放しました」

「は? 時間契約? ……解放?」


 意味が分からないと言う顔をされるが、こちらもゾディラットがどこかの宗教家の隠し子であって、アリエッタは土地の名手の子供だと言うことを不思議に思っている。


「ゾディラットは連れ子ではありませんでしたか?」

「そこまで詳しくは知らないが、謀反は九年ほど前で、そこから完全に婆の天下になる転機だった。それまではまだ権力が分散されてましたから」


 アリエッタがまだ三歳か四歳くらいの時の話だ。ゾディラットもまだ十歳になっていないくらいだろう。時間契約自体は十歳からでなければ契約を交わせない。どこかで隠れていたのか、ゾディラットの父親の秘密のために生かされていいたのか。母親が命乞いのネタとして、秘密を話した可能性も考えられる。当たり前に殺されるならば、出生の秘密を話し、利用されることを覚悟して生きる道を選んでも不思議はない。


 ゾディラットは直ぐに契約できる年齢になっただろうし、立証できれば女神教会の権力抗争をひっくり返す手札になる目があるならば、様子を見て生かしていたほうがいい。


「アリエッタがいたから、俺たちも助けようとしたんですか?」

「アリエッタの事は関係なく決めていたことです」


 時間契約者は所有者のモノなので、この場合親類だからと処刑される可能性は少し減る。帝国が買い取り処分する可能性は否定できない。契約期日が終わるとともに処刑と言う手もある。


「………どこまでもお人好しだな。そんなのだと見ず知らずの子供のために誰かの愛人にでもなりそうで心配だ」

 独り言のように呟くが、僕は男なので女として愛人にはなれないし、女性相手だと失神するので碌に使えないだろう。


「年齢的に、アリエッタは父親については詳しく知らない可能性があります。話す必要を感じれば伝えますが、今はまだ教えないようにお願いします」

「……ああ。あの様子を見れば、あんたが大事にしてるのはわかります。餓鬼の間に受けた理不尽は大人になっても引きずるもんです。それに、既に処刑された男の子供と知れたところで何か得るものもないでしょう」


 アシュスナ自身、かなり理不尽で辛い子供時代を過ごしただけにある程度理解はあるようだ。アリエッタはかなり落ち着いている。むしろ以前よりも大人にならざるを得ないようで申し訳ないが、笑顔が増えているのでこのままそっとしておきたい。


「もう一人の子供も時間契約者ですか」

 アリエッタについては事情を知るために話したが、ニコルについてまで言う必要はないので笑って誤魔化しておく。


「以前に処刑されているはずの方が生かされている可能性も考慮した方がいいのでしょうか?」

「いや、全員じゃないが、何人かの処刑は見に行かされた。前回の粛清で毒にも薬にもなる人物は多く残ってない」


 九年前の謀反で、グロリアーレの反対勢力や対抗勢力はほぼ消されたので、今はほぼ迎合しているか、揚げ足を取られないように息をひそめている状態だそうだ。それらについては先の話し合いでも聞いている。


「あなたが思っている以上に、この統治区は腐ってます。それこそ、帝王陛下がすべて取り替えてと考えるのも、納得できるほどに」

 アシュスナは、初めこそ簡単に殺されてなるものかという強い意志があったが、自分の父親たちの統治状況を目の当たりにして、酷く苦い思いをしていた。


「……それでも、アリエッタはもちろん、アシュスナのように同罪として殺されてはあまりにも可哀そうな者も多くいるのは事実でしょう? もし、同じように腐った治世をするようでしたら、私が責任を取って直々に首を取る覚悟をしていますから、頑張ってください」


 アシュスナを次期当主にと決定したのは僕だ。深く人となりを知る前に決めたが、今のところ後悔はない。言葉遣いなど当主となるために直すべき箇所はあるものの、あの所長代理が認めるだけに優秀だ。



 数日後、雪の中を帝国軍が緊急の報告へやってきた。その話をしたいとサジルからの要請があり話し合いの場を設ける。


 サジルが白い顔を青くして口を開く。

「当主は拘束しましたが、発作を起こして重体。グロリアーレとアゴンタ・ルールーは雪に乗じて逃走しました。現在も行方は分かっていません」

「とんだ失態だな」


 所長代理に対する悪感情では共同戦線を引いているが、決して仲良しではない。アシュスナが苦々しく言う。サジルは返す言葉もないという顔をしている。


「本来でしたら、帝王陛下が決断した時点で、当主一族はすべて拘束されていたでしょう。私が口を出すこととなった結果、初動が遅れ、逃げる隙を作ってしまったのですね……。南地区と中央地区については如何でしょうか?」

「中央地区の地区長と家族、その側近は確保できています。南地区についても確保はできていますが、養女マルティナスが毒を盛られました。現在治療中であるとしか情報がありませんので様態はわかりません」


 マルティナスは会ったことはないものの、将来的に手腕に期待をしたい女性だ。できるだけ失いたくはない。

「マルティナスの容態が許すならばジョセフコット研究所の医学科に治療を依頼してください」

「その様にいたします」


 冬の間に、大まかな粛清を済ませる予定だったが、予定変更は仕方ない。


「近いうちにアシュスナの治世の補佐に入る者たちがこちらに到着予定です。雪解け前後で移動して本格的に当主として働いていただきます」

「アゴンタは別に人望はないが、あれを担がないと立場が不利になる連中が俺を殺しに来るかもしれない中な」

 アシュスナが嫌味を言うが、取り乱したりはしていない。


「多くはあんな連中にも頭を下げられた奴らだ。帝王命扱いの俺に表立って文句を言うやつは少ないだろう。今回の失態の補いとして、サジル殿が色々と手伝ってくださるだろうしな」

 ぐっとサジルが言葉を飲みこむのを見ながら、首を傾げて見せる。

「アシュスナ。この程度で心配なんですか?」


 あえて、きょとんとした顔で問う。アシュスナはこちらの顔を見て眉根を寄せている。


「アゴンタに対して、とても思うところがあったようですから、直接手を下せる機会が回ったとは考えませんの?」

「……俺の手で殺していいってことですか?」


 皮肉たっぷりの顔で問われて微笑み返す。アシュスナは多くを語らないが、アゴンタはかなりの事を強いてきただろう。


「当主として、不正や罪を犯したものを裁くのは仕事です」

 殺してもいいが、ただ気に食わないからという理由ではアゴンタと同じだ。


「正式にルールー一族の当主となった俺を殺そうとすることは、死罪に値しますね」

「それは、そうでしょう」


 ルールー統治区は国ではない。統治区であり、帝王が命じて治めさせているだけだ。基本的に帝王が次期当主を指名することはないが、当主を処罰はできる。その時は新しい統治者を指名する。帝王に僕が一任されているので、僕が新しい当主と決めた以上、もうアゴンタは次期当主ではない。


「サジルさん。捜索は大変でしょうがお願いします。今回は私の所為で想定と違う動きをしていただいていますし、一部でルールー一族処断の噂は流れていましたから逃亡を考慮しなかったのが失敗だったのでしょう。失敗は次回の課題として、今回は先に進めていきましょう」


 大体僕の所為ではあるのは事実だ。それに本来であれば僕たちが都地区へ入っている必要があるのにここに留まっているから指示が通りにくい。


「……雪が落ち着いてから、都区へ出向くことも考えております」

 サジルが、始末を自分の手の届く範囲で行いたいと言う。


「カシス達とも相談しますが、その時はわたくしもご一緒するかもしれません」

 僕が関わったことで混乱させるのは本意ではない。それにサジルに責任を取らせるのも違う。行って更なる混乱の可能性もあるが……。何せこちらに来てからの前科がある。


「……わかりました」

 苦渋という顔でサジルが了承した。


「お嬢様の教育に実地訓練は必要ないでしょう」

 アシュスナが後ろに控えているカシスに視線を向ける。安全配慮を考えれば出向かない方がいいと言うのもわかる。僕もカシスに視線を向ける。母から一任されているので僕が物凄く強く希望しない限りカシスは止めることができる。

「……直ぐにはお答えできません」


 とりあえず保留された。まあ、情報が少ない状態では許可は出せないだろう。


 当主自体は確保できているが、主権力を握っていたグロリアーレがどう動くのか、どう対策を打つか話し合い、終了した。




 ユマ様は思っている以上に頭がいい。近くで警護に付くようになってからわかったことは多い。


 好みの相手もまた、頭のいい相手らしい。これだけ見た目に気を使っておられるので、見た目重視でないのは少し意外ではあった。


「逃げられましたか」

 料理長の金のかけどころの菓子を食べながらユマ様のお気に入りのエルトナが言う。


 誘拐事件で見た相手だが、ユマ様はエルトナにわざわざ部屋を準備してこの屋敷に住まわせ始めた。我々のような時間契約者にすら配慮する方だ。ただの慈善活動の一環にも見えるが、我々に対する者とは違い、ユマ様はエルトナを頼っているように見えた。


 ユマ様が男と知らなければ、女子のお茶会のようだが、内容は今回の粛清に関することだ。


「まあ、当主は確保できていますのでなんとか体裁は整いますが……」

 ユマ様が悩まし気にため息をつく、男だと言うのを忘れそうになる。


「逃げたところで帝王が下した裁可に反してどれだけ協力するか考えれば、大きな問題ではないでしょう。他にも面倒が起きないように早急に統治体制を構築してしまうのが大事でしょう」

「やっぱりそうですよね……。許可が出れば、移動可能な時に都地区へ行こうかと考えています」

「向かうなら、三月の頭くらいになるんじゃないですか。こちらは雪が多いですから、晴れが続いた時期に移動するにしても、列車は都地区に続いていませんから、こちらよりは雪が少ないでしょうが、雪に足を取られて動けないと言うのが一番避けるべきことでしょう。それに……向かうのはナゲルが戻ってからの方がいいと思います」

「ナゲルですか?」

 ユマ様が不思議そうに首を傾げた。


「はい、なんとなく、私やほかの人だとユマは愚痴を言えないんだろうなと思って」

「……別に、いなくても結構平気だなと思っていましたけど……あ、別に恋人とかではないですからね」


 男性だと知る前は、俺も一度は考えたことだ。


「まあ、そうでしょうね。こう……接し方が同性の友人のように気安すぎるので」

 一瞬だが、ユマ様がびくっとした。


「そうですね。それこそ幼いころからの付き合いですから」

 今のユマ様を見て、男だと思う方が異常だ。自分のように男の体を見たならばまだしも、何も知らずにそれを疑った者を初めて見た。


「ナゲルも春には戻るんですよね?」

「そうですね。予定は未定ですが新学期までには戻ると思います。なので、都地区へ行くのには間に合わないかもしれません」

「無理にとは言いません。新しい体制へ移行している時は相手も死に物狂いで生き残りを図る可能性があります。それが地獄へ続くと理解できない精神状態である可能性もあるので、あまり無理はせず、ついている方の言うことをよく聞いて、ふらふらとどこかへ行ったりはしないでください」

「はい……」

 ユマ様がそっと目を逸らす。


「必要のない重荷を背負ってはきりがないですからね」

 うっとした顔をする。いつも取り澄ました顔が多いのでユマ様がエルトナに対して気を許しているのがわかる。


「そういえば、ユマの故郷はあまり雪が降らないんで?」

「そうですね。ここまで積もることはあんまりないです。先日は雪遊びをみんなでして少し燥いでしまいました。雪に埋もれるのは初めてでした。帝都はもっと雪深いんですか?」

「雪は多くてもこの程度ですが、気温はもっと下がりますね。凍結が問題です。生まれは滅多に雪が積もらなかったので、最初の冬は辛かったですし、今も寒いのは正直苦手ですから、服は正直助かりました」

 それにユマ様がふわりと笑う。

「喜んでもらえてよかったです」


 ユマ様はジェゼロの出身というだけでなく王族だと聞いた。それが一般人に興味を持っている。これに似た雰囲気を以前にも見た。

 ああ、この雰囲気はちょっと調子が可笑しくなった時のニコルと似ているのだ。


 それにしても、この子供は何者なのだろう。ユマ様のあの好意しか見えない微笑みに、まったく微動だにしない。




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