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女装王子の留学記 ~美少年過ぎて女性恐怖症になったけど、女装していれば普通に生活できます~  作者: 笹色 ゑ
帝都へ

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70 雪合戦

   七十




 ジェゼロでは何十年に一度くらいの結構な積雪があるらしいが、これはそんな比ではない。


「え、これ……建物ぺしゃんこになりません?」

 メリバル邸やこの屋敷だけでなく民家はもちろん研究所の建物も一階部分がジェゼロよりも高くなっていた。積雪や雨の関係だとは考えていたが、それよりも積雪して普通のドアが開かなくなった。


 窓から覗くとアリエッタとニコルが大きく口を開けていた。


 その横でトーヤが感心したように建物を見た。

「この建物は、凄いですね。こんなに積もったのに朝まで気づきませんでした」

 しんしんと降った雪はとても静かに降り積もった。僕も朝まで気づかなかったくらいだ。


 各部屋には暖炉がないが、空調構造がかなり考えられているらしく温かい。それだけ、高い技術と高い建築料がかかっているのだろう。価格を考えると普通に怖い。


「雪の中での戦闘訓練をしたいです!」

 ニコルがオオガミに向かって希望を出す。


 オオガミの運動不足解消ついでにみんな訓練をさせられている。最近戻ってきたミトーは恐々としているが、リリーをはじめ、ニコルもトーヤもしっかりと特訓を受けている。なんだか化け物製造機のようで心配だ。


「あー、雪合戦か。ガキの頃に一回やったことがあるな。石とか固いもん仕込むのは禁止なー」

「うわ……不吉な予感しかしない」


 周りがいそいそと動き出す。


「あ、あの……ユマ様。私も、参加していいですか」

 困ったように、アリエッタが聞いてくる。


 トーヤは屋敷の外でも仕事はしている。ニコルもペロの世話で屋敷の周りの仕事はしているが、アリエッタは安全を考えてほぼこの部屋だけで生活している。他の誰かがいれば屋敷内は出歩ける状態だ。


 それを不満に思うような発言は今まで一度もしていなかったアリエッタの言葉に、頬を緩ませる。気兼ねだけでなく意見を言えるようになったのはいい事だ。


「温かい外套を着ていくのと、絶対にオオガミの死球に当たらないように気を付けるんだよ」

「はいっ」

 嬉しそうにはにかむのを見ながら、カシスがため息をついた。


 朝食を食べて、正面玄関の周りの雪かきが終わったころに外へ出た。


「綺麗にしてくれたのに汚してしまうのが心苦しいですね」

 下働きの人とはあまり接していないが、朝からせっせと雪かきをして道を作ってくれたのにそこで雪合戦をすると言うのだ。それも大の大人が……。


「雪にはあまり慣れていないのでしたら、いい機会かと存じます。エルトナ様はお呼びしますか? 今日はまだ部屋から出ておられないので」

「……エルトナですか?」

 シューマー執事の提案に首を傾げた。

「はい、ユマ様はエルトナ様とおられる時に殊の外楽しそうにしておられますので」

「………」

 一瞬固まる。


「そ……そういえば、他にも残られている人がいましたよね」

「はい、サムーテ様がこちらに残られておりますが、基本引きこもって絵を描かれております」

 言われて、そういえば戻ってきてから絵を描いていないことに気づいた。


「えーっと、私からお茶などに誘うべきなんでしょうか……」

 メリバル夫人はお茶に呼んでくれたりと気遣われていたのを思い出す。僕が会っているのはサジルとアシュスナ。それと個人的にエルトナくらいだ。


「締め切りが近いからと、極力そっとしていますから特にお茶会などにお誘いする必要はないかと」


 そんな話をしている間にニコルとアリエッタが雪にはしゃいでいるのが見えた。歳が近いのと一緒に勉強をしているので仲良くなったようだ。


「その……エルトナとは仲がよさそうに見えていますか……」

 むずむずとしながら問う。

「お二人のお茶会では手の込んだお菓子を作れていると料理長が喜んでいます。エルトナ様からも好評ですので引き続き料理長に任せてもよろしいですか?」

「あ、はい」

「それに、あまり表情を変えられないエルトナ様もユマ様とのお茶会では笑顔を見せられていますよ」

 吹き出しそうになるのをぐっと堪える。


「よく眠っているようなら……エルトナはそのままにしてあげてください」

 今は何となくエルトナの顔を見られないのでそう言って置く。




 屋敷内でたまに見る背の高い顔のいい男がユマ様を雪の中に投げ飛ばすのを見て慌てて外へ向かった。


「サジル殿、それにアシュスナ殿どうかされましたか?」

 軒先でユマ様の警護隊長のカシスがこちらを見て問う。アシュスナの名を聞いて振り返ると、自分と同じようにアシュスナ・ルールーも下へ降りてきていた。


「これは?」

「見ての通り、雪中訓練です」


 カシスが当たり前の顔をしているが、雪遊びをしている子供とオオガミに対して挑んでいる数人が見える。たまに正面玄関の広間へ続く通路が閉められることがあった、家主の意向だとしか聞いていなかったが、やはり何らかの訓練をしていたらしい。


 カシスが一人に指示してユマ様に声をかけさせるのが見えた。カシスと警護の一人は言葉を交わさず手の動きだけで意思疎通しているのを見れば、独自の手話があるのだろう。見る機会はそれほど多くないので解読は困難だ。


 雪を払ってやってきたユマ様はいつもよりも簡素な服を召されていた。それでも下働きと間違われることはない美貌は健在だ。


「少しうるさかったですか?」

 双子の妹がこの世で最も美しいと思っていた。実際そうだが、それに並ぶ美少女がいつもよりも頬を上気させてやってくる。さっき、雪の中に投げられていた気がしたが、怪我などはないようで、いつもと違って少し燥いでいる。無邪気な姿が可愛らしい。

 アシュスナがその姿に一瞬顔を強張らせたのがわかるがユマ様はまったく気にしていない。

 正直に言えば、この少女を侮っていた。帝王陛下やリンドウ様に顔で取り入ることは難しい。だがこの男はまんまと引っ掛かっている。いっそ哀れだ。


「ユマ様は運動神経もいいのですね」

「いざという時に、動けなければ迷惑になりますから、必要最低限の訓練は行っています」

 にこりと微笑むが必要最低限の訓練を人目から隠すあたり、かなり厳しい訓練なのではないかと想像がつく。


「あちらの方が師範ですか?」

 さりげなく背の高い男について問う。その動作だけでその男の視線が一瞬こちらに向いた。


「ああ、そのようなものです」

 言葉を濁すとこちらに目を向けた。

「お二人は、訓練などは?」

 当たり前に問いかけられて苦い顔になる。


「私は政治などに係わる身ですから、訓練は必要ありません」

「……でも、重要なお仕事をされている以上、恨みは買ってしまうでしょう? 有事に困りませんか?」


 リンドウ様のような高位のお立場の女性ですら、武術は嗜んでいる。それが自分の身を守るために必要だからだ。無論、私もその訓練を科せられたが、最終的に走る訓練と、受け身の訓練だけが義務になった。つまり、私は運動能力に対しては期待されていないのだ。


「………護衛が優秀ですから」

「さては、運動音痴だな」

 横のアシュスナがいやらしい笑みを浮かべてこちらを見た。


「アシュスナは、国境警備をされていたのですから、何か武術をされていたのですか? 今後の立場を考えると、稽古をつけてもらった方がいいかもしれませんね」

 優しさからか、追及を始める前にユマ様がアシュスナに話を振った。


「いえ、俺はわざわざ稽古をつけなくとも、リンレット時代は剣技で負けた事がありませんから」

 どやっとした顔に誰か雪玉を投げてくれないかと考えていたが、カシスがほぅと興味を引いたように声を上げた。


「ミトー、少し相手をしてみろ」

 ユマ様の警護の一人で最近帝都から戻ってきたミトー・キスラが振り返る。小柄でカシスのような筋骨隆々の明らかに兵士といった風貌ではない。アシュスナは嘗められているのだろう。


「……構いませんが、中でしますか? 雪が積もっている場所だとやりにくいです」

「ああ。ユマ様はこちらでもうしばらく訓練をどうぞ」

 休憩は済まれましたでしょうと促されて嫌そうな顔をした後、訓練に戻って行かれた。


 今まで見たことのない小柄な女の子が、戦闘訓練をしている中へ雪玉を投げているのが見えた。それを避けるのも訓練の内のようだ。傍目で見ていると遊んでいるだけにも見える。




 リンレット学院剣術部では、一度も負けたことはなかった。そう、俺は強かった。


 そう思っていたが、実践を想定した訓練で、小柄な男に完敗した。不幸中の幸いは、ユマは外にいたので情けない姿を見られていなかったことだろう。


「まあまあじゃないですか?」

「ああ、ミトーには訓練の成果がよく出ているようだな」

 ユマの警護というか、直接周りに置いている人材は直ぐに把握できるくらい少ないが、少数精鋭なのだ。


「くっ、一番の手練れを使って様子見みたいにいうは卑怯では?」

 木刀を支えに立ち上がると、ミトーと呼ばれた地味な男は首を傾げた。


「え……自分は最弱ですよ。こっちで多少鍛えられはしましたけど。正直未だに対人訓練は苦手で」

「ああ、当初に比べれば随分と伸びたようだ。他の者と比べれば伸び率が悪く見えていたが、他と比べなければ十分に努力が見える」

「本当ですか! やった」

 褒められて素直に喜ぶ男を見てげんなりする。つまりこの年寄りとトーヤはもっと強いって事か……。


 そんなことを考えていると、外で燥いでいた一行が戻ってくる。屋敷の侍女と侍従がすっと出てきて拭くための布を渡していく。


「楽しかったです!」

 欣喜雀躍した声を上げて、十代半ばか前半の少年がユマの周りをうろついている。どういう扱いのガキだと訝しんで見る。使用人の子供か何かかと思ったが、どうにも違うらしい。


「ユマ様、直ぐにお湯の準備をしますね」

 明るい灰色の髪をした子供が弾むような声で言う。もう一人のガキよりもさらに幼い子供だ。


「その前にアリエッタ自身が風邪を引かないように着替えてからですよ」

「でも、雪の中だったのにとっても体が温かいです」

 楽しそうに言いながらこちらを振り返ったその子供に眉根を寄せた。


「アリエッタ……」

 その顔をまっすぐに見て、俺が呆然とその名前を呼ぶと、ユマがそっとアリエッタの背中を押してリリーとかいう侍女の方へ向かわせた。


「……リリー、先に一緒に上がってください」

「かしこまりました」


 こちらが何か言う前に、女の子は階段の方へ向かわされる。声が届かない場まで去ってから、ユマが近づいてくる。


「アシュスナ……。アリエッタを知っているのですか?」

「処刑された遠縁の子供の名前だ。生きてるはずがない」

「……着替えてから、少しお話を伺いましょうか。後ほどお呼びします」


 ついさっきまで、年相応に無邪気な顔をしていたユマが取り澄ました顔をしていた。




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