69 エルトナの考察
六十九
ユマの屋敷でユマとお茶をしていた。まあ、ユマの屋敷に住んでいるので行き来はいままでと違ってとても簡単だ。
三階の応接室でくつろいだ雰囲気の三時のおやつだ。今日はフルーツのタルトだ。露地栽培ではこの季節には出回らない果実なので高級品だ。
サセルサが来てから時間に余裕ができたので、休日くらいは研究所にこないように言われているのだ。誘拐事件の後、研究所で暮らすようになってからは基本的に休日平日関係なく過ごしていた。どうせ休日でも研究所から出る用事もなかった。
「噂で聞いたんですが、ワイズさんがこちらの統治区の塩田の権利を持っているとか……エルトナが何か入れ知恵したんですか?」
「ああ」
言われて思い出す。ワイズが寄付をして、ヒスラでも私の立場を確立したいと言っていたので、追い返すためにアドバイスをしたのだ。
「オーパーツが普及する今、リチウム……塩田からとれる物質は将来的に価値が跳ね上がるので今の間に買って寝かせて置けば桁違いの値で帝国が買いとってくれるかもしれないと教えました。まあ、二束三文で搾取された上、管理費が損益になる可能性もあるのですけど」
「リチウム……というと、蓄電池に使うものですか」
流石にあれだけオーパーツの扱いに慣れているので機械構造の基礎知識も持っているらしい、ユマの言葉に頷いた。
「あの塩田には世界的に見ても有数の埋蔵量があります。工場を建てるにはまだ時期尚早ですが、買い叩くならば今ですから」
ユマは私の見た目で、子供の話と一笑しないことは経験済みだ。むしろ心配そうとも訝し気とも言える目を向けられる。
「エルトナは、ご自分の才能を安く売り過ぎではありませんか? 私への先日の助言も帝国からの方……サセルサのお兄さんも随分感心していましたし」
「手助けする相手くらいは選んでいますよ」
命を助けてくれた養父には恩義もあるので助言はする。ワイズは利益のために情報を搾取するだけでなく、それに見合った対価として養父を通した寄付を女神教会に入れて立場をよくしてくれた。ユマは何かと世話を焼いてくれているし、仕事を助けてくれたのでその対価としてだ。
それに私には事業をどんどん始め、どんどん手を広げてそれを軌道に乗せる手腕はない。正直、ワイズは頭がおかしいとは思うが、経営者としてはかなり優秀だ。少しのヒントで莫大な利益を上げる。
「ユマがこちらのごたごたに首を突っ込んでいる以上、ワイズに塩田の権利を売ってもらうように話をすることはできますが、買値の五倍か十倍が最安値になるでしょう。一番いいのは工場を作って採掘権利を貸し出す形ですね」
出資させたワイズに損がなければそれで構わない。下手に買い叩かれてはもったいないし、何か旨味のある情報を提供しないとワイズがこちらに居残って、彼女の社員が悲鳴を上げるのは目に見えていた。
「えーっと、そこまでは考えていませんでした。ただ、彼女がわざわざ買ったならエルトナの助言で何か理由があったのだろうと思って聞いただけです。でも、将来的な統治区の運営の為に強みのある工業があれば何かと便利ですね」
将来的に、どこまでオーパーツと呼ばれる過去の技術が広まるかはわからないが、人類がしぶとく生き残っている理由は常に新しい物を開発し、それを使いこなす知能があるからだ。
実際旧人類の科学の発展は軌道に乗るとあっと言う間に恐ろしい程の発展をした。その知識や技術は帝国に保存されていることは研究所の所長代理室にあるコンピュータを見ても明らかだ。それを考えれば細かく開発や発展をした時代よりも簡単に技術が使える。自然発生的に広がってきたものが、帝国の采配で決まるという点は大きな違いになるだろう。
「ワイズは金儲けと美容や装飾品に重きを置いているので、工場の類にはあまり興味がないでしょう。多分そういった面は委託を受け入れると思います。帝都以外にも店を広げたがっていたので、それを餌にすれば交渉できると思います。もちろん、今のルールー統治区の統治状態ではだめでしょうが」
「皮算よにならぬようにしたいですが、まったく将来を考えない訳にもいきませんからね。彼女にも損がなく、エルトナの顔をつぶさないように配慮して話を持ち掛けるかもしれません」
ユマが困り顔でいう。商売で損が出ることはある程度仕方ないが、考慮してくれるならば在り難い。
これは推察で、確証はないが、ユマは帝王選の渦中にいるのではないかと考えている。ネイルの情報では、ここから遠い場所で、いくつか似たようなことが起きているそうだ。
基本的には腐敗の粛清が同じように実施されている。それまで帝王が駒として使ってきた人材がメインではなく補佐についているのだ。主軸として動いているのは二十台後半までの若い世代だ。イーリスの血筋以外も二人いるそうだ。
帝王はイーリス家から輩出されることが圧倒的に多いが、神の啓示で他の者が選ばれることもある。ユマはイーリスの血統ではないらしいが、それだけで次期帝王から外される理由にはならない。
その話はせずに別の事を伝える。
「ワイズとの交渉の時は間に立ちましょう。それと、養父の部下であるネイルとハリサが協力すると正式に連絡がありました。二人と直接は無理ですが、私を介してならば情報を提供できます」
養父から手紙が来て、エルトナの友達と会って、いい子だから手伝ってあげてねと言う軽い内容だった。二人からすれば正式な助力依頼となるらしい。なので、正式にヒスラの女神教会の内容を知らせることができる。
手始めにルールー一族と司教の癒着を二人が調べていると教えるとユマが困ったように眉尻を下げる。
「エルトナにはお願いしてばかりで正直頭が上がりません」
「……そんなことはないと思いますけど」
仕事を手伝ってくれたし、誘拐では身を挺して助けてくれた。今も生活の場所を提供してくれたりと、色々とよくしてくれている。
「あ、そういえば、この前アシュスナの服を選ぶときにエルトナの大きさの服もいくつか持ってきてもらっていたんです。あんまり女の子らしい服は着ないようなので、男物で質素なものを準備したので良ければ使ってください。館の中でも廊下はやはり寒いですし」
「そんなことまでしなくてもいいんですよ?」
「……すみません。迷惑でしたか」
しょんぼり顔なユマに良心が痛む。元々服は少ない。冬ものは一着コートを持ってきていたのでそれで凌いでいる。正直、在り難い。
「迷惑ではないです。過分だと思っただけで」
「本当は、色々と着飾りたいところですが。そういうのを押し付けるのはよくないので、今までの服と似た雰囲気で我慢しました」
「確かに、ユマのような綺麗な服だと居心地が悪そうです。男と思われるような恰好をしてる身としては」
「エルトナが女の子だとわかったら、もっとかわいい恰好をさせたくなってしまうので、本当に、ぐっと……ぐっと堪えました」
拳を握って言うユマに小さく笑う。残念ながら私は平凡な見た目だ。着飾らせて楽しいタイプではない。
「塩田以外はあまり目立った産業がないですし、帝国列車も研究所を作るためと隣国への牽制でこちらの統治区を通っているだけです。それにおそらく今の当主が作った負債も多いと思います。粛清だけでなく今後の立て直しも考えていった方がいいでしょう」
随分と気に入られているのが気恥ずかしくて真面目な話に戻す。
「そうですね。農業や畜産、林業も輸出するほど盛んではないけれど、周りとの軋轢の結果、輸入もあまりせずに自活せざるを得なかったので下手に均衡を崩して産業を作ることができないんですよね」
ユマもこの統治区について色々と勉強しているのだろう。
基礎的な情報が頭に入っていないと話が噛み合わなかったりするが、ユマを相手にする時は比較的すんなりと話が通る。
それに、不思議と手を貸してあげようと気になるのだ。やはり美人耐性を持っているとはいえ、これだけ綺麗だとやはり親切にしてしまうのだろうか……。
ふと、ユマの顔を見ていると思い出す顔があった。
年明けの頃には結構な積雪になっていた。
定期的に訓練をしつつ、話し合いに報告を聞いて過ごし、雪の中一緒に研究所の仕事を手伝いに行ったりしていた。
机上の話で、どことなく人の命にかかわっているように聞こえないのが怖い。
「収容所と孤児院、軽微な者は移住が推奨されることになります」
サジルからの報告で第一弾の拘束予定者を確認する。
「ああ、これでいい。それにしても、南地区は馬鹿をしたな」
アシュスナにも孤児を狩りの獲物として使っていた件は話している。
南地区に養子に出されたのはアシュスナの三つ下の妹だそうだ。物凄く気難しくて、法律以外は信用しないような人らしい。
サジルとアシュスナが既に会っている中の一人でもある。
その南地区はまだしも、中央地区と西地区の弟はクズだから会っていないそうだ。今のところ会っているのは確実にこちらにつくものだけだ。
北地区の地区長にも会っている。北地区長は現当主たちとはあまり仲が良くないらしい。前当主の部下だったそうだ。些細な事で首を切られかねないので、あらゆる不正を行わないように注意を払い、アシュスナが研究所を建てるときには手伝えないと突っぱねた上で、メリバル経由で多少の支援をしてくれていたそうだ。アシュスナが失敗すれば次は自分にジョセフコット研究所の建設の役目が回ってくる可能性が高いが、あまり優遇すると当主に睨まれる可能性が高く、失敗すれば責任を取らされる。なので自分に至るまでに解決されるのが最善だったのだ。
東地区は帝国軍がいるので抑えるのは簡単らしい。
西地区は塩田を帝都のハリソン商会が抑えているので、地区長が変わってもどうでもいいとのことだ。ワイズ・ハリソンとはエルトナ経由で話ができるのが幸いだ。
「都区と中央区で主立って帝国軍に動いてもらいます。南地区のバカ息子は既に捕まえていますし、不正証拠は先に抑えられていましたから」
サジルから、闇の深い兄妹だと報告が来ている。南地区の養女とアシュスナは決して兄妹として仲良しではないらしいが、実の父親と祖母たちを殺す算段をとても前向きに話し合っていたそうだ。できれば処刑に立ち会いたいし、何なら死体は二・三日外で晒したいそうだ。普通に発想が怖い。
「では、逃げられる前に始末……確保をお願いします」
アシュスナとサジルは最初の不仲を心配したが、案外仲良くやっているようだ。アシュスナもこちらに好意的でいる方が得であると判断したらしく、積極的に動いてくれている。
「ユマ様もそれでよろしいですね」
「はい。お任せします」
ちょっと、僕が残る理由はあったのだろうかと思っている。
いや、いなかったらそもそもまとめて処刑だったからいるだけで価値があるともいえるが、計画変更方法はエルトナに意見をもらったと言うかほぼ助けてもらった。表に立つのはアシュスナで帝国関係を動かすのはサジルの役目になっている。
流れや計画などを近くで見て理由を聞けるのは確かに勉強にはなる。オオガミが得意とする粛清と根回しよりも大規模なのでジェゼロではここまでは必要なことはまずないなというのが印象だ。だが、将来国で役には立つだろう。
後は、南地区養女のマルティナス・ルールーが準備していた不正の証拠には学ぶところが多かった。不正の証拠の出し方。それに数多の不正。脱税や癒着、賄賂に犯罪の隠匿、それに権力を使った犯罪行為の数々。大変申し訳ないが、これだけでかなりの罪になるだろうし、人間って、こんなに悪いことしても権力を持つと罰せられないことがあるのかと慄いた。もしも、ジェゼロで僕がやったら、一番軽い不正でも軽いのでも半日説教と反省文の上、訓練という名の折檻で動けなくなくなるだろう。無論、僕だけでなく母が行った場合は、議会院から飾りの王として扱われることになる。
実際、神子ではあるがほぼ王としての仕事をしなかったジェゼロ王もいる。不当に権力を奪われた王は神へ直訴した結果民に神罰があり権力を取り戻した。仕事がしたくないなら別にいいが、本人の意思に背いてだと神はお叱りになる。なんとも神子に優しい制度だ。
アシュスナが確保の指示が出た二日後、近冬最大の寒波が到来した。




