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女装王子の留学記 ~美少年過ぎて女性恐怖症になったけど、女装していれば普通に生活できます~  作者: 笹色 ゑ
帝都へ

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66 アシュスナVSサジル


   六十六



 応接室には先にアシュスナが待っていた。


「先ほどは御無礼を」

 少しは休憩できたのか、腰を折って頭を下げる。娼婦の子と蔑んだ物言いをしていたが、教育は受けているようだった。


「いいえ、扱いを伺いました。お怒りもごもっともです」

 僕だって普通にキレる案件だ。むしろ彼の対応は穏便に分類してもいい。


「いえ、あなたのように美しい方に対して礼儀がなっていませんでした。お許しを」

 礼儀正しく言われるが、僕はこれから試練の場に叩き落そうとする悪女のような立場だ。なんとも申し訳ない。


「これから、帝国の使者と話し合いがあります。わたくしも会うのは初めてですからどのような話し合いになるかはわかりません。ですが、私よりも当事者となるアシュスナが聞くべきことと判断しました。これからの話し合いには参加できませんが、それでも良ければあちらに」


 仕切りを置いた向こうには席が準備されている。


「………わかりました」

 トーヤの案内でそこへ腰かける。僕も準備された席に座るとわずかに姿が見えるが、帝国の人からは見えない位置だ。



 少しして、到着が伝えられる。


 リリーが扉を開けると、真っ白い姿の青年と帝国の警護が一人ついてきていた。

 ふと、サセルサの双子の兄弟がこちらに来ると言っていたのを思い出す。今更、それが帝国の指南役だと繋がった。


「初にお目にかかります。サジルと申します」

「ユマ・ハウスです。遠方からご足労をおかけします」

 挨拶をして席を勧める。


 トーヤ達に身元を明かした事は伝えていないため、先方にはユマ・ハウスとして接してもらうように先に伝えている。


「私はこれまでにも多くの粛清に係わってきています。リンドウ様より命を受け、ユマ様の指導をさせていただきます。今回は最も一般的な方法として粛清とその後の統治管理について教授していきましょう」


 言うと、連れてきていた警護が持っていた紙束を机に広げた。


「まずは、各地区の地区長および統治区の当主家族をすべて処刑いたします。その後、各地に監察官を派遣し、不正官僚と家族の粛清、新たに帝国より統治者を入れることとなります」


 家系図が既に手元にあるらしく、ずらっと書かれた名前の中にはしっかりとアシュスナ・ルールーにものもあった。


「………」

 それはともかく、予想外の名前に目が行った。アリエッタの名前がある。同名なだけかもしれないが、系譜をたどると前当主の第一夫人の弟が愛人に産ませた子供とされている。ゾディラットの名前はないが、アリエッタの母と父、それにアリエッタの名前にも既に線が一本引かれていた。


「………あの、線が引かれている方は?」

「既に死亡したものです。春までにはここに名がある者ははすべて線が入ることになりましょう」


 白い肌に白い髪は僕の妹であるララと同じだが、赤い瞳は別だ。微笑みのような柔らかい表情をしているのに、ぞっとする。


「その……子供や罪を犯していないものもいると聞いています。すべてを処刑する必要はありません」

「ユマ様がお優しい事は伺っております。ですが、親兄弟を殺されたものは恨みを抱えるのです。それが罪であるのですよ。罪人になるとわかっているものを先に処分するだけの話」

 罪人予備軍と判断すれば罪人だと言い切られる。


「それは受け入れられません。陛下は私が関わることで罪なき者は処罰を免れるとおっしゃいました」

「いいえ、一年の猶予をと話されただけです。そしてこの粛清は冬の間、正確には春先までには終える必要があります。わざわざ相手に反旗の時間を作る必要はありません。それに今回の課題はむしろその後の統治。拘束や粛清は手早く行い、新しい統治体制の構築について学んでいただきたいと考えております。都区はユマ様が管理しやすいようにこの北地区に移動させればよいでしょう」


 まったく意見を聞く気がないのはわかる。ふと衝立の向こうに目が行く。サジルは背を向けているので見えない位置だが、僕からは少し身を寄せると、机の上に置いた手を白くなるほど握りしめているアシュスナの姿が目に入る。これは、同席を早まったとしか言わざるを得ない。


「つまり……サジルさんは無能であるということですか」

 わざとらしくため息をつくと、それまでの見事な作り笑いがぴくりと動いた。

「無能……ですか?」

「はい。私の希望を聞き流し、ご自身のやり方でしかことを進めることができない応用力のない人間だと言うことでしょう……まさか、リンドウ様にこのような扱いを受けるとは」


「ユマ様」

 口元には微笑みが称えられていると言うのに、目が全く笑っていない。


「あなたが希望する優しい世界は帝国にはありません。穢れたルールー一族はこの世から根絶すべきなのです。不要な争いを避けるためには必要なこと。それとも、何か妙案がおありですか?」


 小娘に何ができるのかと口にしないまでも嘲りがあるのは確かだ。帝王とリンドウ・イーリスからの命があるから、仕方なく子供のお守りに付き合っていると考えているのが透けて見えた。


「わたくしは、一族の中から新たな当主を立て、内部から浄化を図りたいと考えております。無論、子供を殺すような相手は罪に従った刑を科されるべきだとは考えておりますが、罪なき者まで処罰をすれば、彼らと同じではありませんか」

「それは、とても素晴らしいお考えです。それで、罪のない善良なルールーの家紋の者がどちらにいるのでしょうか? 是非ともお会いして今後の計画を話し合いたいと存じます」

 口調は穏やかだが、そんなものはいないと言い捨てている。


「……アシュスナ・ルールーを推すつもりです」

 家系図にも、アシュスナ・ルールーの名前は確かに載っている。だがその名前にぴんと来なかったのか、サジルは家系図に目を向け、少しして名前を見つけた。


「ああ……娼館の息子ですか。彼は他の兄弟と違い地区長に養子にすら出してもらえず、今は国境の警備でしたか……。確かに、政治には係われないような無能な男。政治犯罪は犯していない可能性が高いですね。それに、ジョセフコット研究所で計画の進捗を遅らせる失態を犯していますか」


 資料に目を通して残念なそうに首を振る。

「せめて地区長に養子となった兄弟の名が上がるかと思いましたが……長男だからと優遇させる世界ではありません。隣国に亡命されては厄介なので、早めに確保はした方がいいでしょう」

 既に確保していますと思いつつ、ちらりと衝立の方を見ると。顔を伏していて表情は見えない。


「他に妥当な計画がなければ冬の間に罪人の範囲を決定し、帝国軍に捕えてきてもらいましょう。処刑には立ち会っていただきますが全員を見る必要はありません。流石にユマ様が言う無罪の子供の処刑に立ち会うことは難しいでしょう。帝国軍の動かし方についても追々にお教えしま……」

 苛立ちを募らせていたのは僕だけではなかったらしく、大人しくしていろと言われたアシュスナが衝立を蹴り倒していた。


 すぐにサジルの警護が前に出たがその間にトーヤが立つ。アシュスナは大事な駒なので殺されては困るのだ。


 怒鳴り声をあげるかと思ったが、ゆっくりと息をして、アシュスナが顔を上げる。

「当主とクズ息子と糞婆を死刑台に送るように命じられているアシュスナ・ルールーと申します。サジル殿とおっしゃいましたか。是非とも俺にもその政治手腕を教授していただけると幸いです。何せ工期遅れを犯すような若輩ですから」


 できるだけ丁寧に対応しようと努力しているのはわかる。怒鳴らないだけでも拍手したい。いきなり現れた男にサジルが目を丸くしていたが、直ぐに意識を切り替えてきた。


「まさか……私が到着する間に新しく挿げ替える当主を準備していたとは……ユマ様の手腕を甘く見ておりました」

 今朝届けられので、あまり関係性も築けていないとは言えないが、アシュスナには後がないとはよく伝わったし、僕は味方だと伝わったようだ。


「ただ、このように無礼な登場をするような方と仕事をするのは……」

 言葉を気にせず、アシュスナは自分で椅子を持ってきて間に置くとそこに腰かけ、机に置かれた書類や家系図に目を通す。


「家系図、こことこことここ、間違ってるし、おじきには他に三人愛人の子がいるし、逆にこっちは連れ子で実子じゃない。あとあのクズどもの罪状が足りないし、こっちとこっとは名前が逆だ。これが優秀で有能な帝国の指導者様のお仕事ですか。素晴らしいですね。後、俺はわざと工期を半年遅らせたんだ。なぜなら完璧にこなせば次こそ婆から刺客を送られると判断したからだ。無能はこっちの中央地区長のこの豚だ。お分かりいただけましたか?」

 ぱっと見ただけでも正しくない場所を修正していくと、挑戦的に見下ろす。


「……このように……とても協力的で優秀な方です。ご自身の身内であろうとも罪を隠すことなく、膿を出し切ったうえで正しく導いてくれると信じております」

 とりあえず乗っておこうとそれっぽく言って置く。


 サジルが本気かという顔でこちらを見てくる。それにアシュスナはごくりと唾を飲んだ。なんというか、正直に言うとまだ体が若干だるいので帰って寝たい。


「わたくし、一年の猶予を頂いています。無論、やり方などは教授いただかなければならないのでしょうが、その後を考えれば私ではなく後を引き継ぐこととなる彼を主軸に置くべきではありませんか? サジル殿も、是非ともそのような方と話し合いたいとおっしゃってくださいましたものね」


 少なくともアシュスナはルールー一族の内情には明るい。それに現当主たちを断罪することには躊躇いがないようだ。ならば、一先ず彼で進めるほかない。僕には他にいい手札がないのだ。


 僕個人として避けるべき最悪は、この統治区を僕の管理として押し付けられることだ。簡単に国に帰れず、帝王の帰属とされてしまっては困る。


「それは、そうですが……」

「もしも、彼が身内の罪を隠し、意味もなく庇い立てするようであれば他の方を考えますが、これで一族の争いになります。アシュスナの派閥を私は推し、粛清を実施します。そういった場合でのご教授を優秀なサジル殿にはお願いしたいと思っております。無論、想定以外の計画でしか動けないと言うのでしたら、とても残念ですが別の方を派遣していただけないかリンドウ様に相談しましょう」


 優しい世界などこの世にないことはよく知っている。だからこそ、できるだけ抗いたいのだ。それに、ただ粛清して次の統治を見るだけならば僕が噛む必要などない。


「………わかりました。ユマ様がそれほどまでに信頼していると言うのであれば、それで計画を練り直しましょう」

 確約を得てほっとする。


「ユマ……さん。後でもう一度、二人で話す場を頂けますか」

 アシュスナの言葉に頷く。今は下手な会話はしない方がお互いのためだ。


「折角の面会でしたが、大幅に計画を変更せざるを得ません。後日また時間を作っていただくこととしましょう」


 サジルから今日の話し合いはここまでにしたいと申し出があり、一先ず終了となった。




 ふと、思うところがある。


「そういえば、なんでユマさんは私にも敬語なんですか?」

 午前中の手伝いに来てくれたユマに問いかける。ハリサが大概失礼なことを言った後だが、普通に手伝いに来て、普通に仕事をしている。


 あれからユマ・ハウスとの関係を再考してみたのだが、列車で知り合って、教会で再会して、時間契約者を買うやばい人ではないかと思い、その後アルバイトに来てもらうようになった。誘拐時はそれこそ命を張って助けてくれて、その後は色々と世話を焼いてくれている。


 比較的仲良く過ごしているが、ユマはいつも丁寧に接してくれていた。


 教員や教授は私の見た目で基本的に下に見た口調だし、本性がわかりやすくていい程度にしか思っていないが、ユマはそれこそ列車で会った時から敬語だ。ナゲルに対しては比較的崩した口調なので、誰彼構わず丁寧なわけでもないだろう。


「それは、エルトナが尊敬に値するからですけど……。私も、エルトナからユマさんと呼ばれるのはなんだか違和感が」


 お互いに顔を見合わせる。


「ユマ様の方がいいです?」

 冗談めかして言ってみたが、拗ねたように睨まれた。


「あなたの事を呼び捨てにするのはナゲルくらいでは?」

「仕方ないでしょう。友人が少ないんです。……私は多分、エルトナと友達になりたいんだと思うんです」


 ユマの言葉に瞬いた。ふと、今の自分には友達がいただろうかと考える。ワイズは友達だが利害関係が強すぎる。ハリサとネイルは友達とは言わない。


「……じゃあ、ユマも話し方を変えてもらわないと」

 名前を呼び捨てにしてそう言うと、ユマがふわっと微笑む。顔がきれいだとは思っていたが、これは男では一溜りもないだろう。女とわかってもこれならば、純粋に女友達が欲しいのかもしれない。


「なんだか、急に変えるのは気恥ずかしいですね」

 一つ目の記録を思い出す。ユマに負けない美少女もとい美少年が、こんな感じだった。仕事をするまでは彼も友人は少なかった。


「まあ、友達になったから聞くわけではないけど、手伝いましょうか? こちらの女神教会はあまり内情に詳しくないですが、頭は、そこそこいい方ですし……こっちにナゲルがいないなら、助言役が必要では?」


 それにあの養父が私にユマを手伝わせたかった理由に興味はある。



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