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女装王子の留学記 ~美少年過ぎて女性恐怖症になったけど、女装していれば普通に生活できます~  作者: 笹色 ゑ
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65 有能な所長代理


   六十五





 翌日の午後に帝王が寄こした人と会う予定だが、朝はいつもと違って寝坊していたらカシスがやってきた。こういう時に起こしに来るナゲルがいないので仕方ないが、カシスは珍しく困り顔だ。


「ユマ様に、貢物を持ってきたと所長代理が押しかけてきました。如何されますか?」

 ぼんやりする頭でカシスの言葉を聞いた。まだ完全に回復していない。多分、普通の人なら数日要安静だろう。


「……貢物……ですか?」

「アシュスナ・ルールーだそうです」

 その言葉で流石に目が覚めた。


「……とりあえず、着替えます」

 流石にすっぴんでは事情を知らない人とは会えない。

 カシスが下がってから、とりあえず化粧と服を整えた。鏡を見て、酷くないことを確認して私室を出た。


「二階の応接室に通しています」

「行きますか……どんな人です」

 待たせてもいいが、午後から用事もある。


 カシスがトーヤへ視線を向けた。

「安全確認のために持ち物の確認をしましたが……憐れな男という印象です。あまり近くには寄らないようにお願いします」

「……憐れな」


 首を傾げながら下へ降りた。扉の前に所長代理が待っていた。


「どうして廊下でお待ちなので?」

「それは、私がいると不思議と凶暴化するので、執事さんからこちらで待っているように言われました」

「……何したらそうなるんですか」


 所長代理は手を顎にやり、行動を思い出すように視線を上げた。


「なる早でお届けするために、部下に依頼して連れてきていただいただけなんですが」

 本当に数日前の話だ。確か国境付近ではなかっただろうか……。


 中に入るとこの屋敷には似つかわしくない安物の椅子に縛り付けられている男がいる。髪が濡れていて小刻みに震えていた。


「所長代理……どうやって連れてきたんですか?」

「一番早く届けるようにと依頼したので、人が入る大きさの箱に入れて丸二日かけて輸送させました。ずっと箱に入れていたようなので、研究所の馬小屋で簡単に洗って着替えさせてからこちらにお持ちしました。流石に汚物で汚れたものを届けるほど私も不作法ではありませんから」


 にこやかに説明をされてぞっとする。既に雪が積もっても不思議がない寒さの中、箱に入れられたまま二日……。拷問だってもう少し優しいだろう。


「てんめぇが……俺を、ここに呼んだ………野郎………か?」

 思ったよりも元気なようで扉が開いたことでこちらに目を向けてきた。ただ、途中で言葉が疑問形になった。


 部屋の中は暖炉に火を入れて間もないようで、廊下と同じ気温だ。小刻みどころかよく見ると結構しっかり震えている。洗い立ての犬のようだ。


 刺すような水の冷たさはつい最近僕も体験していた。そっと目を閉じて、思い出すだけでも身震いがする。追って飛び込んだニコルの事は決して褒められたものではないが、いてくれただけでも精神的に助かった。もちろん、小屋を直ぐに発見したりと実際にも役に立ってくれた。


「リリー、毛布と足湯の準備を持ってきてください。そのあとで温かいスープもお願いします。トーヤ、縄を解いて暖炉の前に席を準備して差し上げて」


 指示をして二人を動かす。本当なら温かいお風呂にでも入れてあげるべきだが、一先ず足湯だけでも随分と体感が変わることを僕は身をもって知っている。


 縄を解いたら所長代理に襲い掛からないかと警戒したが、ぽかんとしたまま停止していた。トーヤが椅子を暖炉の前に置くとそちらにふらふらと移動する。トーヤが間に机を置いて緩衝材としてから僕の席も準備する。本来は警護の仕事ではないが、侍女として努めているリリーを見ていてほかの事も柔軟に対応できるように努めてくれているのがよくわかる。彼の忠誠心は理解しにくいが、仕事への姿勢はカシスと並ぶ意識の高さだ。


 カシスを従えて腰かける。トーヤが少し不慣れな手つきでお茶を出してくれた。

「熱いので手を温めてからゆっくり飲んでくださいね」

 カップに両手を添えて見せる。行儀としてはよくないが、悴んだ指には熱が必要だ。


「………」

 呆然としている男はじっとこちらを見ていた。薄い赤茶の髪は後ろに束ねられていて、水浴びの後碌に乾かしていないらしくぺたんとしている。灰色の瞳だけは義母弟のアゴンタと似た色味だが他は全く似ていない。少し頬がこけているが、ちゃんと食事をさせれば結構な美青年になりそうだというのが最初の印象だった。老けてからの方が魅力的になりそうな、彫りが深い顔立ちをしている。


「………あんたが、俺をこんなところまで連れてきたのか? あれに命じて」

 お茶を一口二口と飲んでから、漸く男が口を開いた。


「所長代理があなたをこちらにお連れできると仰っていたので、お願いしたのは確かです。ただ、このような扱いとは………お辛い思いをさせてしまい申し訳ありません」


 答えが返る前に、リリーが戻ってくる。手早く足湯の準備をしてくれるので先にそちらをと示す。靴を脱いで、素直に従うと足を浸け、その瞬間には熱さで顔を顰めたが、直ぐに目を閉じて息をついた。リリーがその肩に毛布を掛ける。

 相手が落ち着くのをしばらく待つと、飢えた野良犬のような目がすっと人らしくなる。


「……いつか、あのクズ野郎は絞めるとして……お嬢様は俺に何の御用ですか?」

 エルトナが似たようなことを言っていたなと思いだして苦笑いが漏れた。


「ユマとお呼びください」

 微笑んで見せると歯の根が合わない状態からは脱したのか、じっとこちらを観察してくる。


「俺が知る限りこんな場所に屋敷はありませんでした。そもそも帝王が許可しなければここには建築できないでしょう。あなたは何者だ」


 研究所の建設の指揮を押し付けられていただけに、ここを見て最初に帝王が浮かぶとは。察しがいいようだ。


「……あなたはルールー一族の長子だそうですね」

 誰かということには正直どう答えるべきか悩ましくてそう問う。

「俺は、当主が種無しか調べるために娼婦が産んだ子です。正式なルールー一族としては迎えられていません」

「それでも、あなたは当主の子です。……私に協力していただければ、ルールー統治区の当主に成れるかもしれません」


 当主に成れると言われて、アシュスナ・ルールーが目を見開いた。


「………悪魔が天使みたいな顔をしているとはな……」

 表情を歪めてこちらを見てくる。


「ようやっと帝王陛下の堪忍袋の緒が切れましたか……。ならば俺が当主の子ならば処刑の対象だ。甘い顔で情報を搾り取ってから、俺は断頭台行きだろう」

 やはり、通常認識はそうなのだろうか。


「所長代理やメリバル夫人から、とても優秀だとは伺っています。それに、あなたはルールー一族が今まで得てきたうま味よりも面倒ごとばかりを負わされ、今の立場になったのでは?」

「ああ、だがそんなことは考慮するにも値しないはずだ」


 刺々しい雰囲気に、そっと息を吐く。

「お部屋を用意しますから、一度ゆっくりとお過ごしください。後で、詳しいお話をさせていただきます」


 リリーがスープとパンをもって入ってきた。ぐぅぅとアシュスナのお腹が盛大になった。


「お腹が空くと冷静に考えられないものです。それに、少し眠られた方がいいでしょう」

「どういうつもりだ」

「……少なくとも私は、罪を犯していない方を連座だけで処刑する趣味はありません。ゆっくりと食事をしてください」


 言うと席を立つ。今話してもいい結果になると思えない。川に落ちて小屋で凍えていた時を思えば、到底まともな話し合いをできる状況ではない。


 廊下でこちらを見ていた所長代理はいつもと全く変わらない。

「この程度で参ってしまうとは、思っていたよりも軟弱でしたね」

「所長代理は、そのうち後ろから刺されそうですね」

「ご安心ください。そんな事ができる相手はそうそういません」


 エルトナが無茶をさせられないかよくよく注意しよう。


 執事にアシュスナの部屋や対応をお願いし、トーヤは念のために残して部屋に戻った。僕の朝ごはんもまだだし、体調が戻っていないので外面でいるのがしんどい。アシュスナの状況に驚いて忘れていたが、そう、僕は今オオガミの所為で体調が悪いのだ。


「ユマ様、大丈夫ですか? ごはんは消化にいい物にしています」


 アリエッタがくったくたの野菜と雑穀のスープを持ってきてくれる。




 軽く遅めの朝食を取って、もう少しだらだらして、お昼ごはんを食べる。そのあと化粧と身だしなみを正して帝王からの指南役と会わなければならない。


「トーヤ、アシュスナの様子はどうだった?」

 戻ってきたトーヤに声をかける。


「随分と落ち着きました。連れてくる方法がかなり雑だったようですので怒りと警戒は仕方ないでしょう」


 聞けば、警備小屋に一人でいたところ、男二人が侵入してきて拘束され、山を下りると身動きも碌に取れない木箱に入れられ一日半水も食事も与えられずにそのまま運ばれたらしい。無論厠にも行けず箱のままで用を足すしかなかったそうだ。それだけで人としての尊厳を殺されている。到着したらそれを汚いと馬小屋で水浴びをさせられ、ここに連れてこられたそうだ。それは、思った以上に酷いし、所長代理は仕事をサボるだけの人と言う評価を修正せざるを得ない。


「それは、可哀そうなことをしました」

「冷静になって、ユマ様に対して感謝の言葉を伝えて欲しいと言っていました」

「そうですか」

 少なくとも表面上だけでも取り繕えるようには回復したようだ。


「カシス。その指南役との話し合いにアシュスナを同席させるのはやはり危険でしょうか?」


 帝国の方針とこちらの希望は違うと思う。その調整役に使えれば一番なのだが、まだ彼の本質はわかっていない。


「ユマ様は彼を当主にすると決められているのですか?」

 カシスがいつもの怖い顔で問う。


「第一印象はアゴンタのように悪くはありません。今のルールー一族には思うところもあるでしょうから身内だからと処罰をできないと言うこともなさそうです。それに、他にいい人材も見当たりません」

 ダメなら次を考えてもいい。折角連れてきてくれたのだし、一先ずこの方向でいければと考えていた。


「……いくら不仲であったとしても、家族の処刑を決めさせることになります」

 カシスが苦言を呈するのにはっとする。


 逆の立場であったらと考えれば吐き気がする話だ。すぐに家族を避難させて安全を確保することを考えるだろう。


「確かにそうですね……。はぁ、こういうことには、僕は向かないようです」


 危うく非道なことを言いつけることになるところだった。そう思っていたらカシスはその上で言葉を付け加える。


「同席ではなく、自身の立場を教えるために話を聞かせることは反対いたしません。おそらくユマ様が多くの死罪を求めていないことや、平和的な解決を望んでいること、決して敵ではないと知らせる方がいいでしょう。婚外子とはいえ、実際の家族構成や関係性を全く知らないわけではないでしょうから」

「………恨まれるのはどちらにしろ同じですが……上手くいくでしょうか?」

「それがユマ様の課題です」


 そう言われては仕方ない。そのように場を整えてもらい、予定の時間に三階の応接室へ向かう。




所長代理は仕事をしないだけで無能ではないようです。

ただ、仕事しなくても大丈夫だと分かれば、部下に仕事を任せます。

他にも裏で色々働いているのかも知れませんが、仕事ばかりはしてません。

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