63 保護者面談
六十三
ユマ様の後ろで侍女として控えながら、入ってきた三人に目を向ける。
一人は薬草園に一緒に行ったエルトナだ。そのエルトナを送ってきていた女と、競売でワイズについていた男。全員が一応女神教会の関係者である。
「正式にご挨拶ができていませんでしたね。私はユマ・ハウスと申します」
ユマ様がにこやかに挨拶をする中、男がとても愛想悪く口を開く。
「自分はネイル。こちらはハリサと言います」
カシス隊長とはまた違った種類の強面な男は、美少女を前にしても表情筋をぴくりとも動かさない。
ユマ様が席を進め、私はお茶を準備して配膳を行う。
「エルトナ、部屋に問題はないですか? あまり広い部屋だと落ち着かないだろうと小さめの部屋を準備してくれたそうなんですが、手狭であれば三階に空きがありますから」
執事がユマ様に教えていたのだが、物凄い誘いをかけている風にも見える。
「いえ、大丈夫です。準備頂いたお部屋でも広すぎて、掃除が面倒くさいなと思ってるくらいですから。あれだけのお部屋を準備していただいて、ありがとうございます」
「掃除と洗濯も頼めばしてくれるそうです。あまり忙しいからと不摂生をしないでくださいね」
ナゲルから、ユマ様がエルトナと言う子供を随分気に入っているとは聞いていた。薬草園での一件と誘拐時にも仲は良さげではあった。だが、実際に見たのはあの時だけだ。
「……なぜ、みんなして、私を生活破綻者扱いするのでしょう」
「よく見てるな」
「虫をたんぱく豊富とか言ってる時点で私は諦めたわよ」
「……虫を食べるんですか」
ユマ様がハリサという女の言葉に驚いているがエルトナは首を緩く横に振る。
「虫の生食は危険ですが、ちゃんと火を通せば、食べられる種類が結構あります。普通においしいです。それに、小さいときの話で、今は虫を取る時間もないので、食べてないですよ」
「そういえば……帝都に行ったときにエルトナの養父のツール司教と少しお話をしました。エルトナは昔苦労していたし、心配だとおっしゃっていましたよ」
それに二人がガタっと立ち上がる。思わずこちらも臨戦態勢に入りかける。
「ツール様にお会いしたのか?」
「どのような様子でしたかっ」
「ああ、気にしないでください。この二人は養父に忠誠を誓っているのですが、こちらに来て養父の成分が足りないだけです」
エルトナがこちらに対して落ち着くようにと手を挙げて制し、ふたりにも座るように促した。ユマ様は穏やかな表情のままに続ける。
「お元気そうでしたよ。少し時間お会いしただけですが、大司教と言う方が来られてあまりお話ができなかったのです。エルトナの事をとても気にかけておられましたし、エルトナの事をとても誇っておられるようで、私にも何か困ったことがあれば相談をしてみるといいと助言までいただきました。その、基本エルトナの事しか話されていませんでした」
「それは、ツール様だな」
ネイルという男が頷き、ハリサが目を細めた。
「ツール様がエルトナに相談しろと?」
「すみません、この二人は養父がいないと制御できないので」
エルトナが困った子供でも見るように目を向けていた。
「それで、エルトナに求める助力は女神教会の内部情報目的?」
ユマ様に対して高圧的な物言いだ。それをゆっくり呼吸をして聞き流す。当のユマ様は少しきょとんとした後頷いた。
「そうですね。お二人はヒスラの女神教会で生活をされていると伺っています。例の、クズ細目ですとか、どの程度ルールー一族と関係があるのかの情報を流していただけると色々と参考になりますね」
「……納得しました。やはり、エルトナをここに滞在させたい理由は情報ですか」
ユマ様が首を傾げる。
「いえ、エルトナのお部屋を準備したのは……破綻気味の生活では健康が心配だったからです。少なくとも、ここから研究所までは歩きますし、寝る直前まで仕事をするようなこともできないでしょうから」
「あら……流石にそんな言葉では騙されませんよ」
鋭い視線でユマ様を見るがユマ様は少し困ったように、視線を逸らした。
「う、実は……」
流石にユマ様も手伝い仕事先の年下に部屋を準備するのは行き過ぎだと思っていた。表情を崩さないように聞き耳を立てる。
「こちらでの仕事を終えたら、私の故郷に引き抜きをかけたいので、今から健康状態を良好に保って、納得の上で来ていただけたらと………。あ、もちろん、無理にとは言いませんし、純粋にエルトナの健康を案じていたのもあります。流石に、十秒で食事を済ます方法に頭を使うようでは人としてどうかと思いますから」
警戒していたハリサの顔が曇る。何度かエルトナとユマ様を見比べて頭を抱えるように額に手をやった。
「失礼ですけど、この子は男じゃないですよ」
「……はい?」
「色目を使っても、有力情報は得られないし、貢いだところで意味もないってことよ」
エルトナを見ると苦笑いを漏らしている。
赤毛に黒に近い赤目の小柄な子供だ。ソラ様より少し大きいくらいだろう。正直、ぱっと見は男の子に見える。化粧っ気がないし、体系もすとんとしている。ただ、女の子だと言われれば確かにそうだとも思える。
「………すみません。隠していた訳ではないですが、もしかしたらそう勘違いさせていたかも知れないと思いながら放置していました」
「いえ……その、確かにエルトナは少年だと勘違いをしていました」
驚いているのはわかるが、ユマ様が困惑している理由を相手は理解していないだろう。ユマ様にとってはエルトナが男であれば特に問題がないのだ。
「ただ、純粋にエルトナの能力を買っての事です。そこは、間違わないでいただきたいです」
疑わし気に見てくるのは大変に失礼だが、向こうが警戒するのもわかる。
ユマ様が動揺しているのは、安全圏の男で気を許していた相手が女の子だったということだ。
「まあ、出会い頭の会話があれでしたからね。女と思われないのは仕方ありません。それに、うちのハリサが失礼しました。ユマさんにはよくしていただいているのに」
エルトナがハリサを軽く睨むが特に効いてはいない。
「養父が私に相談してみろと言うのはあまりない事です。ネイル、一度確認の手紙を出してみてください。何か理由があるのかもしれません」
「ああ」
「彼が望むのであれば、二人ともユマさんに協力してくれるかと思います。その……わざわざ私をこちらに住まわせなくてもそれで問題がないですが」
ユマ様がそっと目を閉じた。どうもユマ様がかなり動揺している気がする。
「いえ、エルトナが迷惑でなければこちらを使ってもらって問題ありません。あの……サセルサとの話で迷惑か確認もせずに準備してしまいましたが……やはり差し出口が過ぎたでしょうか」
男だとわかっている私の目から見ても引くくらい可愛らしく、躊躇いがちにユマ様が問う。
「いえ、広いお風呂だけでも有難いので」
それに対してエルトナは全く動じていない。横の二人の方が僅かに表情を変えているくらいだと言うのに。
部屋に戻ってきたユマ様は直ぐに自室に入られてしまった。お友達に会いに行かれたはずだが、何かあったのだろうか。
「リリー。ユマ様のお顔が少し赤かったようですが、熱があるのではありませんか?」
ユマ様についていたリリーに問いかけると、少し微妙な顔を見せた。
「アリエッタ……少しだけ二人で話してもいいかしら」
一緒に廊下を抜けて温室に繋がる扉を抜けた。
温室の中の木製の長椅子に並んで腰かけると、リリーが少し言い難そうに少し口籠った。
「その……アリエッタにもユマ様が男性であると教えたでしょう」
「はい、本当はお二人いるのではと思うくらい、驚いています」
実は双子の弟ではないかと知らされた夜には考えてしまった。けれど、部屋は違えど一緒に暮らしていたのだ。そうでないことはわかっている。ユマ様の下着や一部の服をご自身で洗われていたことや、いつも首を隠した服と体系を誤魔化すスカートだったのも頷ける。ただ、言われなければそんなことを微塵も考えなかった。
「それで……これは私の独断で伝えるのだけど。ユマ様は女性が苦手なの。あの見た目だから、女性が寄ってこないわけがないのはわかるでしょう? 身元を隠すためもあるけれど、それを防ぐためにも女装で留学をされているの」
リリーの打ち明け話を深く知りたいとも思ってしまったが、ユマ様は傷を持つ私たちにとても優しかった。それだけで、何かご自身がつらい思いをされたのだと察することはできる。
「だから……もしも、アリエッタがユマ様を異性として好意的に見てしまうようなら」
「ありえません」
思わずリリーの言葉を遮ってしまった。それにリリーが少し驚いた顔をする。
仕事はできるだけ率先して覚えたし、自分の意見もあまり言ってこなかった。だから、強く否定する言葉は私が使う言葉としてはとても珍しいと自覚している。
「卑屈な気持ちじゃなく……事実として。私はユマ様にふさわしい女性には成れません。ユマ様が優しくしてくれているのは可哀そうな女の子だからです。それ以上の想いがない事は私が一番理解しています」
私がされてきたことを思えば、とてもお嫁さんになんて成れない。それはユマ様だからではなく、きっと誰も私を娶りたいとは思わない。
ユマ様の役に立つことが今の目標だった。
ユマ様が男の方で、体のいい女として使いたいというのならば、身を捧げたってかまわない。けど、私の知るユマ様はそんな方ではない。
「もし……ユマ様が他の誰かと結婚されたとしても、それでも仕えたいと思えるの?」
リリーは本当に心配して聞いてくれているのはよくわかる。
私も男の人は正直を言えばまだ怖い。ユマ様が女の人だったほうが嬉しかった。けど、ユマ様の恋人や妻にならないなら、性別は大きな問題ではない。
「……あの。ユマ様がお部屋を準備された方……その、ユマ様は殿方が好きな方ではございませんか?」
もし、本当のお心が女性ならばと頭をよぎる。
リリーが何とも言えない顔した。
「子供に相談するのもどうかと思うんだけど……一応ユマ様の性的思考は普通だと聞いているし、エルトナの事は随分気に入っているみたいだったけど、でも……さっきまで性別を間違えて認識していたそうなの」
研究所の職員の一人だと聞いていたエルトナと言う人は、ユマ様より一つ下の少年だと聞いていた。
「そのエルトナさんは……女の人だったんですか?」
リリーが頷いた。
「ユマ様もそのことにちょっと混乱していたようだから……これは、女の勘で、本当に何の確証もないし、とんだ思い違いかもしれないけど、多分、ユマ様はエルトナに対して好意を持っていると思うの」
「………それは、何としてもエルトナさんにユマ様のいいところを伝えないと。あ、でもっユマ様が女性のお姿だと困ります」
ちょっとだけ胸がちりっと傷んだ気がしたが、本当に、ユマ様に女として好きになって欲しい訳ではない。ただちょっと、居場所が取られるようで心配になった。
「ユマ様の体質上、気にかかる女性を作ることが次にいつになるか……私はできれば応援して差し上げたいと考えているの。でも、もしアリエッタがユマ様を好いていたらと思って」
わざわざ呼び出して確認をしてくれたリリーは、ちゃんと私を仲間として見てくれていたことに頬を緩めた。
何もできない子供としてではなく、ちゃんと一人として接してくれているのがうれしい。それもこれも、ユマ様が与えてくれたものだ。
「私の事は気にしなくて大丈夫です。それよりユマ様はお立場上、親が決めた婚姻をされるのではないのですか」
王族だと聞いてもそれほど驚きはなかったが、もし苦手と言っていた女性と無理矢理婚姻関係を結ばされたらと青ざめる。ユマ様が悲しむ姿は見たくない。
「それは、余程の事がない限りはないと思うわ。ジェゼロは婚姻を外交手段としては使わないと公言しているから。ほら、オオガミ様も結婚はされていないでしょ」
答えにほっとする。意にそぐわない事にならないならよかった。
「なら、私もユマ様を応援しますっ」
リリーの前に立ち上がると、すっと手を差し出した。
一回り以上年上のお姉さんだが、歳は関係ない。
リリーが私の手を握り返した。剣を握る手は硬さがあった。




