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女装王子の留学記 ~美少年過ぎて女性恐怖症になったけど、女装していれば普通に生活できます~  作者: 笹色 ゑ
帝都へ

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62 美人にマンション貢がせた


   六十二




 所長代理夫妻に転がされた気がする。日が暮れる夕刻前に仕事を切り上げ、東門で待っているハリサとネイルと共に研究所の近くに建てられていた屋敷へ向かう。


 オゼリア辺境伯の屋敷扱いだったが、研究所の防衛を考えるとあまりに近すぎる位置に建てられている建物に違和感があったが、実際の所有は帝王だったそうだ。それで納得した。研究所周辺の土地も研究所所有なので勝手に建てられないのだ。そこをユマが使うことになった理由はできるだけ見ないことにする。


「こちらがエルトナ様にご滞在いただくお部屋になります。もっと広いお部屋がご希望であればそちらに移っていただいても構いませんが、あまり広すぎてもお困りになるのではないかと」


 執事の男が案内した部屋にハリサとネイルの方が唖然としていた。


「あんたに負けるとは、よくこんな部屋貢がせたわね」

 これでも手狭な部類の部屋なのだろう。


 形式的にはワンルームだ。お抱えの使用人を持たない者用なのだろう。衝立の奥には天蓋付きのベッド、広いスペースに食事用の机は四人用だが八人くらいで使えそうだ。それとは別に執務机もある。研究所で使っている仮眠室より広いクローゼットは、残念ながら全く埋められないだろう。


「お風呂っ」

 正直壊したりしたら弁償が心配だと引いていたが、風呂とトイレを見て歓声を上げた。


 ゆったりとした猫足のバスタブ。電気シャワーまで完備している。浴室はタイル張りで多少濡らしても悲鳴を上げないで済むだろう。

 今の生活で何がつらいかと言えば、浴室がなかったことだ。寮まで出向いても流石に浴槽はなかった。冬場はその行き来も苦行だったのだ。


 一通り部屋を案内され、食事など必要なものはお申し付けをと部屋を出て行った。


「……随分と出世したな。女に貢がせる才能でもあるのか?」

 ネイルにまでそんなことを言われて困り果てる。ワイズにだって流石にここまで貢がれていない。いや、帝都にいたときは養父がいたから住まいを贈られる機会がなかっただけで、彼女は私にかなり課金している。それこそ養父の役職が上がるくらいに。


「慈善家なんでしょう」

 研究所では上司の立ち位置だった。偉そうな素振りもなく、真面目に働いていたし、何よりも持ってきてくれる食事がかなり庶民的だったのだので見誤った気はする。金銭感覚が狂っているとしか言えない。


「まあ、あんた仕事とかは言われなくてもするけど、自分の管理は結構杜撰だからいいんじゃない?」

「そうだな。ツール様がちゃんと大きくなっているか心配していた。随分と仕事が忙しいみたいで機嫌が悪くなっているから大丈夫かと書かれていたぞ」

「あんた、また可愛げのない手紙を出したわけ?」


 養父のツール神父が大好きな二人が渋い顔をする。

 ツール神父が秘密を洩らしたから今の仕事を任命されているのは確実だ。ちょっとくらい愚痴を言っても許されるだろう。むしろ、ちゃんと手紙を出して生存報告しているだけ褒めて欲しいものだ。


「エルトナは、甘えると暴言を吐く悪癖があるからな」

「……まさか」

「ああ、あるわね」


 ハリサにまで同意された。そんなことはない。基本礼儀正しく生きている。


「それよりも、ツール神父からの仕事はどうですか?」

 話題を変える。

「順調だ。こちらは心配しなくていい」

「そうですか。例の細目はどうですか? 帝国側も探しているはずですが」


 正式な指名手配ではないが、軍が動いているはずだ。


「流石に女神教会へ足を運ぶようなへまはしてこないわ。セオドア司教は何度か農村の教会へ行ってるけど、私たちもそこへついては行けないからね。そっちは帝国軍が見つけてないってことは直接会ってないのでしょう」

「セオドア司教が係わっているんですか……」

「あんたの状態を定期的に聞いてくるわ。心配じゃなく偵察でしょうけど」

「確かに私は好かれていませんでしたし、心配されるとは思えません」


 あまり係る機会はなかったが、教徒でないくせにと言う蔑みは感じていた。


「それはお前が飾りの位置を変えたりしたからだろう」

「……ヒスラの女神教会は古典派だと聞いたので、誰かが間違えたのだろうと叱られる前に正しい配置に変えただけだったんですが……古典派と名乗りながら、独自に変えているとは思わないじゃないですか」


 ネイルに呆れたように見下される。

「お前は気遣いができる無神経だからな」

「わかる」

 二人が頷き合うのに不服だ。


「こっちはツール様がいないし、ワイズの寄付金もないんだから。まあ自重する前に研究所に引きこもったけど。ちゃんとご飯食べてたんでしょうね。あんたにこれ以上何かあったらツール様に会わせる顔がなくなるんだからね」

「大丈夫ですよ。栄養は取ってますし、必要睡眠時間は確保してますから」


 ちゃんと生活していたと言うが明らかに信用していない目で見られる。


「ルールー一族に処罰が下ること、それにユマさんが係わるようです。ヒスラの女神教会ともルールー一族は懇意にしていたでしょう? ツール神父からの指示はありますか? 情報を流さない方がいいならば、こちらに住まわせてもらうのは気が引けますから」

「それについての話もあるが……ユマ・ハウスはどうしてここまでお前に親切にしている? まさか本当に健康の心配じゃないだろう」


 与えられた部屋を見回して、ネイルが問う。それまでの茶化した雰囲気はない。


「難しいですね……。ワイズにはかなりの利を与えてきたのでその謝礼と囲い込みだと言えますが、ユマさんに与えている利は多くありません。仕事の給与に関しては普通の時間労働に比べれば破格ですが、彼女の絵の価格を考えればむしろマイナスです。助けてもらっているのはむしろ私でしょう。そもそも旧人類美術科は特別待遇と言っていいので教員などの管理者側からの庇護や援助も必要ありませんから媚びてくる意味もないですからね」


「……美少女は案外こんなのが趣味なのかしら」

「………確かに、ユマさんは私を女と認識していないようではありますが……実際のところはわかりませんね」


 一つ目の記録の主である男はユマに負けないくらいの美麗な姿をしていた。彼が選んだ女性はそれに見合う美女ではなく、平凡に分類される見た目と空を飛ぶことをこよなく愛していた変人だった。記録の男は海を専門としていたので正直なぜ結婚したのかなぞだ。


 誘拐時の怪我で鮮明になったもう一人の記録は整った顔ではあったがそこまでずば抜けた見た目ではなかった。女神のモチーフでもあるジェゼロの神子に忠誠を誓っていたが、叶わぬ恋で別の女性と結婚して子をもうけたようだ。


 ユマの趣味がどうなのかは本人に聞かないとわからないが、もしかしたら私がこのふたつの妙にはっきりした記録を持っていることを知っているのではないかと危惧はしている。


 そもそも、ここに迎え入れたジョセフコット研究所のヘリオドール所長はこの妙な体質を知っている可能性が非常に高い。帝王から粛清に係わることを求められたユマにその情報が回っている可能性も十分にあった。

 私の価値など旧人類と女神教会創設秘話を知っているくらいしかない。それらはツール神父には話していても、その部下の二人には明かしていないことだ。適当に肩を竦めて見せる。


「ツール神父の……帝都の女神教会の司教を養父に持っていることが理由だと考えるのが妥当でしょう」

「……保護者代理として、ユマ・ハウスと話してみたい。可能か?」


 ネイルの問いに首を傾げる。


「そうですね。お部屋のお礼も言いたいですし。面会ができる日を伺いましょう」

 ドアを開けると廊下の隅に座っていた侍女がすっとこちらへ来た。監視ではないだろうが少し居心地が悪い。


「いかがされましたか」

「お部屋のお礼をしたいと保護者代理が言っているのでユマさんとお会いしたいのですが、日取りを決めることは可能ですか?」


 中年だがきっちりと整えられた侍女の女性が数秒だけ間を開けて答える。

「少しお待ちいただけるでしょうか。伺って参ります」


 言うと微笑み去っていく。長い廊下を振り返る。扉の間隔は結構空いている。二階は他の旧人類美術家の生徒も借家として借りているそうだ。ほとんどが冬の間は故郷に戻っている。そもそも彼らは長期間こちらにいて大丈夫だろうかという身分間人たちだ。帰っているのは当たり前だろう。


 旧人類では高層の高級マンションがあったが、ここは選ばれた上流階級専門の高級マンションといったところか。コンシェルジュとして先ほどの侍女が常に待機していても不思議はないのだろう。そんな屋敷に部屋を与えるユマの思考はやはり理解ができない。


 サセルサと所長代理も誘導していたので、彼らもグルなのか、ユマも私と同じで誘導されたのか。サセルサはともかく、所長代理に転がされた結果なら、腹が立つ。


 部屋に戻って間もなく先ほどの侍女がやってくる。

「ユマ様が今からでもお時間を取れるとの事です。こちらに来ていただいてもよいのですが、三階の応接室で席を準備してもよろしいでしょうか?」

 振り返って二人の反応を見る。何とも微妙な顔をしている。


「そちらの応接室にお願いしたい」

 ネイルが言うと承知しましたと侍女が立ち去る。準備ができてからまた呼びに来てくれることになった。あまり時間はかからないとの事だ。


「……ユマ・ハウスは。かなりの上の立場の令嬢だと考えていたが………」


 ネイルが頭を抱えている。それに首を傾げるとハリサが補足してくれた。

「借りているとはいえ、ここはあなたの正式な個室でしょう。そこに来るのはかなり深い仲でなければあり得ない事よ。同性ならそこまで過敏にならないけど、もしエルトナを男だと思っているなら軽率にも程があるわ。侍女も流石にと気を利かせて応接室へ案内すると言ってくれたの。まあ、今すぐってのも大概だけど、何回も二人揃って出向けないだろうから、それは配慮してもらったと考えれば好感は持てるけれど……」


 そう言われれば、ネイルがため息をつくのも理解できた。二人の事はツール神父大好きの変人であることくらいしか理解していないが、ネイルは案外常識も知っている。


「ホンット……ユマ・ハウスは何者なの?」


 リンドウ様が支援する学生で、機密が多い所長代理室の仕事を手伝うことを許可され、オーパーツの扱いもお手の物。競売では絵がどん引く価格で落札されるような芸術の才能にも恵まれた類い稀な美少女だ。その上性格もいい。


「……」

 本当に、最悪の発想であるジェゼロ王家ではないだろうかと頭によぎる。


 ジェゼロ国については二人目の記録はあるものの現在はあまり詳しく知らない。記録の中の想い人とユマの雰囲気は似ていた。


 だが、ユマと言う名前は、ジェゼロでは男に付く名前だ。




家の一室借りての下宿というよりも、セキュリティごりごりのセレブ専用マンション(ごはん無料)に部屋を準備された感じです。

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