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女装王子の留学記 ~美少年過ぎて女性恐怖症になったけど、女装していれば普通に生活できます~  作者: 笹色 ゑ
帝都へ

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60 団欒と相談


   六十




 夕食よりも早い時間にシューマー執事がオオガミを案内してくる。


 彼に今夜はオオガミも夕食に同席することは伝えたが、それまでの間にオオガミ用の服が数着部屋に届けられた。オオガミはかなりの長身で、手足が長いのでナゲルの服でも裾が足りない。基本特注になってしまうので事前に準備していたのだ。それにそれぞれの個室の中に明らかに大きめのベッドが設置された部屋があった。


 シューマーは僕についてかなりの情報を収集しているのは確かなようだ。帝王からの屋敷であることを考えれば、素性を知っている可能性はかなり高い。あえて言ってはこないだろうから、こちらも言いはしない。


「まった、偉いもん貢がせたな」

 オオガミが室内に入ると見回して呆れている。


「僕が欲しがったわけじゃありませんよ。それより、先に風呂に入ってきてください。なんか臭うんですよ。何日湯あみをサボったんですか」

「あ? 多分……五日くらいか」

 素直に引く。


「湯の準備ができています。こちらへどうぞ」

 男性用の風呂場への案内なのでニコルが前へ出る。以前にオオガミにいじめられているのでどこか緊張した顔でできるだけ丁寧に話している。


「はぁ、わーったよ」

 素直に奥の廊下へ向かっていく。屋上温室の手前側の左右に男女の風呂場がある。部屋の確認でそちらも見たが、使用人用というには立派な作りで、ソラ考案の例の蓮口もついていた。


「オオガミさんは、お風呂が嫌いなのですか?」

 夕食の準備のために長テーブルの準備をしていたアリエッタが不思議そうな顔をしている。


 メリバル邸の離れは二階には大き目の湯場があったが、一階は湯あみができる程度の場所しかなかった。ここにきて、浴槽に湯を貯めて入ってもいいと言われてアリエッタはとても驚いていたし、入り方がわからないようだったので初日はリリーと一緒に入っていた。ほくほくで上がってきた姿はとても驚いたような嬉しそうな顔をしていたのを覚えている。あまり長湯はしていないようだが、お風呂がとても好きになったようだ。なので風呂に入らないオオガミの行動が不思議らしい。


「ただ面倒くさいだけだと思いますよ。汚い恰好でも別に誰かに咎められることもないですから」

「……その、最初にお会いした時は、少し怖かったですが、今日の方が雰囲気は好きです」


 最初にヒスラへ来たとき、三人の態度を見るためにかなりの威圧感を出していたのを思い出す。綺麗にひげも剃って身なりも整えていると顔がいいだけに怖さが増すが、ひげを生やして薄汚れた格好だと大きな路上生活者か生活破綻者に見える。それはそれで怖いと思うがアリエッタ的にはまだ好ましいらしい。


 しばらくしてニコルが戻ってくると、夕食の手伝いに戻る。本来ならばオオガミが出てくるのを待つべきだが、今日は長風呂の気分らしくなかなか出てこないので先に食事を始めた。

 夕食もほぼ終わるころになって漸くオオガミが出てくる。ちゃんとひげも剃っていて、髪がまだ湿っているのでいつもと髪型が違うせいかただでさえ若く見えるが、より幼くすら見える。


「なんだ、待ってなかったのか?」

「随分長風呂のようでしたから」


 アリエッタが食事の手を止めてすぐにオオガミの食事を用意しだす。僕の向かいに座ると食事を取り始める。普段粗野だが育ちがいいのでオオガミは何とも不思議なところがある。生まれ育ちは僕よりもきっちりと教育がされているが、成人してからは人目を気にせず悠々自適に森で暮らしていたのでそれが混じる。意識して王族のふるまいをしているときはまだしも、そうでないときは得体のしれない感じだ。


「ふぅ、相変わらずの飯まずだな」


 固いパンに煮る時間を間違えたようなくたびれたスープ。鶏肉を簡単に蒸し焼きにしたものに塩の味付け。野菜のサラダだ。一般的ジェゼロ飯の評価にアリエッタが青い顔をする。


「も、申し訳ありませんっ。お口に合いませんでしたか」

「ん? ああ、そういう意味じゃない。むしろ育ちが違うお前たちの方がこの食事は合わないんじゃないのか? 修行でもしているような食事だろう」


 オオガミが三人に問いかける。アリエッタとニコルはふるふると首を横に振った。


「私は、温かいごはんを皆さんと一緒に頂けるだけで幸せです」

「いっぱいお代わりしても怒られません」

 二人の基準の低さに苦笑いが漏れる。


 今日は一緒に食事の席にいたトーヤは一度スープに視線を落としてから口を開く。

「とても、健康的かとは思いますが、スープはここまで煮込まない方が栄養は残りやすいかと」


 淡々とした評価から、味に対しては思うところがありそうな雰囲気を感じる。トーヤは二人と違って時間契約者に堕ちるまではまともな人生だったのだろう。


「こちらの料理長にたまに好きに作ってもらいます。色々な料理の味を知っておくのは悪い事ではないですから」

 アリエッタとトーヤは少しうれしそうだ。ニコルは笑顔のままなので変化がわからない。



 食事の批評で夕食を終えると、お茶を入れてもらってオオガミにざっくりとだが帝都での話をする。


「つまり、お前が帝王の代わりにルールー一族の粛清をするのか?」

 困った子供を見るようにオオガミが見下ろす。


「私だって好き好んでじゃありませんよ」

「別に全員粛清されようがいいだろ。恨むなら帝王と馬鹿な当主と摂政を恨めばいい」

 突き放した物言いに言葉がでない。実際にそうだ。


 ジェゼロ王がイーリス家のシュレットを連れてきて、政治に携われというようなものだ。


「お前の後学の為に手を出すには利が少ない割に危険が大きすぎる。何よりもこの件に俺は直接係われない。精々お前の安全を気にかけるくらいだろう。越権行為になりすぎるからな」


 王には成れないとはいえ、母が休暇を取る間代理を務めることがあるオオガミはジェゼロの中枢にいる。リンドウがジェゼロの国政に手を出したら大きな問題だ。


 僕が口を出さなければ、実際に罪を犯したわけでない子供や家族も処刑か重い罰が待っている。それを回避してあげられるならばと考えてしまった節はある。帝王にその生易しさを付けこまれたのだ。


「……上手く丸め込まれたのは否定しませんが、ここで何もせずにただ見ているだけではどうせ後悔をします。ちゃんと見届けたいと考えています」

 ここにもジェゼロのように生活して生きている人がいる。統治する一族の不始末でどれだけ犠牲が出るのかわからない。


「……俺には、どっちにしろ後悔するならやらない後悔の方が損は少なく見えるぞ」

 やらずに後悔するならやってみろと言う方針の人だと思っていたが、オオガミからそんな忠告を受けて驚く。


「それでもやるなら、身を削られて、後悔しても最後まで関われ。半端に引っ掻き回されるのが一番迷惑だ。最悪国に帰れないと思って挑め、それが嫌ならはなから関わるな」


 以前、ニコルを試したように厳しい視線に唾をのむ。


 帝国の法だけではなく、僕の意志で人が死ぬことになる。正しさはそれぞれで、僕を悪とするものも出るだろう。それでも僕が関わるべきなのか。自問はある。

 僕に係わったせいで、僕に害なしたせいで、僕の知らないところで本来死ぬべきでない命が消されたり、勝手に罪を償おうとされることが怖い。ならば、僕が納得できて、命をもって償うべきだと判断したら、処刑されても平気でいられるのだろうか……。


「今、僕がこの場にいる時点で……覚悟はできているんだと思います」

 本当に辛かったり、怖かったら、僕は引きこもっている。ジェゼロに戻っていない時点で、僕の中の言葉にできない何かがそれを決定しているのだ。


「はぁー。お前は馬鹿なとこばっかエラに似てるな。言ったように基本それに俺は介入しない。ただ、ここにいる奴らとはちゃんと共同認識をもっとけ、元からついてるカシス達ですらお前とはさほど長い付き合いじゃないだろ。目指す方向やら希望がはっきりしてないと、連帯がとれなくなる」


 今は食卓には僕とオオガミしかいない。ナゲルとミトーがいないのでカシスとリリーしか僕の出身を知らない。それにアリエッタは僕が男だということも知らないのだ。


 ニコルもアリエッタも、それにトーヤも、僕は信頼していいと思っている。僕の出自について、知らなければ帝王からのこれほどの優遇と今回の提案を押し付けた理由も理解できないだろう。


「……秘密を彼らに抱えさせることになります」

「それ以上の事をやるんだからな」

 子供の遊びじゃない。下手な手を打てば、いくら帝国の警護がついていたとしても僕が殺される可能性もあることだ。それに巻き込まれる可能性も十分にある。


「出自についても、話してみます」

「ああ。……ところで、ここに俺の部屋もあるんだろ?」

「………気の利く執事が準備してますけど、メリバル邸からこちらへ移るんですか?」


 そもそも、僕の事をとやかく言うが、王代理を務めることすらあるジェゼロ王の叔父が、他国へ警護も連れずにふらふらしている方が問題だ。自身の能力にそれだけ自信があるのかもしれないが、狙われても不思議がないジェゼロ最重要人物のひとりだというのに。


「最近は研究所にこもってたからなぁ、あっちに帰るときに汚い恰好だとメリバルの目がこえぇんだよ。元々お前がいるからあそこに部屋を借りてただけだしな。近いうちに荷物をこっちに持ってこさせる」

 問答無用だ。


「はぁ、客室を整えてもらいますからそっちで暮らしてください。不規則な生活に振り回されたくないんで」

「ああ、それでいい」


 どんどんと空いている客室が埋まっていく。因みに旧人類美術家の学生は家賃と食費を支払っていたそうで、引き続きその方法で貸し出すことになっている。エルトナはそこまでの額ではないが、研究所から経費として資金が入る。賃貸業の様相を呈している。


「もちろん、オオガミからも賃借料をもらいますらね」

「細かいな。俺の知識料でちゃらだろ?」

「ダメです」

「わーった。そこらは執事と話しとく」





オオガミは非常識にふるまいますが、非常識とわかっていてふるまっているので比較的常識人です。


ニコルは湯あみ場でオオガミから助言を受け、なぞの症状を克服しました。

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