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女装王子の留学記 ~美少年過ぎて女性恐怖症になったけど、女装していれば普通に生活できます~  作者: 笹色 ゑ
帝都へ

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59 所長代理の提案


   五十九



 エルトナ宛に所長代理と少し話したいと依頼の手紙を書いたら次の日には会うこととなった。オオガミには既にこちらに戻ったこととオゼリア辺境伯が使っていた屋敷に移動していることはカシスが伝えているが、忙しいらしくまだ戻ってからは会っていない。


「簡単にですが話は伺っています」

 所長代理は真面目な顔で頷いた。


「それは話が速くて助かります。できれば、ルールー統治区についてお話を伺いたいのです」


 エルトナからは評価の低い所長代理だ。あまり期待していなかったが、思った以上に細かい話が出てきた。


 メリバル夫人に聞いた話に加え、線路を引く際にも色々と問題が起きたらしい。地元住人の反対があると言い、都地区へ線路を通そうと画策したり、隣接した統治区への牽制として勝手にため池を作り川の水を調節して問題を起こしているそうだ。迷惑なルールー統治区へ怒りを募らせているお隣さんは多いので、その粛清となれば手を貸すものは多くいるそうだ。人名がたくさん出てきて、どの人物がどの程度権限を持っているかなども話を聞けた。


「ジョセフコット研究所建設前に実地調査も任されていました。当たり前ですが近隣の問題も含め調査済みです。ユマ様は色々と権限を渡されていると伺っていますので、お手伝いをすることは吝かではございませんが、一つ、希望があります」


 いつもの何を考えているのかわからない飄々とした男が続ける。


「こちらの建設を妨害した豚は是非処罰対象としていただくようにお願いします」

「……それは、当主の母親の弟だかという人ですか? 私怨だけでは人の命をどうこうすることはちょっと」


 工期が遅れたりと色々とやらかしているとメリバル夫人からも聞いたが、ただ仕事ができないだけで死刑は難しい。


「ご安心ください。納得いただけるだけの証拠を準備します」

「その前に、こちらの納期が遅れないようにちゃんと仕事をしていただけると幸いですが?」

 エルトナが突っ込みを入れる。


 所長代理の部屋なので、エルトナはいつものように仕事をしていた。今ではエルトナの仕事場と言った方が正しいかもしれない。


「自分の仕事は書類仕事ではないのです、エルトナにはできない大人の付き合いを任されているのですよ」


「ほう……。私が仕事の手を抜いて、今一番困るのは誰かお分かりではないようですね」

「帝王の命に反すると?」

「働き過ぎで気を病むことは仕方がない事。結果優秀なサセルサが働き詰めとなるのですよ」

「なかなか、卑怯な手を使えるようになったようですね」


 やはりこの二人は仲がいいのだろうかと思いつつ、不思議に思う。

「所長代理は書類仕事ができない人かと思っていましたが、そうではないのですか?」

「サセルサに聞いたところ、よく仕事を手伝ってくれていたと。女性を口説く手段として使える程度に働けるのですから、自分の仕事くらいは自分でしてください」

「その分の労働は代わりにユマさんにしてもらいます」


 エルトナがあからさまに舌打ちをする。


「ユマさんも、また妙なことに首を突っ込んでいるんですか? まだ細目の男も捕まっていないと聞いています。あまり危ないことはしないでください」


 こちらには対照的に心配とも忠告ともとれる顔を見せる。罵られたいわけではないが、所長代理と仲がよさそうで少し羨ましく思う。


「エルトナの野次が入りましたが、他に聞きたいことはございますか?」

「そうですね。アシュスナ・ルールーは使えそうな人材でしょうか」


 僕にとっては会ったことのない人物だが、その名が出て一瞬所長代理の目が細くなる。笑っているのか、見定めているのかわからない。


「メリバル夫人のご推薦ですか?」

「推薦ではないですが、殺すには惜しいと伺っています」

「左様ですか……あの時、彼は失敗をすれば責任をとらされ、成功すれば身内から命を狙われる。そのような状態で程よく完成を遅らせ、且つ利益をルールー統治区ではない相手に与えてしまう失策をもって研究所を完成させました。私でも、ルールーとは縁を切らせる形で雇いたい人材ですが、少し使い勝手は悪い方ですよ」


 仕事をしないと年下のエルトナに罵られても気にも留めない所長代理が、使いにくいが有能と言わしめる相手にそれまでよりも興味が湧く。


「一度直接お会いしてみたいものですが、居場所がわからないとメリバル夫人はおっしゃられていました」


 残念だが所在不明では話もできない。機会があればいいが、わからないならば他を考える必要がある。それに指南役が明後日に到着すると報告がきた。その人と現状を話し合って決めることになるだろう。


「彼でしたらどちらに配属されているか把握しています。ユマさんが私の仕事をするエルトナの仕事をいくらか手伝ってくださるなら、こちらへ来ていただくことは可能ですよ」

 所長代理しかできない仕事はエルトナしか代わりができないが、エルトナがする仕事は僕が手伝える部分もある。


「エルトナ。またお昼を持ってきますから」

 いいですかと、お願いする。駄々をこねる子供でも見るようにため息をつかれた。


「わかりました。ユマさんには助けていただいていますから」

「ありがとうございます。あ、一応エルトナが過ごせる部屋は準備していますから、大きなベッドで寝たければいつでもどうぞ」

「っ! ユマさん。まさかエルトナを連れ込むおつもりですか」

 所長代理がとても驚いている。


「ここで生活するのはあまりに不健康だとサセルサと話していたんです。近くに住まいを得たのですが、部屋はまだ大分余っているので」

「……こんなチンチクリンがご趣味なのかと驚きましたが、そうですか、慈善活動ですか。大丈夫ですよ。エルトナは雑草のごとく逞しいですし、少しでも就労時間が長い方が私のためにもなります」

「ユマさん、サセルサが研究所の経費からそちらでの生活費を出せると計算してくれています。そちらでハリサ達と会うことを許可頂けるなら、明日にでも移動させていただいてもよろしいでしょうか」

「そんな!」


 エルトナの決定に所長代理が悲鳴を上げる。


「わかりました。エルトナは睡眠だけでなく栄養も足りていないようですから、ちゃんと食事も摂る様にしてくださいね。私から来ていただく条件はそれだけです」


 できれば、ジェゼロで働いてくれれば、国にとってかなりの利益になる。帝王へ願えば帝王命を排して渡してくれそうだが、エルトナがこちらに来たいと思ってもらわなければだめだろう。


「はぁ、折角の社畜が……。では、近いうちにユマさんの許へアシュスナはお届けしましょう」

 思いのほかあっさりと引くと、請け負ってくれた。



 話を聞いて、仕事を手伝ってから屋敷に戻る前に、オオガミを一応探してみる。


「ユマさん」

 最初に声をかけてきたのはシュレットで横にはアルトイールがいる。以前はアルトイールがやや格の落ちた服を着ていたが今はシュレットも同様の服を着ていた。


「お久しぶりですね。もうこちらに移られていると伺いました。お二人とも、生活はいかがですか?」


 メリバル夫人が、今は客人が零になってしまったので、少し寂しく感じますと言っていた。孫は薬草園に送られ反省中で、シュレットとアルトイールはセイワ・イーリスの子ではあるが正妻の子扱いがなくなったために研究校の寮に移ったのだ。


 アルトイールは使用人の子として生きてきたため、格上げだが、シュレットはぐっと身分が下がることになる。それにアルトイールと双子であったことで、ふたりに確執ができていないか心配だったが、それは余計なことだったようだ。


「正直、甘やかされて育っていましたから、大変です。けれど、今はここで医師として実力をつけるという目標がありますから」

 シュレットが力強く頷く。それにアルトイールが少し困ったように微笑み僕が知らなかったことを暴露する。


「ナゲルから実は叱られたんです。研究校も退学しようと話し合っていたのですが、今の僕らにこそ手に職が必要だと。苦学生などここでは珍しくないのだから甘えた事を言うなと。あれがなければ、ここに残っていたかわかりません」

「……今は研究所の手伝いでいくらかお金を頂いています。それに、赤子の保温器もできるだけ安価で作れるように試行錯誤をしています」


 かっこの良いところだけを見せたかったのか、少しバツが悪そうにシュレットが付け加えた。


 男の友情に女装の僕は入れない。いつの間にそんな叱咤激励をしていたのか。男友達が少ないので僕もそういう場にいてみたかった。


「ナゲルは、嫌味を言われている時にふたりが庇ってくれたり、気を付けてくれていたからこそ親身になったのでしょう。よい医者になれると思わなければ引き止めたりしなかったと思います。私も陰ながら応援させていただきます」


 二人も与えられた屋敷に食客として迎えることはできるだろうが、それは僕が与えるべき慈悲ではない。本当に生活に困ったりしていれば別だが、彼らの努力を踏みにじるような真似はすべきではないだろう。


 二人と少し話した後、オオガミ探しに戻るが、そもそもあの人がどんな仕事をしているかよく知らない。

 大体同じ学科の学友がそばにいたり、ナゲルがいるので完全に一人でふらふらとしているのはとても珍しい。そう気づいたのは歩いていると色々な人に声をかけられたからだ。


 残っている生徒は補習か熱心過ぎるか家には戻れないか戻りたくないものだ。なので生徒にも話しかけられたが、どちらかと言えば教員や研究員から話しかけられる方が多かった。


 生徒の何人かはこそこそと悪口を言っていた者で、手のひらを返してすり寄ってきたのが気持ち悪かったが、それ以外は好意的だ。どうも鉄壁で守られていたようで、他から話しかけられる機会がなかったらしい。


 女子よりも男子の方がやや多く、雪が深くなる前においしい菓子を出す店があるから一緒にどうかと直接的に誘われたりもした。

 ジェゼロでは女装男子と周知の事実だったし、その前は普通に女の子にもてていた。女と認識されているここでは、やはり僕の顔はとてももてるらしい。ふと、ララが大きくなった時を心配した。ソラはあの性格についてこられる相手が見つかれば誰でもいいが、ララは次期ジェゼロ王だ。母のように素敵な相手が見つかればいいが、理想が高くなりすぎてしまわないか心配だ。それにかわいいから変な虫が寄ってくるだろう。


「随分もててんな」

 後ろから頭を小突かれて見上げるとオオガミがいた。


「……ちょっと見ない間に、また小汚くなってますね」

 ジョセフコット研究所に赴任した時はとても素敵なおじさんだったはずだが、本性の山男になっている。無精ひげに風呂はいつ入ったという体たらくな格好だ。家系的に体臭がないのにちょっと臭い。


「お前は美人度が増してってるな。背ぇ伸びたか?」

「……夏過ぎからかな……着々と………はぁ。これ以上は女性としては色々困るんですけど」

「妹は今のお前よりも背が高かったからな、そんな女もいたくらいだから平気だろ。んで、ひとりでふらふらひっかけまくって、どうした?」

「オオガミを探してたんです」


 腕を組んで見上げる。流石にここまで大きくは育たないだろう。オオガミの妹である僕のおばあ様は長身だったと言うが、母は小さくはないが一般的な身長だ。母の父親が余程小さかったのか。


「ああ、家が変わったのは聞いた。他はお前のとこで詳しく話すか……お前は目立つからな」


 オオガミが来たことで周りに人が来なくなったが、僕がひとりでふらついていると噂が回ったのか、少し離れた場所に不自然に人がいた。


「今日はこれ以上ナンパ待ちでないなら帰れ、門までは送ってってやるから」

 追い立てられて仕方なく東門へ向かう。


 僕はあの一件から友達がナゲルだけだったし、発作を起こさず一人で知らない人、特に女子と話すことができたのは久しぶりだ。きっと男の姿では失神していただろうが、女装とはいえ、とても普通の学生をしている気がして少し楽しくなっていたのだ。


「あんまりお前は一人でうろつくな」

 そう命じられ、夕食の頃にはこちらに来ると話を決める。その間に東門から屋敷へ人が行き、リリーとトーヤが迎えに来てくれる。




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