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6 時間契約者

   六 時間契約者



 現ジェゼロ国王エラ・ジェゼロの国王付き、ベンジャミン・ハウスと自分の父親のホルー・ハザキが友人だった。


 父親が城壁横の馬番で働いていることもあって、王の長子のユマ・ジェゼロと遊ぶようになった。流石に今はユマの立場は理解しているので、正式な場ではそれなりの態度を示すが、エラ様からもベンジャミン先生からも、不敬には問わないからただの友人であって欲しいと頼まれている。まあ、頼まれなくても、目を放したらふらふらと変な事に首を突っ込んだり、危機に陥るので友達を止めるのは難しそうだ。現にナゲルはユマの奇行を目の前にしている。これの妹二人も大概だし母親のジェゼロ王もかなりアレな人だが、真面ぶっているユマも血は争えない。


「はぁー。マジで馬鹿だろ」

 人が出品されている時点で、何となくこうなるんじゃないかと思っていた。


 馬車の中で、ため息をつく。


「はは……まさか、ここまで血を争えないとは」

 自覚はあるらしい。


 これの妹のソラ・ジェゼロはこれが可愛いと思えるくらいにやばいやつだが、比べなければユマだって十分にやばい。


 帰りの馬車は主催者側が準備してくれるとのことで、それに乗ってひとまずワイズ・ハリソンの滞在する宿へ向かっていた。流石にメリバル邸へはいけない。一部屋か二部屋借りて、今晩は過ごさせるしかないだろう。


 しかし、全員買うとは……。一人目がソラくらいの女の子だったのも運が悪い。タガを外すには最適だった。そのあとはずるずると、皆まとめてお買い上げだ。


 一応普通の服を着ている五人は馬車の後ろの席に座っている。一人目の少女は兄も一緒に出品されていたらしく、庇うように抱き寄せているが、他の三人は置物のように静かだ。


「……はっ……困ったことになったぞ」


 これ以上困ることなどないだろうと俺の声で顔を上げたユマが、夜闇から現れる男を見つけてひぃと引き攣った声を上げる。


 ワイズの宿屋の前に、カシスが立っていた。馬車は指示された宿の前で無慈悲に停まる。ミトーを使いに使ったので、ワイズの宿がばれたのだろう。


「それでは、わたくしはこれで。楽しい時間となりましたわ」


 厄介事だと見切りをつけて、ワイズ・ハリソンはさらりと馬車を下りた。用心棒らしき男は結局一言も話さないまま退席する。代わりにあまりにも当たり前にカシスが乗り込んできた。


「さて、言い訳は簡潔且つ、手短にお願いいたします」

 言うと、馬車が動きだす。当たり前にメリバル邸へと向かっていた。乗り込む前に指示したのだろう。


「……そちらは?」


「その……競売に出されていたので、つい」

 ユマが口籠る。


「奴隷を買われたと?」

「その……一生ではなく時間で契約するようで、人身売買ではないので、ぎり犯罪ではないようで……」

「ほう……」

 冷え切った空気がカシスから漏れる。


「資金はどちらから?」

「絵を少々売りました」


「何よりも、無断での外出に私は怒りを持っています。御身に何かあればと生きた心地がしませんでしたが……。御無事でなによりでした」


 まったく何よりだと思っていない顔だ。


「ナゲル」

 ひやっとした目がこちらを睨む。


「明日は朝から稽古場を押さえている」


 俺に対しては肉体言語での説教らしい。腕とかは折らないでもらえるといいなぁ……と、遠い目になってしまう。爺と同じく、知識人に見えてカシス隊長は脳筋なのだ。


「えーっと、このまま帰ってもいいんですか?」

「離れに入れ、状況を確認します。これ以上屋敷の外に置きたくはございませんので。このようなために離れを借りたのではなかったのですが」




 離れは普通に広い家だった。ただ、五人追加は少し厳しそうだ。


 もう夜も随分と遅い。一人目の子供はもう眠そうだ。


 全員を椅子に座らせて、渡された契約書を並べる。落札額や条件などが書かれている。バラシ可はどういう意味かと思ったが、臓器の摘出など身体欠損行為も辞さないと言う事だった。ある意味で拒否命令なしよりもやばい。


 新しい主に対して、誰も口を開かない。どんな人物かもわからないのだ。それに、許可がなければ口を利くことも許されていなかった可能性もある。


「私はユマです。今回、あなた方の時間を購入しました」

 買ってしまったものは仕方ない。


「私からの最初の命令です。名前となぜこんな風に自身の時間を売ったのか教えてください」

 できるだけ優しく声をかけたが、余計に顔を強張らせただけだった。


「年長からでもいいですか?」


 指定されるとすぐに男は名乗った。


「トーヤ・クロサキ。家人の借金を返すために時間を売りました」


 淡々とした答えだ。事実かは別として、とても分かりやすい。


「こっここ……ココアです。すみません。小さいころだったので、なんで売られたのか、わかりません」


 性行為不可となっていた女性だ。脅えているのでそれ以上は聞かないでおく。


「俺は、ゾディラット、こいつは妹のアリエッタ。親の借金返済の為に時間を売り……売りました」


 ぐしゃりと表情を崩して、妹を抱き寄せる。二人分の紹介があったので、残りはいまも貼り付いた笑顔のままの少年だ。


「ニコルです。火の輪くぐりだってできます」

 ある意味で一番謎だ。


 ひとまず、全員の紹介は終わった。


「じゃあ、こちらからの提案をさせてもらいます。帰る家があるのでしたら、無利子無担保無期限の貸付と言う事で、競り落としたのと同額を提供し、自身の時間を買い戻したことにします。貸付証は明日にでも作りますが、今夜にでも逃げ出したいのならば、今の時点で時間契約証完済と署名をします」


 一番心穏やかな提案をすると、にこにこと笑っていた少年まで表情が抜け落ちた。


「はっ、なんの余興だよ。そうやって、糠喜びさせて、落として楽しむつもりだろ!」

 ゾディラットと名乗った兄が声を荒らげた。


「住む場所や帰る場所がない場合は、こちらで何か仕事を探すか……養子先を探すか、手に職を付けられるように養成校なんかに通わせれたらいいのですけど。あまりに急でまだはっきりと決められませんが、自立できるように手伝いはしようと考えています」


 このまま契約解除で放り出すのが一番簡単だが、住む場所がなかったり、戻ったらもう一回売られそうな場所なら困る。


「あなた様は、なぜ我々を購入したのですか?」

 年長のトーヤが問う。本当になんで買っちゃったんだろうねと言いたいが、そんなことを言われても困るだろう。


「アリエッタが、買い戻されるのを恐れていたので。他の方たちは、その……成り行きで」


「ご主人様……前の御主人様の事をご存じなんですか?」

 ゾディラットに問われる。


「いえ。私の前に入札していた人だと思うのですけど……」

「そ、です」


 眠たそうにしていたが話は聞いていたのか、名前を呼ばれたからか、アリエッタが頷いた。


「新しいご主人様は、女の方でよかったです」

 泣きそうな笑顔に胸が痛くなる。


「それに、お兄ちゃんも一緒に買ってくださって、ありがとうございました」


 ぽろりと涙をこぼして感謝される。別に助けようとか、時間だと言っても人を売り買いするなんてと阻止したかったわけではない。ただ、たまたま使えるお金があって、そのまま目を瞑ったら、ものすごい後悔しそうだったからだ。今ものすごく扱いに困っているが、あのまま帰っていたら今日はこの後眠れなかったろう。特に、アリエッタのあの恐怖は知っているから。


「今晩はもう遅いので、寝ましょう。このまま逃げたい方もいるでしょうから、署名だけ済ませてください。解除せずに逃げると後で困るでしょう」


 お互いに。と付け加える。犯罪でも犯して所有者の責任を問われても困る。


 署名と血判を推すと、一階の部屋を個別に案内する。ミトーと帝国の警護が今晩は離れに残ってくれることになった。


 カシスに追い立てられて、尋問は明日だと言われる。



 いつもは日の出とともに目が覚めるが、今日はそれよりも遅く目が覚めた。昨日はいつもより随分遅く寝たからだ。


 男の顔から身支度を整えて女に化ける。そういえば、女の人に買われたと思っていたのは申し訳ないが、そういうことはしないから安心していいとぼけーっと考えていると、はっとする。


「夢じゃなかったー」

「夢じゃねーよタコ助っ」

 ノックなしに部屋に入ってきたナゲルがそのまま僕のベッドに突っ伏した。


「あれ。大丈夫?」

「こちとら日の出とともに叩き起こされて、悪魔と稽古させられてたんだよ!」

「まあ、僕を止めてくれなかったナゲルが悪いよ」

「止めたら、止めたで後が面倒だから仕方ねーだろ」


 汗がシーツにつくからやめろと言う文句は飲み込んでおく。


「五人はどうしてた? 逃げた?」

 逃げてくれたら楽だよなと、他人事のように思う。


「残念だが誰一人として逃げてない。トーヤとニコルはどれだけ役に立つか見て欲しいと一緒に稽古に参加したぞ」

「何それ、怖い」

 解放してあげるって言ったのに?


「あの競売にかけられるからには、ただの貧乏人じゃなかったようだぞ?」

「……どういう事?」


 値段の付き方も不思議には思っていた。一番価格が低いのが幼く可愛らしい女の子だった。所有期限の長さも関係していただろうが、部屋をすぐ出てしまったので、細かい説明を見ていなかったのだ。


「トーヤ・クロサキは恐らく元傭兵か何か。武術に心得がある。かなり強い。カシスさんが楽しく手合わせしてた」

「それは凄いね」

 カシスはいい年だが、武人だ。かなり強い。


「後、ニコルな」

 ニコニコ笑顔のニコルと覚えやすい。曲芸でもできるのだろうか。何かそういう所にいたと説明があった気がする。


「ありゃ暗殺者として育てられてるぞ」

「まじかー」

 それは下手に放流できない。


「他の三人は何か凄い特技持ってた?」

 突っ伏した顔を横に向け。ナゲルが首を横に振る。


「そっちは知らん」

「さようか」


 とりあえず確認が必要だから離れへ行くことにする。


「ユマ様。二度と勝手に抜け出さないでください」

 部屋を出ると、リリーが怒りを通り越した笑顔で言う。怖いので目を逸らして離れへ向かう。


 一階に降りて、駅から続いた道のある裏門の方へ向かう。


 本館から少し離れた位置。庭の中に建物があった。昨日初めて入った離れだ。夜が明けて、業者が整えるために出入りするためだろうか、五人は屋敷の外にいた。


「あちらでお待ちください」


 リリーが庭に作られた茶席を示す。あちらならば椅子もあるからちょうどいいだろう。頷いてナゲルとそちらへ向かう。


「犬猫よりは手がかからないとはいえ、人だぞ?」

 ナゲルがぼやく。


「僕より高値を付ける人がいればよかったんだけどね」

 もしくは先の三点がもっと安く競り落とされていたら全員買い上げることはできなかったろう。最後のニコルは、四枚目の査定額がなければ競り負けていた。


 リリーとココアが二人分の茶のセットを持って他の四人と共にやってくる。


 リリーが侍女教育の賜物で慣れた様に茶を準備した。自分の侍女に庭の中でお茶を入れてもらうとは、なんだかお嬢様のようだ。


「昨夜は眠れましたか?」


 問いかけるとアリエッタがほわりと笑う。


「はい。夜に眠るのって素敵ですね」

 横で手をつなぐ兄のゾディラットが歯噛みする。


「さて、帰る場所があるならば帰郷の為の資金も追加で貸し付けましょう。どうしますか?」


 問いかけると、ゾディラットが一歩前に出る。それにつられてアリエッタも前へ出た。


「帰ります! 故郷に。家族が待っています」


 ゾディラットは十七だったか。自分と同じ年だ。そう考えるとそれほど若くはない。付き添いなどなくても何とかなるかと考えていると妹は一歩下がった。


「いやっ。私、ここにいます!」

「アリエッタ!」

「いやっ」

 叱責され、手を振り払うと走ってこちらへ逃げてくる。リリーが警戒するが手を上げて制する。


「お願いです。何でもします。お客様のお相手でもなんでも。だから、帰さないでっ」


 今にも泣きそうな顔で懇願される。親の借金で売られたと言っていたか。聞かなくても辛い思いをしていたのはわかる。


「わかりました。アリエッタの意志があるならば帰らなくて構いません。でも、将来困らないように学校に通わなくてはいけないかしら」


 女の人だから怖がられていないのだろうと、できるだけ女性らしく振舞って頭を撫でる。


「アリエッタ!」

「ゾディラット。彼女はあなたの所有物ではないのです。あなたが自らの意志で国に帰ると言うのならば止めはしません。けれど、妹の気持ちを無視して連れ去ることは許しません」


 厳しい口調で言うが、妹のソラの奇行は本人の意志だろうが何だろうが可能な限り全力で阻止してきた。いや、あれは例外だと胸中で呟く。


「あのっ、ご主人様っ。私、以前はメイドとして働いておりました。家仕事ならば何でもできるように教育をう、うけ、受けております。その、お役に立てるかと。その、雇って頂けないでしょうか。給金は、わた、私の借金返済に充ててくださいませ」


 ココアが意を決して申し出る。査定はアリエッタよりも高かったが、彼女は一番安く競り落とした。十年と言う期間と性行為不可という点も大きかったのだろう。真面目に働けば、十年かからずに完済できる額だ。


「給金の設定など、あまり詳しくないので追々決める事となりますが、それでもよろしいですか? 後、ご主人様ではなく、ユマと呼んでください」

「はっ、はい。ユマ様っ」


 まあ、呼び捨ては無理だろう。他の警護も様付けだから。


「二人は稽古にも参加していたと聞きましたが」


 ニコルとトーヤに問う。


「僕、ユマ様に従います。ご命令をください」


 ニコルが作り笑いではない目まで笑っている顔で言う。正直に言うが、五人の中で一番早まった買い物だった気がしてならない。警戒本能を刺激するのだ。


「……ニコルは、何ができますか?」

「暗殺、盗み、潜入、死体処理。男女問わず夜伽のお相手もできます」


 うっと目を逸らしてナゲルを見て吐き気を止める。こういう時のナゲルは僕の安定剤だ。


「ニコル。ユマは基本それら全部求めてない」


 稽古場でいくらか話したのだろう。ナゲルが言うと表情を失った。笑顔は何種類かあるが、それ以外はこの全て欠落した無の表情しかないようだ。いや、さっき言った事を当たり前にさせられていたのならば、そうなっても不思議はないのかもしれない。一部の人間にはとても便利だったろう。僕が一番使いこなせそうにない相手だ。


「歳からして、まだ学生でも不思議はないでしょう。ニコルも、まずは勉学と一般常識を学んでください。ぼ……私が求めるのは、精々虫か鼠の駆除くらいですから」


「わかりました!」


 ぱぁーっとやる気を取り戻した笑みを返される。怖い。害虫駆除の虫を人と判断されていそうで怖い。


 最期のトーヤに目を向けると、トーヤはすっと片膝をついた。

「私には帰る故郷がありません。待っている者ももうおりません。誇れるほどの学はありませんが、御身を御守りすることはできます。我々を落札したことから、面倒に巻き込まれるかもしれません。どうか、お傍に」


 三十年以上の長い時間を売りに出していた。他四人も命じれば体の傷つけられても文句を言えないような契約内容だが、それを事前に考慮したような契約だ。自殺願望があるのではないかという点は不安だが、仕事内容はカシスに決めてもらえばいいだろう。


「わかりました。残るものにはできるだけ生活に不便がないように心がけます。無理に留めはしませんから、出ていく前に報告だけはしてください。前の持ち主が攫ったのではと心配して、結果捜索することになりかねませんから」


 特にアリエッタは気を付けなければ誘拐されかねない気がする。



一気に五人増えました。

友達としてきたナゲルはともかく、頼まれて来たカシスは頭が痛いです。

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