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女装王子の留学記 ~美少年過ぎて女性恐怖症になったけど、女装していれば普通に生活できます~  作者: 笹色 ゑ
帝都へ

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58 ルールー一族について

   五十八  




 現当主よりもその産みの母が強い権力を握っている。そんな話からメリバル夫人は話し始めた。


 若くして第五夫人として嫁ぎ、息子を当主に据えたがその時はまだここまでの体制はできておらず、第一夫人で正妻の立場だった女性の弟も意見力をかなり持っていたそうだ。


 十年ほど前、その正妻の弟が謀反を起こし、ルールー一族を乗っ取ろうと画策した。それを阻止し、粛清を進め、独裁者のようになってしまったと。それまでと違い、彼女の縁故から各地区の代表を立て、裏切れば処刑される構図ができている。


 息子であり当主でもある男は体が弱く正妻との間には中々子ができなかったそうだ。そんな中アゴンタが生まれ、大層可愛がり、早くから次期当主にすることを決定した結果があの仕上がりだ。


「他に、子供はいますが、アゴンタが生まれてから兄姉は基本的に各地区の地区長の養子に出されています」

「……その、当主の母を処罰するだけでは難しいのでしょうか?」


 諸悪の根源であるというならば、そこを権力から追い落とせばいいのではないだろうか。


「アゴンタ・ルールーを見て、彼女が育てた家臣がどのようなものか……想像がつきませんかしら」

 とても上品な微笑みから、どれだけ嫌っているのかがよくわかる。

 孤児を狩りに使っていた男も、処罰は必須だろう。


「一番は、陛下が考えるように上を入れ替えることです。本来であれば、わたくしがその座に座る立場にあるのですが……」

「欲しいのですか? こちら統治区が」


 強欲に見えていなかったが、もしも望むというならば考慮はする。むしろ在り難い。


「いいえ。わたしには不要です。息子の一人が別の統治区を任されております。将来の隠居先は既にございますわ。今更身を粉にして民のために生きることはわたくしには難しい事。寄る歳にはかないませんもの」

 メリバル夫人が不要だというならば、考えることは多くなる。


「……メリバル夫人は、私の今回の件に助力をいただけるのでしょうか? これまでも多くの迷惑をおかけしていますが」


 ふっと微笑むと小さく首を横に振った。

「迷惑など……わたくしの失態をとりなし、孫娘にも慈悲をかけてくださいました。何よりもわたくしは帝王陛下の友人である以前に忠実な家臣。陛下が望む時点で、ユマ様に協力しない道などございませんのよ」


 正直、こちらの有力者はメリバル夫人くらいしか知らない。協力が確保できてほっとする。


「ルールー統治区の地区割についてお話ししましょうか」

 そういって、地図を取り出した。


 ルールー統治区は簡単に書けばひし形に近く、北東上から川が始まり南西に向けて斜めに走り、二股に途中で分かれている。ざっくりと川の間以外で東西南北の地区に分かれ、川に囲まれた場所の分かれ目側が中央地区、そして河口側が都地区と呼ばれているらしい。計六つの地区に分かれ、それぞれに地区長が収めているそうだ。当主は都地区と全体を統括管理という立場らしい。


「この西区は高地になっているのですが、大きな塩湖があり昔は塩産業で栄えていました。ですが線路が敷かれ、海の塩が広く流通した結果塩の価格が暴落し、ルールー統治区はかなり財政危機に陥っています。最近ではその塩湖も買われたのでルールー一族の管轄外になってしまったと噂で耳にしております」


 塩はジェゼロでも輸入していた品目だ。保存食には必要不可欠で、白い金とすら揶揄される時代もあったと聞いている。ここ何年かでかなり値が下がっていたのはジェゼロですら感じていたことだ。


「反対の東地区、それほどの高地ではないのですが山脈があり、小さな国アッサルと隣接していますから帝国軍も駐屯する警戒区域となっています。こちらに関しても、帝国の目がありますからあまり勝手はできない状態です。アッサル国自体は帝国とは国交関係にあるので危険国とは認識されていませんが、ルールー一族とはとても仲が悪く、帝国軍が駐屯しているのはむしろ帝国領から指示のない侵略をさせないためでもあります」


 ジェゼロでも国境警備はある。不法入国の取り締まりが主で、これまでジェゼロが戦場になったことはないが、それでも警戒するのだから帝国はもっと大変だろう。大きすぎる土地ではすべてを綺麗に御することはとても難しい。


「勝手な侵略をしそうとは……帝王はよくここをそのままにしていますね」

「前帝王時代、戦争で功績を立てた家臣へ褒美として与えた土地ですから、大きな理由なく取り上げることは避けたのでしょう。一つだけを見れば、どこかしらでよくある話ですから」


 隣の国へ国境警備が勝手をしそうとなれば、放置などできないが、帝国とは常識が違う。


「南地区は隣の統治区との近くに駅があるためそちら側が駅の権利を狙っている程度で特出したことはございません」


 帝王が決めた領地境界は裁判で変わることはあっても武力で奪うとは禁止されている。平和的という名の金の暴力などはあるそうだ。


「中央地区と都地区はほぼ当主直下の地区と言って差し支えはありません。他の地区からは税をとり裕福な地区でもありますが、一族への不敬で死罪もあり得る場所です。アゴンタ・ルールーはそこで暮らしていたので研究校での暴言があったと推察できます。研究所は陛下の名のもとに働いている方ばかりですから、圧力がかからなかったことで引き下がったのでしょう」


 僕がそこで同じことを言えばその場でとらえられて牢に入れられ公開処刑もあったそうだ。そんな野蛮なことが許されるとは。反旗を翻さない者を悪とはできないが、それに媚びを売り生きながらえる者は果たして悪なのか。だが、人間将来よりも目先の身の安全が大事になるのも仕方ないか。


「最後に、ここヒスラは北地区と呼ばれる地域でルールー統治区の中でも雪の多い場所です。わたくしがこちらにきた当時は、ルールー一族に任される前からある古い女神教会があるだけの土地でした。あまり要所と考えられていませんでしたが、帝王陛下よりこの地に帝国直下の研究所が建設されることで意味が変わっております。駅も作られ、物流でも人の動きでもかなり有利な土地となっています。北地区の地区長はまだ話の通じる方ですが、研究所建設時は蚊帳の外に置かれていました。内心ではかなり立腹されていたようですわ。幸い、研究所建設は何とか無事に済みましたが、元々私に任されていた事業をルールーが取り上げた挙句失態を押し付けようとしたときには、暗殺者を送り込もうかと思ったほどでしたから、北区区長のお気持ちはよくわかります」


 研究所を作るにあたって、いくつかの候補はあっただろう。わざわざ頭の悪い当主のいる領地になったのは当主ではなく純粋に地理などの理由だろうか。ジェゼロのオーパーツ大学は初めからあそこがそのための土地のように家の建設が許可されていない場所で、すぐに決まったのを思い出す。


「北地区の地区長とは一度お話をしてみた方がいいかもしれませんね。それにしても、研究所も研究校も立派なのでそんな裏話があったとは思いませんでした。結局は帝国が直接手を貸したのですか?」

「帝国からの助力もありましたが、アゴンタの腹違いの兄……アシュスナ・ルールーがなんとかしました」

「お兄さん……ですか?」


 新しい人物が出てきて首を傾げた。思い出すようにカップへ視線を落とすとメリバル夫人が少し残念そうに肩を落とした。


「リンレット学院へ特待生として入学し、優秀な成績で卒業した直後に研究所建設事業を引き継がされたのです。当初は彼の大叔父に当たる方が指揮していたのですが、それはもうできの悪い方で、賄賂の受け取りと中抜きだけならまだしも場を混乱させてどうしようもなくなってからアシュスナへ。当主の長子で、子の中でも優秀であることから、このままではアゴンタが当主になる前に担がれてしまうことを不安に思ったのでしょう。帝王からの命を遂行できなかったという瑕疵をつける目的もあったのかと」


 ルールー一族に思うところがあるメリバル夫人がそのアシュスナ・ルールーに対してだけは妙に同情的だ。アゴンタのような兄を想像したが、随分と苦労人のようだ。


「その方は無事に研究所を完成させたのですか……今はどちらに?」

「計画が半年遅れた事を理由に、東地区の警備につかされたと噂で聞いております。途中まで指揮をしていた大叔父は、見事に責務を果たしたと中央地区の地区長になっています。無論仮病ですが、病を推して途中まで見事に役目を果たし、計画の遅れはすべてアシュスナの所為である……と」


 頑張って働いたのにクズ上司に功績を持っていかれたのか。ある意味、有能過ぎて殺されていないのがせめてもの救いだ。


「メリバル夫人がそこまで心配される方です。お会いしてみたいですね」

「……ユマ様は、処断する当主の息子に後を継がせるおつもりなのですか?」


 それまでよりも明らかに驚いた顔をそれて、首を傾げる。ダメなのだろうか。


「まだ決めたわけではないですが、新たな長として継がせれば、治世は簡単ではないのでしょうか」

「いいえ」

 メリバル夫人は理解ができないと首を横に振る。


「一族は罪人として処罰され、新しい統治者がつくのが普通です。これまで煮え湯を飲まされたものが許しませんわ」

 その言葉にこちらが瞬く。


「ユマ様」

 カシスが発言を求めて名を呼ぶ。斜め上を見て、頷く。


「ユマ様の故郷では、血をもって王位を継ぎます。新たな統治者もまた王の子。神がそれ以外を許しません」


 齟齬を指摘されてメリバル夫人が頬に手を当てた。


「ルールー一族は神に選ばれた清い血ではございません。それほどの理由がない以上、良くて別土地で暮らすことになります。一般的には処刑されなくても他のものに殺されます」

「……そうですか」


 身内で片を付けてくれれば楽だったのに。





 リンドウ様から預かった少女がジェゼロの王族で実際は男であることに驚いた。あれ以上のことはないだろうとメリバルは考えていたが、ユマ様を守る帝国からの警護の者が届けた手紙は驚きを超えて眩暈がした。


 ユマ様にルールー統治区とルールー一族について一通りの説明を終える。北地区の地区長に上手く気が向いた直後、アシュスナの話に食いついてしまう。


 できれば、彼は殺さずに帝国で何か仕事をさせられればと考えてしまったのが悪かったのだろう。ただ、アシュスナが今どこで生きているのかはわからない。何よりも、粛清の中心人物の息子だ。


「ユマ様のお心が優しいことは存じています。ですが、優しさと甘さは別物。半端に行えば、謀反の目を残します。余計に多くの犠牲が、それも本来粛清される予定でない者が犠牲になります」


 当主の母であるグロリアーレは七十を超えたというのに権力に固執している。彼女は帝国への謀反にはならないよう細心の注意をしつつ、それ以外に対してはとても横暴だ。


 帝王陛下からの命でこの街を任されたわたくしに、とても潔く街を明け渡したが、街の有力者を使って数々の面倒をかけてきた。それらは個々の帝国民によるもので、ルールー一族の意志ではない以上、街を預かる私の責任だ。


 彼が思う以上にこの統治区は腐っている。それを帝王陛下に報告することが私の役目であり、断罪は範疇外だ。そして、ようやく処罰の時が来たというのに、帝王陛下はユマ様に任せる旨を手紙で送ってきた。


 陛下はルールー統治区をただの教育用の土地としか考えていない。帝国を指先一つで動かすことができる唯一選ばれた方だ。彼はまだ名を持っていた頃から特別だった。それを知っているからこそ、ユマ様は決して、帝王陛下のようにはなりえないとわかる。


 時間契約者を可哀そうだからと身銭を切って開放し、自身の命を危険にさらした孫娘や元凶となったシュレットを擁護した。多くの者がユマ様に感謝していたとしても、ゾディラットのように裏切るものが一人でも出れば簡単に崩れてしまうのが平穏だ。その上、ユマ様はゾディラットの処刑すら止めさせた。解放しないだけましだが、あまりにも甘く、同時に生かし続ける無慈悲を理解していない。帝国が連れ帰ったゾディラットはどう扱われるのか……。


「メリバル夫人が案じてくださる理由はよくわかります。できれば、面倒ごとにはかかわりたくないですし。国に帰って冬を過ごしたかったというのが本音です。私に害なしたという決定打で多くが処刑されることも……我が国を大事にしてくださっているという面ではとてもありがたいのですが、身に余る話」

 綺麗な顔をした少年は、ため息交じりに愚痴をこぼす。


 こちらに来られた時よりも、少し背が伸びたユマ様は幼さや可愛らしさよりも気品と色気が出だしている。

 所作を教えたものの、ユマ様は男。そう思っていたが、ただ美しかった少女は教えた以上の品位を会得された。男の姿を拝見したことがないので正直に言って生まれる性別を間違えられたように思う。彼が女性ならば、ジェゼロ王として立派に活躍できただろう。


「命を駒に遊ぶつもりはありませんが、帝王陛下はとても穏やかに脅してきましたから」

 ユマ様にとっての脅しは、普通の事。本来であれば、ユマ様が国に戻られる冬の間に粛清を行い、新たな統治者を置けばよかったことだ。北地区長をそのまま残せば、ヒスラの街を含めユマ様が滞在することに問題は出ない。


「ユマ様がこちらの統治区の区長となる、というお考えはございませんのかしら」

 場合によっては私がここを一時的に任される可能性はあった。同様に、ユマ様がこの土地を欲すれば、帝王陛下は渡してしまう気がする。代わりに、ジェゼロではなくユマ・イーリスと名乗ることとなるだろうが、王位争奪戦に参戦すらできないというのならば、帝国の統治区を収めることを欲してもおかしくはない。その程度で収まらないと考えているのならば別だが。


 ユマ様は苦笑いを漏らし、首を振る。


「そこに価値が見出せません。できるだけ被害を少なく。平穏に交代が行えるように助力をしたいとは考えていますが。私自身がその立場に着くことはありません」

「権力に魅力を感じられないという意味でしょうか。それとも、この程度では不服なのでしょうか」


 そこを読み違えては大きな問題になる。歪曲なくまっすぐに問う。男であれば大成したいと思うものではないのだろうか。女の私も富と権力は捨てがたい。


「僕が望むのはジェゼロの平穏です」

 ユマ様は綺麗な微笑みで断言するけれど、本人はわかっていないのかもしれない。


 一年足らずでここまで色々と騒動を起こすのは才能か、退屈を恐れているかだ。少なくとも平凡な人生は彼には無理だ。その美貌と神に選ばれた血を持つ時点で運命づけられているようなものだ。


「……研究所の所長か所長代理の方も北地区についてはある程度知識がございます。わたくしだけでなく、そちらにも話を伺ってみると違った意見があるかもしれません」


 私にできることはユマ様が沼に落ちないように道に明かりを灯す程度だ。




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