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女装王子の留学記 ~美少年過ぎて女性恐怖症になったけど、女装していれば普通に生活できます~  作者: 笹色 ゑ
帝都へ

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57 サセルサ

   五十七




 ユマは諸事情で冬もこちらに残ることになったという報告と共に所長代理の部屋へ仕事の手伝いに来てくれた。


 在り難いが、この数日で仕事量は実はぐっと減っていた。


「お初にお目にかかります。サセルサと申します」

 ユマが挨拶をする女性に少し驚いた顔をしていた。真っ白い見た目の女性はユマが出発した翌日にこちらに来たのだ。


「まだ産休明けですから、それほど長い時間は働けないのですが、仕事復帰をさせていただいています。ユマさんですね。エルトナからも伺っておりました。こんなに早くお会いできるなんて光栄です」

「初めまして、ユマ・ハウスです。産休ということは、エルトナの前任の方でしょうか?」

「はい。大変お恥ずかしい話なのですが、職場結婚をしておりまして、夫も仕事を休んだりと、とてもご迷惑をおかけしてしまったときに、ユマさんがエルトナの手伝いをしてくださったと伺っております。産中は体調を崩してしまって引き継ぎもできませんで、エルトナには大きな負担をかけてしまいましたから、できるだけ頑張らせていただきます。」

 それについては仕事復帰の折にとても高そうな茶菓子と珈琲豆と共に詫びてくれている。珈琲は高級嗜好品と言うよりも珍しい漢方扱いなので、入手してくれただけでも心尽くしがわかる。


「……」

 ユマがこちらを見てもう一度サセルサを見た。


「もしかして……ご主人は………」

「所長代理を務めております」

 困ったように頬に手を当ててサセルサが答えるとユマがなんとも微妙な顔をした。


「ご出産は、夏ごろでしょうか」

「はい……忙しい時期でしたが、仕事はほかの人でもできるが、私の夫で子供の父親に変わりはないと……仕事に問題はないと伺っていましたが、しわ寄せが行っていることは想像できていましたから、本当に申し訳なくて」


 常識人で有能な女性はため息をついた。どうしてこんなできる女性があんなクズと結婚してしまったのか……残念でならない。


「その、私がこちらに戻る間は、主人が子供の面倒を見ると聞きませんし……」

「サセルサの方が、仕事ができますから、所長代理が自宅待機でも問題はありませんよ」

 にこやかに毒が口から出る。


「わたくしもそう思います。一応、書類仕事以外の釘打ちは得意ですから、適宜仕事をさせますわね」

 彼女も帝王命でここに仕事にきたそうだ。そして悪い男に引っ掛かったらしい。相手が常時でなければ問題かもしれないが、本来管理すべき男が手を出したのだからサセルサは帝王命に背いたことにはなっていないらしい。


「サセルサさんは産後間もないですが、ご体調は大丈夫なのですか?」

「サセルサとお呼びください。ふふ、ご心配ありがとうございます。産後の肥立ちはよいので医師からも許可を頂いております。少し運動をした方がいいくらいですから」


 にこやかに微笑み嫋やかのある動きでサセルサが立ち話もなんですからと席を進めた。


「あ……同僚が戻られたのでしたら、私の仕事も不要になりますね」

 ユマがあまり溜まっていない書類と、いつも使っていたユマのデスクを見た。少し寂しそうに見えたのは気のせいだろう。


「私はまだ丸一日働くわけには行きませんから引き続きお手伝いいただけると助かります。子供は直ぐに熱を出したり体調を崩して予定が狂ってしまいますから。それに、できれば他にもお手伝いを一つ頼みたいのです」

「別の手伝い……ですか?」


 頷くと白い手をそっとこちら向けて、続ける。


「こちらの生活破綻者の生活改善をお願いします」

「え……」

 聞いていないし、明らかに私の事を指さしている。


「ああ……エルトナは大怪我をした後も仕事をしていました」

「まあ、主人の話は本当だったんですのね。しかも、酷いときは一度もこの階から出ずに過ごすと伺っています。見てください。あの貧相な体。白子の私ならばまだしも真っ白な肌。自分の子供がこんな生活をしていたら悲鳴をあげてしまいますわ」


「なるほど、確かに……通勤もなくなってしまって、さらに動かず仕事ばかりしていましたから。まさか流動食の開発はまだ続けているのですか?」

 ただでさえ世話焼き女房のような節があったユマに、姑が加わった。


 彼女がもともといたことも知らされておらず、あのクズの所長代理に適当にいいように働いてくれればいいと投げ渡され、かなりやり方を自己流に変えている。そこにオオガミ所長臨時代行が色々改善したので以前とは全く違うやり方になっているが、戻そうとはせず、サセルサはこちらのやり方を確認しそれに従い、適応してくれている。

 表面上はとても好意的だったが所詮は他人。職場の仮眠室で暮らしていることを咎めたり、食事を運んでもらうほどずぼらをかましていることに苦言を漏らさず、仕事仲間として割り切ってくれているドライな関係だ勝手に信じてしまっていた。


 ユマが来てから、こんな策略を実行してくるとは。やはり女の敵は女ということか……。


「私ができるのは散歩と栄養がある食事を準備するくらいでしょうか……」


 ユマがまるで犬を飼う話のように言う。確かに定期的にお弁当を作ってもらっていたし、研究所内を一緒に歩いていたが、気晴らしではなく犬の散歩と餌付けだったのかっ。


「一番いいのは職場以外で生活をすることでしょう。この方、本当に寝るとき以外は仕事しかしていませんから」

「うっ。ちゃんと、湯あみはしていますし、部屋の掃除も行っています」

「……当たり前ではありませんか?」


 おっとりとした調子でサセルサに返される。だが、言い訳は準備している。


「それに、教会に戻るのはあまり気が進みませんし、他に家を借りるとしても危険ですからここで暮らすのが最適なんです。こちらでの仕事の任が解かれれば、帝都の養父の許へも戻れますが、私は命令で仕事をしに来ているのですから、仕事を第一に考えるのが当たり前です」


 通勤時間三秒、三食付きで休日だからと教会の掃除を手伝う必要もないここでの生活はとても理にかなっている。それに実際また狙われたらユマのように警護がいるわけでもないのだから危険だ。ハリサとネイルは養父から命じられてこちらの教会に移ったが、普段はそちらの仕事がある。警護を専門にはできないのだ。そう、今の生活は已む無し。最善且つ最良なのだ。


「……………家の者とも相談しなくてはなりませんが、オゼリア辺境伯が住まわれていた館に居を移すことになりましたから、そちらのお部屋でしたら用意ができるかもしれません。屋敷には警護もいますし、研究所からここまでは近いですから、移動時に狙うことも難しいでしょう。この距離でしたら、送り迎えも頼めるかと」


 考えた末、ユマにそんな提案をされる。前々からユマは金持ちだと思っていたが、人に部屋を貸し与えることができるくらいの金持ちとは……。家の一室を同僚に貸すことを想像すると、ぞっとする。余程仲が良くても狭い家の一室を明け渡すことは難しい。


「流石にそこまでは」

「私の兄もそちらにお世話になるかもしれませんわ」

 サセルサの声が被ってしまう。無論、サセルサの言葉の方が、インパクトが強い。


「手紙で、こちらに来るかもしれないと書かれていました。私の家に住むつもりだったようですが、断ったので恐らくユマさんが住まわれているオゼリア辺境伯の客室をお借りするかと」

「サセルサさんの……サセルサのお兄さんは、何をしにこちらへ?」

「陛下からの命令です。私も、昔は巫女として仕えていたのですよ。兄は男ですから巫女にはなれませんが陛下の許で別の仕事をしておりました。今回もその関係の仕事でしょう」


 可能性は考えていたが、本当に巫女だとは。帝国の巫女は保護されたアルビノの中で優秀なものから選ばれる。選ばれたもの以外は女神教会に入ることも多いので帝都の女神教会にも何人かいた。ジェゼロの神子にアルビノがいた事が発端で、白く生まれた者は神聖で、万病薬という曲がった言い伝えになった結果、虐殺事件が起き、それを嘆いたジェーム帝国の神官が帝王に命じて保護させるようになったとかなんとか。


「あの……もし兄がお邪魔でしたら、別の住まいを探させますから、仰ってください。それと先ほど提案されていたエルトナのお話、研究所から必要経費はお出ししますから前向きにご検討ください。では、お仕事をしましょう。わたくしまだ慣れていませんから仕事が遅くて」


 彼女はうまく使えばかなり強力な武器になるのではないだろうか。ただ、敵に回すと地味に面倒になる。

 それに、上手く取り込めば所長代理に仕事をさせられるかもしれない。


 完全に話を先導し、彼女の求める着地点へ下ろされた気分だ。




 エルトナの同僚は切実な問題だったので、産休明けとはいえ、優秀な人が来てくれたよかった。他に人がいたので、養父のツール司教と会う機会があったことや、随分心配していたのを言いそびれてしまった。


 執事に二人ほど滞在する客が増える可能性を伝えた時、早ければ明日にでもメリバル夫人の館へ向かえると報告があった。こちらとしても早めに挨拶をと考えていたので、少し急だがそれで受けることにした。


「……あ、あの……ペロリアンシュタイナーをこちらで飼ってもよろしいのですか?」

 目を合わせずにもじもじとニコルが問う。明日迎えに行こうかと話していたのだ。


「馬小屋になってしまうから、世話をするのが少し遠いけど、あまり寒くなるようなら、勝手口に近い部屋を使えるように聞いてみますね」

「ありがとうござぃます」

「? まだ熱が下がってませんか」


 手を伸ばして額を触ろうとすると、物凄く勢いよく後退りをしてトーヤの後ろに隠れた。手が行き場をなくしてちょっと寂しい。


「ユマ様。ニコルは助けるはずが助けていただいて、恥じているのです。心の整理がつくまではそっとしておいてやってください」

 トーヤが説明してくれる。


「体調が悪い訳ではないんですね?」

 トーヤの陰でニコルが何度も首を縦に振った。ならばよかった。


「ニコルがいた事で助かったこともあったのだから、あまり落ち込まないで」

「は、はひ」

 ニコニコとした姿が見られないのは少し心配だが、仕方ない。



 翌日、昼食が終わって少ししてからメリバル邸へ馬車で向かう。正面玄関はヒスラの街の東門にも近いのでそちらを通ったが、一応検問があるので確認が必要だ。いっそ研究所を回り込んでメリバル邸の裏から入った方が楽かもしれない。


 メリバル邸に到着するとメリバル夫人が待っていた。簡単に挨拶を済ませ、三階の応接室に案内される。人払いが済んでから改めて礼を言う。


「帝王陛下が屋敷を準備してくださっていたようで……母が急に言い出したのでメリバル夫人に対応していただいたそうで、本当に今年は御迷惑をおかけしました……」

「いいえ、とてもわたくしの方こそ、ユマ様の満足が行くもてなしができず」

「淑女教育含め、メリバル夫人から学んだことはとても多くありました。正直、はじめから屋敷を賜らず、こちらで過ごせたことは私にはよい結果となりました」


 帝王は来年かそれ以降にでも絶対にこちらへ僕を留学させる心積もりだったのだろう。それを思うと少しぞっとするが、メリバル夫人に教えてもらったことはジェゼロでは習うのに難しい事ばかりだった。


「そう言っていただけると救われますわ。……リンドウ様からお手紙を頂いています。わたくしに何か伺いたいことはございますか?」


 カップに一度視線を落として、メリバル夫人がこちらを見たときは少し不安げな心配する色が見えた。


「……ルールー一族についてどこまで書かれていましたか?」

「ついに、陛下が見放されたこと。それについて、ユマ様に一任すること……。ユマ様に害をなしたことはもちろんですが、多くの余罪がございます。それらを調べることもわたくしアーサーの仕事でした」

 ふっと自嘲気味な笑みを浮かべる。


「監視をしていても、ヒスラの街以外に口を出すことはできません。いくら統治区区長にはふさわしくないと言っても、陛下は取り合ってはくださいませんでした」

 それが、僕の誘拐に加担したからとあっさり処罰を決めた。ジェゼロの王族に手を出したのだから当たり前と言えばそうかもしれない。だが、メリバル夫人にはやるせないところもあるだろう。


「できるだけ公正に事実だけをお話ししたいのですが、かなり主観も入ってしまうでしょう。後ほど、まとめた資料もお渡しします」




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