55 帝王の思惑
さらっと、逃亡中のネタバレが含まれます。
五十五
腹違いとはいえ、実兄は相変わらず何を考えているのか測りかねる。
「ルールー一族を排することは構いませんが、なぜユマ・ジェゼロを関わらせるのですか?」
暢気に茶を飲む帝王は、困ったように笑った。
「そろそろ、私は帝王と呼ばれることから降りようかと思っているんだよ」
「っ」
見た目が異常に若く見えるが、兄は既に六十を超えている。帝王の退位は歳ではなく神官様が決める。そして、帝位を降りると新しい帝王の補佐や指南役、もしくは完全な隠居生活にはいる。帝位を降りるとともに、帝王時代の栄光も悪行も神へ返上される。退位後に暗殺されることはあっても、過去の事で裁判にかけられることはない。
「神官様が、お決めになられたのですか」
彼ほど優れた帝王はいない。それこそ、私も駒の一つでしかないが、とてもうまく使ってくれた。女であろうとも、取り立て、才覚を発揮させてくれたのだ。
「私からの申し出だ。どちらにしろ、そろそろ次期帝王の選定は始めなければならなかった。歳を取った者をないがしろにすることはよくないが、あまり出しゃばり過ぎてもよくない。いずれ人は死ぬのだから、未来あるものに先を押し付けるべきだろう?」
「……それが、彼、ですか?」
可憐で美しく、男とは到底思えない化け方のジェゼロ王の子。一年足らずの行動の報告だけで頭が痛い彼が帝王になったらと想像するだけで不安だ。
「彼だけが候補ではないよ。今は選定期間だからね。知っての通り、帝王を選ぶのは神官だ。私は幾人かの推薦をできるだけだ」
ジェーム帝国が栄えたのは、後継の決まり方によるものがある。ジェゼロのように血の審判はないが、有力者の後ろ盾や血筋ではなく、神の御使いである神官様がお決めになる。地下にある真の帝都、その奥にある限られたものだけが許された場所に、巫女たちによって守られた神官がいる。私も直接会ったことはない。だが、本当に、旧人類滅亡より前から、そこにいるのとされている尊きお方だ。
「ユマ様はジェゼロ王の子です……」
「だが、私の孫でもあるのだから、帝国の子とも言える」
ジェーム帝国の帝王は公平過ぎて残酷だ。身内でも罪を犯せば他と同様に処刑する。兄は彼自身の殺人未遂として実母を処刑したほどだ。そんな兄が、唯一贔屓し、帝国よりも重視する者がいる。そして、その女性との子が事もあろうにエラ・ジェゼロだ。女神教会への傾倒とすれば、ジェゼロ国への支援は誤魔化せる。だが、これは重大な機密だ。
「どうしても、欲しいものがあるんだ」
カップをのぞき込み、とても優しく帝王が笑う。帝王がそんな愛し気に見る相手は決まっている。だから、ユマ様を陛下の許へ連れてきたのだ。身を賭して帝国に尽くし働く兄への土産だ。これ以上に彼を喜ばす方法はない。
だが、それ以上があるのだろうか。
「私は、そのためなら、帝国すら売ってしまうだろう。だから、それを手にするのは私が帝位を降りてからしかダメらしい。もう、一年くらいしか、待ちたくないんだよ」
一年はルールー一族の余命ではないらしい。
帝国民の余命になりかねない。帝国がなくなれば、帝王ではいられなくなる。
ナゲルが、水気拭いて、暖炉の前に置いときゃ直るんじゃないか? というので水没したケータイを簡単にばらしてしっかり拭いてから放置して、少ししてから再度組み立てた。すると見事に復活した。
「それでダメなら叩いてみるとこだったけどな」
ナゲルが助言しながら暖かいお茶を渡してくれる。ある程度初歩的なオーパーツは軽く叩くと直るときもあるが、これはそんな代物ではない。
「んで、先生にはなんて報告する?」
「川に落ちたけど、無事だった?」
頭に手刀が落とされる。
「ルールー一族の制裁範囲に係わるか。だろ」
カシスとナゲルには相談をしたが、カシスはとても頭が痛そうな顔をしていた。
牛乳入りのお茶を飲みながらため息をつく。
「陰謀しか感じないんだけど、どうしようか」
「俺は、どっちでもいいけどな。近いうちに強い人が救援に来てくれそうだしな」
ははと何か空笑いを漏らしている。
「……僕の補佐に誰かつけるって言ってた分?」
「………いや」
随分と歯切れが悪い。
「そういえば、子供狩りもルールーの家系だって?」
「ほんと、クズだよね」
「どっちを選んでも俺はいいけど、どうするつもりだ?」
どうすると言われれば困る。
「当主とクズたちを帝国に引き渡して、代わりの統治者を立てて頑張ってもらう……とかかな。メリバル夫人にルールー統治区について詳しく聞いて、調査してもらって……とかだけど、僕ができる範囲なんて正直ほぼないと思うんだよ。こっちじゃ権力もないわけだから。まあ故郷でもないけど」
まったく想像も道筋も浮かばない。
「とりま先生に聞いてみたらどうだ?」
「……母でないところがね……」
復活したので電子手紙を書いて送ってみる。
早いときは直ぐ帰ってくるが、遅いときは一日以上開く。
「一番簡単なのは、ルールー一族内にこちらの派閥を作って、不正や非道行為をしてきたものを断罪して追い落として、後釜に据えるのが一番楽かなぁ。僕が」
「ああ、爺が議会院内でよくやってるやつか」
「あー、やっぱり裏で糸を引いてるのはハザキ外務統括か……」
議会院は不定期に入れ替わる。その立場を利用して不正も発生する。それに母に都合の悪い意見やあまりに的の外れた者は不思議といなくなるのが速いそうだ。ベンジャミン先生は政治には直接係われない立場なので、余程の事がない限り議会院では口を出さない。それは大儀名分で、夏の休暇でオオガミが執務を行うときに邪魔になりそうなものの不正やらをそっと置いていくので間接的には結構かかわっている。
無論、先生の都合だけでの判断ではない。母に対してが基準となるのでハザキともよく話し合っているのだろう。先生とハザキは表面上反目しているが、その実とても信頼しあっている。
「大人の悪いところばっかり、子供は見るからなぁ。目ぼしい相手がいたら、その案が妥当だよな」
そんな算段をだらだらと話していると、ノックをしてカシスが入ってくる。
「お休み前に失礼いたします」
居住まい正してカシスの方を向く。
「早ければ明日の出立も可能だそうです。天候を考え早い方がいいかと」
こちらの冬は雪深い。冬が降りだしたに一気に積もることもあるそうだ。
「そうですね。ミトーは戻りましたか?」
「まだですが、もうしばらく、こちらで情報を集めさせてもいいかと考えております」
ミトーならば別に一人でも問題はないだろうが、カシスにはもうどうするか予測されているようだ。
「……ヒスラに戻ろうかと考えています」
「かしこまりました」
カシスはあっさりと受け入れた。
「それで、ジェゼロからの警護である三人には、選ぶ権利があります。リリーやミトーにも、このまま続けるか、帰るかは個人で決めてもらいたいと……」
「ユマ様、我々は国外にいるユマ様をお守りし、お助けすることが命じられた務めです。それを放棄して戻るようなものはこの任に選ばれていません」
でも、リリーとミトーには確認した方がいいのではないかと思ったが、わずかに怒りがこもって見えるので止めて置く。
「忠義を疑ったわけではないので。わかりました……引き続きよろしくお願いします」
納得したように一つ頷くカシスに続けた。
「正直、カシスにはこれ以上面倒に巻き込まれに行くなと止められるかと思いました」
「……本心を言えば、このままジェゼロに帰って、家でのんびりと冬を過ごしたかったのですが……ララ様はまだ幼く、将来ユマ様のように他国で学ぶことは難しいでしょう。ジェーム帝国の政治について学ぶ機会になるのでしたらよい機会になるかと。オオガミのような仕事までは求めませんが、ユマ様にとっても、ジェゼロにとっても損のない話だと判断しました」
「直接、その一族はシバキたいって殺気立ってましたもんね」
ナゲルが軽口を叩いて睨まれる。
川に落ちたのはさておき、今回の一件は帝国軍だけでなくジェゼロ側にもかなり悪い印象をもたらしている。
ルールー一族が滅せられても僕らが口を出すべきではないだろう。だが、あの後こちらの人に話を聞いてみたら僕を襲ったことが最大の理由になり、子供の殺人ではそこまでの罪には問えないと聞いた。
つまり、場合によっては孤児院の犯罪にかかわっている者は断じられない可能性がある。
「あ、俺できればこの冬は帝都に残りたいんだけど」
当たり前についてくると思っていたナゲルの言葉に驚いているとカシスが渋面になる。
「帝都の病院見学の時に知り合いがいて、病院研修を許可してくれるって話があったんだよ。ちょっと特殊な医療も教えときたいって話があったから。正直、アホから離れるのは心配だけど、列車が通れるようになったら年明けにでもヒスラに戻るようにする。この実習は、将来的にジェゼロに役立つと思えるからできれば受けたい」
「へー、僕を捨ててまで受けたいならいいんじゃないかな?」
「言い方よ」
ナゲルはなんだかんだで僕の保護者面をして面倒を見てくれている。厄介ごとが寄ってくる残念な弟扱いをされてきている。
「お前に警護は割けないぞ」
「そっちは、こっちで何とかするんで。国に帰るなら一旦ユマと戻ってそのまま列車で帝都に戻ろうかとも考えてましたけど、ヒスラに残るならこっちでそのまま残った方が有益になると考えました」
何やら既に密約があるようだ。それが必要だと決めているならいいようにすればいい。
「僕は構わないよ。学びたいことがあるならせっかくだし。あ! 危ない事はしないようにね」
「お前が言うな」
再び手刀が落とされた。これはしばらく言い返せない。
できるだけ、前作のネタバレにならないような感じにしたいとは思いつつ、私自身が結末ググってから映画見ても平気派なので、上手く配慮しきれません。




