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女装王子の留学記 ~美少年過ぎて女性恐怖症になったけど、女装していれば普通に生活できます~  作者: 笹色 ゑ
帝都へ

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52 孤児院へ行こう!

   五十二



 目を覚ますと朝だった。横で猫のようにニコルが丸まっている。こっちが起きると目を一瞬で開いたので心臓に悪い。


「……ユマ様、お、おはようございます」

 顔が真っ赤だ。額に手をやると熱い。まあ、普通は熱くらい出るだろう。


「おはよう。昨日はお疲れさま。もう少しゆっくりしてていいよ」

 頭を撫でて布団から起きる。ナゲルは部屋にいないのでノックして外の警備に声をかける。


「起きました。ナゲルか到着しているならカシスを呼んでください」

「わかりました。少しお待ちを」


 外から答えが返ってくる。湿った服から昨日はあり合わせの服を借りている。女装していないからあまり他の人とは会えない。


 少ししてカシスとリリーが入ってきた。カシスは無言でかなりお怒りだ。


「着替えをお持ちしています」

 リリーが着替えと化粧品を準備してくれていた。身だしなみを整えないと移動も難しい。


 奥の部屋で着替えて化粧も整える。随分と女のふりが板についてしまった。

「……」

 鏡に映ったのは、女装が特技のユマ・ジェゼロではない。女のふりをして生きているユマ・ハウスだ。


 そのユマ・ハウスは今、石でも食べたように腹の中に重い怒りを感じている。

 正義を語る主人公には向かないし、どれが正しいかなんて立場や個人によって変わる。だから、今は僕を殺そうとした人に怒りを持つことにした。これは正当防衛で、一般的な怒りだ。


 部屋に戻ると、同じように服を着替えたニコルがカシスに経緯を説明していた。


「ユマ様は、本当に先代に似ておいでですね」

 カシスの第一声はおそらく嫌味なのだろう。


「ご心配をおかけしました。今回の転落は、僕の過失です。捜索隊含め、多方面に迷惑を掛けました。それは理解し、反省しています」

「ここまで来たら反省の有無は関係ありません」

「はい……」

 帰国を命じられても仕方ない騒動を起こした。


「残りの子供二人は死体で発見されました」

 カシスの声は静かだが、いつもよりも怒りに満ちている。


「ココアは、ユマ様の時間契約者ですね」

「正確ではないけど、そうだね」

「子供たちはココアがいた孤児院で暮らしていました」

「……」

 僕に対して呆れと怒りはあるだろう。だが、僕への怒り以上の矛先が今はあるらしい。


「これから、向かうことはできますか?」

「馬車になりますが、手配は済んでいます」


「……僕は、あくまでもユマ・ハウスでしかありませんが、構いませんか?」

「今回、リンドウ・イーリス様より帝国軍が警護についています。帝国軍は、違法行為を報告する義務があるそうです」


 帝国の法に口を出すことは本来、ジェゼロ出身の僕らはすべきではないだろう。

「あちらの警護とは話がついているんですね」

 カシスは静かに頷いた。夜の間に色々と根回しも話し合いも済んでいるのだろう。


 リリーが一歩前へ出る。

「ユマ様、朝食を取っていただく程度の時間はあります。いくら丈夫とはいえ、大変な一日を過ごされたのです、体調管理を優先させていただきます」


 すぐにでも出発したいが、これ以上迷惑をかけられない。それに、ニコルの体調も心配しないとならない。




 調べた結果、ユマ様を射た矢には毒が塗られていた。普通ならば今頃ユマ様の手は壊死しているそうだ。少し腫れているが、普通に動いている。


 リリーはユマ様が毒にならされていることは聞かされていた。前国王のサウラ様からエラ様が習っていたそうだ。ただ、サウラ様ほど微細な調整ができていなかったのでエラ様よりもユマ様は毒に強い。


 もしも、他の誰かがあの矢を受けていれば、当たり所によっては本当に死んでいた。

 子供に刺さっていた矢は幸いにも毒が塗られていなかった。他の子供たちにも毒は使われていなかった。毒矢では子供は直ぐに死んでしまうからだ。


 カシス隊長は当初ユマ様と、壊れかけの橋に向かわせた自身に対して怒りを抱えていた。警護全員の失態だ。ユマ様が狙われたわけでもなく、ただ偶然の事故だったが、もしユマ様が死んでいたらと思うと私でも寒気がする。そんな中、さらに子供を助けて殺されかけたとなれば、最早才能だ。そして、私たちは怒りの矛先ができた。


 細い道を進み、開けた場所に立つ学校のような建物に到着した。実際昔は学校だったそうだ。そこを買い取り、孤児院にしている。


 ナゲルが助けた相手からここについていくつか情報を得ている。

 子供は大体四十人。大きくて十二までだそうだ。それ以上は寄宿学校に行くことになっているから年上がいないそうだが事実はわからない。


 到着すると、ユマ様はゆっくりと息をした。馬車の中は重い空気だ。狩りの獲物として子供を売り渡す孤児院へ見学に向かうのだ。だが、馬車のドアが開く前に、ユマ様はとても綺麗に慈悲深い優しい笑みを浮かべた。


「リリー、私たちはここに寄付をしに来ただけよ」

 昨日殺されかけたとは思えないほど落ち着いた声だった。




 飛び切りの美少女が孤児院に来た。


 周りには強そうなおっさんと、怖そうなお姉さん、他にも何人も連れている。


 お金持ちは見慣れてる。彼らが来たら、大抵誰かが引き取られていく。手紙を書くと言ったベスも他の子たちも、結局誰も手紙を書いてこなかった。

 だから、俺はお金持ちが来たら、気に入られないように隠れる。いつか、あいつらの悪事を暴いてやる。


 こんな綺麗なお姉さんも、きっと酷い。優しい大人はココアだけだ。それに、ここに戻ってきたのもココアだけだった。


「素晴らしい活動ですわ」

 孤児院の創設理由や理念を語った孤児院長にその人は声高らかに褒める。ああ、やっぱり。ここに来るのは形だけの慈善活動か子供を買いに来た人だけだ。


「賛同いただけて嬉しい限りです。いやぁ、こんな美しいお嬢さんがジェームにいたとは、噂を耳にしなかったのが不思議でなりません」

 太い手で手もみしながら孤児院長が猫なで声でいう。


 孤児は皆細い。あまり細いと引き取り手が減るからある程度食べ物が与えられるが、太い子供はいない。だけど孤児院長はでっぷりとした下っ腹に顎下の肉がある。ココアが帰ってきたとき、孤児院長はひと月くらいどこかへ行ったが、すぐに戻ってきた。あの時は少し痩せたけど、もうデブにもどっている。


「ふふ、お褒め頂きありがとうございます。冬を前に、経営も大変でしょうから、いくらかでも寄付をできればと。ただ、場所によってはあまり管理できていないところもあるのでしょう。こちらは、孤児院長がこれほど立派な方ですから、心配はしておりませんが、子供たちの生活を拝見したいのです。その、お許しいただけますか」

「もちろんです。どうぞ、ご案内しましょう」


 案内する場所は決まっている。女子寮の一番きれいなところと、食堂だ。反省室は滅多に見せないが、そこを見た金持ちは絶対に孤児を引き取る。最初は可哀そうだからだと思っていた。


「よう、坊主」

 お金持ちが部屋から出ていくのを窓からのぞいていると後ろから声をかけられて心臓が飛び出そうになる。


「だっ、誰だよ!」

 振り返る、男がいた。人のよさそうな笑顔をした若い男だ。


「俺はナゲル。あっちのお嬢様から頼まれて、ここの真実を探ってる」

 片足をついて、視線を合わせて言ってくる。そんなことは信じない。


「うっ、嘘だ! どうせ、誰かを買うつもりだろ!」

「やっぱり、売ってるのか?」

 悔しそうな顔をされて、ぐっと泣きたくなる。


「……ココアはここにいるのか?」

「っ、ココアを知ってるのか!?」

「ああ。ココアからここの話を聞いた。子供たちを助けてほしいって。ここにココアを一人で置いておくわけにはいかない。理由はわかるだろう」


 ココアだけは、優しい。だけど、お客が来るとなったら、ココアは部屋に閉じ込められる。子供が引き取られるのを止めようとするからだ。


 院長は、ココアが邪魔だけど、前みたいに他所にはできないみたいだった。ココアを連れ帰ってきた金髪のおばさんが後継人だと言っていたからだ。もしも何かあったら、そのお金持ちが黙っていないと言っていた。だけど、ココアはいつか事故に遭うと思う。このままだったら、きっと。


「……ココアを、助けてくれるの?」

「ああ、助けてほしいのか?」

 嗚咽が漏れそうになる。


 昨日も、三人が養子に出された。まだ小さいのもいた。冬の備蓄が足りないから安くしておくと言っていた。家畜みたいに、冬を前に減らすんだ。


「……助けて欲しいっ。ココアがいなかったら、俺っ……ココアは皆のねえちゃんで、怒ると怖いけど、いっつも優しくて」


 知ってる。ココアは一度売られたんだ。子供たちを売るのを止めさせるためにっ。


「お願いします。なんでもします。だから、もう誰も売らないでっ」

 目が熱くて、泣いているのに気付くのは鼻が痛くなってからだった。


 ぎゅっと抱き寄せられて、肩に顔を埋めた。鼻水で汚れるのに、叱りもせずに、優しく背中を叩かれた。




 躾けがされた子供たちだ。


 決して汚い生活はしていない。服は安物だがボロではない。病的に痩せた子供もいない。無邪気に笑う子供が多いが、年上の子供たちは顔を強張らせている。


 子供たちの部屋は六人部屋でベッドと簡単な荷物入れがあるだけだ。ジェゼロの孤児院も似たようなものだ。ずば抜けて裕福な生活はできない。親の給与で育てられるのではない以上、必要最低限になることは仕方ない。あまりに裕福な暮らしは世論から批判が出る。ジェゼロは小さい国だからこそ、子供福祉を国が監督できるが、帝国ほどとなれば難しいだろう。


 ここも、一見は普通の孤児院に見える。いや、ここにいる間は、普通の孤児院なのだ。


 孤児院長室へ戻ると、でっぷりとした男が手ずから茶を入れる。孤児院長室に小さい金の女神像が飾られていた。


「……院長殿も、女神教会を信仰しているのですか?」

「ええ、ぇえ、女神様は子供たちを救ってくださいますから」

 宗教は自由だ。だが、侮蔑的な顔になりそうになる。


「これは、ある司教様から直々に贈ってくださったものなのです。子供を救う献身を認めてくださったのです」


 とても誇らしそうに、その女神像を撫でた。本当に愛し気に撫でる。


 金欲しさだけで、もしかしたら子供の末路を知らないのだろうか。もしそうならば、ある意味で経営者としてはまともかも知れない。


 孤児院経営には金がかかる。それこそ、畜産のように育てた子供を最終的に商品として売れるわけではない。一人前に育っても、その給与が入るわけではない。孤児院育ちのベンジャミン先生のように決まって寄付をすることは通常はない。食費や生活費を慈善国費から賄わなければならない。養子をもらうときに寄付をする里親は多いが、義務ではない。


 不作や災害で増えることもあるが、そうでなくとも孤児は一定数発生する。安定して入荷した商品を、定期的に売れば、孤児院の経営だけは成り立つ。


 これは、ただの僕の偽善かもしれない。ここがなくなって孤児が路上で死ぬ可能性が増えるだけかもしれない。少なくとも、ここにいれば飢えて死ぬことはない。誘拐されることもない。


「それで、お嬢様はどうしてわたくしめの施設に寄付を希望されているのですか?」

 お茶を置くと、本題に入ってきた。できるだけ悪い笑顔を浮かべるようにしたが、あまりそうなっていない気がする。


「子供が好きなだけですわ。何かお役に立てることがあればと思って。特に、十歳くらいの子供がかわいいですね。言葉も理解できて、教育もしやすい」

「ほう、今ならその年ごろは三人ほどですか」


 首を傾げる。

「院長殿、こちらは養子縁組の手続きに書類がいらないと伺ったのですけれど……」

「その……どちらで?」

 にこりと微笑むと人差し指を唇に当てる。


「わざわざここにきている時点で、理解はしているつもりですわ。それに、お答えしてご迷惑もおかけしたくありませんもの」

 少し警戒されたが、金額を提示すると直ぐに態度を変えた。


「子供は男の子女の子、どちらをご希望ですか? すぐに準備させます」

「病気を持っていない子がいいですね。できれば選びたいわ」

「うちは、健康な子しか置いていませんよ。性病もありません。あえてそう言ったことは禁止しています」

 自慢げに発した言葉が気持ち悪い。


「そういえば、昨日、先を越されたみたいで、橋が落ちたのは聞いてます? 本当なら昨日ここに来たかったんですよ」


「ああ、とてもいい方ですよ。もちろん、お嬢様に貰われていく方が幸せでしょうが、彼らの許では……安らかな時間が長いですから」

「堪え性がない人たちの事かしら?」

「はは、そうとも言いますか。ですが、ご安心ください。残っているのはより質の高い子供たちですよ。すぐに連れてきましょう」


 孤児院長が部屋を後にすると、帝国の者がすぐに家探しを始めた。既に入れるようにどこかで待機していたのだろう、ナゲルがココアを連れて部屋に入ってくる。


 ナゲルが来たので僕がいることも予想はしていたのだろう。驚いた顔ではないが、強張った表情をしていた。部屋に入ると両膝をつき、手を組んで帝都の女神教会の女神像のような姿勢を取った。


「どのような罰も受けます。救ってくださったユマ様を裏切り、ユマ様が大事にする絵を盗みました。如何様な罰も覚悟しています」

「こっ、ココア姉ちゃん!?」

 一拍遅れて入ってきた少年が祈るように謝罪する姿を見て驚いている。


「ナゲル、そちらは?」

「協力者だ。ココアの部屋を教えてくれたし、内情も詳しいぞ」

 ナゲルは少し間抜けた雰囲気から人の懐に入るのがうまい。


「ココア。君が子供を売っていないなら、私はあなたを許します」

「……」

 眼鏡の奥から、涙があふれだす。これが演技ならば名女優だ。


「わ、私は、罰せられるべきです。もっ戻っても、結局誰一人、止められ、なかった」

 物静かだったココアが文字通り泣き崩れる。


 どこか冷静で冷淡な自分がこれは演技か、本当にただ子供を守りたかっただけの、力ない女性かわからない。


「これは……いったい」

 戻ってきた孤児院長が泣き崩れるココアとこちらを見て顔を引きつらせている。泣き声を聞いても戻ってきたのは彼の後ろに怖い顔の帝国の警護がついていたからだ。


「罪状は彼が作りますよ。ああ、彼ら、帝国の軍の人です。それと、聞きたいんですけど、昨日子供たちを買った人は誰ですか?」

「は? え……、何の冗談ですか」


 大げさな身振りを交えて窓の方へ後退る。帝国の警護は、二体の男の死体と子供二人の亡骸を見つけたが、他には逃げられている。犬たちに苦労したようだ。僕を襲った相手だ、捕えずにいれば彼らが困る。


「あなたの命を懸けるほどの忠誠に値する相手で………」


 孤児院長が窓の方へ振り返った時、窓ガラスが破れた。咄嗟にカシスが僕に覆いかぶさる形で守りを取る。その隙間から、院長がゆっくりと倒れるのが見えた。胸には、矢が刺さっていた。



ニコルは諸事情があって、ベッドから起き上がれません。

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