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女装王子の留学記 ~美少年過ぎて女性恐怖症になったけど、女装していれば普通に生活できます~  作者: 笹色 ゑ
帝都へ

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50 狩られる子供


   五十   




 馬車は三台で一台が川に落ちたが残りの二台で屋敷に戻った。それに俺も同乗する。


 ひとしきり、連れが川に落ちたことを謝罪され、数人の従者をこちらの対岸から捜索に出してくれた。


「ナゲルさん、本当に、本当にありがとうございました」

 子供を抱きしめたまま、婦人が何度目かの感謝を告げる。繊細そうな女性で、三十代後半だろうか。それほど若くはない。


「いえ、怪我がなくてよかったです」

「その、無事にお連れの方が見つかりましたら……別途お礼をさせていただきたいのですが」


 モーリスと名乗った男性はそういいながらもユマとニコルは生きていない可能性が高いと考えているように見えた。確かに、水はかなり冷たい。落ちた時点で心臓に麻痺や体が自由に動かなくなる可能性が高い。流れは速い場所と緩やかな場所が複雑に入り組んでいた。


 ニコルが不確定要素だが、ユマだけならば死んでいないという確信がある。あの程度でジェゼロの王族は死ねない。万が一は否定できないが、どこか冷静な自分は、ユマならば大丈夫だと思っていた。そうでなければ一人ででも捜索に出ていた。


「モーリス氏は、帝都へ向かうところだったのですか?」

「ああ、雪深くなる前に列車で故郷へ戻る予定だったのです。妻の療養でしばらくこちらに滞在していたのです」

「そうですか……」


 馬車は一般的なものだが、実際は金持ちのようだ。何となく予想はしていたので、丁寧な態度を取って置く。こちらは自動車に乗っていた。普及率は低いが、馬車よりも余程効果だ。粗野な物言いだとただの従者と思われて損が出る。


「帝都側は別に道があったようですが、こちらはほかの道へは随分と遠回りになるのですか?」

「ああ、この道は西へ向かう古くからある道で、以前はとても混んでいたのです。最近西行きの線路にそって別の橋がかけられ、馬車も通れるようになりました。ただ、こちら側からその線路へ向かうのはかなり細い道を使うか、一度西に向かって遠回りをしなければならないのです。大抵の馬車はその合流地付近かより遠くを目指していますから」


「わたくしたちも、通れないならば仕方ないので、一度療養先に戻って、明日の朝早くに出発しようと話し合っていたところだったのです。そうしたら……馬が何かに驚いて急に……」

 思い出しただけで青い顔をする夫人の肩を夫が優しく抱き寄せる。


「ああ、あちらが我々が滞在していた屋敷です。温泉があるのですよ。療養もあって妻も軽快してきたのですが」

 石造りのちょっと寒い雰囲気のある要塞のような建物が見えた。実際昔は要塞として使われていたのかもしれない。温泉療養施設というには似合わない。


「あの、この近くに孤児院などはありませんか?」

「孤児院? ええ、わたくし何度か行ったことがありますわ。こちらからまだ少しかかりますが、ただ……」

 眉を顰めて、婦人が不安そうに夫を見た。


「私はここよりも南のアスレット統治区のものです。我々もいくつか孤児院を運営しているので、他の孤児院の視察を兼ねて、身元を隠して手伝いに……その、ナゲルさんは、どちらのご出身で?」


 言葉をつづける前に、なぜ孤児院を気にかけるのかと不振がっている。同時に、その孤児院とは関わりがないと示したいようだ。


「自分はジェームの出身ではありません。帝国へは医学を学ぶために留学に来ています。国では孤児院に慈善活動として向かうこともあったので、今回はこちらの孤児院も見てみたいと話していたのです」

「医学を学ばれているのですか」


 親父の血が色濃く、筋肉質な体を見れば医師には見られないのは今更だ。


「その、我々の土地の孤児院を見学できるように手配いたしますから、こちらの孤児院は……他国の方に、あれがジェームの慈悲だとは思われたくはありません」

 ココアがある孤児院はそこまで酷いのか。


「……いえ、凍えることはないですし、食べるものは路上孤児よりも恵まれています。とても優しい人もいました」

 婦人が泣き疲れて眠る我が子へ視線を落とした。


「他の統治区に関しては、口を出せません。明日、我々の馬車に乗れば帝都へ送り届けることはできます。お連れの方は心配でしょうが、良い知らせを待ちましょう」

 馬車が門の前に到着した。





 ニコルが警戒した顔でドアの窓からのぞき込む。


「子供がいます」

 それまでと違って、とても静かにニコルが言う。

 他に人はいないようだ。


「……はぁ……開けてください。あ、化粧落ちてる?」

「大丈夫です。ユマ様はきれいです」


 川に流されてかなり化粧が落ちただろうが仕方ない。指示をしてドアを開けると、子供と目が合った。アリエッタよりも小さいがララほどの幼子ではない。


「あ……」

 怯え切った顔をしている。足を怪我しているようだった。こちらに人がいることに気づいて、慌てて逃げようとする。


「どうしますか?」

「……はぁ~、捕まえて。ケガさせないようにこっちへ」

「はい!」

 いうと、すぐに子供の許へ走っていき、抱え上げて持ってくる。


「やっ、やだ。殺さないで! 殺さないでっ」

 暴れるので、両頬をぎゅっと両手で挟み目を見る。茶色の瞳が恐怖に引き攣る。


「大丈夫。怪我の手当てをさせて」

 ひきつけを起こすような呼吸をしたが、悲鳴は上げなかった。


「ここは寒い。中へ」

 狭い小屋に入れてドアを閉めると、暖炉の前に座らせた。

 僕らが川から上がった時のようにガクガクと震えている。歳は十歳以下の男の子だ。別に川に落ちたわけではないのだろう。びしょ濡れではないが汗で服が湿っている。


「あなた達は……狩りの人じゃない?」

「ぼ……私たちは川で溺れて、勝手にここを使わせてもらってるだけよ。君は? 足を怪我したの?」


 よく見ると、足は何か棒のようなものが刺さっている。

「弓?」

 さっと足を隠すような庇うような仕草を見せた。


「本当に……狩りの人じゃない?」

 目に映る恐怖に首を傾げて、着ている服を摘まむ。

「見て、こんな格好で狩猟をする人がいる?」


 地味目な格好だが、狩りに出るにはありえない長めのスカートだ。


「何があったの?」

 問いかけて、話そうとしたときに、また物音がした。次は一つではなく複数だ。


「ニコル。その子を隠せる?」

「はい」


 男の子に目を向ける。

「匿って欲しい?」


 怯えた目ではっきりと頷いた。




 ドアを開けて、外へ出ると直ぐに犬が鳴いてこっちへ向かってくる。猟犬だ。


 口笛未満のような掠れた犬用の口笛を吹くと耳をピンと立てて狩り小屋の前で止まった。後ろから、狩りの弓矢を持った男が一人とその従者らしき男がやってきた。


「すみません、この狩猟小屋の持ち主の方ですか?」

 一瞬警戒したような顔をしたが、犬を呼び寄せて首輪に鎖をかけるとこちらを見た。


「いえ、違いますが、どうしてこんな場所に一人で?」

「一人ではありません、弟と一緒です。実は、迷ってしまって。今頃両親が捜索してくれていると思うんですが……」

「迷った?」


 歳はいくつくらいだろうか。四十を過ぎた程度か。やや肥満体系で俊敏には見えないが、従者は筋肉質だ。従者があたりを見回し、木の根に視線を落とした。赤い血が見える。


「こちらに手負いの鹿がきたと思いますが、見ませんでしたか?」

「鹿ですか? いえ、私は……よかった、熊や狼じゃないんですね。ちょっと待ってください。弟にも聞いてみます」

 小屋のドアをノックする。


「ニコ、開けるわよ。人だったわ、挫いた足は大丈夫?」

 ドアを開けると笑顔でニコルが出てくる。大きく開いた扉を従者が目を眇めてのぞき込む。小さい小屋だ。子供が隠れていればその場所からでも見える。金持ちが狩人を気取った格好の男の方は無遠慮に中をのぞきこんでいる。


「あの、もし両親か捜索隊を見かけたらここを伝えてもらえますか? 両親はイーリス家と伝手があるので、帝国軍を動かしてでも見つけてくれるはずです。弟が怪我をして、足も痛めてしまってあまり動けないので……本当は、連れて行ってとお願いしたいところですが」


 かけている上着を捲って、赤くなった腕のハンカチを見せる。落ちている血はこの子の物ですよと。


「帝国軍が?」

 狩人姿の男が顔色を変える。


「はい」

「わかりました。そういうことでしたら、ご協力しましょう。行きましょう」

 従者に促されてもと来た道を二人が戻っていく。


「ニコ、凍える前に中へ」

 促してニコルと共に小屋へ入った。見上げるとドアの上にある物置場に子供が押し込められている。確かにここならば中に入らないと見えない。


「まだしばらくそこにいて」

 小声で命じると男の子は声を出さず頷いた。


「まだ近くにいます。危険だと思ったら、殺さないようにしますから、許可してください」


 ニコルが窓の外を横目で見ながらいう。足に着け直した短剣のうち一本を外してニコルに渡しておく。


「あの人たち、ヤな臭いがしました。前の主と同じ臭いです。約束したけど、ユマ様に何かあったら、殺します」

 ほぼ唇を動かさずに喋る。読唇術も難しい話し方は、昔習得したものだろう。


 帝国軍が捜索に来るのは事実だ。イーリスの名前を出したのは下手に襲ったり殺した場合、見つかれば立場がある人間でも危険だと思わせるためだ。


 日暮れが近づくまで待って、上から子供をおろして、簡単な手当をする。下ろす前に偽の乳から軟膏を取り出しておいた。それで簡単に手当をする。


「何があったの?」

 問いかけると、子供が涙をこらえるようにぐしゃりと顔を歪めた。


「……冬の、支度の、狩りを手伝うようにって、三人馬車に乗せられて……着いたら、十数える間に逃げろって……。一人は、犬に噛まれて……。倒れて、俺、怖くて助けられなくて、一人で逃げて」


 もしかしたらと予測はしたが、実際に話を聞くと吐き気が増した。


「前の主人も、秋の終わりくらいに、してたことがあります。違法だけど、狩りに連れてきた子供が、事故で死ぬことは、よくあります」


 ニコルは貼りついたような笑顔なのにまったく目が笑っていない。


「ユマ様……夜の間に、ここを逃げたいです。ここは、嫌です」

「え、ここで探してくれる人を待つんじゃないの?」

 ニコルの言葉に子供が驚いたような顔をする。


 ニコルはあの男たちが見逃すとは思っていないのだろう。強姦目的か、万が一を考えた口封じか。


 本来であれば、ここに留まり、帝国とカシス達の捜索を待つ方が得策だ。一応手を出すなと含んで言ったが、死体を川に流すか埋めれば証拠は残らないだろう。


「………できれば、犬を殺せとは命じたくなかったけど、あれは訓練されている犬だ。襲えと命じられたら、人でも襲う。こちらに襲い掛かってくるなら、殺してもらわないといけない」


「ユマ様の敵なら、人でも動物でも、僕は命令に従います」

 ペロをあれだけ大事にしているので、本当にそんなことを命令したくないが、ニコルは頷いた。


「人に対してはできれば足を狙ったり、動けない程度に対処したいけれど、手加減が難しいと思ったら、ニコルの判断で手をくだしていい」

 子供の証言が事実ならば、自業自得だ。手心を加えた結果、ニコルや子供が死ぬ方を僕は避けたい。


「ユマ様……その子、どうしますか?」

 ニコルがわずかに不安そうな顔をする。男の子も置いて行かれるのではないかと顔を強張らせた。


「私が背負って運ぶ。ただし、叫んだり、言うことを聞けないなら、一緒には連れていけなくなる」

「……」

 青い顔で何度も頷く。


「この森は知ってる? 私たちは道がわからないんだけど」

「………全部じゃないけど、少しだったら」




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