46 大司教とツール司教
四十六 大司教とツール司教
帝都には巫女という文化がある。白子で産まれたものを保護する制度の一環でもあるらしい。正式には女神教会のものではないが、帝都内では神聖視されるため混ざってしまっていると聞いたことはあった。
ブランカ大司教の髪が白いのは遺伝性の白子なのか、歳で白髪になったのかはわからない。白い肌に赤い眼を見ると遺伝性の白子の可能性は高いだろう。
ヒスラの女神教会の聖堂の奥のお部屋に案内いただき、今は女神教会がいかに素晴らしいかの説法を聞かされている。
とてもやばい。
眠い。
「そうして、女神教会は民と世界を守っているのです」
大体、よく喋る人はそれだけで満足する。相手はただ聞くだけで、苦痛の時間を過ごしているとは気づかない。
「いかがですか?」
いかがですかと聞かれたら、どうでもいいと思う。
「とても興味深いお話でした」
にこりと笑って置く。
「教会の扉は、いつでも貴方のために開いています。実際は、夜間は閉められていますが」
冗談にしては笑えない。
「大司教様、女神教会は決して信徒になることを強要しません。他の宗教を信じていても、それを受け入れるのです」
ツール司教と短く挨拶をしてくれたエルトナの養父が柔和な顔で訂正する。そちらに大司教が笑みを深めて見返す。笑みなのに怖い。
半分宇宙に飛んでいた思考の合間に、大司教は他の宗教は排除されるべきとうっすらぼかして語っていた。そうなると、ジェゼロは女神教会を信仰していないので排斥対象になるとぼんやり考えていた。
「もちろん、君の説法を受けずとも理解していますよ」
感じたのは権力者怖い、だ。
「とてもよい話をお聞かせくださったのに申し訳ありませんが、わたくしは女神教会の美術的価値しかまだ理解できない若輩ですので……そちらの金製の像を拝見してもよろしいですか?」
小さな聖堂で、ヒスラの女神教会で見たとても美しい女神像が飾られていたのと同じような場所だ。黄金の女神像のほかにも巨大な仕掛け時計も置かれていた。母とソラならば先にその時計に興味を抱くだろうが、僕はやはり女神像に興味がいく。
「……もちろんです。こちらは限られたものしか入室できない部屋ですが、見学を許可します」
ヒスラの司教のようにどこかへ行くかと思ったが、腰かけてこちらを観察するようだ。
カシスは警戒しているが、ここは帝王のお膝元だ。折角秘蔵の金製の像を見られるのだから見て置くことにする。
大理石と違って、工程がより複雑だろうが、結果的に作られた女神像は両膝をついて手を組み、頭を垂れている。指と唇の間は本当にわずかな隙間があった。精巧な作りは同じだが、あれと違って哀愁がある。キラキラと輝いているはずなのに、冷たいような、寂しい雰囲気もある。最悪、金や鉄でできた像、溶かして再利用されるので哀愁もひとしおだ。
次は仕掛け時計を見る。いくつもの宝石、色とりどりで歯車も美しい。ソラが得意とするオーパーツとは違う。電気ではなくねじ巻き式の時計だ。これはこれで芸術品としての価値がある。規則的に動く歯車は設計し考えた者の頭の中にある美を感じることができる。
一通り見学して満足する。建物の細部も見たいが、流石に時間が足りない。
集中が切れて振り返ると大司教とナゲルが話している。案外盛り上がっているようだ。流石はナゲル。素で情報収集を遣って退ける。
「ユマさん」
今まで待っていたのか、改めて声をかけてきたのはツール司教だった。恰好は神父服だ。
「エルトナがとても世話になっていると聞いています。改めてお礼を」
「いえ、わたくしの方が色々と教えていただいています。とても有能なご子息で将来が楽しみですね」
「ええ、あの子は本当に神に選ばれた子です。これからが心配なくらいに」
とても優しい雰囲気でエルトナの周りの大人たちとは随分と違う。
「あの子の友人は珍しいので、お礼とは別にお話をしておきたかったんです。小さいころから大人の友達は作っても、同世代はいませんでしたから。なんというか、ませたというよりも達観したところがあるので」
「義務感の強い、優しい人ですからあまり心配されなくても大丈夫だと思います」
馬車馬のように働かされているのを知っているので、その面では心配だ。人間性としてはいい人だし騙される性質にも見えない。まあ、同世代に友達が少ないのは本人がしっかりしすぎている所為だろう。
エルトナがジェセフコット研究校で働く経緯を語ったとき、養父からの推薦があったのかもしれないと言っていたので、お子さんが向こうで業務過多ですよとは言わない方がいいだろう。
「……エルトナは、冬もこちらには戻られないのですか?」
「向こうではとても忙しいようで、久しぶりに嫌味の手紙が届きました。ちょっと尖った性格が丸くなったと思ったのですが……やはり幼いころに過酷な生活をしてきたので怒らせてはいけませんね」
「過酷な……生活、ですか?」
ツール司教が寂し気に遠くを見た。
「親を亡くして、親戚から育児放棄のような状態でした。森で自活しているのを見つけて、縁あって養子に。金の子を拾ったようで、あの子のおかげで私は司教にまでなってしまいました。本来はそのような大業は身に余るのですが」
「女神教会の階級や内情は存じませんが、エルトナはツール神父に見つけてもらえてよかったのでしょうね」
エルトナが養父を悪く言っているのは見たことがない。所長代理に対しては結構あたりがきついのを考えると、彼は必要なことはしてきたのだろう。
「……そう思ってもらえるならば嬉しいことです。今後も仲良くしてあげてください。必要であれば相談をすればいい助言も得られるでしょう。私はよく助言をもらって助かっていますから」
エルトナの仕事ぶりを見れば、知識が歳不相応であることは理解できる。保護者にも頼られているのは何というか、エルトナらしい。
ツール司教と話していると大司教がゆっくりとした足取りで近づいてくる。
「あの金の女神像は、残念ながら中は空洞です。制作時に飢饉があり、本来使うはずの金は民を救うために使われたのです。命令違反でしたが……許されるべき罪です」
好好爺な様相で話しかけられる。
「……次に、人を助けるために金が必要ならば、貴方はこの像を売ることができますか?」
まっすぐに見て問いかける。
「神の導きがあれば」
本心か建前かわからない微笑みで大司教が返す。母ならば必要ならば売り払うだろうが、議会院が他の金策を考えるだろう。
芸術品を鑑賞していると時間が経つのが圧倒的に早く進んでしまう。もう戻る時間だ。
エルトナの養父。ツール司教と大司教が出てきました。しばらく次の出番はありません。多分




