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女装王子の留学記 ~美少年過ぎて女性恐怖症になったけど、女装していれば普通に生活できます~  作者: 笹色 ゑ
研究生 一年目

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44 冬休みへ


   四十四




 モテモテのユマと、ユマと仲がいいんですよと牽制をかけまくるユマの学科の生徒。なんというか。絶対ユマの素性知られてるか。ジェーム帝国側から圧力がかかっているだろうと思わざるを得ない。


「あーあ」

 ユマが、ココアから渡された手紙に呻く。ドレスは脱いで軽く湯あみをした後だ。ユマの私室なので、態度が崩れに崩れている。


 のぞき込むと、時間契約の書類らしい。確かココアは清いお仕事のみの契約をしていた。だが今回はそう言った事を含め、制限がない契約書類だ。明確にバラシ可とは書かれていないが、それも許容できる内容になっている。しかも売買年数五十年。


「あれだな。アゴンタの求婚以上に重いな」

 アゴンタがでかい宝石でもって結婚してやると言ってきたそうだが、身も心も差し出してきたココアの覚悟の方が余程慄く内容だ。


「謝罪して赦されることではないから、一生をかけて償いたいって……」

 別に入っていた几帳面な字の手紙には、あれだけの慈悲をかけ、よくしてもらったというのに裏切った事に対する贖罪が書かれている。罪人として裁くことも、時間契約を行うことでも、気の済む方を選んで欲しいと書かれていた。元気で暮らしていてよかったね程度にしか思っていないだろうユマには、確かに重いだろう。


「ここまでくると聖母とでも呼びたい感じだ。そのまま孤児院で頑張れでいんじゃね?」

「まあ、そうなったら結局僕が孤児事まるっと引き取りとかになりそうだろ? 将来の身の振りもまだ決まってないんだよ。僕の絵だって、いつまでも高値が付くわけじゃないし」

 起業するしかないのかなとため息をつく。


「まあ、慈善活動ならご学友に寄付を募るのも手だろうけどな」

 金持ちや有力者は大抵寄付や慈善活動をしている。妬み防止として必要な措置だ。ベンジャミン先生に至っては、給料の使いどころがないからという理由で孤児院などにほぼ半分の給料を寄付しているが、あれは寄付の割合としてはおかしいと常々思っている。その縁もあって、ジェゼロの教会の孤児院経営はユマも手伝いをしているから、まるきり素人ではない。かかる金額を考えて躊躇うのもわかる。かといって、ジェゼロにおいそれと他国の孤児を連れていくのも難しい。


「はぁ……捧げられて返せるほどの価値なんてないんだよ。皆して僕に跪くのはやめて欲しい。気ままに生きさせて欲しいっ」

「なるほどなー。だからオオガミは森に住んで世捨て人になったんだろうな」


 ユマ以上に神童として名高く、実際なんにつけても優れているオオガミは前国王の政権を脅かさないためか街には滅多に出てこなくなった。本気になれば傀儡王にして操ることもできただろうが、そもそもそんな面倒は趣味じゃなかったのだろう。つくづく、ジェゼロの血筋は権力欲が薄く、自由を求める。


「まあ、諦めて背負い込め。引き摺って行くよりも抱えるなりした方が動きやすいだろ」

「例えがわかりにくいっ」

 文句を言われるが、本人ももう諦めだしているのはわかる。


「ココアには手紙届けられそうか?」

「ワイズは前と同じ宿に滞在してるみたいだから、エルトナの返事と一緒に持って行けば多分届けてくれると思うよ」


「ワイズ・ハリソンも謎だよな」

 帝国の大商家の女店主でエルトナとは知り合いだ。それを言えばエルトナも大概謎だ。あの歳で所長代理補佐。大商家と繋がりがあって、教会関係者の養子だという。研究所で働いているのは帝王命というのだから、ある意味でソラと同じくらいの鬼才だ。


 そして、エルトナにはユマが随分と興味を持っている。あのユマが。


「はぁ。もう寝よう。考えても無駄な気がしてきた」

 もう大分と遅い時間だ。エラ様ほどではないが、ユマも基本早寝早起きのよいこ体質だ。いつもならぱとっくに寝ている時間だ。





 エルトナにワイズに会ったからと手紙を渡す。


「ありがとうございます。彼女、失礼なことはありませんでしたか?」

「……夏にうちを辞めた一人が、世話になっているようです。手紙を託すつもりなので、エルトナからの返信も一緒にお持ちしましょうか?」

「そうですか。金にがめつく、恥知らずで、姑息な手も嬉々として使いますが、悪人ではないですから非道な扱いはしないかと」


 手紙を広げて、さっと一読する。所長代理に対してと言い、エルトナはもしかすると仲がいい相手ほど悪口を言ってしまう性質かもしれない。


 とんとんと机を指先で叩いて何か計算するような仕草を見せた。

「帰りまでに手紙を書くので、ご提案の通り、一緒に届けていただいても構いませんか?」

「わかりました」


 その後は、いつものように仕事を手伝う。

 オオガミが自分の授業以外にも見境なくテコ入れをしている。そのシワを伸ばす仕事も増えている。ベンジャミン先生がうんざりしながらしていた仕事なので、やり方は知っている。


 オオガミの様に主体的に色々変える事は僕にはあまり向かないが、調整は習っているのでできる。やはり、将来はララの許で国政を手伝うのが妥当な気がする。


「エルトナは、将来どんな仕事をしたいですか?」

 仕事がひと段落ついて、お茶を入れると問いかける。医術科は今日も終わりが遅いようだ。


「将来については私が自由にできる事はないと思うので、命令に従った仕事をします」

「……夢も希望もない答えですね」

 帝王命を受けて、ここで働いているくらいだ。今後も帝王からの指令が出る可能性は高い。このままずっと研究所にいる可能性もある。


「正直、オオガミさんの誘いは心揺れました。定時退社に休日確約。帰郷保証までありましたからね」


 エルトナがオーパーツ大学に来るのを想像する。エルトナならばソラの扱いも案外できるのではないだろうか。

 留学が終わっても一緒にいられるのでは? という事に思い至って是非とも推したい案に思えてきた。それと同時に、ユマ・ジェゼロであると知っても、気兼ねなく仕事を頼んでくれるだろうかと不安に思う。


「ユマさんは画家だけで済ませるのは勿体ないですね。卒業後はどうされますか?」

「………わかりません。今回の留学で何か決められればと思ったんですが……」


 もうすぐ冬が来る。雪が積もって移動ができなくなる前にジェゼロに帰ることになるだろう。色々と面倒に巻き込まれてしまったし、細目の男は結局捕まえられなかった。母が許可しても、議会院が来年もヒスラへ行く事を許可してくれない可能性は十分にある。


「ユマさんが思っている以上に人脈が広がっているので、国に戻っても今回の留学は役に立つことがあると思いますよ」

「人脈……ですか?」

「旧人類美術科はワイズ曰く金の源泉ですし。他の学科の方ともユマさんはそれほど親しくしているつもりはなくても、相手は知り合い以上と思っていても不思議がないです。結局世の中を動かすのは人ですから」


 赤と黒の混ざる目がまっすぐに見返してくる。じっと見返すと大抵の人は目を逸らしてくるが、エルトナはそのままだ。


「……エルトナは、私の顔を見ても平気ですよね」

「ずば抜けた美人だとは思っています」

 互いに首を傾げる。


 エルトナは誘拐事件の時に男であると気づいた可能性はあるが、蝋灯り程度だったし、怪我をさせられてそれどころではなかったとも考えられる。なんとなく、聞くことは避けていた。ただ、あの後からエルトナの僕への態度が少し変わった気がするのだ。


「私の……記録の中の、大事な人とユマさんはよく似ているので、美人ですが気にならないのかもしれません」

「私と似ているとは、余程の美人ですね」

 記録? と思いながら、冗談めかして返す。それに真面目な顔で頷かれた。


「なので、ユマさんはくれぐれも女神教会には注意してください」

 とても切実に見えて、男である以前に僕がユマ・ジェゼロであると知ったのではないかと不安が過ぎる。何せ女神は僕の先祖だ。似ている可能性はある。女神教会の資料で見たのならば記録という言い回しも納得ができた。


「わかりました。教会の絵は気になりますが、行きません」

「本当に美術品がお好きですね」

 ふっと空気が和らいでエルトナが呆れてくる。


「ユマさんが卒業後何をするにしても、私ができる手助けならしますから。遠慮せずに行ってくださいね」

 私も人脈のひとつですからと付け加えてくれる。


 やはり、エルトナの視線が変わった気がする。形式的には僕が命を救ったことになるからだろうか。




 学期末は問題を解く試験とは別に論文や作品発表があった。シュレットとアルトイールは夜会でも言っていた保温保育器だったそうだ。ナゲルはオーパーツの医療機器でとても評価が高かった。


 旧人類美術科は旧人類の芸術を主題にした作品か論文が必要だったので、各年代の神々の絵画を考察した論文と、旧人類終末期の斬新な構図だがやたら目が大きい絵を現代風に書き換えた物の二つを提出した。


 ワイズを経由して戻ってきた描きかけの絵画の中にはリンドウ様から留学の礼に依頼された絵もあったので、試験の後はそれらを仕上げて置く。

 大きく描いた花の絵と、薬草園の風景画なども追加する。冬に帰る時に帝国の警護に渡してリンドウ様に届けてもらう予定だ。飾る予定の場所と大きさの指示も届いていたのでそれを考慮して仕上げる。


 後期は色々とあった。定期的にベンジャミン先生には報告していたが、早く帰りたいような。少し寂しいような気持になっている。


「ユマさんは、何というか、余裕でしたな」

 旧人類美術科の最後の試験を終えると、学生と呼ぶには年齢層が高い生徒たちなので、疲れ果てて見える。


 オゼリア辺境伯も漸く解放されたと安堵しているのが見えた。

「試験勉強は昔から苦手ではなかったので」

 義務学校ではやはりつまらない授業もあったが、旧人類美術科は毎回面白い発見があった。


「左様でしたか……私共は試験など久しいことで、大変な目に遭いました」

「辺境伯ともあろう方が、追試を受けるわけにもいきませんものね」

 いつものようにアンネがほほほとちょっかいをかける。


「ユマさんは、いつ帰郷予定ですの。私共は試験結果に問題がなければすぐにでも帰る事となっていますの。帰りたくはないですが」

「まだ予定が決まっていなくて」


 ナゲルも数日で試験が終わるはずだ。落第はしていないとは思うが、詰め込みと論文で死にかけていた。


 オオガミが一緒に帰るのか、冬も留まるのか聞いていない。エルトナの仕事の手伝いをして知っている分では、残るのではないかと思っている。夏よりも長い休みになる冬の間、エルトナが仕事に殺されないかが今一番の心配事だ。


「私の故郷は冬が短いので、冬の休みの間に是非お越しください」

 コーネリアが誘ってくれる。他にも数人から冬の間に是非にと誘いを受ける。一人では決める事も行くこともできないのが残念だ。





 入学式同様に特に式典があるわけでもなく、順次後期が終わると帰っていく生徒が増える。試験も終わり閑散とし出した研究校に授業はないが今日も手伝いにきた。


「冬は研究員が仕事をする時期です。つまり、私の地獄です」

 今後いつ帰ることになるかわからないと言う話と、お弁当を差し入れに持ってきている。エルトナの希望でこれまで何度か持ってきていた。エルトナは油分が多い食事は胃もたれするらしく、ジェゼロ飯の方が性に合っているとのことだ。昼食を美味しくとってから、エルトナが絶望を背負いつつぼやく。


「エルトナ、帝王命を排して見せますから、私と一緒に帰郷しますか?」

「ぐっ、やめてくださいっ。エルトナを誘惑するのはっ」


 所長代理が止めにかかる。珍しく所長代理室で仕事をしていた。二人分しか食事は持ってきていないので彼のご飯はない。以前弁当をみた所長代理はエルトナの様に地味な料理ですねと言ってきたのでいると知っていても作るつもりもない。


「ああ言われると、誘惑を受けたくなりますね。本当に」

「こうして働いているではないですか。これでも、色々仕事はしているんですよ。私の仕事は机上ではないだけで」

「所長代理の仕事の八割は机で済むんですよ。八割押し付けてる分際で偉そうに言うな」

「ぐっ、私の仕事内容を口外できないばっかりに」


 少なくともここで手伝いをし出した頃は、エルトナはもっと所長代理に対して敬意を見せていた。今は、完全に下に見ている。それを許していのは、エルトナが居なくなると困るのが本人だからか、それとも心が広いからか。多分前者だろう。


「エルトナ。冬の間に仕事が多すぎるようならば、仕事は諦めましょう。できない量を推し付ける方が悪いんです。エルトナの仕事量は十分に多いので、決して無能ではありません。もし、夏みたいな状況になっていたら、私にも考えがありますからね」

 最期は所長代理に顔を向け、ジェゼロの権力をもってしてでも改善か解放させると脅しておく。


「ご安心ください。オオガミ様が改善してくださってるから、大丈夫ですっ」

 丸投げか。


「所長代理」

 エルトナが声をかけて、書類束を持ってくる。

「帝国銀行の口座に入金しておいてください。金額に間違いがなければ署名を」

「………随分多いですね。おや、これはユマさんの駄賃ですか……ちょっと高額過ぎるのでは?」

「そうでもありません。妥当な金額です。今日以降の分はまた別に算出しますから、一日でも長くいてくださいね」

 嬉しい申し出だが、体目当てのようでちょっと寂しくなる。


 仕事を手伝って、疲労困憊のナゲルが迎えに来てからいつものように一緒に馬車に乗る。

 離れにつくといつもの出迎えがない。首を傾げて中へ入るとカシスから声をかけられる。


「ユマ様、直ぐに出立の御準備をお願いいたします」

「……朝に出発ですか?」


 帰国は帝国の警護の関係があるので前日決まる可能性もあるとは聞いていた。それでも一週間は余裕があるだろうと思っていたので、思ったよりも早い。


「いえ、準備出来次第出発です」

「はい?」

「箱詰めしたものは後日輸送予定です。貴重品と生活必需品は手荷物としてお持ちください。服は三日分で構いません」

 カシスに真顔で言われる。


 どうやら、エルトナに別れの挨拶もできないようだ。



研究生一年目は終わりました。


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