表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女装王子の留学記 ~美少年過ぎて女性恐怖症になったけど、女装していれば普通に生活できます~  作者: 笹色 ゑ
研究生 一年目

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/165

43 求婚とココアの行方


   四十三  求婚とココアの行方



 他の申し込みを疲れたからと適当に断って広場の端へ避難する。ナゲルはご令嬢に誘われて踊り散らしている。運動神経がいいので、僕がナゲルと踊りの相性がいいのではなくナゲルは誰とでも合わせられるだけかもしれない。なんととなく負けた気がして悔しい。


「ユマ・ハウス」

 壁の花として咲いていようとしているのに、声をかけられる。目端にいるリリーの警戒色で声をかけられる前に何となく察していた。


「あら、どちら様でしょう」

 笑顔で名前を呼ぶ青年を見やる。それがアゴンタ・ルールーだとはわかっての事だ。きっちりとした正装だが、アゴンタが格下と見ている僕のドレスの方が上物であることは一目でわかる。


「失礼。ルールー一族の次期当主アゴンタ・ルールーと申します」

 慇懃な態度でアゴンタが名乗る。この地を収めている一族よりも格上の者が挨拶に来ていたのを見ていたのだろう。その場で以前のような態度をとるほど礼儀を知らない訳ではないようだ。だが礼をつくし謝罪に来たわけでもないだろう。現にナゲルがいない時にきている。


「次期当主の方が、わざわざご挨拶に来てくださったのですか?」

 にこやかに言い返す。目のある場所で危害を加えられる危険性は低い。意味もなく接触を計りはしないだろうとは思うが、ナゲルへの最初の文句を考えると頭はよくない可能性もある。


「少し、お話しをしたいと思いまして」

 そばに侍らしていた特徴の似た少女へ目配せをすると、一歩前へ出て手にしていた小箱を開けて見せる。

 親指の爪ほどの大きな宝石の指輪だ。


「お近づきの印にこちらをどうぞ」

 宝石についても知識はある。立派なエメラルドだ。

 緑石はジェゼロの国石扱いで、母が正装で身に着けるのは大抵この手の宝石だ。ジェゼロだと知っていると言いたいのだろうか。


「まあ、素敵な飴細工ですのね。でもわたくしを飾るのはこの瞳だけで十分ですから、お気持ちだけで結構ですわ」

 賄賂ですか? いりませんと返す。アゴンタの目が鋭く変わるが、物で釣るならせめて美しい絵画にして欲しい。そういえばまだ二階に行っていないと無意識にそちらへ目が行く。二階に豪奢な金髪の人がいるのが見えた。


「率直にお願いした方がよいようですな」

 その方が助かりますと笑みを深める。


「正式な婚姻を申し込みます。無論、異存などないだろう」

 どうやら婚約指輪のつもりらしい。つまり、彼は僕がユマ・ジェゼロだと知らないようだ。指輪を受け取れば、自動的に婚約を受け入れる意思表示というのが、この地方の伝統なのかも知れない。細工がもっと美しけれは危うく手に取るところだった。


「……ふ、はは」

 ナゲルに対して、何故お前が二年に編入だと宣っていた通り、馬鹿だったらしい。堪え切れずに笑ってしまうと明らかに気色ばんだ顔をしている。


「おや、このような場で公開求婚ですか」

 どう断ってやろうかと考えていたら、主催のコーネリアが嘲りを隠せない顔でやってくる。安全には配慮すると言ってくれていたので、主催でありながらこちらにも気を配ってくれていたのだろう。


「勇気ある青年だ。それだけは褒めるべきでしょう」

 颯爽と助けに入った王子が男装した麗人である事がなんとも面白い。


「ルールー一族の相違に反するおつもりか」

「高が一地域を任されている程度の者が、ライラック家に物を申すのか?」

 ライラックは確か……穀物地帯を引き受けている豪家。この地域よりも帝国が重要視している場所だ。茶会に誘った女子を蹴散らしたときのように、遊び半分ではなく、凄みのある声だった。


「お兄様、一度引きましょう」

 指輪の箱を持ったままの少女が焦ったような声を出す。どうやら妹だったようで、まだ懸命なのだろう。兄の裾を引き、制する。

「私に意見をするなっ」

 勢いよく手を払ったせいで、妹がよろめいた。それをコーネリアがさっと手を伸ばして助ける。なんて優雅な動きなのだろう。男性的でありながら、野蛮さはなくとても美しい。


「アゴンタ殿。申し訳ありませんが、貴殿はわたくしの好みではありません。似合いの方をお探しください」

 ルールーの命令に拒否は許さないという相手をもう一度ばっさり切り捨てる。


「それに、一曲お相手をしていただきたい相手ができてしまいましたの。場を失礼いたしますわね」

 コーネリアへ目を向け手を差し出す。女性から踊りを誘うのはあまりいい作法ではない。踊りを求める場合は声をかけず、さりげなく手を出して待つのだ。


「私と一曲踊っていただけますか」

 察しのいい麗人が膝をつくと伸ばしていた手を取る。

「もちろんです」


 コーネリアは高いヒールを履いているので背は同じくらいになる。胸は男装に合わせて目立たなく潰しているのだろう。男の恰好をしていても、女性の柔らかさと男とは違う臭いに緊張する。恰好で気に留めていなかったが、彼女は確かに女性だと体感する。


「私が合わせます。ユマさんはご自身の間で動いてください」

 余裕のある言葉になんとも居た堪れない。誘いながら女性恐怖症を勝手に発動しかけていた自分に苦く笑う。


「なぜ、コーネリアさんは男装を?」

 場を持たせたくて普段から気になっていたことを聞く。


「女はライラック家の当主になれません」

 ジェゼロの女系は実際特殊な例だ。女性は出産できるが、それは強みであるとともに最大の弱点にもなる。

 コーネリアが生まれた時から男として偽るのならばまだしも、男装程度では家名は継げない。


「当主になりたかったのですか?」

「いまは違いますが、出来の悪い兄に女だからという理由だけで負けるのが嫌でした」

 いつもの低くした声ではない自然なコーネリアの声だ。女性のものだが恐怖心は今のところ収まっている。


「……昔はスカートを履いて、大人しく過ごしていたのですよ。けれど家督を継いだ兄から政略結婚を命じられてキレてしまいました。婚約者となる相手に決闘を申し出て叩きのめし、大恥をかかせ、私は家を追い出されたのです」

 とても誇らしそうに家を出されたという。


「それは、爽快でしたね」

「その後は弟を後釜に据えるべく暗躍し、兄を打ち滅ぼし家へ戻り宰相として過ごしています。家を出た時に歌劇に出会い、感銘を受けてこの格好に落ち着いたのです」

「……つまり、ご趣味ですか」

「私はドレスを着た姿よりも、剣を携えた男の姿が似合う。それだけです」

「確かに、先ほどのコーネリアさんには惚れ惚れしてしまいました。絵に描いてしまいたいほどに」

「そうでしょう。私は男になりたいのではないんです。女性の理想の男を演じたいのです」


 僕も女性からも綺麗だとは言われるが、男受けの方がいい。それは男である僕が考える理想的な女性像を体現するからだろう。


 目端に、場違いな姿が映る。

「サムーテ殿がまた絵を描いているな。全く」

 コーネリアの目にも映ったらしい学友はこんな場でも画板を所持しているのに笑ってしまう。


 曲が終わるころには、アゴンタと妹君の姿は見えなくなっていた。


「ここは私達の空間故に御せますが、美しい花を手折ろうとするものはどこにでもいます。お気をつけて」

 忠告に小さく頷いた。




 ユマ様の警護に付いて、二階へ上がっていた。侍女という立場は確かに女性警護の姿を隠すには最適だ。一方後ろに控えていても不思議がられることもない。

 広間は吹き抜けになっていて、そこに面した廊下には下からでも絵が飾られていることが一目でわかった。画廊というよりも屋敷の所有者の自慢や見栄だろう。

 男に興味がないとはいえ、別に綺麗なものや可愛いものに興味がない訳ではない。美しく着飾ったユマ様の影のように後ろに付きながらも美しい絵には目を引かれる。だが、それ以上に二階にいた女性は目を引いた。

 派手な金髪に胸を強調したドレス。その女がこちらを見て微笑みかける。


「今日は一段とお美しい。虫が寄るのも仕方ないほどの大輪の花ですわね。どちらでその紅を?」

「やはりワイズさんでしたか」

 ユマ様が名前を出して、競売に誘いをかけた女だと理解する。


 ワイズ・ハリソン。帝都に店を構える商家の女主人だ。


「アンネとは交友関係がありますから、この近くに用があったので……ついでにエルトナと会っておきたかったのですけど、教会にはいないとの事で……。エルトナは元気にしています? 働き過ぎるきらいがあるので心配で」

「……仕事に忙殺されているとき以外は元気にやっています」


 ユマ様も少し困ったように苦笑いをして返された。


「直接研究所へ出向ければいいのですが、私はそちらには伝手がないので……エルトナにこちらをお渡しいただけませんか? もちろん、タダで使いを頼むような真似は致しませんよ」

 差し出された手紙をユマ様からの視線を受けて受け取るために一歩前へ出る。一枚二枚ではすまなさそうな封筒だ。


「タダでも構いませんが……」

 言いかけたユマ様にワイズが口を開く。


「ユマさんが以前手に入れられた一人が絵を売りにまいりました」

「……ココアが、ですか」

 ユマ様が抑えているが驚いた顔をしている。


 ジェゼロから戻ってから、ココアはユマ様の絵を盗んで姿を消した。絵を描くことを愛好していても、ユマ様はご自身の絵に頓着していないので不問としているが、許されないことだ。訴えればすぐにでも帝国が捕えるだろうが、そう言ったこともしていない。


「これでもわたくしは帝都では名が知れています。馬車でお送りした際に私の事を目にしていたのでしょう。絵に関しては、こちらで一度買い取っています。他に売られては追うこともではなくなりますから。もちろん、盗品とわかって購入していますから、返却を要請されるようでしたら、そう致します」

「……絵に関しては、未完の物が含まれていたと思います。それらは返却いただいて、代わりに完成した絵を一枚代わりに用意しましょう。無論、不要であるなら買い戻します」


「それは、わたくしには有難い申し出ですが、ココアも盗んだ事を最終的には認めていました。それに時間契約者の窃盗は死罪に問うこともできる重罪ですよ」

 返却を要請されても、絵の所在が分からなくなる前に確保してあげたと言う実績になるし、不要と言われればあれだけ高値が付いたユマ様の絵を複数所持できる。いくらで買ったかは知らないが、窃盗品とわかっていたなら買い叩くことはしているだろう。


「彼女はもう時間契約を満了しています。それに、あの絵は退職金の代わりに差し上げたものです。もし、窃盗罪で捕まっているのなら対処したいのでけれど、今はどうしているかご存じですか?」

 どこまでも優しいと思う。だが、ユマ様はゾディラットは殺しまではしないものの助けるつもりもない。ココアは勤務中はとても勤勉で何よりもアリエッタに対してとても根気強く慈愛を持って接していた。仕事を考えれば邪魔でしかなく、夜に怯えて泣いていた子供をあやして細かくものを教えることは仕事であってもそうできることではない。

 それだけユマ様が評価していたのに逃げ出したのだ。リリーとしても解せないと思っていた。


「今は、元居た孤児院に戻っています。色々と事情を聞けば、それなりの家の生まれでしたが孤児院で働くようになって、そこの経営を支えるために時間契約をしたそうです。今回も、その孤児院にいた子供が、彼女と同じ仲介人とヒスラの街を歩いているのを見たのが原因のようです。それにしても、本当に時間契約を無効にされるとは……本当にお優しいのですね」

 最後との言葉に妙に棘があったが、ユマ様は特に気にされた様子もない。


「元居たと言う事は、大丈夫なんでしょうか、また売られてしまうのでは……」

「ああ、それでしたらココアは私の商家からの派遣という形を取って向かわせました。本当は引き止めたかったのですが、黙って向かわれるよりはと……。私に黙ってココアを売るほどの馬鹿は帝都にはそういませんから、ご安心ください」

「ご配慮ありがとうございます」

 ユマ様が安堵しているが、ワイズは値踏みするような鋭い目でユマ様を見ていた。


「ココアから、ユマさんに会われたからこちらを渡して欲しいと預かっています。今のご様子から、必要はないかもしれませんが……私が預かっているのも荷が重かったので、今日お渡しできてよかったですわ」

 にこりと微笑み、もう一通の封書を差し出される。前に出てユマ様の代わりに受け取る。

 しっかりとした蝋印のされたものだ。


「では、エルトナへのお手紙、よろしくお願いします。以前と同じ宿に数日滞在していますので。ああ、三階にある絵が一番のおすすめですわ。それではわたくしはこれで。エルトナにあまり無理はしないようにとお伝えください」

「わかりました。絵は直ぐには準備できないので、また機を見て」

 別れの挨拶をして、ワイズが一階へ降りていく。

 なんというか、コーネリア・ライラックのように男装しているわけではないが、女の恰好をしている男のようにも見えてしまう人だった。


 ユマ様がふらりと三階に行こうとしたが、そちらは御供を連れて上がることはできないと屋敷警護に言われ、ユマ様は断念された。

 代わりに二階の絵画の鑑賞に付き合わされる。


 いつもこれくらい素直に聞き分けてくれればよいのに。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ