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女装王子の留学記 ~美少年過ぎて女性恐怖症になったけど、女装していれば普通に生活できます~  作者: 笹色 ゑ
研究生 一年目

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42 ふたつのステップ



   四十二   ふたつのステップ



 残念ながらエルトナは着ていく服もないし、あったとしても行く気はないと拒否された。しょんぼりだ。


 夜会なので今日はかなりしっかりとしたおしゃれを要求されている。ジェゼロでは着る機会がないからこっちで着られたらいいなぁと持ってきた深紅に染めたドレスだ。


 普段はあまり髪を上げないのだが、今日は編み込みなどを加えつつ結わえる。

 正装の母に似てしまうのは仕方ないか。


「はぁ、動き辛いな」

 正装のナゲルが下りてくる。別にトーヤでもよかったのだが、ついてくるというのでお願いた。カシスとリリーは警護として帯同。ミトーは客として気になることがないかの確認に回す。


 アリエッタはお留守番。ニコルとトーヤはもしもの時のアリエッタの警護だ。権力者、それも宗教関係を追い落とす手駒の一つにされては溜まったものではないので、守りは外せない。ゾディラットはある意味もっと安全な扱いだ。


「ユマ様、お綺麗です」

 ニコルがいつもの笑顔で、それでも丁寧な言葉で言う。

「でも、動きにくいと思います」

「ああ……中にもいくつか切り目があるから、ほらっ」


 ニコルが心配するので、足を縦に蹴り上げる。ばさりと音を立ててスカートが舞う。ニコルとアリエッタには拍手をもらったが、後ろから背中を叩かれた。ばっちり整えている頭ではなく着崩れしにくいとこを殴るのは流石ナゲルだ。僕によく訓練されている。


「はしたない」

「ほほ、失礼いたしました。このように、動きやすい恰好だから大丈夫ですよ」

 男だと知っているはずのトーヤはなぜか頭が痛い顔をしていた。


「ユマ様、そろそろ出発の時間です」

 カシスにも見られてしまったらしい。物凄く残念な物を見るようにこっちを見ている。だって、折角双葉の二人と動きやすいけどそう見えなくてすごく可愛くて綺麗なドレスを考えたのだから、見栄えだけでなく実用性も重視しているところを見せたかったのだ。


 馬車に乗り、オゼリア辺境伯の屋敷へ向かう。


 辺境伯の屋敷は街の中にはなかった。ヒスラの城壁の中は既に発展の限界がある。一家族単位の移動は問題がなくとも、オゼリアほどの者が暮らすとなればそれに見合う空き家がない。家を取り崩して新しく建てるとなれば時間がかかる。メリバル邸が城壁に隣接するように建っているのも同じ理由だ。


 メリバル邸とは丁度反対、北東の研究所にほぼ隣接するような形で建っていた。メリバル邸の半分ほどの大きさではあるが、かなり豪奢な建物だ。


「へー、こんなとこがあったんですね」

「オゼリア辺境伯が今年の入学に間に合わせるようにと無理を言ったそうですよ。夏にまた改築をしてようやく完成したとか。研究校に通うためだけに屋敷を建てるとは、金持ちは凄いですね」

 ミトーが情報を教えてくれる。


「ユマ様の学科の生徒はお金持ちや有力者が多いので、何名かはこちらの屋敷を住まいとして借りているようです。その方たちが順番に主催として宴を催しているそうで、今日もこの周辺の有力者が多く参加するそうです。帝国からの警護の受け入れとユマ様の警護の帯同は事前に許可されていますが、普段の宴を味わっていただきたいとのことで、参加者は制限をかけていないようですね」


 馬車が渋滞した状態で少し待って順番が来るとナゲルの手を取って馬車を下り、中へ入る。


 既に日は落ちているが、中は十分な光量があった。高い天井には宝石のようなガラス細工でできた飾りが煌いている。


 メリバル邸も正面玄関から入ってすぐにかなり大きな空間がある。このようにして使うのかと感心していると直ぐに声をかけられた。

 いつもの男装を更に派手にした格好のコーネリア・ライラックだ。例の漫画の影響が随所にみられる。


「本日はこのように美しき姫にお越しいただき筆舌に尽くせぬ喜び。皆に自慢したくなるほどお美しいお姿であらせられますね」

「お招きいただきありがとうございます。いつにも増してかっこのいいお姿ですね。素敵です」


 にこりと微笑んでいるとアンネ・マリルゴやオゼリア辺境伯もやってくる。


 二人はひとしきりドレスを褒めてくれ、セオドア辺境伯が二階には自慢の絵画が飾られているので是非見て行って欲しいと階段の上の廊下を指さしていた。三階分の吹き抜けでそこに面した廊下には絵画が飾られているのが見える。今はそちらには人が多い。


「また後程」

 他にも挨拶回りがあるのだろう。三人がどこかへ行くと、他の旧人類美術科の学友や学友と連れ立っている人が挨拶に来てくれた。ジェゼロには社交界というものがない。他国の使者たちや会談で訪問したときに食事会が開かれたりはするが、未成年である僕は参加しないので不安だったが、相変わらず同じ教室の先達が気を使ってくれて助かっている。


 お茶会の時はわかりやすい敵意と下心だったが、今回は完全に大人の場所だ。子供の集まりとは訳が違う。財力を見せつけた調度品に高級食材をふんだんに使った軽食と言うには豪勢な食事。高価な酒。それに参加している人たちも、流行のドレスや特注の正装。誰一人吊りの服ではない。ちらりとナゲルを見て、双葉の二人が、男性用の正装も作りたいからナゲルにも! と作ってくれてよかったと思う。トーヤの有り合わせの正装では浮いていただろう。


「着いてすぐに大物が挨拶に来たからだろうな。お前が何者であっても格上扱いしておくべきってのが常識になってるぞ」

 ナゲルが挨拶の途切れた折に呟く。ユマ・ジェゼロならばまだしも、どこの誰ともわからないユマ・ハウスに挨拶を来るものが随分多い訳だ。


「参加者について、もう少し勉強した方がよかったかも……」

 この土地の有力者では済まないのは確かだ。


「ああユマさん。もういらしていたのね」

 声をかけてきたのはメリバル夫人だ。街の有力者であるメリバルも招待状は受け取っていた。あまり参加はしていなかったそうだが、今回は僕も来るので参加するとは聞いていた。いつもと違い、落ち着いているものの綺麗にめかし込んでいる。大人の女性の佇まいだ。


「このような場は初めてですから、浮いていないといいのですけれど」

「ふふ、この場で最も美しいですわ。とても綺麗な色のドレスですのね」

「む……」

 ごすっと誰にも見えない位置でナゲルに殴られる。もとい止められる。虫で染めると言いかけたのをよく理解した。


「少し派手かとも思いましたが……」

「いいえ、よくお似合いですわ。ああ……ナゲルさん、わたくしの教育を医術の勉強で忘れてしまっていないとよいですね」


 場の空気が変わって、二人で踊るための音楽が流れだす。こういう場で踊るという社交ダンス。本当にみんなでそんなことをするのだろうかと思ったが、既に何人かが手を取りあっている。


 メリバル夫人に男性から誘うものだと命じられ、ナゲルが一瞬渋い物でも食べたような顔をした。失礼な奴だ。


「一曲、如何ですか?」

「喜んで」

 吹き出しそうなのを堪えて手を取る。


 普段一緒に稽古でしごかれているからだろう。他の人だとまだ足を踏んでしまうが、ナゲル相手だと、それはそれは滑らかに踊ることができる。


「お前に嫌がらせしてた連中も来てるな」

「へー、よく覚えてるね」


 顔が近いのでこそこそと会話する。向きを変えるとさっきナゲルが見ていた相手が見える。確かに学内で見た気がする。それにこの前の茶会にいた女子が見えた。一部は共犯扱いだが数合わせだった者は解放されているそうだ。


「今回の誘いは、お前がちょっかいを出していい相手じゃないって知らしめるためかもな」

「はは、まあ、僕の学友たちは不自然に上の人だもんね」

 心地のいい音楽。自分の手足の様にナゲルの手足が動く。


「ナゲルの事は好きだけど、やっぱり恋人って類じゃないんだよね」

「奇遇だな。中身超雄のお前と付き合ったら女にされるのは俺だろうから勘弁だ」

 これほど美しく着飾る相手に言う台詞ではない。


「親友か兄弟かって方が、俺達には似合いだろ」

 もしも、女に生まれていても絶対にナゲルは選ばない。ジェゼロ王はまともな結婚ができない。男に生まれて、気兼ねなく生活ができて、こんな格好をしていても気にしない友人がいる。それは、母にベンジャミン先生が側にいるような奇跡だと思う。


 煌びやかな光が降るなかで、指先だけを掴んで体が離れる。優雅な動きでまた体が密着する。


「僕の恐怖症が克服できるまで、ナゲルにも恋人ができそうにないね」

「はは……俺は美人より愛嬌のある嫁ならそれでいい」

 ナゲルは僕を隣に置かなければ女の子が寄ってくる。その気になれば僕と違ってすぐに相手はできるだろう。


「………お前も気になる相手ができる程度には改善してるから焦るなよ」

 ゆっくりと、曲が終わる。足を止めて、見上げるナゲルに首を捻る。

 気になる女の子なんていただろうか?


「アリエッタは違うよ?」

「ああ、あっちじゃない」

 なぜか物凄く見下されている。こいつアホだろと顔に書いていてむっとする。あまり背が高くなりすぎたくはないのだが、ナゲルに見下ろされるのは癪なので、こういう時はオオガミくらいの身長が欲しくなる。


「私とも踊っていただけませんか」

 周りを見ると、挨拶した人以外も何人かが寄ってきていた。どうしよう。他人の足は踏むとしか思えない。


「ユマさん」

 複数人からモテている状況に聞き覚えのある声がした。振り返るとシュレットがいる。

「お久しぶりですね。最近はあまりお見掛けしませんでしたがお元気でしたか?」

 どこまでシュレットたちは話を聞いているのだろうか。

「はい。おかげさまで」

 少しやつれただろうか。以前のただのお坊ちゃんとは少し雰囲気も変わっていた。


 すっと跪いて手を差し伸べる。他とは違い、正式に踊りを申し込まれた。次の曲が始まる。

「一曲。踊ってくださいますか」


 いつもと違う視線を受けて、手を取った。

「足を踏むのはわざとじゃありませんからね」

「はい。いくらでも踏んでいただいて大丈夫です」

 手を組んでゆっくりとした音楽が流れ始める。


「ユマさんには、ご迷惑をおかけしました」

「……いえ、皆無事で何よりでした」

 耳元で聞こえる言葉から、シュレットも母だとされていた人が関わっていたと知ったのだろう。


「どこかで、自分は特別な存在だと思っていました」

 その言葉はどこか自分にも同じように響いた。シュレットも帝国では敬われるべき血筋の者だ。それでも、正妻のひとりとして遇される女とその侍女では意味が違ってくるのだろう。


「研究校を去ろうとした時に、ナゲルに説教をされたんです。知識と技術は金や権力で買ったんじゃない努力で得たものだろうと。身一つで立つつもりならば、絶対に残れと。アルトイールに対しても、被害者ぶって甘えるなと怒鳴っていました」


「……ナゲルらしいですね」

 色々と愚痴を聞いてもらっていても、ナゲルからそんなことがあったとは聞いていない。ナゲルは情が深いしカッコつけだ。友人を叱咤したなど僕には絶対に言わない。


「今度、新生児用の保温器を作るんです」

「保温器ですか?」

「医療体制が整っていない場でも使えるものを安価で提供できるようにと。アルトイールは手伝うと言ってくれています。まあ、それもナゲルに相談した折に出た構想なのですが……」

「そうですか。とても素晴らしい事業だと思います」


 握っていた手に力が籠る。

「ユマさんを、好きでした。私が望めばあなたは手に入ると、まるで父の様な考えを持っていたことをお許しください」

「……許します」

 許した方がうっかり足を踏む。二人して小さく笑いを漏らした。


「だから、改めて、あなたに恋をすることを目溢ししてくださいますか。私と違って、ユマさんは特別な人だ。手に入れたいなどと烏滸がましい事は申しません」

 わずかに、握る手が震えているのが触れている所為でよくわかる。


 女の子から、好意の目を向けられると、寒気や汗、動悸眩暈が起きる。こんな密着した状況で、男とは言え、まっすぐに好意を告げられた。最初、自分の手の震えかと思ったが、そうではない。


 自分が恐怖するのは、ユマ・ジェゼロという記号を、外見を見て、性的な目で見てくる者だ。

 シュレットが見ているのは、ユマ・ハウスという少女であることが、いっそ申し訳ない。これ以上彼に口にできない事を増やす気はないし、機密を守る立場の者を安易に増やすつもりもない。


「……私は変わってはいますが、特別ではないですよ。踊ると足を踏むし、色々やらかして失敗しては心配をかけていますから」

 そう、ただ母の子として生まれただけで、特別ではない。特別なのは、数多の壁を打ち破り、国王の横で僕らを守ってくれている人だ。本来そこにいる事はできないのに、いてくれたから今の僕がある。


「私に気持ちを寄せても報われることはありません。だから、シュレットが共に歩める人が見つかるまで、あなたの見る目を誇れるように努めましょう」

「お許しを頂き、感謝します」

 何かを決意したような声だった。


「冬にはアルトイールと共に、居を研究所の寮に移す予定です。イーリスとしてではなくとも、友人の座にいてもよろしいですか?」

「ふふ、許可と許しばかりですね」

「う……」

 次は僕ではなくシュレットが僕の足を踏む。慌ててひっこめたので少しずれた歩調をこちらから調整して建て直す。


「逆に私からお願いしておきましょう。とてもずるいお願いですよ」

 ふふと笑って続ける。

「私が何者であったかで友達を辞めないでください。駄目人間という理由で離れるのは許可しますけど」

「……わかりました」


 曲が終わると、丁寧な仕草で別れの挨拶をしてシュレットは端にいたアルトイールの元へ戻っていった。アルトイールはいつものように控えめにこちらへ頭を下げる。


 主従が染み付いていたが、せめてもの救いはシュレットがアルトイールに対して酷く当たってこなかった点だろう。兄弟となった時、どうなるのか心配だったが、二人ならちゃんと前を向いて進めそうだ。


ナゲルとユマがいちゃいちゃしてました(笑)。


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