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女装王子の留学記 ~美少年過ぎて女性恐怖症になったけど、女装していれば普通に生活できます~  作者: 笹色 ゑ
研究生 一年目

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41 出生の秘密


   四十一




 ユマが言っていた罠の匂いしかいない茶会はやはり何かあったらしく、数人の生徒が退学した。全員が不正入学疑いの生徒、リンレット学院出身の生徒だ。


 その内ひとり、ペニンナ・デリーだけは特別措置として薬草園への派遣が決まった。

 決定したのは所長臨時代行だ。


 その所長臨時代行は、所長代理と違いとても仕事ができる。できすぎて研究員から苦情が来るほどだ。


「……オオガミさん。こちらの所長に転職しませんか? 臨時代行なんかではなく」

 冗談交じりに願望を解く。


「エルトナ。中々見る目があるな」

 初日はイケおじだったが、数日風呂に入っていなさそうな恰好になってきているオオガミがにやりと笑う。


「ここでこき使われるならオーパーツ大学にこないか? 飯は不味いが環境はいい。過労働はしたくても年齢で規制掛けられてできない。ここの給料はいくらだ? 里帰りの長期休暇も取得できる。安心しろ、ここの所長だろうが帝王だろうが俺が交渉してやる」

 なんだか以前ユマにも似たような誘いを受けた気がして苦笑いが漏れる。


「……それは……魅力的なお誘いですね」

「駄目ですよ。エルトナ」

 普段役に立たない所長代理が制してくる。こいつにだけは止められたくない。


「帝王命を破る事は、大罪です。エルトナが処罰されたら、誰がここの雑務をこなすのですか」

「オオガミさん。帝王命も廃せますか?」

 本気で問う。糞使えない上司を捨てられるのは、甘美な誘いだ。


「ああ。帝王命か……。理由にもよるが、ガキんちょ一人減って困るようならそもそも組織として失格だ。不在の所長の責任とその代理の責任だ。だから安心して適量の仕事だけするといいぞ」

「……頼りになる大人が来てくれてよかったです。オオガミさんの改革にはできるだけ協力しましょう」


 青い顔をしている所長代理よりもこの所長臨時代行の方か味方に付くに値する。


「エルトナ。いい顔ばかりする大人はきっと裏があります。あまり信用しない方がいいと思いますよ」

 書類に目を落としたまま、静かだったユマが忠告する。


「何かありましたか?」

「いえ、一般論です」

 にこりとユマが顔を上げて微笑む。今日は珍しく所長代理の執務室には人が多い。


「急に来たよそ者が所長代理補佐と親しくしてしまい申し訳ない。お嬢さん」

 慇懃にオオガミがユマに対していう。それに対するユマも丁重だ。

「あら、お気になさらないでください。待ち時間に少しお手伝いをしているだけの身。本職で来られたオオガミさんが仕事を主導されるのは当たり前のことですわ」


 実は古い知り合いなのだろうか。二人とも黙っていると見た目がいいので雰囲気が似ている気がする。


「ただ……短期の御滞在なのに、あまり多く変更を加えると、帰られた後に混乱が起きてしまうと思います。いっそ、オオガミさんがこちらで働いて、エルトナがオーパーツ大学に行くのは如何でしょうか? 代わりがいれば、問題なくエルトナが解放されそうですもの」

「何、簡単な改革だ。この程度ができないようで帝国最高峰の総合研究施設など名乗れないだろう。オーパーツ大学を長く不在にできないのが残念で仕方ない」

「まぁ。御自分の大学もひとりが足らないだけで大変なようですね」

「いなくても運営はできるが、やはり長が欠けると、ここの様に下の者に苦労がかかるのでね」


 ユマが人に嫌味を言うのを初めて見た。なんというか。仲がよさそうだ。滞在先が同じメリバル邸なので、そちらで交友を深めているのだろうか。


「オーパーツ大学はジェゼロ国内でしたね。個人的にも興味があるので機会があれば滞在許可を得られるように助力いただけますか? 他国の者が入るのは滅多に許可が出ないと伺ったことがありますから」

 そしてロミアがいるならば一発殴りたい。そう思っていると、ユマがこちらを向いて、口を開けてぎゅっと閉じた。


「ああ、歓迎しよう。帰る前に推薦書類を渡そう」

 オオガミがそう請け負ってくれた。




 ベンジャミン先生の師と呼べなくもないオオガミが凄いのは知っている。ソラの相手をできる天才的頭脳に、ハザキ外務統括ですら勝てない身体能力。そして人を統べる能力。だから、オオガミに負ける事に対して悔しさを感じた事はこれまではなかった。


 エルトナがオオガミを褒め、オオガミもエルトナの優秀さを認めるのを見ていると、なぜか腹立たしいと感じていた。なんというか、心臓の裏とも胃の上とも言えるような場所が不快な感覚になった。


「何だろう。このもやもや」

「あー、心筋梗塞か胃潰瘍だろ」


 ナゲルの部屋に押しかけて問うと、こちらを見向きもせずに返される。適当な返しであることはわかる。


「お前みたく優秀な暗記能力があればっ、くっそいちゃいちゃと余裕こいてるのに、イライラするくらい自分の能力の低さが恨めしいっ」

 珍しくナゲルが煮詰まっている。


「僕の暗記は記憶の城を使って覚えるか、映像記憶なだけで、それほど優れた頭脳じゃないよ」

 まあ、ナゲルよりは賢いが。


「これだから秀才家系は。どうして、俺は親父に似てしまったんだっ……」

「煮詰まってるみたいだから何か持ってきてあげよう」


 これでは僕の相談に乗る余裕はないなと判断して、ナゲルの部屋から退散する。下で飲み物か簡単な摘まめるものがあれば持ってきてやろう。


 義務教育の試験前はあんな感じのナゲルに覚えると点が取れる箇所を教えてやっていたが、今回は同じ試験ではないので山をはることができない。


「あれ、オオガミが仕事をここに持ち込むのは珍しいですね」

 居間として使われている場所で食事も行うテーブルに仕事を広げている。本館と離れは今のところ半々程度の生活になっている。


「ああ、襲撃犯の報告だ」

 真面目な顔で報告書を捲っていく。


「捕まったんですか?」

「いんや、作れるだろうと思ってペニンナに自白剤を作らせてもう一回情報を絞らせた」

「帝国にもそれくらいはあるのでは?」


 ジェゼロにすら拷問技術があるし、先王の残したとても素直に喋る薬もある。


「ああいう変態は使い方を正しくすれば結構便利だからな。既製品で出なかったのがいくつか出てきた。それと帝国側の報告も追加が来てる」


 前に腰かけて、呼み終わった分から手を伸ばす。止められなかったので読んでいく。


 僕が殺さずに脚を折って連れ帰った男はルールー一族の収める村の者で、誘拐の依頼を受けたそうだ。流石に直接ルールー一族からの依頼とは断定できていないが、今年は虫害に遭ったらしく、作物が不作気味で納税が厳しかったようだ。


 シュレットの警護だった者の話としては、料理人に持って行く食事にあらかじめ渡されていた粉末を混ぜるように指示したが、致死性の物とはしらなかったと言う。そもそも帝国の警護を毒殺することは死罪一直線だ。そして、聞いていたよりも効果が低かったため馬の水に薬を混ぜて飲ませ、帝国とメリバル邸の警護の足止めを計ったらしい。彼らはシュレットたちを誘拐する旨は聞かされていたが、シュレットの母親の侍女からの指示だったからだという。息子を虚偽誘拐し、セイワ・イーリスの気を引きたかったからだろうと結論づけていたそうだ。


 誘拐時に人死にが出なかったのは虚偽誘拐で人が死ねば自分たちの立場が悪くなるからだったそうだ。


 当主はシュレットとアルトイールだけの誘拐予定だったが、車の中の全員を連れて行けと言う事に指令が変わり、薬で眠らせた全員を盗賊まがいのルールー一族の領民に引き渡したそうだ。


 次の報告に目を通す。

 ゾディラットは村の教会に移ると直ぐに前の主の使いのものと連絡を取るようになった。本人は直ぐにでも出ていきたかったようだが、アリエッタを拉致するために動向を探るようにと残らせたようだ。その際に、色々と吹き込んでいたようだ。


 村の教会へ来るときに誘拐をしたらどうかと提案したようだが、メリバル邸と距離が近すぎて失敗したときに危険すぎると聞き入れてもらえなかった。そんな中、薬草園へ向かうことを聞き、報告した。


 全く別の犯人が同じ時期を狙ったようにも見えるが、仲介役が同じ、あの細目だったようだ。


 細目はゾディラットがいた屋敷に度々来ていた者の一人で、アリエッタについても話してくれていたので信頼していたようだ。非道な場から救い出してやりたい一心だったようだがどうも細目は別の目的があったらしい。


「………オオガミ、これ」

 アリエッタは自室にいるが、万が一に耳に入らないように一文を指し示す。


「ああ……こっちにゃ遺伝子解析がないからな、ただの状況証拠だ」


 ゾディラット達は女神教会関係者の私生児の可能性があると書かれていた。女神教会の神父も修道女も結婚は禁忌ではないが、離婚や浮気はとても重い罪のはずだ。無論、私生児、つまり婚外子はかなり大きな危険要素になる。仮に高い地位にいる教会関係者ならば、その事実だけで立場はなくなるだろう。


 アリエッタを執拗に取り返そうとしていた理由がもしこれならば、今後は更に注意した方がいい。それに、アリエッタ一人に危険が集中しないよう、ゾディラットは生かしておいた方がいい。


「それより、こっちのがドロドロだぞ?」

 読み終えた報告書を渡されて目を落とす。


 シュレットとアルトイールにも尋問が行われ、狙われた理由を確認したそうだ。

 シュレットは知らないが、アルトイールは自分もセイワ・イーリスの子であると知っていた。つまり、異母兄弟と知りながら、長年支えてきたのだ。


 シュレットの実家にも帝国の調査が入った結果の方は中々酷いものだった。

 アルトイールの生母は事件後直ぐの調査では行方不明とされていたが、数か月前に殺害されていた。シュレットの母親は尋問にかけられ、誘拐を指示したことを認めたそうだ。誘拐の理由は子供を入れ替えて、正しく戻すため、だったそうだ。


「……」

 どういう意味だ? と顔を上げる。


「アルトイールが本来の息子で、シュレットは侍女が産んだ子供だと主張している。よく似た特徴で、産まれも数日しか変わらなかったから、入れ替えてもばれなかったのは事実だが……」

 オオガミが珍しく苦い顔をして先を促す。


「……双子?」

 アルトイールは母親が侍女でありながらセイワ・イーリスと関係を持つこととなり、産まれたと知っていたが、更に深い事実は知らなかったようだ。そして、誘拐を指示したシュレットの母も正確な情報を得たわけではなかった。それを知っていたのはあちらの屋敷の執事だ。


 侍女が産んだのは二卵性双生児の双子の男児で、正妻である女、シュレットの母とされていた女が産んだ子供は死産だった。体が弱かったことから、死産の事実を知る前に、気を失い寝込んでしまったそうだ。

 そこで、その屋敷の執事の報告がある。次に子を産めるかもわからない上、死産となればセイワの通いがなくなる可能性が高い。ならば、双子の一人を揺り籠に収めてしまえばいいと。


「二人にはこの事実は?」

「まだだ。セイワの子であるのは事実で、誘拐を指示した女とは親子関係なし、だからな」


 誘拐の指示はどちらかというと外部からの誘導の結果だった。

 経緯は書かれていないが正妻を尋問した結果、子が入れ替えられていると知り、抱えきれない思いを募らせ、女神教会で懺悔をした。そこで言われたそうだ。神の身元へ連れて行き、もう一度入れ替えて正せばいいと。誘拐をして、その場で身元を入れ替え、シュレットを殺す算段だったそうだ。元々繊細な婦人で錯乱していたのもあって、そのまま依頼してしまったそうだ。だがよく似た見た目なので、婦人の代わりに信頼をしている侍女が姿を確認をしにきたのだ。


 言葉が喋れないという侍女も尋問されており、正妻の指示には従わず、二人を連れて帝都へ向かい、セイワ・イーリスに助けを求める予定だったと答えている。男だけを連れてきてもらう予定が女の子もいたのでとても焦ったそうだ。仲介していた男が僕を連れて行く話を始めてしまい、仕方なく男性だけ連れて行くことにしたそうだ。


 シュレットは家内でも横柄な態度をとることなく、母親が慈善として雇い入れている不自由な者にも平等で優しかったそうだ。それはアルトイールも同様で、双子であったとは知らなかったが、どちらが死ぬことも避けたいと、考えたそうだ。


「セイワは、流石に種無しにされそうだな……」

 オオガミが呆れ交じりに呟く。


 セイワ・イーリスは現帝王の異母弟だ。正妻が何人もいて、愛人も多い。それでも大衆に人気の人だと聞いている。手籠めにしているというよりは、恋多き男なのだろう。理想がベンジャミン先生なので、ふらふらと複数の女性に目移りする気持ちは理解できない。


「誘拐は大罪だ。帝国の法で裁かれるだろう。それは、俺たちが口を出す話じゃない」

 実子として育てた子供が、実はそうでなかったと知って病んでしまうのは仕方がないのかもしれない。だが、あっさりと殺してしまおうと考えるものだろうか……。


「上手いこと利用された感はあるからな。少なくとも糸目はお前が目的だった。街角で見初められても不思議がない見た目してるからな。出自が関係してるか確証はなかったが、今回の行動でお前の産まれを相手は確証したと思うぞ」


「?」

 確かに、可愛いからと誘拐されたり付きまとわれても不思議はない。それにユマ・ジェゼロであるだけで誘拐したい人はたくさんいる。


「うちの家系はいくつか特徴があるが、皮膚にも特徴がある。俺は散々太陽の許で暮らしてもシミもできてない時点で普通に考えて異常だからな。まあ、名前もまんまだしな、お前は」


 ジェゼロ出身でなければ男でもマを末尾に使えるがジェゼロでは許可されていない。当たり前だが普段は顔や手足くらいしか肌の露出はしていない。暑いからと上半身裸でいるようなのはオオガミくらいだ。そういえば、オオガミの鍛え抜かれた体には、怪我の痕はもちろん、黒子や染みもなかった。あんまり気にした事がないが、母や妹、自分にもない。ベンジャミン先生は首の付け根に黒子があって、なんだかいやらしいなと思った記憶がある。


 服を脱がせたのは性別の確認かと思ったが、体の傷跡や黒子の有無だったのかと考えれば納得がいく。


「……それだと、今後はまた狙われそうですね」

 強制帰国にならないだろうかと心配して問う。

「勝手な行動は慎めー」

 報告書を返すと、軽い調子で言い含められる。オオガミが来ていることもあって、ひとまず残れるようだ。


「あ、でも美術科の学友から宴の誘いを頂いています。今回は茶会のような悪意ではないと思うんですが、やはり不参加の方がいいでしょうか」

 あっちは普通に楽しみだった。貴重な絵画がたくさんあると聞いていたからだ。


 流石に強制帰国はやだなと思っていると、オオガミはあっさり許可した。

「ついでにエルトナを連れてったらいいだろ。お前が珍しく気に入ってるみたいだしな」

 意地悪く笑ってくる。


 こんなだからいつもベンジャミン先生に怒られているんだ。


「ひとまず、アリエッタは今まで以上に手厚く保護をして、ゾディラットも拘束に留めて欲しいです。シュレットとアルトイールは同じ被害者として遇してください。勿論、シュレットの警護以外は咎めないでくださいよ」

 要望を聞いてくれるかはわからないが、言うだけ言って置く。


 そういえばナゲルに差し入れを持って行く予定だったと立ち上がる。



シュレットとアルトイールは双子でした。

裏話で誘拐の確認に来た侍女目線もちらっと描いてみましたが、最後かなり悲惨になりますね。


オオガミは好き嫌いがはっきりしていますが、エルトナの事は結構気に入ってます。

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