40 お茶会の後始末
四十 お茶会の後始末
残念ながら、逃げられたそうだ。
爆薬を使われたようで、地下通路が崩落し、後を追っていた女と帝国の兵が被害を受けた。
ペニンナの証言から出た屋敷へも捜索が入ったが、そこから更に別の屋敷へ地下通路が続いていたようだ。
「申し訳ありません」
後でペニンナの口止めの話もあるので、三階のオオガミの部屋で会議をしている。豪奢に整えられた部屋でトーヤが跪き首を垂れる。オオガミの隣に僕は座っているのでどちらへの謝罪とも判断が付きかねる。
「あの場でユマから離れて追う事はできないからな、仕方ない。まあ、一緒に部屋に入っていれば、捕まえられた可能性はあるがな」
オオガミの言葉をトーヤは必要以上に重く受け取っている。
「僕が待てと言ったので、外の邪魔者を押さえてくれただけでも結果としては悪くない配置だと思っています」
実質二人しか驚異のない状況と、混戦では結果は変わっていたかもしれない。数の暴力は時に効果的だ。
「そうだな。素人相手とはいっても、面倒だ。それより」
トーヤに立てと指示してからオオガミが続ける。
「お前、これの事をどう思う?」
これ、呼ばわりされた。そんな風に身分を知っていながら粗雑に呼んでくるのはオオガミだけだろう。
「………正直に言って、未だ、事実を受け入れ切っていません。失礼にも、肌を見てしまったため……ユマ様が、女性ではないとは……」
あの状況で隠せたかと思ったが、駄目だったか。
「はは、まぁ、僕の女装は完璧を超えて違和感がないのが違和感だから」
可憐な美少女の幻想を壊してしまって申し訳ない。
「残念ながら、ユマに仕えても姫を守る騎士にはなれんぞ? こいつは女装癖のある変態だ」
「諸事情があって女性と偽って留学しているけれど、身も心もれっきとした男ですよ。女装はただの特技です。変態じゃありません」
趣味と変と言われれば否定はしきれないが、変態呼ばわりは酷いと訂正する。訂正したが、ここまで完璧だとちょっと変な気もする。
「どこかで、ユマ様を女性として守る事に誇りを持っていたことは認めます。ただ、立場を考えず慕うような事はございませんでしたので、例え男性であっても、この忠誠心は変わりません」
僕ならば、仕えたいと希望していた女性が実際は男だと知ったらちょっと躊躇う。
「いいのか、仕えて報われることがないってことだぞ? 上手いことやって秘密の恋仲とかの夢ももてないぞ?」
それが明らかにベンジャミン先生を思い出しての言葉だと理解する。本来であれば絶対に許されないことを公然の秘密に持ち込んだのだ。そう考えるとかなり危険な橋を渡ってきたのだろう。普通の精神で、年に一度の休暇以外は家族と呼べない環境によく耐えられると思う。
「私は、一度主を失い、主の妻に嵌められた身です。ただ、この身尽きるまで、主君と呼ぶにふさわしい方に仕えたいのです」
「嵌められた?」
トーヤから身の上を語ったのが初めてで何があったのかと首を傾げる。時間契約の主については語れないが、それ以前のことだろうか。
「私は地方を統治する方に仕えていました。その方が暗殺され、主君の家族は新しい統治者に屋敷を追われ、路頭に迷うこととなりました。私は主を守れなかった償いとして時間契約を行い、その代金を主君の奥方へ差し出したのです」
真面目そうな男の予想以上の律義さに驚く。バラシ可と唯一ついていたのだ。手足を切られ内臓を抜かれて死んだとしても契約内で買い手は罪に問われない。そんな公的殺人許可まで出して身を売るとは。積極的な自殺で罪を償っているようなものだ。
「暗殺の首謀は妻だったのか」
オオガミが促すと自嘲気味な笑いを漏らしてトーヤが頷いた。
「噂で、新しい統治者と再婚したと聞きました。元より、あまり素行のよい奥方ではありませんでしたが、夫を殺してまで不貞を隠すとは」
「主を殺した敵はいいのか? ユマがせっかく自由にしたってのに」
時間契約があれば自由に動くことはできなかったにしろ、僕が契約解除した後ならば古郷に戻って悪徳夫人達を成敗できる。
「既に死んだ者は殺せません」
因果応報ということもあるらしい。
「それだけでなく、私が主とした者は、悉く不幸に遭っています。ユマ様も誘拐され、自分は呪われていると、心底己に絶望しながらあの時捜索に出ました」
時間契約者が転売されることは多くないらしい。買い手について新しい主にも契約解除後も語ってはならないのが普通らしく、語れば重い罰が契約解除後も付きまとう。罰則があるとはいえ、前の主の情報だけが目的ならば、殺すことを前提に情報を得ることはできる。それを恐れれば、売ることは選ばない。競売に出した前の主も、何をしても許される珍しい時間契約者を売りに出さなければならないほどに金に困っていたという事か、ワイズのように買い戻すつもりで出品したのかもしれない。
ただ、口ぶりからして、競売に参加するためよりも、金のためにトーヤを出品した可能性が高そうだ。そうならば、中々の不幸があり金に困った可能性が高い。
そして競り落とした僕も一歩間違えばに誘拐時に死んでいた。
まっすぐにトーヤがこちらを見る。
「ですが、ユマ様は私の不幸など手が届かないように、無事でいてくださいました」
馬を走らせながら、死体になっている姿でも想像していたのだろうか。ニコルも大概だが、トーヤも中々の闇属性な気がしてきた。
時間契約者になるような人たちが明るい人生である方が珍しいだろうが、これまで暢気に暮らしていたので、想像できないような過酷さだ。
「ユマ様が男でも女でも、ただ生きてくだされば、私の望みが叶うのです。その為にどのような努力が必要でも、如何様な命を下されても従う覚悟ができています」
可愛い女の子を守りたいという邪な気持ちでないならば、がっかりさせなくて済んだ。
僕ならば、ナゲルよりはララの騎士になりたいが、トーヤ的にはしっかり生き残れる図太い主が必要なのだろう。死に難いという一点だけならば、僕は結構優秀だと思う。
「ただ……、今の姿を見ていると、どうしても男であるとは………」
貧乳な女性ではなく普通に男の体だ。筋肉の付き方が違うので、直で見たのだからもう男だとは知っているが、理解が追い付いていなようだ。
「今度ちゃんと男の恰好を見せてあげるから、まあ、この格好もそう何年も続けられないからしばらく我慢してください」
「かしこまりました」
少し複雑な表情で頷く。
「その……オオガミ様と、ユマ様は親子かなにかでしょうか?」
見比べて、控えめに問いかけられる。答えていいのだろうかとオオガミを見上げる。
「血縁には当たるが実子じゃない。ここでは保護者代理だ」
「承知しました。ユマ様、必要時はオオガミ様に指示を仰いでもよろしいでしょうか?」
また誘拐された時の指揮系統の確認だろうか。カシスでもいいのだろうが、オオガミの態度を見るとカシスよりも立場が上なのはわかる。
「構いません」
オオガミは国王代理を任されるくらいに信頼がある。とてつもなく優秀なので正直頼りにしたい。
「警護やナゲルは僕が男だとは知っていますが、メリバル邸ではメリバル夫人にしか知らせていません。トーヤも僕の性別は秘密厳守でお願いします」
ひとまず、トーヤの口に戸を立てることはできそうだ。
これでトーヤとニコルは僕の性別を知ることになってしまったが、アリエッタにはできればあまり知らせたくはない。
次いで僕の体を見てしまったペニンナが縛り上げられて連れてこられる。メリバル夫人も付いてきていた。二人を入れると使用人は出ていく。
罪人扱いのペニンナは辺りを見回して呆然としていた。
色々と既にやらかして、色々制限もかけられていたのに、家から脱走してリンレット学院の旧友からの誘いで訪問したらしい。裏は取れている。
今回のペニンナは祖母の忠告を聞かずに暢気に外出したうえ、人質に取られた。そして裏通路で家まで案内されたので逃げた先をいち早く報告できた。
前回の睡眠薬を盛って致死毒を回避させたときの様に、それ単体では咎められ処罰されても仕方がないが、結果を見ると、その行いを咎めきれないという微妙な状況だ。
ペニンナが人質にならなかった場合、何かもっと手の込んだ策を講じてきた可能性があるし、こちらにペニンナがいる事を事前に悟らせないために使った通路を知ることができた。
「お、おおお、おばあ様。わたくし、このまま生薬の一部にでも、ささ、さっ、されてしまうのですかっ」
そういえば、人の死体も薬に使う頭のおかしな話があったか。ただ、共食いは危険な病を引き起こすのでジェゼロでは禁忌だ。ペニンナのなんだか道化のような怯え方にそんなことが浮かんだ。
「重ね重ね、申し訳ございません。最早、わたくしから申し開きも減刑を願う事もございません」
孫娘を一瞥もせずに最早焦りを超えて冷え切った声だった。
「おっ、おばあさまぁっ」
「あなたに祖母と呼ばれる事がこれほど不名誉な事と知っていれば、結婚など許しはしませんでした」
息子の結婚相手の連れ子だったか。それでも孫娘として遇していたのに、度重なる問題行動だ。それまでにこんな言葉を投げられた事がなかったのだろう。衝撃を受けてもう言葉も出てこないようだ。
「知人から、ペニンナは中々見込みのある科学者になるかもしれない。という評価を聞いています。死罪にするのは簡単ですが、それで終わりでは少しもったいないので、僕についての機密を守れるのであれば、研究所へ収容で許そうかと。もし、僕が男であると片鱗でも口にしたり、ばれるような態度をとったら、帝国の法で裁かれると思うので、僕からは何の助力もできなくなるでしょうが」
ひぃとペニンナが慄いている。
「言いません。絶対言いません! そもそも。私は本気でユマさんに危害を加えるつもりなら、もう殺しています! 摂取させる必要のない猛毒だってたくさん知っています。触っただけで殺せる毒もあるんです。そもそも、人を殺したことはまだないです! 本当に人として犯しちゃいけない一線は超えてないのに殺さないでくださいぃ」
何となく、毒草に傾倒していたという祖母に近い気がしているが、それよりも危険人物な気がする。
エルトナにペニンナの事を聞いたことがあったが、薬学の知識と発想は目を見張るので、卒業後は研究員になれば世の役に立つかもしれないが、一般常識の頭がないので世に出すのは怖いと言っていた。
「わたくしが思っている以上に、危険思想を持っております。これ以上一族に類が及ぶ前に処罰いただいた方が有難いのですが」
メリバル夫人からいっそ殺してしまおうというほどの怒りが見て取れる。ヒスラを取り仕切るような立場にいる人だ。その立場と行動の責任はよくわかっているのだろう。
「ユマ達に盛った薬はあるか?」
それまで黙っていたオオガミが問いかける。
「はっはははい。部屋に置いてます」
「取ってこい。走ってな」
オオガミの許可の許部屋から出ていく。足だけは自由なので、逃走防止に縛られた縄の先を外の警護が持っているのが見えた。犬の散歩だろうか……。
「あれだな。ソラと系統が近いな」
「はは、馬鹿言わないでくださいよ。妹の方が周りへの影響は絶大ですし、もっと質が悪いですよ」
ソラという危険物の特性を理解している危険物取扱主任者が複数名ジェゼロにはいるから何とかなっているだけだ。
「ユマ様、それにオオガミ様。わたくしの処罰含め覚悟はできております」
「そう畏まらなくてもいい。まあ、メリバルがうまく御せないのはわかった。あれは帝国に引き取らせて、上手く使わせる。両親には連座は回避できるが子の権利は失うとよく話しておくといい」
「慈悲深い対処。感謝を筆舌に尽くせません」
深く頭を垂れてメリバルが返す。
極刑を免れたのだからそれだけでも感謝するべきかもしれないが、今後はどうなっても責任は問わないが口出しもするなという決定だ。逆の立場であれば受け入れることはできない。それが、帝国とジェゼロの違いなのだろうか。
「はぁっ、はぁっっ。こ、こちらです」
腕が使えないので、見張りが箱を持っている。
木箱を開けると、几帳面に並べられた薬が複数ある。きっちりと、何か書かれているのは意外だった。
「ああ、思ったよりも使えそうだな」
オオガミがそれらを検分して、にやりと笑う。
「あいつも助手がいた方が捗るだろう。ああ、ペニンナ喜べ、行きたかった薬草園に連れて行ってやる。ただし、そこから離れたら腕が吹き飛ぶ呪いをかけるから間違ってもふらつくなよ」
言葉の前半しか理解していないのか、馬鹿なのか、ペニンナが薬草園と聞いてぱっと顔を輝かせた。馬鹿なのだろう。




