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女装王子の留学記 ~美少年過ぎて女性恐怖症になったけど、女装していれば普通に生活できます~  作者: 笹色 ゑ
研究生 一年目

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39 お茶会へ行こう3


   三十九 お茶会へ行こう3



 案内されて二階へ向かう階段を上がる。


 ペニンナが面白い事を言っていた。地下の通路があって、ここに案内されたと。

 地下階段にでも案内されるのかと期待したが、二階の一室へ案内された。部屋の扉を大きく開くと、天蓋付きのベッドが見える。誰かが臥せっているのは事実のようにも見えるが誰がいるかはわからない。


 トーヤをドアの前に待機させ扉が閉められる。音を立てないように鍵が閉められるのが見えた。ドアの後ろに隠れていた男に目を向けると、刃物を突き付けられたうえ、猿轡を噛まされたペニンナがいた。


「声は出すなよ」

 男が囁くような声で命じる。ペニンナは棺桶に片足を突っ込んだまま片足立ちをしているような状況だ。これ以上僕関係で失態を重ねると棺桶の蓋がそっと閉められる。次いでにメリバル夫人にまで類が及びかねない。


 廊下で何か物音が響き出す。あちらはあちらで襲撃を受けているようだ。


「やはり、随分と優しい方なんです」

 ベッドの布団が舞うと中から出てきたのは細目の男だ。それにこちらもにたりと笑いそうになる。


 エルトナに大怪我を負わせたことを、許す気はない。


「また会いましたね。余程私の事が好きなのでしょうか?」

「ええ、ええそれはもう! こんな綺麗な男を見たことがありませんからね」


 ペニンナと共に男がベッドの側へ後退り距離をとる。謝罪だと招待状を出してきた女は更にその後ろに下がって人質にされないように気を付けているらしい。


 アホの子と言えるペニンナを助ける義理はないが、見捨ててしまえると手札を見せるのはまだ早い。


「あなたがヒスラの司教やルールーと繋がっている事はわかっていますよ」

「あれが生きていた以上知られている事は承知の上です。さあ、ユマ、あの小娘のようにこの女が殺されたくなければ、この場で服を脱いでいただきましょうか」

 手を広げてさあ! と要求された言葉が理解できずに頭を傾げる。


「……今更必要ですか?」

 あの時、男とばれたのだから今更確認する必要はないだろう。まあ、偽乳は貧乳を誤魔化していただけ、という可能性は否定できないのかもしれないが。


「命じているのは私です! 最初は目から抉り出しましょうか!」

 細目の男に髪を掴まれ、引き寄せられたペニンナが轡越しでもわかる悲鳴を上げた。


「………」

 ここに誘った女がリリー並の武闘家でなければ、二人制圧することは可能だ。ただ細目は見た目のわりに脚力があった。先に隙をついて潰したい。


「はぁ」

 ため息をついて、ブラウスに手をかける。ボタンをはずして脱ぐが、まだ中には結構着込んでいる。偽乳は女性用下着の改良版でその上に少し厚い生地の中着かある。それも脱いで、偽乳を止めているホックを外す。体系補正の為に少しきつめだが、最近さらにきつくなっていた。外すと少し息が楽になる。そろそろ一つ緩いホックの位置に変えなければならないか……。


「うそでしょ、男?」

「カーテンを開けてください」

 唖然とする女に細目が命じる。まだ夕刻だったらしく、カーテンが開けられ夕日に照らされる。


 ペニンナの髪から手を放すと、細めの間から目が覗き、こちらをつぶさに観察し始める。


「素晴らしい! 素晴らしいですよ! まさかここで本物に会えるとは! これは女神様の導きだ!」


 興奮したように男がはしゃぐ。手を広き天を仰ぐように見上げた時を好機と取り、スカートを豪快にまくり、ふくらはぎの短剣を取って男に切りかかる。喉は避けられたが引き上げるように振った短剣の刃先が細目の男の顎を削った。


 二太刀目はいきなりの反撃と男である事実に未だ呆然とする人質をとる男だ。太刀で片目を潰し、怯んだ隙に回し蹴りで頭を打つ。恐怖でペニンナは身を屈めたので男の右耳のあたりに綺麗に入った。これで脳震盪は間違いがない。


 振り返り細目に向きを変えた時、咄嗟に後ろに引いた。あの加減のない蹴りが空振る。まともに喰らったらアバラがいっていただろう。


「まったく、行儀がなっていない!」

 叫び声に窓が軋むようだった。


「これでは教育に時間がかかり過ぎてしまう! でも男ならば多少手荒でも問題はないですね。よかった。本当によかった。女と違ってうっかり孕むことも毎月煩わさせられることもない! ああ、女神はやはり信仰心の厚いものに常に褒美を準備してくださる!」


 気持ちの悪さが増していくのだけは確かだ。そしてこれが女神教会信者とか、止めて欲しい。そりゃあジェゼロでは女神教会が流行らない訳だといいたい。絶対にジェゼロ王がこんな信仰は許さない。


 背中からだんだんと大きな音がする。トーヤか別かの判断が付かない。スカートの飾りの様につけていた警報装置を鳴らす。紐をスカートに括っていたので本体を引くだけで手の中からけたたましい音が鳴り、予想以上の音に自分でもびくりとして、そのまま窓から投げ飛ばす。これで助けが来るのは確かだ。


「……ふふふーふー」

 窓の割れる音と共に、ペニンナが突撃してきて体制を崩す。思わぬ行動だったが、ペニンナは邪魔をしたわけではなかった。ペニンナのすぐ後ろで何かが爆発する。


 下から足音が雪崩れ込む音がして、細目がベッドの裏の扉へ消えていく、端で我を忘れていた女もはっとしたように後に続くのが見えた。


「ふん、ふんふんぬー」

 口だけでなく手も後ろで縛られていたらしいペニンナが何か言いたげに必死に藻掻いている。助けるべきか、悩んでいる間に、ドアが破られた。さっと戦闘態勢に姿勢を変えると、雪崩れ込んできたトーヤと目が合った。


「ご無事……で……」

「あ」

 感情をあまり表に出さないトーヤが、目を丸くしている。そういえば、脱げという謎要求で服を脱いでいた。相手の隙を作るためだったが、混戦になって忘れていた。すぐにでも周辺の警護が入ってくると、慌てて服を引き寄せる。


「もっ、申し訳ありません」

 ペニンナが覆いかぶさっていたので男とばれているかは微妙なところだ。後ろを向いたのを確認して、手早く偽乳の下着を止めて中着を着ながら指示を飛ばす。


「ベッドの奥の扉から細目の男と女が逃げた」

「ユマ様を置いて行くことは……」

 トーヤは安全確保が最優先だと離れることを躊躇い、ブラウスの袖を通したところで帝国の警護が数名部屋へ雪崩れ込んでくる。


「あちらの扉から誘拐時に見た男と会の主催の女が逃げました。追跡を! 罠があるかもしれません。警戒してください!」

 二人を残して扉へ走る。


「ご無事ですか?」

「誘拐で見た男から接触がありました。怪我などはありませんから安心してください」

 帝国の警護が報告に頷く。


「あちらは?」

「人質にとられていたペニンナです」

「ああ……」

 名前を聞いてなんとも微妙な顔をする。毒を盛ったがおかげで死者が出なかったというなんとも言い難い犯行を犯した相手だ。


 いまだにむーむー言っているのを警護見かねて轡を取る。

「あの扉! 二件隣の家に続いてるの! 私、そこからここに案内されたてここに着たの!」

 早口でペニンナが有益な情報を吐き出した。





 夜半が過ぎた頃、何とか教会へ戻ることができた。ヒスラの教会ではなく指定されたのは街の外の教会だ。予想以上の警護がいて、撒くのに時間を要した。


 以前に来た時とは明らかに違い、改装され美しい教会が夜闇に白く浮かんでいた。

 月明りが差し込む教会の中はしんと静まり返っている。


「よく来ましたね」

 司教様の使いが来ていると思ったが、その声はセオドア司教のものだった。女神像の横に立つ司教は二体目の石像のようだった。灰色の髪と目はジェーム帝国で神聖視される白子には一歩及ばないくすんだ色をしている。


「それで、どうしてあなた一人なのですか?」

 静かに響く声に唾を飲む。

「神のお導きです」

 司教の前に膝をつく。


「ユマ・ハウスの体を確認してまいりました。仰る通り、体には黒子はもちろん、傷跡も痣も染みもない、完璧な美しさを保っておりました。そして……ユラ・ジェゼロではなく、ユマ・ジェゼロです」


「顔を上げなさい」

 数段高い場所から降りた司教に命じられ、顔を上げる。頬を杖で打たれ首を垂れる。打たれた頬よりも、ユマに切られた顎の傷が軋むように痛んだ。


「お前ごときが彼の方を呼び捨てにするでない」

「はっ、申し訳ございません」

「あれだけ美しくありながら男とは。神は私に試練を与えることが殊更お好きなようだ」

 深くため息をつく司教の気も理解できる。


 女神と言うに違和感のない美貌、まさに女神像が生きているようだった。だが、男であっても直子だけが継ぐ名の法則を見れば、現ジェゼロ国王の子であることは間違いがない。

 ジェゼロの神子様の伝説の中に、神の御力で傷をつけても瞬く間に消えるというものがある。そして神に守られたその肌は傷跡どころか一点の染みも穢れもないと。まさに、彼の体には一縷の欠点もなかった。体のどこにも黒子がない人などいない。だが、少なくとも確認できる場には一粒の汚れもなかったのだ。伝承は事実だ。ならば、世界を制する事ができる血だ。


「それで、私はなぜ一人でここへ来たのかと聞きました」

「……予想以上の警護が配置されており、連れ去ることはできませんでした。お怒りを受けようとも、得たこの情報を届けねば死ぬことも許されません。あの方は、あなた様が求める神の子です。その心眼に誤りなどなかった事。感服いたします」


 毒すら浄化する清らかな体。その伝承もまた否定はできない。毒で弱らせることも困難で、本人の身体能力も高いことは二度もこの目に示されている。手足を削ぎでもしなければ、連れ去ることは難しい。


「ユマ様のあの目。あの顔。ああ、天に座するに相応しい方はあの方しかおられない。なんとしても、女神教会に帰依していただかなければ。まだ若い彼の方を導く者が必要なのです。懇切に説くためにも、女神教会へお越しいただかなければ」


 司教は神に最も近い存在だ。そう信じて止まなかった。だが、本当の女神に近い存在を間近に感じて、その信仰が揺らぐのを感じていた。


 司教の手足、いや、指の先として動いてきた。女神教会へ懺悔に来た女の話から、ルールー一族へイーリスの子息誘拐を依頼したとき、司教は私に女を連れ帰るように命じた。司教は神に仕える身として多くの娘の穢れを浄化してきた。祭壇に出すに恥ずかしくない教育を任されてきたので、その一環だと理解していたが、あの時の命令はそれまでとは意味が違った。あれは私にとっての運命だった。


 あの深い湖の色の瞳に射抜かれた。あれを祭壇にあげるべきかと、初めて躊躇った。あれは供物ではなく供物を捧げられる側の存在だった。


 この人生は神に祈り、ただただそれに従ってきた。

 罰せられるのは信仰が足りないからだ。そう思い、司教の言葉に従って生きていた。だが、自分が信じてきていた神は本当にそんなことを望んでいたのだろうか?


 あの清い身体を、この男に捧げるに値するのだろうか?


 女神の娘ではない。だが、女神の子という清い存在を、私は見た。

 私の信仰を疑い、何もかもを奪ってきたのが神ならば、その神が唯一認める女神の子を私の物としたらどんな罰が下るのだろう。それとも、神ですら絶望するのだろうか。私のような地を這う人間と同じように。


「ああ、女神様」

 祭壇に置かれているのはヒスラの教会にあるような高尚な彫刻ではない。だが、その像が見下す様に微笑んでいる。


 横に並ぶ司教は、最早ただの人にしか見えなくなっていた。




細目くんがいい塩梅で気持ち悪いですね。

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