38 お茶会へ行こう2
三十八
ユマ様に同伴する形で入った屋敷は当初の話よりも多い人数が集まっていた、女子生徒だけでも十人ほど、男たちもほぼ同数か。
トーヤにとって今回の同伴は、誘拐事件に関係があるだけでなく、今後自分がユマ様のお傍に置いていただけるのかの試験だ。
他に裏口か何か、監視に気づかれないように入る方法がある、もしくは前日からここに滞在していたのだろう。この人数は流石に一人では制圧ができない。
「ユマ様」
引き返すべきだといいかけたが、ユマ様は案内された広間で隅に立っている少女を見ていた。
「ユマさん、お越しいただいてありがとうございます。お呼びたてするような形になってしまったのに、ありがとう存じます。本当に、心の広い方ですね」
主催の少女が視線を遮るように立つと、仰々しく挨拶をしてくる。
「折角のお誘いでしたから。それにしても、もっとこじんまりした集まりだと勘違いしていましたわ。とても賑やかですのね」
普段のユマ様のお声よりも二段ほど高い声で答える。それに対して一瞬厭らしい笑みを相手が浮かべた。
「そちらの方は? いつもお連れの方ではないのですね」
「ナゲルは勉学に忙しいので、学生の本分ですから邪魔はできませんもの」
にこやかに笑い合う。
「皆さん、こちらはユマ・ハウスさん。初めてのご招待ですからご紹介させていただきますわね」
手を叩いて注目を集めると、続ける。
「リンレット学院の出身ではないので、色々ご存じではないことも多いと思いますから、大目に見て差し上げて」
それに小さな笑いが漏れる。決して好意的なものではない。
「ご紹介ありがとうございます。茶会には手土産が必須と伺いましたので」
目配せをされて持ってきていた包みを差し出すと侍女がやってきて受け取った。
「まあ、ありがとうございます」
にこやかに返した後、扇を広げて口元を隠すと侍女に小さな声で捨てておきなさいと命じている。こちらにぎりぎり聞こえる声だ。
「知り合いがいたみたいなので、失礼いたしますね」
気にする様子もなくユマ様が先ほど視線を向けた方へ足を向ける。まるで汚いものを避けるように少女たちが一歩引いていく。
ユマ様よりも余程着飾り金をかけているが、誰一人として装飾品を身に着けていないユマ様に勝てていない。女たちは蔑むような、妬むような目を向けているが、男たちは眩しいものを見るように目で追っている。
「ペニンナさん?」
壁の方を不自然に向いていた少女にユマが声をかける。びくっと肩を震わせるも振り向かずに無視を決め込んでいる。
薄茶の髪を二つに括った後ろ姿を覗き込むようにしてユマ様がにこやかにもう一度声をかける。
「ペニンナ・デリーさんですよね。ユマです。あまりお話しできていませんでしたけれど、お忘れですか?」
「あ、あら……壁の染みが気になってしまって聞こえませんでしたわ。ほほほほほ」
冷や汗を垂らして振り返った少女は灰色の目を泳がせている。明らかにかかわりたくないという顔だ。
「今日はどうしてこちらに?」
「ぐっ、偶然ですのよっ。本当に、本当に! あなたが来ると知っていたら、私は絶対に、絶対に来ませんでしたっ。本当に知らなかったんです」
まるで罪を犯した罪人が言い訳をするようだった。何の関係があるのかと見るとユマ様が簡単に説明をしてくれる。
「彼女はメリバル夫人のお孫様ですわ。わたくしと住んでいる場所が違うので、お話しする機会があまりなかったのです。お話ししたいと思っていましたの。今日の事は夫人にはわたくしからも咎めないように伝えますから安心してください」
「……うぅ。あなたとは関わるなと命じられています」
何をやらかしたのか、脅えている。
「薬学科の方は如何ですか? 医学科に次いで大変かと存じますが。既に知識をお持ちのようですけれど、独学で学ばれていたのですか」
全く構わずにユマ様がぐいぐいと問いかけに行く。
「お、お母さまが、体が弱いので、少しでも元気になっていただきたくて独学で学んだんです。そのっ、あの時の薬草は、副作用がとても少なくて、体質による過剰反応も滅多に起きないのに効果がとてもある代物なんです。決して、体に害が出るようなものではなくて。玉ねぎの辛みが少し残る食べ物に混ぜると味に違和感も出なくて摂取しやすくてですね……なのに、どうしてわかったんですかっ」
言い訳を長くした後、好奇心に負けた様にユマ様に問い返す。主催者の女に対するのとは違い、ユマ様は穏やかな微笑みを浮かべていた。
「とても興味深いですわ。ペニンナさんとは、どうもよくないすれ違いがあったようですね。ですが、薬学を修めている身として、治療ではなく悪戯で使うのは感心いたしません。私利私欲で薬を他人に盛る事……次は、ご自身の人生も失うこと、とお考え下さい」
「はひ」
「でも、とても興味深いお話が出来そうです。わたくしも少しですが薬学の知識がありますから、夫人にお願いして正式にお茶の席を設けていただきますね。次は、普通のお茶で」
ユマ様がとても美しい顔で凄むと、実際に体積が減ったのではないかと思うほど、ペニンナ・デリーが小さくなっていく。
ユマ様はニコルが盛った薬茶も作用を理解したうえで摂取していたようだった。少しではなく、普通のお嬢様が持っていない水準で毒についての知識と耐性を持っているのだろう。
「同伴の方は話が盛り上がっているようですし、少しお話いたしません事」
声をかけられそちらを向く。
声をかけてきた女はちらりとユマ様を見て鼻で笑った。
「トーヤ、構わないわ。私、もう少し彼女とお話しをしたいから」
「あら、恋人を放っておくなんて酷い方。どうぞ、こちらにいらして」
ユマ様から、何か情報も取ってこいと命じられたと取り、少しだけ離れる。
彼女たちの話を要約すると、ユマ様は学内では見境なく男を誑かせて物や金を貢がせているらしい。今日着ている服もその一つだろうという話だ。怒りや不快感よりも哀れに思う。他の女性客も似たような事を吹き込んでくるが、ユマ様ほどの美人であっても、妬める女性の心に慄く。
途中から、ユマ様が他の男性客から声をかけられている。ペニンナはその機に乗じて距離を置いていた。
姫として守られるだけの令嬢のような見た目で、競売で時間契約者を纏めて買占め、大金を使いながらあっさりとそれを解放する。その上で、行き場がないとなれば仕方なく面倒を見てしまう。正直に言って、こんな生き方をしていたらいつ死んでもおかしくないのではないかと、案じている自分がいた。
「卑しい出自でも、見た目がいいだけで入学できるようではジョセフコット研究校も高が知れていますわね。それに比べて、リンレット学院は上流階級の子供だけが入学を許される選ばれた学問施設ですわ。今日は皆リンレット出身の方ばかりなんですのよ」
女の一人が近づくとそんなことを言う。
ユマ様は公表していないがかなり高い身分だろう。それも上流階級だと宣う彼女らの誰も足元にも及ばないほど。帝国直下の軍が動いている。つまりは帝王かそれに近いものが庇護すべきと考えるほどの方だ。
ユマ様を誹られても本人は特に傷ついた様子も見せない。仕えたいと望むのであれば主と同じく気に掛ける必要などはない。だか、ユマ様の事を悪し様に言われるたび、どうしようもない鬱憤が溜まっていく。
「そういえば、あなたも拝見したことがありませんわね。やはり、下民の恋人は下働きの方なのかしら」
「すみません、あなたの彼氏があまりにしつこいので、どうにかしていただけませんかしら?」
特に反応を示さなかったため同伴する自分を貶めようとし出した女に、ユマ様が声をかける。聞かれていて助けに来たのか、偶然か。
「はっ、なんですって……」
「きっと、焼き餅を焼かせるために誘ってくださっているのでしょうけど、あなたがこちらに見向きもしないのでお声をかけさせていただきました」
きっと睨みつけると男の許へ去っていく。蜘蛛の子を散らしたように女たちが引いて行く。正直ほっとする。これならば野盗退治の方が楽な仕事だ。
「あまり成果がないですね。ペニンナを連れてもう帰ってしまおうかしら……」
困ったわと頬に手を当ててユマ様が呟く。
「ペニンナとやらは何か企みを知っているのでは?」
小さく問いかけるとユマ様は首を横に振った。
「今日は友人から珍しい薬草が手に入ったからと誘われたそうですけれど、そのご友人も今日は体調不良で不参加のようです」
ペニンナ・デリーがメリバル夫人の孫であるならば、普通はユマ様と友人か面識があると判断するのが普通ではないだろうか。現に同じシュレット・イーリスはナゲルやユマ様の友人の立場にある。視線を巡らせるとペニンナの姿がない。嫌な予感がする。
「そろそろ暇しましょう」
「ユマさん」
外に出そうと声をかけたのと同じくして、主催の女が声をかけてくる。
「母の部屋へ案内します。こちらへ来てくださいますか?」
今回の茶会はとてもそんな雰囲気ではないが謝罪のためだと聞いている。その言葉にユマ様が心配そうに眉尻を下げた。
「ご体調が優れないのでしょう? わたくしとお会いしても平気でしょうか」
「もちろんです。気に病んでいるので謝れば気分も晴れると思うのです」
奥の部屋にユマ様が案内されるのに当たり前について行こうとすると、困ったようにこちらを見上げてくる。
「申し訳ありません。母の寝室に男性を連れて行くわけには……」
「では部屋の前で待って頂きますね」
有無を言わさずにユマ様が微笑む。それで拒否があれば着いて行かないと考えたい。
「……わかりました」
蔑むような目がこちらを見て許可をする。
ペニンナ再び。




