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女装王子の留学記 ~美少年過ぎて女性恐怖症になったけど、女装していれば普通に生活できます~  作者: 笹色 ゑ
研究生 一年目

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36 招待状


   三十六  



 この前、汚水をぶちまけて来た女の子の一人に声をかけられた。美術科の生徒と一緒の時を選んだのか、たまたまか。年上の同級生であるコーネリア・ライラックがすっと前に出る。男装の麗人で、男の服を鮮やかに着こなしている。女性がときめく男性像を体現したような人だ。


「わたくし、とても反省しました。そのっ……お詫びにお茶会にお招きしたいのです」

 差し出されたのは蝋印の押された案内状だ。


「……もう、罰も済んでいますから、お気になさらなくても構いませんよ」

 というか、構いたくない。


「母が直接謝罪をしたいとずっと願っているのです。本来でしたら出向くのが筋ですが、あまり容態がよくないのです。どうか、我が家で開くお茶会にお越しいただけませんか? その、お恥ずかしいながら、そのような体裁を整えなければ謝ることもできないわたくしをお許しください」

 つらつらといい訳が並ぶ。


 そんな話をするくらいならば、もう一度頭を下げ、来られないというならばその母親は手紙で先に謝罪をするべきだ。謝ってやるから出向けと言うのは、あまりにも失礼だ。


 コーネリアが女の子の持っている招待状を白い絹の手袋をした手で取り上げ、軽くかかげて検分する。


「そういえば、ユマ殿は我々の宴に来ていただけていませんでしたね」

 招待状を指先でぴっと投げ捨てると、まるで僕以外はいないように話しかける。女性贔屓のコーネリアにしてはとても珍しい対応だ。


「ああ、オゼリアさんから都合がつく日があればとお誘いは頂いているのですが、お恥ずかしい話ですが、あまり社交界には詳しくありませんので」


 あと、夜半に行われることが多いので、夜はちゃんと寝たい。価値がある事ならば習慣を一日変えてもいいが、それに見合うものがないならばやめるべきだと教えられている。


「彼の所有する絵画だけでも見る価値はある。今度の会では私が主催なのです。私の一輪花になっていただけませんか?」

 膝をついて手を取られる。傍から見ると、美少女が美青年に求愛でもされているようだ。実際は、女装した男と二児の子を持つ趣味で男装をしている麗人だ。


「そのまま、動かないでくださいまし」

 教室の近くだったので、アンネが駆け寄ってくる。その後ろから無口過ぎて話したことがない青年画家のサムーテが紙と筆を持って猛然とやってくる。あまりに必死な形相に添えられた手を放しかけるとコーネリアがくすりと笑う。


「ユマ殿、持ち回りでの写生が一回りして落ち着きましたが、次からは何人かでこのように場面を考えて描くのは如何でしょうか。私はユマ殿であればマリーアントワネット様と呼ぶことも吝かではございません」

 真剣な目で左手もそっと添えられる。


「コーネリアさん。あれは旧人類史実を創作で描いた作品であって、オスカルは実在しませんよ」


 先日なんとかの薔薇と言う漫画について助手のアドレが息切れをしそうな勢いで解説し、実際はこのように違い、旧人類の衛生観念は百年ほど前は作品の設定された時代と同様の水準まで低下していたが、その後疫病の流行で改革が始まり、現帝王の躍進で新たに帝国として吸収された土地でも下水処理が発達していったという話が出ていた。

 ただの授業の教材だったが、コーネリアは続きが読みたい、いくら払ってもいいとアドレに脅し交じりの懇願をしていたのを目撃している。主人公が男装の麗人だったので、琴線に触れたのだろう。


「……ユマ殿、優れた作品となればこの身が潰えようとも、後世に残る事ができます。一緒に絵画として描かれましょう」


 周りをものすごい勢いでサムーテが回ると、一点で立ち止まり凄い勢いで描き始める。すこし羨ましい。僕も描く側にまわりたい。


「あ、あの……ゆ、ユマさん?」

 この現状になった理由が何だったのか、すっかり忘れていたが、茶会に誘いに来た失礼な女の子がこちらを引き攣った顔で見ている。


「案内はまた拝見しておきます」

「動くなっ」

 顔の向きを変えると叱責された。普段一言も話さないのでもしかしたら口がきけないのかもしれないと心配していたが、凄くはっきりとサムーテが言葉を発していた。


「サムーテ、私にも一枚寄こすのですよ。でなければ姿勢を変えます」

 ちゃっかりコーネリアが約束を取り付ける。


「なっ、なんて失礼なのっ!」

 ふんっと、謝りたいと宣っていた女の子が去っていく。


 そういえば手洗いに行った帰りにコーネリアとたまたま一緒になったのだ。それがどうしてこうなったのか。


 旧人類美術科は、年上ばかりなので基本は落ち着いているし、とても過ごしやすいのだが、たまにこうして妙な事になる。他の学友が当たり前のように集まりだしていた。ヴェヘスト教授までが書架を手にこちらへ来ているのが見えた。




 いつものように手伝いに来たユマは少し疲れていた。管理棟の中では気にする人目が少ないからだろう。楚々としたお姫様のような雰囲気が薄くはなっていたが今日は疲れが隠せていない。


 いつものようにお茶を入れてくれるが、最近はそれがどうにも落ち着かない。かといって、私が淹れる訳にもいかないので大人しくしながらも疲れの理由を問う。


 なんでも、騎士に跪かれる姫のような主題で絵を描かれてしまったそうだ。旧人類美術科は権力を笠に着る必要もない有力者が何人もいる。なので表面上はとても静かだ。腹の探り合いもあるだろうが、一貫しているのは芸術への傾倒。趣味嗜好で醜い争いが何度か起きているようだが、一枚の抜きんでた絵画のコピーを渡せば落ち着く。ユマもあのグループに所属している限りは、校内では大きな問題には係わる事がなく過ごせるだろう。


「それは災難でしたね」

「まあ、明日は別の人が交代で主題として立つ事になったので良しとします。私一人だけ描かれるのでは割に合いませんから」


 見た目がいいのも大変だ。旧人類の様に安易に写真が撮れる時代だと、顔がいいだけで隠し撮りをされる。それに比べれば堂々と絵を描かれるだけましか。


「今日は報告が。例の男ですが、ルールー一族からの寄付を教会へ届ける役目をしていたようです。普段の寄付は当主が出向いていましたので、後ろ暗いお金でしょう」

 仕事を再開する前にユマへ報告する。


「……ルールー一族……ですか?」

 逡巡してもあまりピンと来ていないようだ。


「アゴンタ・ルール―の一族です。ヒスラの街周辺を統治している一族ですね」

「ああ……例の汚水をかけてきたのも……」


 ユマに対して嫌がらせをしていた者たちも最近はほぼ静かになっている。三人のうち二人は既に自主退学している。前期の試験が芳しくなかったので、補習か退学で後者を選んだ。不正入学した結果学力が足らなかったのだろう。それもあってユマに手を出すと退学にされると言う噂が後期には流れていた。自主退学ではなく、権力でという話で体裁を保ちたかったのかもしれない。


「その女の子から、お茶会の場で謝罪をしたいと招待状を頂きました」

 思い出したように鞄から少しくたびれて汚れている封書を取り出した。


「拝見しても?」

 手を出すと、ユマが差し出してくれる。


 蝋印がちゃんと押されている。開いた場所から紙を取り出すと、日時と場所が書かれた茶会の案内だ。ただ主催が書かれていないしユマの名前も書かれていない。これだと屋敷の中に入れない可能性もある。もしくは不特定多数に送っているかだ。


「あの時のユマさんよりも臭いますね」

「……まあ、コーネリアさんにあしらわれて退散したので、招待が有効かは微妙ですが」

 苦笑いを漏らしつつユマが言う。何となく行くつもりではないかと眉根を寄せる。


「わざわざ危険に飛び込むのは、勇敢ではなく無謀ですよ」

「どうせ狙われるなら、狙われるとわかっていく方が安全ではないですか?」

 とりあえず、ナゲルにはこの話を伝えて置こう。勝手に行ってしまうのは困る。


「それに、あの男を許すつもりはないんですよ。私」

 綺麗な笑顔には殺意のようなものが潜んで見える。


「まあ……ユマさんを売り払うような話をしていましたからお怒りはごもっともです。あの場を切り抜けられなければ、どうなっていたか……」

 いつの世も美人はいらぬ危険が付きまとう。本当に平凡な顔に生まれてよかった。その美人がなんとも不服そうな顔をする。

「……私の事ではありません」

「?」


「はぁ……コーネリアさんの宴とやらは誰をどれだけ連れてきてもいいって言われてます。警護も付けられますし、安全面も配慮していただけると思うので、エルトナも気分転換にいかがですか?」

 何か諦めた後、お誘いを受けたが次はこちらが不服な顔になる。


「私は、ああいう社交界は面倒くさいのでパスです。金策にはいいんでしょうが、今の私に自由な時間が少ないので、ここの給与も貯まるばかりで金には困っていません。事業にかかるかねは私の管轄ではないですし」

「……エルトナは、趣味とかはないんですか? 仕事している姿しか見たことないですが」

 確かに、ユマと会っているときはいつも仕事だ。


「………趣味、ですか」

 趣味くらいあるといいかけたが、あっただろうか。仕事は嫌いではない。論文を読むのは趣味と言っていいだろう。だが結局仕事とも言える。ユマの様に没頭して絵を描くこともない。画家も趣味で仕事だから、別に仕事が趣味でもいいのだろうか……。


「…………………せめて、海があればっ」

 浮かんだは自分ではない古い方の記録だった。

「海……ですか? わたしも見た事がないですが。生臭いと聞いたことが……」

 意外な答えにユマがきょとんとしている。海はかなり遠い場所になる。実際に見たことはないが知っている。


「確かに、磯の匂いは少し独特な場所もありますね。でも、どこまでも広大で、とても美しい場所です。どうして水中では息ができないのかと後悔するほどに」

「美しいのですか?」

「地上からの景色も悪くはありませんが、海の中の世界は、とても……とても美しいのですよ」


 空とは違う青い色。それなのに中に潜れば違った色を見せる。一度でいいから、自分の目で見て、感じてみたい。記録にあるとても整った顔よりも、海で自由に泳ぐ彼が羨ましいと思ったことがあった。

「なら、いつか一緒に見に行きましょう。私、綺麗なものには目がないのです」

 ユマが柔らかく笑う。新しく頭に蘇った記録とは別人だと言うのに、とても綺麗で愛おしく見える。それが自分の意思ではないのだろう事になんとも言えない寂しさが浮かぶ。

「そのためにも勝手に茶会に参加しないでくださいね」

「……はい」

 釘を刺されてユマが目を逸らした。



 ちゃんと報告しろとエルトナに凄まれなくてもちゃんとカシスたちにも話していた。もし話さずに出向いていたらエルトナから管理棟に出禁を喰らいそうなのでその日に話した。


「いんじゃね? 行ってきたら」

 夕食の後カシスと共に話し合いだが、オオガミはとてもあっさりと許可した。

「……」

 カシスが、とても嫌そうな顔をする。


「そうだな。ミトーとトーヤ。どっち侍らしていくかくらいか」

「オオガミ」

 カシスが堪らず咎めるように名を呼んだ。行儀悪く座るオオガミの姿は、ここに来た時の上流感はない。きっと飽きたのだろう。


「なんだ? 俺たちみたいな爺を連れて行くわけにはいかないだろ。それにナゲルは普通に忙しい」

「確かにナゲルは、課題で死んでるから、そっとしてあげたい」


 医学科は一番きつい学科だ。最近ナゲル待ちで帰りが遅くなり、エルトナが仕事手伝い延長の喜びを隠しつつ心配していた。


「ならばミトー一択では?」

「えー、つまらないだろ?」

 オオガミの回答にカシスが顔を歪める。

「そもそも本当に茶を嗜むだけとは思えません。参加自体が反対です」


 オオガミの部屋での話し合いで、ミトーが警護としてドアに立っていたが、すっと手を上げた。

「お茶会は大体男自慢か男漁りの為に開かれているようですよ」

「流石色々と情報を得ているだけありますね」

 感心していると少し自慢げに頷いた。


「ならばトーヤを連れて行った方がよいかもしれないな」

「ええっ、ユマ様の横だと誰だって見劣りするじゃないですか!」

「ミトーだと新しい男目当てでの参加と勘繰られ、ユマ様にいらぬ虫が寄りやすそうだ」

 真顔でカシスに言われてミトーは項垂れている。残念ながらミトーは地味な顔をしている。


「僕は、ミトーのどこにいても違和感のない自然な雰囲気を好ましく思っていますよ」

「ユマ様、それは褒めていません」

 渾身の褒め言葉は意味をなさなかったらしい。残念だ。


 参加の有無でカシスとオオガミの意見が分かれたが、茶会が開かれる屋敷の周辺に帝国の警護を配置、いざという時に対応できるようにすることで許可された。最悪殺されるかもしれないからとソラがいつも持っていた緊急警報装置を持って行くことになった。そんな死地へ向かうほどの覚悟はしていないが、折角ソラがオオガミに預けてくれたので受け取っておく。





止めれば一人で行きかねないジェゼロの血。カシスは仕方なしに許可しました。

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