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女装王子の留学記 ~美少年過ぎて女性恐怖症になったけど、女装していれば普通に生活できます~  作者: 笹色 ゑ
研究生 一年目

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33 オオガミ、来襲。


   三十三  



 ユマの事はおむつを履いているような頃から知っている。あいつはいつも笑顔を振りまいて、まわりをきゃっきゃ言わせる才能があった。いつの間にか人前では微笑んでいるのが当たり前になっていて、たまに裏で疲れ果てた真顔になるようになったが……。


「珍しくほうけてるな」

 離れのユマの部屋に入ると、画架を前にぼけーっとしている。疲れた真顔より酷い。


「……おーぅ」

 何を描いているのかとのぞき込むと、思わず声が漏れた。


 随分可愛らしく描いてるので一瞬だれかわからなかったが、エルトナだ。家族以外の人物画はかなり珍しい。


「アリエッタが有望だと思ったんだけどなー」

 アリエッタへの態度はソラやララに対する庇護に近かった。年下だがそこまで大きく離れているわけではない。将来美人になるだろうし、相手としてはありではないかと思っていたのだが、エルトナに気が行くとは予想外だ。

 面食いだと思っていたが、ユマには随分可愛く見えているみたいだ。


「不思議と、急にエルトナの絵を描いてみたくなったんだけど、なんていうか、あんまり上手に描けないんだよ」

 ユマがそんなことを嘆き出す。写術的ではない。もう少しエルトナは子供っぽい。


「男の子に興味持つようになっちゃうのは、女装趣味以上に駄目だと思うんだ。どうしようっ。こんなの事案だよ」

 女装姿のままで悶えられて、どうしようとはこちらの言いたいことだと思う。


「家族の絵は描いてるけど、別に事案じゃないだろ。それと一緒と思っとけよ」

 面倒くさいので適当に返す。そもそも放射線断層画像をユマも見ていた筈だ。それでもまだ女と気づかないとは、脳がエルトナを女の子と処理するのを拒否しているのか。男に子宮がないことくらいユマは知っている。


「お見舞いに行ったときに見た笑顔がとても可愛かったんだ。ララに負けないくらい。いや、ララはもっと美人さんだし、どちらかというとエルトナはソラの方に種類が近いんだけど」

「名前、禁止」

 家族の名前がほいほい出ているので頭に手刀を落とす。丁度ピロンと音が鳴った。


「ケータイに返信が来たみたい」

 とても冷静にもどったユマが音源を腰につけた小さな鞄から取り出す。ケータイは最悪位置追跡ができるらしいので、安全対策で常に身につける方針になったらしい。秘密保持より安全だ。


「先生からか?」

 無論、ジェゼロにも今回の誘拐事件は報告をしている。手紙よりもソラが作った通信機の方が早いのでそれで送っている。第一報は無事でよかったと返信が来ていた。


「……おーぅ」

 さっきの俺と同じような声がユマから漏れる。渡されて画面を見る。


「おおーぅ」

 先生から、元々こちらに来る予定があったらしいトウマ・オオガミが予定を繰り上げてジョセフコット研究所へ来ることになったと書かれている。既に出発したとも。文面からは、勝手をするオオガミへのベンジャミン先生の怒りがなぜか見える気がした。


「オオガミはジェゼロのオーパーツ大学学長だと知られているから、初対面のふりをするべきなんだけど、安全面を考慮したら、メリバル邸に滞在してもらいたいって」

 さっきまで、ユマにまさかの春が? と色めいていたが、今ではどどめ色の空気だ。


「とりま、カシス隊長への報告が先だから、飯より先に部屋に入ってもらうぞ。絵ぇ片付けとけ」

「あー。うん」

 ユマが描きかけの絵を片付け、人を入れていい範囲へ部屋を片す。ふたりしてとても冷静に対処していく。


 ユマと同じ王位を持たない男子王族トウマ・ジェゼロ事トウマ・オオガミ。尊敬すべき天才であり、ソラ・ジェゼロに並ぶジェゼロの問題児だ。




 授業に戻り、誘拐から一週間後の休みの朝にオオガミは到着した。


 知り合いでない設定なので本館に部屋を用意してくれたが、念のため自分の絵描き部屋は片付けてオオガミが離れに来てもいいようにしておいた。


 エルトナのお見舞いでそれとなく確認すると、オーパーツ大学から客員教授としてひとりこちらへ来ることになっていると言う話があるそうだ。出身地は明かしていないので、知り合いではない設定で行きたいが、あの人相手につっこみを入れないと言うのは不可能ではないだろうか。


 本館からオオガミ到着の知らせを受けて、庭を通って本館へ向かう。カシスとナゲルは足取りが重い。リリーとミトーはやや興奮気味で対照的だ。一番接点の多い僕はなんとも微妙な気持ちだ。

 離れに残した三人には会わせることになるだろうから、粗相のないようにとだけ伝えている。


 正面玄関に着くと、外でメリバル夫人が待っていた。オオガミの姿はない。


「上でお待ちです」

 珍しく硬い表情をしている。淑女たるもの常に微笑み余裕を持つようにと教えてくれたが、恐怖というよりも高揚のような興奮を隠しきれないリリーのような顔をしている。男が恋愛対象でないので、リリーは純粋にオオガミの身体能力に憧れている。二人の興奮の趣旨は違うだろう。


 それで、今日は少なくとも浮浪者のような山男の恰好ではないのだと理解した。


 メリバル夫人に続いていつも案内される三階の応接室へ向かう。侍女たちが外で待っているが、みな異様に緊張していた。カシスとナゲルと僕はげんなり感がいや増す。侍女がドアを開けると朝日に照らされる窓辺に立って窓の外を見ていたかなりの長身の男がこちらを向いた。簡素だがきっちりとした正装。無精ひげもなく髪も整えられている。組んでいた腕を解くとこちらを見た。


「思ったより元気そうだな」

 低く響く声にドアを開けた侍女が胸を押さえている。カシスより年上だし、爺と呼ばれるナゲルの祖父のハザキと同世代だ。決して若くはないがジェゼロの血らしくとても若く見える。若い男には出せない重厚感と外見の良さ。確かにこの人は僕とも血が繋がっているんだよなと思わせる。


 ジェゼロでは、非公式とはいえ母に次いだ権力を持つ。親戚として接する分には変わっているが優秀な人程度の認識だが、公式な立場で国外にいる姿はもちろん初めて見る。なんというか、違和感が凄い。


「御席へどうぞ。お茶を用意したら下がりなさい」

 メリバル夫人もやや頬を染めている。それでも場をてきぱきと仕切って、整えると侍女たちを外に出し機密を守れる状態にした。


「ハザキ、まずは例の件を説明してくれ」

 オオガミが警護に立つカシスへ目を向けた。背が高い上に脚が長いので既製の大きさの椅子では足が余っている。足を組んで少し投げ出すような姿勢を取っているが、絶対に様になっているとわかってやっている。


 カシスが誘拐事件を掻い摘んで話す。静かに聞いた後、こちらを見た。

「身元がばれての誘拐ではないんだな」

「確証は持てませんが、ユマ・ハウスとして細目の男に狙われていました女としてです」

 ユマ・ジェゼロとばれているならば安全管理を考えて帰国だろう。


「わかった。カシス、全員無事に戻れた事、よくやった。少ない人数での警護は大変だろうが励んでくれ」

「はっ」

 カシスも真面目な顔で答える。


「ここに来るとは伺っていませんでしたよ」

 話がひと段落して、恨みがましく問うとふっと笑い返される。

「驚いただろう?」


「オオガミは国外でも有名です。知り合いだとわかれば僕の出身地も同じだと勘繰られてしまいます」

「研究所内では以前オーパーツの講義かなんかで面識があると言って置け。色々出向いてきたからな。管理も一部頼まれてきたから管理棟で親しくなったとしておけばいい。ジェゼロからの要人だ。ここで一番格が高いメリバル邸に滞在するのも不思議がないだろう」

 すらすらと言い訳を並べられる。


「メリバル夫人が三階の客室を用意してくださっていますが……」

「お前も三階か?」

 その問いにメリバル夫人が緊張するのがわかる。そもそも離れを貸すのは損な場所にはと渋られていたのだ。


「僕の事情もあるので、個人情報の保護を優先して無理を言って離れを一棟お借りしています」

 笑みを深め、ならわかってるよなと聞こえる気がするが無視したい。


「一応三階の部屋もお借りしますが、ユマはまだ先日の事で不安定でしょう。しばらくは側にいてやりたいと考えています。メリバルには負担を強いてしまいますが、よろしいか?」

 無視したいと言うのを感じ取ったオオガミがさっさと話を付けた。


「ユマ様にもお伝えしたのですが、本来であれば客人に滞在していただくにはあまる場所です。ご令嬢であるユマ様と同じ離れにと言うのでは外聞も悪いですので、三階の部屋はいつでもお使いいただけるように整えておきましょう」


 ジェゼロからの賓客は三階のお部屋にいてますよの体で、離れに行くのは目に入れないと言う事だろう。そこは外聞を気にしてもっと抵抗して欲しかった。


「親族と知らせない以上その方がいいでしょう、明日以降荷物が届きますので、それは本館の部屋に入れて置いていただければ。開封は自分で行います」

「かしこまりました。それと……オオガミ様は、警護や付き人はお連れでは?」

 僕ですら三人足す一人連れている。オオガミは世話役どころか警備すら誰一人連れていないのでメリバル夫人がとても困った顔をしている。


「自分は元王族ではありますが、席を離れた身。今ではただの大学で教鞭を執る身に過ぎません。人に世話を焼かれる立場ではないのですよ」

 好き勝手過ごしたいから誰かを侍らすのが面倒なだけなのだが、まぁとメリバル夫人は衝撃を受けた顔をしている。


「……はぁ。オオガミ、離れに案内します」

 事件の報告も終わったので、いつまでもここにいてもまともな話ができないと隔離場所に案内することにした。


「後ほど客室の確認に参ります」

「かしこまりました」

 オオガミがメリバル夫人と侍女を誑し込むのを見ながら階段を下りて離れへ向かう。庭を歩きながらげんなり感が増えた僕ら三人とは別にリリーとミトーはぴしっと背筋を伸ばしている。


「オオガミ、色々あって離れには元時間契約者の三人が住んでいます。正体は明かしていないので、くれぐれも気を付けてください」

「五人買ったんじゃなかったのか?」

「一人はどこかへ行きました。元々立ち去ってもいいと伝えていましたから。それと、アリエッタ……女の子の兄が今回の誘拐に係わっています。あまり心の傷を抉らないでください」

「ああ、安心しろ。動物と子供には優しいからな」


 全く安心できないが、無暗に人を傷つける人ではない。ただ、我儘で横暴なだけで……。




ジェゼロ帰国でもちらっと出ていたオオガミの再登場。

前シリーズから出てきますが、たまに勝手に動いたり、うんともすんとも動かなかったりしますが、お気に入りの一人です。

イケおじは、よきに。

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