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女装王子の留学記 ~美少年過ぎて女性恐怖症になったけど、女装していれば普通に生活できます~  作者: 笹色 ゑ
研究生 一年目

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32 許可


   三十二



 メリバル夫人には戻ってもらい、その時に許可を得て二人は離れへ通してもらう。


 トーヤはいつもの仏頂面で、ニコルは下手な作り笑いだが、疲労を隠しきれていないのが意外だ。それでも、一階の部屋に通されると、トーヤは距離を取った場所で跪き、ニコルもそれに習う。ペロはドアの前でぜーぜー息を吐きながら伏せをしているのが扉が閉まる前に見えた。


「お忙しい中、我々ごときに煩わせてしまい申し訳ございません。ユマ様が村の教会へ出向く事がないよう、また、我々の所在を知らせるために参りました」

「ご苦労様でした。ひとまず席について水を」


 ミトーに指示をして、コップに水を入れてもらう。ニコルは水に飛びつきかけたが、横でトーヤが動かないので待て状態だ。


「トーヤ。毒でも疑っているのですか? この状況こそが私を煩わせています」

 言うと、トーヤが椅子に座り、水を口にした。


「ミトー。お代わりを入れてからでいいので、ペロにも水を上げてください」

 二人ともかなり喉が渇いていたのか、すぐになくなってしまった。二人がこの状況ならば犬だって水がいるだろうから頼んでおく。二杯目を飲み干すのを待ってから話を促した。


「村長さんには、許可をもらっていた筈ですけど」

 どうして追い出されたのかと問う。


「ミトーからの報告の後、ニコルが犬を使って捜索を提案しました。やみくもに探すのも同じ事と実行しました。ただ、人の足では捜索範囲が限られるため、近隣の農家から馬を無断で借用しました。緊急とはいえ相手にとっては教会に住み着いたものが馬を盗んだ状況。昨日の内に村の者が野菜の運搬ついでにヒスラの教会に異議を申し立ててしまったようです。我々が逃がしてしまった馬を含め、保証の話と謝罪に向かい村人には謝罪を受け入れてもらいましたが、今朝早くに教会にヒスラの女神教会から来たと言うものが教会を明け渡す様にと通告に。村で馬を借りる事も考えましたが、これ以上何か問題が起きる事は避けるべきだと徒歩でこちらまで」


「女神教会は随分早い対応ですね」

 たった一晩で行動を起こすとは。


「そう思います。教会は女神教会の所有物件なので不法占拠に当たると、貴重品はなんとか持ち出しましたが、荷物を纏めることすら許されませんでした」

「ユマ様の別荘を守れず申し訳ありません」


 しゅんとニコルが付け加えるのにトーヤが緩く首を横に振る。


「無益な衝突を避けた方がいいと判断し、教会は放棄し、報告の為にこちらへ参りました。女神教会の者は、滞在をしたいならば責任者がヒスラの教会へ来るようにと言っていましたが、ユマ様にそのような事をさせる必要はないと判断しました」

「そうですか……争わずに引いたのは英断でした。二人とも多くの時間と努力を重ねて綺麗に整えてくれたのに、このような形になってしまいごめんなさい」


 いっそ一から家を建てさせた方がよかったのではないかとすら思える。あの時は二人の能力や行動がわからなかったから、ぼろ教会を住み家にして整えると言う仕事を安易に与えてしまった。二人がどれほど頑張ってくれたのかは結果が物語っていた。


「ユマ様がいらないなら構いません。また、言ってくれたら……えっと、おっしゃっていただければ、ユマ様為に頑張ります」

 少しは愛着がわいていてもいいだろうに、ニコルは気丈にもそう答えてくれた。


「手放す事となりましたが、ニコルもトーヤも私の為に努めてくれたことは忘れません。ありがとう」

 素直に礼を言うと、ニコルはムズムズするような笑みを見せた。


「今後は街で宿をとるか門前町に滞在を考えています」

 トーヤも教会には大して未練がないようでそう言いだす。


 ちらりとカシスに視線を送ると小さく頷き返された。

「……一階の使用人部屋を使ってもらおうかと考えていましたが?」


 トーヤが珍しく驚いた顔を見せた。ほんの僅かな変化だが、すぐにカシスの方へ許可をするのかと視線を向けている。ニコルは口を開けてぱぁっと喜んだ顔になっていた。


「あのっ、ペロリアンシュタイナーの犬小屋を作ってあげてもいいですか!」

 ニコルが許可を求める。匂いを追ってゾディラットの許へ行きついた結果、周辺の監視役を二人が先に対処できた。ペロもしっかり功績を上げている。家の中には入れられないので犬小屋は必要だろう。


「明日にでも木材を頼みましょう」

 にこりと笑い返すとさらに一段階上の笑顔になった。どの段階まであるのだろうか。


「ハザキ隊長。我々のように不確かな者をユマ様の近くに置くことは避けるべきです。報告には来ましたが、滞在許可の為では」

 ここに住まわせてもらうためではないとトーヤが苦言を呈する。


「害するつもりならば、誘拐時以上の好機はない」

 あの時、実質カシスとリリーしか守りがいなかった。ナゲルと僕もある程度の訓練を積んでいるが、エルトナを人質に取られれば優位に立つのは簡単だったろう。


「ココアの寝具が残っている。もう一つは簡易の物を運んでもらう。其方たちが危害を加えるとは思わないが、隣はアリエッタの部屋になるから注意するように、ユマ様が庇護していることを忘れるな」

 決定だと言うと手配を始めた。


 寝具や食材の手配を命じられたミトーが二人に親指を立てた。

「言っとくけど俺の方が先輩だからな! 特にトーヤ!」

 どやっと顔をしてから出ていく。それにトーヤがどうしようもない者を見る顔をしていた。


「そもそも、ミトーは我々よりも先にメリバル邸に連絡を入れるべきだったんです」

 独り言のような言葉に苦笑いが漏れる。確かに馬を変えるにしても少し遠回りであったのは事実だ。


「ミトーは勘がいいんですよ。実際、メリバル邸の兵士よりも役に立ったではないですか」

「確かに……そうですが」

 納得がいかない顔をしている。


「随分歩いたようなので、先に湯あみをしてくるといいですよ。今後の方針は未定ですが、しばらくは滞在することになるでしょう」

 立ち上がると二人をひとまずそのまま置いて、アリエッタのいる部屋に行く。後ろにはカシスが付いている。


「ユマ様」

 泣いていたのか慌てて目元を拭うが目元が赤い。


「一緒にご飯を作りましょう。じっとしていても嫌な事ばかり思い出してしまうでしょう?」

「………はい」

 困ったような笑いを返される。食堂兼共同部屋に一緒に入ると、トーヤとニコルを見て驚いている。


「えっと……ニコルさんとトーヤさん?」

「二人にもしばらくここで住んでもらうことになったの。怖いことはないと思うけれど、平気ですか?」

 もし僕が男の恰好で、隣の部屋は自分に好意を持っている女の子が滞在するけど安全だから安心してと言われても絶対に眠れない自信がある。必要ならばアリエッタの部屋は二階に移してもいい。


「……あの、二人はユマ様を助けに行ったって、聞いたんです」

 本当ですか? と問われて頷くと、緊張していた顔が緩まった。

「なら大丈夫です」

 きっとアリエッタは僕なんかよりも余程強いんだろう。



 翌日は普通に学校へ行き授業を受けて、午後からはちゃんと実技授業にも参加した。

 昨日はナゲルとリリーはエルトナのところへ置いておいたが、ナゲルも今日は授業に参加していた。シュレットとアルトイールも学校へ来ているらしい。朝の馬車も一緒ではなかったので直接会ってはいない。


 仕事の手伝いに行く代わりに、授業が終わったらエルトナのお見舞いへ向かった。


「……安静は、ベッドで仕事をするって意味じゃないですよ」

 エルトナは背中に布団を置いて凭れるような姿勢で書類を読んでいる。


「車内のものが無事だったようで、届けてくださったんです。誘拐犯に取られなくてよかったです」

 真面目にそんなことを言うので呆れてしまう。


「元気そうで何よりですけど、怪我に障りますよ」

「ずっと寝ているのは苦行なんですよ」

 エルトナは肩を竦めると、資料を脇に置いた。


「女神教会内の信頼できる人に例の男について調べてもらっています」

「危険のない範囲でお願いしますね。それにこちらからも一つ聞きたかったんですけど、以前軽くお話しした村の使われていなかった教会ですが、取り上げられてしまいました」


 ベッドの横に椅子を置いて腰かける。以前エルトナには軽く相談をして聞かなかったことにするとなった話だ。


「今回の件でばれたのですか?」

「捜索のために馬を盗むような形となってしまったようで、村人が女神教会へ相談に行ってしまったことで、勝手に改築したのがばれてしまったようです。使用許可の為に出向けと言われたので引き上げる事にしました」

「そうですか……改築費なども請求は難しいでしょうね」

「節約して整えてくれていたのでそれほどの出費ではないのですが、無駄な頑張りにさせてしまったのが申し訳ないです。綺麗なまま使ってくれればいいんですが」


 もとより留学中しか行くことのない場所だったから、捨て置くのが早くなっただけだ。それでも、奪われるような形になったのは申し訳ない。


「教会にわざわざ行かないのは得策だと思います。あの男が司教と何らかのやり取りをしている可能性もありますから」

 その意見には頷いて置く。


「それにしても、本当に落ち着いていますね。怖くて眠れなかったりはしなかったですか?」

 まだ顔に大きな青紫の痣があるものの、エルトナの顔色は思いのほかいい。


「ああ、薬の効果もあってよく眠れました。腹よりも肋骨の骨折が痛いです。それよりも、ユマさんの方が心配だったんですが、大丈夫ですか?」

「……そうですね。もっと落ち込むものだと思っていたのですが……」


 ソラからもらったケータイは幸い車内から発見された。手元に戻ってから、ベンジャミン先生宛てに連絡をしておいた。ベンジャミン先生からは、誘拐が大罪であることは犯人も理解していただろうことと、危険を冒した代償を払わせただけで、よく冷静に対処したという趣旨が書かれていた。自分もそう思ってしまっている。


 酷く蹴られて怪我をして、助けられたのはエルトナだったのに、駆け寄ると心配したような目で見返された事がより強く頭に残っている。あれ以上の損傷を受けていたら、助かったかはわからない。誰かを殺した事実よりもエルトナを救えた事実の方が、自分の中の多くを占めていた。


「エルトナが助かって、本当によかったです」

 今更だがほっとして微笑むとエルトナがきょとんとした顔をした後ふっと笑い返される。


「私としては、ユマさんが無事でなによりです」

 頭の中で何かぎしりと言う音が鳴るような気がした。



新しくニコルとトーヤが同居することになりました。

エルトナは研究所を住まいにし始めました。仕事に費やせる時間が増えました。

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