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女装王子の留学記 ~美少年過ぎて女性恐怖症になったけど、女装していれば普通に生活できます~  作者: 笹色 ゑ
研究生 一年目

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31 報告


   三十一 




 ジェーム帝国の財力を持って作られた研究施設。特に医学には力を入れているのがよくわかる。


 エルトナの手術は血管内から止血するという手技で行われ、手術のための傷口はとても小さく済んだ。


 朝早くに手術をはじめ、目が覚めたのは翌日の朝だった。麻酔は切れているので当日の昼には目が覚めるはずだと言う医師の診断を聞いていただけに中々目を覚まさない事に気をもんだ。

 できる限り側にいたが、時折言葉にならない寝言を発するので、少なくとも生きている事だけは確認できた。


 本来であれば、メリバル邸に戻っていなければならないのだが、カシスからメリバル邸に賊が侵入したため今は始末をしているのでこちらに滞在するように言われた事もあり、目覚めるまで側にいることができた。

 アリエッタは心配だったが、無事であると報告も着ている。


 メリバル邸へ戻るようにとカシスが戻ってきたのは薬草園出発から数えて二日後の昼過ぎだった。

 リリーにはエルトナの警護に残ってもらい、僕は馬車でメリバル邸へ戻り直接離れへ案内された。てっきり三階の応接室での話し合いだと考えていたので、意外だ。


 中には既にメリバル夫人とアリエッタが暗い顔で待っていた。


「ご無事で、本当に……本当に何よりです」

 メリバル夫人は憔悴した表情を隠せていない。それでも、無事であったことを本当に安堵しているのはわかる。

「ご心配をおかけしました。報告を伺っても?」


 挨拶を省いて席に着く。メリバル夫人にも座るように促す。すぐにメリバル夫人は口を開いた。


「帳が下りた頃、ミトーがユマ様誘拐の一報をもって屋敷へ。すぐさま先行隊を向かわせ、捜索を開始し、その後準備ができたものを増援で向かわせました」


 ミトーは役割を果たし、村の教会に寄るとすぐさまメリバル邸へ馬を走らせたそうだ。ついでに村で馬を交換したと聞いている。


 ただでさえ遠征の警護で人を割いていた上に捜索隊まで出したのでメリバル邸の警護はかなり手薄になっていたらしい。念のため、メリバルはアリエッタと孫娘と共に隠し部屋に籠ったそうだ。アリエッタは客ではないが僕が保護している子供なので、もしもの事があれば顔向けができないからという判断だった。


 警備の隙をついて十名ほどの賊が屋敷に侵入して家探しを始めたそうだ。半数は取り逃がしたが、半数は退治し、数名は生きたまま捕らえることができた。


 それと僕らが連れ帰った二人の尋問と、メリバル邸の片付けや警護強化などで人手が割かれたため僕らの警護まではできないと研究所に留まってもらったと説明がある。研究所は別の信頼できる警護体制がある。


「結果から申しまして、我が家に侵入したものはアリエッタを連れ去る事が目的だったようです」

 ぎゅっとアリエッタが目を瞑り、涙を溢れさせた。


「……アリエッタ」

 気遣って名を呼ぶと、テーブルに頭が付くほどに頭を下げて震える声を出す。

「ユマ様、申し訳ありませんでした……。私の兄が………ユマ様を害するようなことをっ」

 がくがくと目に見えて震える姿に心が痛む。


「わたしも、どのような、処罰も、覚悟しています」

 どうか兄を助けて欲しいと言うのではなく、ゾディラットは死罪で自分も同様の処罰が下る覚悟をしているようだった。


「……」

 下げた頭に手を伸ばして、撫でる。来た時は痛んでいた髪も随分綺麗になっている。夏の間にちゃんと勉強もしていたし、戻ってきてから一生懸命役に立とうとしていた。それが捨てられないための努力だと薄々感じていたが、アリエッタはとても頑張っていたのだ。この小さな体で。


「アリエッタが何か悪いことをしたんですか?」

 問うと頭が縦に動いてしまう。

「私はっ……兄に、ちゃんと信じてもらえませんでした。私はよくしてもらっているから心配いらないって。だから、私が悪いんです」

 その答えにほっと息をつく。


「アリエッタを罰するつもりはありません。メリバル夫人。今回の件はご迷惑をおかけしました。アリエッタを守っていただきありがとうございます」

「いいえ、謝罪はわたくしのするべきところ。それにユマ様は自力で戻られました。本来このような事態にならぬよう心がけるのがわたくしの仕事。わたくしにも処罰があるかと思いますが、残りの期間もこちらで滞在はできるように尽力いたします」


 ジェーム帝国でもかなり高い地位にいるリンドウ・イーリスから頼まれていたと言う建前があるにしても重い口調だ。それはユマ・ジェゼロを危険に晒したことに対する謝罪だろう。つくづく僕を受け入れさせられて貧乏くじを引いたと思う。


 アリエッタに部屋へ戻るように指示する。震える足で立つと、立ち去る前にもう一度深く頭を下げてから部屋へ向かった。


「ゾディラットの口を割らすため、アリエッタの了承の元、尋問場へ連れて行きました」

 カシスの説明に眉根を寄せる。それは如何なものか。おそらく手指の爪くらいは剥がされていただろう。あそこまで怖がるのも納得がいく。


 カシスの話によると、ゾディラットはここでアリエッタが酷い扱いを受けていると聞かされていたらしい。助けるためにと今回の遠征の情報を提供し、教会から去って元主の手伝いをしたそうだ。アリエッタはその話に激昂して、ゾディラットを平手で引っ叩き、その後、服を脱ぎ、体の傷を見せ、ここに来てからのものは一つもないと叫んだそうだ。


 明らかに以前の主の元でアリエッタは虐待を受けていた。ゾディラットはアリエッタには虚言壁があるから治療をしていると教えられ滅多に会えなかったそうだ。兄が何か失敗をするたびに、代わりにアリエッタが罰せられていたのも知らなかったそうだ。アリエッタは兄も同じように自分が失敗したり反抗するとひどい目に遭うと教えられていた。実際にはゾディラットは教育も受け、時間契約者とは思えない生活をしていた。


 その事実にゾディラットは唖然とし、アリエッタは絶望していたそうだ。


「アリエッタへの処罰は行わない。しばらくは不安定になるだろうから、気を付けてあげてください」

 改めて罰を与えないことをカシスに伝える。


「帝国にアリエッタの素性を調べるように頼んだ方がよさそうですね。捜索隊を減らすために先に押し入るならばまだしも、手薄になってからわざわざ攫うほどの価値がアリエッタにあるとは思えません。ゾディラットの約束を守るために手駒を無駄にする必要はなかったでしょうから。僕の様に血筋か何かに価値がないか。もしくは付加価値がないか調べてもらってください」

 ゾディラットもわざわざ教養を身につけさせられていたのだ。あの兄弟に秘密があると考えた方がいい。


「手間ですが、ゾディラットもわかるまでは殺さずに捕らえて置いてもらえますか? ここで難しいならば帝国に管理を頼みます」

 ジェゼロまで連れて行くことはできない。事は帝国で起きたのだから、それくらいは頼んでもいいだろう。


「かしこまりました。調整を行います」

 カシスが頷く。


「もう一人の男からは?」

「雇われ傭兵のようです。数日前に頼まれたそうで、誘拐の実行犯から受け取り、あの家へ運び込み、必要人物の引き取り手が着た後、不要な者の後処理まで任されていたようです」


「筆談で会話をしていたものがいましたが?」

「それが必要人物の確認に来ていたものです。男は全員と言う話でした。元々は、女は置いて行く予定だったようですが、依頼人の知り合いと言う男がユマ様を探していたようで一緒に来たそうです」

 碌な知り合いじゃないなぁとため息が出る。


「ゾディラットはアリエッタ共々買い戻されて元の生活を送る予定だったのに、無理やり競り落として妹を虐待していたと思い、仕返しにユマ様を奴隷に落としたかったと話していますが、ユマ様の言う細目の男はユマ様が狙いで一緒に誘拐をさせたようです。ゾディラットにも執拗にユマ様の事を聞いていたようですから」

「初対面だと思うんですけどね……」


 そんな執着されても困る。


「筆談の者ですが、アルトイールが思い当たる節があると証言しています」

 カシスが一度メリバル夫人に視線をやった。


「アルトイールはシュレット様の母君の侍女の子です。身分差から兄弟とはいかないものの、同じ屋敷で育っていましたので、周辺の者の顔もよくご存じで………。シュレット様の母君が信頼する侍女の一人に見えたと。その者は、耳は聞こえるのですが、口がきけないのです」

 予想外の話で何度か瞬いてしまう。


「息子を誘拐したんですか?」

「誰をと明確にわからせないために、男性は全て引き取りの馬車に乗せる予定だったのではないかと。誘拐犯の男も、薬の効果は夜が明けても続くと聞いていたそうで、その侍女もまさかアルトイールに見られたとは思わなかったのでしょう」


 離婚した親が誘拐する事は聞くことがある。目的がさっぱりわからない。


「セイワ様の妻になりますから、帝国に捜査を依頼しています。今回ユマ様が被害に遭ったことから、有耶無耶にはされないでしょう」


 普通ならばなかった事になりそうだが、帝王陛下はエラ・ジェゼロに対してなんでも譲歩してしまう人だ。その息子である僕に危害が加わったとなれば、帝王の異母弟であるセイワ・イーリスにまで害が及んでも不思議がない。


「アルトイールには事実がわかるまではシュレット様にも口外しないように言いつけています。二人にはそれまで通り生活をひとまずは続けていただく予定です」

 メリバル夫人が言う。シュレットもアルトイールも酷い扱いは受けていなかったので大きな怪我もなく、生活に問題はないそうだ。


「シュレットの関係者が怪しいと言う点は、シュレットの警護が半数以上行方知れずと言う点からも伺い知れます。それと……」

 カシスが言葉を切り、メリバル夫人が苦々しい顔をする。


「尋問の結果、孫のペニンナは……警護達が昼食に持って行った食料に毒を混ぜていたようです」

「はい?」

 息子の誘拐以上に意味が分からない。


「ペニンナ・デリーが着いて行くと言っていたのは覚えておられますか? 本人は断られるとは思っておらず、できれば向こうで一泊できるように警護に毒を盛って帰ることが難しい状況にしたかったと言っています。死亡するような強いものではありませんでした」

「それで、今回の誘拐が簡単になってしまったんですか……」


 誘拐を計画しても、複数の警護を付けていた。車を止めて薬で眠らせても運び出し姿をくらませるまでは難しい。


「それが、処罰の難しいところなのですが……お弁当に入れる予定の芋の料理を丸々取り替えていたようで、厨房には元々入るはずだった料理が丸々残っており、それを賄いと勘違いして食べた料理人見習いが死にかけている状態で発見されました。症状が出てすぐに治療ができた為、何とか命は助かりましたが、対応が少しでも遅ければ死んでいました。介抱をしたのはペニンナで、その際にうっかり自分から自白したので今回の事が発覚しました。調べると料理人が一人姿を消しています」


 どういうことだと頭の抱える。メリバル夫人もとても微妙な顔をしていた。


「つまり、本来誘拐の為に毒殺されていた警護の人たちは、たまたま致死毒から軽めの薬にすり替えられていたから、そこまで死傷者が出なかった……と?」

「………尋問の結果、今回の誘拐事件には関わっていないようです」

「拷問したんですか!?」

 驚いて問うと神妙な面持ちでメリバル夫人は頷いた。


「本来であれば死罪。爪の一つや二つで関係を否定できるのならば安い話。無論、ユマ様がお望みであればわたくし共々罪を受け入れ死罪になる覚悟がございます」

「そんな僕への罰は勘弁してください」


 今回の誘拐事件を統括すると、発端の情報はゾディラット。そこから実行犯はシュレットの母君が雇った傭兵とシュレットの警護で、協力がゾディラットの元主関係の細目。細目は教会の司教と仲良しで、メリバルの孫は毒を盛って毒から助けた。ついで補足すれば、帝国の警護の馬にはさらに毒を食ませていたため、腹痛を推して追いかけることもできなかったようだ。


「なんだか頭が疲れてきました。もう少しすっきりした犯人を作ってくれませんか?」

 もういっそ、ジェゼロ王の子を誘拐するため。とかならばわかりやすいのに。


「如何しましょうユマ様。帝国に全てを投げてしまってもよろしいですが」

 そうなるとかなりの人が処刑されるのだけは確かだ。それだけは本当に勘弁してほしい。これ以上恐怖症は増やしたくない。


 僕に手を出した結果、処罰を恐れた親が先に私刑を行った。その所為で女装癖ができてしまった。今回も、僕を害したからと、本来死罪までは必要のないものまでが殺されたら、また闇に堕ちそうで正直に言えば、人の事よりも自分の事が心配だった。


「ペニンナも極刑とかは止めてください。多分才能はあるんで僕に係わらないように使えば将来帝国の役に立つかもしれません。メリバル夫人も、僕がここに転がり込んだ結果の被害者で、大変な対応ばかりしてもらっているのに罰せられたら申し訳がなさすぎるので、今後とも頑張っていただくだけで結構です。シュレットのお家事情は帝国に任せますが、シュレットが命じたわけでないならちゃんと被害者として遇して欲しいです」

 はぁとため息をつく。他に何かあるだろうか。


「流石に、私どもが咎めなしというわけには」

 メリバル夫人が困惑しているが、咎められても困る。


「僕の滞在を誰が面倒見てくださるんですか?」

「……わかりました」


 少し困ったように夫人がほほ笑んだ。ひとまず戻っていただいてアリエッタの対応もしてあげたい。メリバル夫人に声をかけようとしたときに離れのドアが叩かれる。

 ミトーが確認に出て、門番らしき男と何ことか話して戻ってくる。


「どうした?」

 カシスが警戒した声で問うが、ミトーは困ったように眉尻を下げている。


「門にトーヤとニコルが来ているそうです。村の教会を追い出され、歩いてどうにかここまで来たようです」

 馬で行くような距離だ。歩けば何時間もかかる。


「……メリバル夫人、対応を決めたらまたご報告をします。ひとまず二人を敷地に入れる許可を頂いてもよろしいでしょうか?」



今わかってることだけでも、ややこしいですね……。

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